学位論文要旨



No 111704
著者(漢字) ポール ゴパール クリスナ
著者(英字)
著者(カナ) ポール ゴパール クリスナ
標題(和) 渦鞭毛藻由来アンフィジノール類縁体の単離構造決定および生理活性に関する研究
標題(洋) Isolation,Chemical Structures and Bioactivities of Amphidinol Analogues from Marine Dinoflagellate Amphidinium klebsii
報告番号 111704
報告番号 甲11704
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3068号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 教授 岡崎,廉治
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
内容要旨

 単細胞藻類である渦鞭毛藻は、新しい生理活性天然物の探索において重要な研究対象となりつつある。近年、渦鞭毛藻より種々の構造と特異的な生理活性を持つ代謝生成物が数多く報告されている。例えば、ブレベトキシンは電位依存性ナトリウムチャンネル活性化剤として、マイトトキシンはカルシウム流入誘発剤として、また、オカダ酸はタンパク質脱リン酸化酵素の阻害剤として注目を集めている。渦鞭毛藻の中でも,生理活性物質の生産という点でAmphidinium属に興味が持たれている。なかでもamphidinolidesA-N,amphidinin A,amphidinoketides.amphidinol(ここではAM1と呼ぶ)がよく知られている。本研究では、Amphidiniumklebsii培養株より新しい生理活性物質の探索した結果、一連の新しい溶血、抗カビ活性物質を発見し、それらの構造決定と生理活性解明を行なったので以下に述べる。

培養と単離

 本研究にて使用した渦鞭毛藻株は、神奈川県三浦市油壷湾海岸にて採取された海藻の表面洗浄液より単離された。これをES-1 supplementを含む滅菌海水中で24℃蛍光灯照明下にて3-4週間で単藻培養した。収穫された細胞をメタノール、アセトンにより抽出、酢酸エチルと水により分配し、水層を1-ブタノールによりさらに抽出した結果、抗カビ活性はブタノール層に見い出された。これを繰り返しカラムクロマトグラフィー(HW-40,50%メタノールー水;Sephadex LH-20,メタノール;ODS,0-50%アセトニトリルー水;逆層HPLC,33%アセトニトリルー水)にて順次分離し、活性物質を単離した。

AM2、3、5、6の平面構造の解明

 溶血抗カビ活性の本体として培養細胞より7つの物質(AM2-AM8)を単離した。これらのうち比較的多量に得られたAM2、AM3、AM5、そしてAM6について構造解明を行なった。このうち主成分のamphidinol 2(13mg)については13CNMRスペクトルにて5つのメチル、22のメチレン41のメチン、3つの4級炭素からなる計71本のシグナルが得られ、これらから炭素上の水素数は100と見積もられた。ヒドロキシル基の数は13CNMRでの重水素シフトより22と推定された。ここで28本の酸素化された炭素に帰属されるシグナルのうち、シフトしない残り6本については3コのエーテル結合を形成していることが推測できた。また、AM2のアセチル化によってもヒドロキシル基の位置に関する情報が得られた。

 2次元1H NMRスペクトル(1H-1H COSY,DQF-COSY,HMBC)に現われるクロスピークをたどることにより、AM2の部分構造(C1-C23)が解明された。NOESY由来のNOE,1H-1H COSY相関様式とともにAM2のC23-C62に関する13C NMRデータは、既知のAM1のC25-C65に関するデータと完全に一致し、この部分に関して同一構造を有することを示した。これら全てのデータにより、AM2の平面構造を下記のように帰属した。AM1とAM2の構造上の主な差異は全体の半分(C1-C21)にあり、特にAM2には硫酸エステル基が欠け、新たにTHP(tetrahydronpyron)環を有している。他部位における差異はもう一方の末端部に見られ、AM1でのブタジエン構造がビニル基に代わっている。他の3つ、すなわちAM3、5、6についての構造も同様にNMR解析データをAM1,AM2と比較することにより得られた。AM4、7、8についてこれらの類縁体であることが示された(Fig.1).

Fig.1.Structures of amphidinol analogues(AM1,2,3,5 and 6)
生理活性

 単離されたアンフィジノール類は、抗カビ性、溶血性、細胞毒性、魚毒性といった多様な生理活性を示した。溶血活性物質として既に知られているアンフィジノール(AM1)は硫酸エステルを有しており、その生理活性上での役割に興味が持たれていた。今回の研究において単離されたアンフィジノール類縁体は硫酸エステルを持たないがTable 1に示すように強い活性を保持している。このことから硫酸エステルの存在は重要ではないか、 AM3と比べた場合むしろ阻害的に作用すると考えられる(Table 1).

Table 1.EC50 values for some bioactivities of amphidinol analogues

 一般的な作用機構を考察するために、種々の濃度のステロイドを含有したリポソームについて、各アンフィジノール同族体(AM2、AM3、AM5)の膜破壊作用を、蛍光剤の漏れを指標として調べた(Fig.2)。

Fig.2 Ergosterol Dependent Membrane Disruption by AM3

 リポソーム中のステロール含有量が増すにつれて、用量依存曲線は低濃度側へ移動した。この実験でも、アンフィジノール類縁体の中でAM3が最も強い活性を示し、その活性は、コレステロール(またはエルゴステロール)33%含有により40倍(または55倍)にまで上昇した。これより作用機構は、生体膜中のステロールと相互作用するとされているアンフォテリシンBの場合と類似している。つまりアンフィジノールは標的細胞の細胞膜中でステロールと結合し、これにより脂質二重膜の配列をみだし水およびイオンに対する隔壁機能を失わせ、あるいは同時にそこに結合するNa+/K+-ATPaseのような膜酵素を失活させると考えられる。アンフィジノールの溶血性や他の毒性発現は、こうした細胞膜への透過性増大作用に起因すると考えられる。

審査要旨

 本提出論文では単細胞藻類である海洋性のアンフィジニウム属渦鞭毛蕩からの新親天然有機化合物群、アンフィジノール類の単離、構造決定、および生理活性に関して、提出者の研究により得られた新知見が述べられている。本論文は全4章と付録により構成されており、第1章では序論、第2章では実験材料と実験方法、第3章では実験結果とこれに対する考察、そして第4章では全体の結論が述べられている。また、提出者が本博士課程において別途行なった海綿中のテルペン類に存在するイソシアノ基の起源究明に関する未完結の研究成果が、付録として報告されている。

 序論では研究材料である渦鞭毛藻からこれまで単離されていた生理活性物質の例が紹介されており、このうちアンフィジニウム属からのものに関して詳述されている。これに基づき研究材料の選択の正当性が述べられ、さらに新規生理活性物質を単離することで低分子と細胞との相互作用の解明研究に発展するという、本論文での研究の位置付けと意義が明示されている。

 第2章では実験材料の入手法、および具体的な実験方法が詳細に記されており、読者による追試が可能となっている。

 実質的な本論である第3章はさらに4項に分けて構成されている。第1項では藻類の培養から化合物7種の単離までの過程が要約されており、第2項ではここで分離の手段として用いたクロマトグラフィーの選択および結果に関して詳述されている。第3項では単離された化合物のうち4種について、分光学的手法による平面化学構造(下図)の解明に至る過程の論理が記述されている。さらに第4項では単離された化合物に観測された広範囲の細胞種に対する生理活性より細胞膜の揺動によりこれらが説明可能であることに基づき、人工細胞モデル系を用いた実験結果が詳述されている。これより細胞膜中でこれを補強しているステロイドが本化合物群の生理活性発現の標的分子であるという新たな知見が、説得性をもって記述されている。また実際の細胞に観測された個々の生理活性に関する考察、特に珪藻に対する毒性に基づき本化合物群の生態における機能に関する考察もなされており、本研究の新たな意義が示されている。第4章では以上の要約がなされている。

 111704f01.gif

 付録における別途研究の報告では、海綿抽出液中に青酸の包合体が存在し、これが遊離の青酸塩ではないことを裏付ける実験的知見が記述されている。

 以上、本論文の研究内容は現在まで未発見であった天然化合物群の化学構造決定を達成し、さらにこの化学構造に基づくこれらの生物機能を実験的に説明したちのであり、科学的な新事実の発見を含むものと認められる。加えて現時点では考察が一部困難ではあるが天然物化学の分野で重要と思われる実験事実を多数報告しており、本研究分野への貢献は大と判断される。

 なお、本論文第3章第3項に記された化学構造決定は本学大学院生の松森信明と、また同第4項に記された細胞膜モデルとの相互作用研究は同じく本学大学院生の此木敬一との協同により達成された成果であるが、本論文に詳述された部分は論文提出者が主体となって行なった実験結果によるものであり、本提出者の寄与が十分であると判断できる。

 従って、本論文提出者であるGopal K.Paulは、博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。

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