本提出論文では単細胞藻類である海洋性のアンフィジニウム属渦鞭毛蕩からの新親天然有機化合物群、アンフィジノール類の単離、構造決定、および生理活性に関して、提出者の研究により得られた新知見が述べられている。本論文は全4章と付録により構成されており、第1章では序論、第2章では実験材料と実験方法、第3章では実験結果とこれに対する考察、そして第4章では全体の結論が述べられている。また、提出者が本博士課程において別途行なった海綿中のテルペン類に存在するイソシアノ基の起源究明に関する未完結の研究成果が、付録として報告されている。 序論では研究材料である渦鞭毛藻からこれまで単離されていた生理活性物質の例が紹介されており、このうちアンフィジニウム属からのものに関して詳述されている。これに基づき研究材料の選択の正当性が述べられ、さらに新規生理活性物質を単離することで低分子と細胞との相互作用の解明研究に発展するという、本論文での研究の位置付けと意義が明示されている。 第2章では実験材料の入手法、および具体的な実験方法が詳細に記されており、読者による追試が可能となっている。 実質的な本論である第3章はさらに4項に分けて構成されている。第1項では藻類の培養から化合物7種の単離までの過程が要約されており、第2項ではここで分離の手段として用いたクロマトグラフィーの選択および結果に関して詳述されている。第3項では単離された化合物のうち4種について、分光学的手法による平面化学構造(下図)の解明に至る過程の論理が記述されている。さらに第4項では単離された化合物に観測された広範囲の細胞種に対する生理活性より細胞膜の揺動によりこれらが説明可能であることに基づき、人工細胞モデル系を用いた実験結果が詳述されている。これより細胞膜中でこれを補強しているステロイドが本化合物群の生理活性発現の標的分子であるという新たな知見が、説得性をもって記述されている。また実際の細胞に観測された個々の生理活性に関する考察、特に珪藻に対する毒性に基づき本化合物群の生態における機能に関する考察もなされており、本研究の新たな意義が示されている。第4章では以上の要約がなされている。 付録における別途研究の報告では、海綿抽出液中に青酸の包合体が存在し、これが遊離の青酸塩ではないことを裏付ける実験的知見が記述されている。 以上、本論文の研究内容は現在まで未発見であった天然化合物群の化学構造決定を達成し、さらにこの化学構造に基づくこれらの生物機能を実験的に説明したちのであり、科学的な新事実の発見を含むものと認められる。加えて現時点では考察が一部困難ではあるが天然物化学の分野で重要と思われる実験事実を多数報告しており、本研究分野への貢献は大と判断される。 なお、本論文第3章第3項に記された化学構造決定は本学大学院生の松森信明と、また同第4項に記された細胞膜モデルとの相互作用研究は同じく本学大学院生の此木敬一との協同により達成された成果であるが、本論文に詳述された部分は論文提出者が主体となって行なった実験結果によるものであり、本提出者の寄与が十分であると判断できる。 従って、本論文提出者であるGopal K.Paulは、博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。 |