学位論文要旨



No 111705
著者(漢字) 金,鍾赫
著者(英字)
著者(カナ) キム,チョンヒョツ
標題(和) ゼオライト類似構造をもつシアノカドミウム系錯体包接体の包接選択機能と単結晶構造
標題(洋) Inclusion Selectivities of Zeolite-Mimetic Cyanocadmate Clathrates and Their Single Crystal Structure Determinations
報告番号 111705
報告番号 甲11705
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3069号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,振武
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 助教授 井本,英夫
 東京大学 助教授 薬袋,佳孝
内容要旨

 分子包接現象の分離技術への応用は、包接体発見の当初から注目されていたが、Pedersenによるクラウンエーテルの開発以来、シクロデキストリン、シクロファン、カリクサレン等、有機ホストの開発が盛んであり、無機ホストではゼオライト、粘土鉱物、あるいはそれらの修飾体等の天然無機化合物の利用例が多い。当研究室で開発されてきたシアン化カドミウムーシアノカドミウム酸塩系包接体には、Cd(CN)2とSiO2との構造特性の類似から、シリカ類似3次元、粘土鉱物類似2次元、ゼオライト類似3次元等の、天然鉱物とは似て非なる構造をもつものがある(北澤孝史:1991年度博士学位論文)。本研究では、これらの鉱物擬似構造多次元ホストの中から、シアノ基架橋3次元陰イオン格子中にオニウム陽イオンと中性ゲスト分子を包接するゼオライト類似3次元構造(北澤の分類によるIII型)を選び、新しい分離機能の発現を、包接体単結晶構造との関連の上で検証することを試みた。対象とする分離系は、基本的芳香族化合物であるベンゼン(B)、トルエン(T)、キシレン(X)異性体3種(O,M,P)、エチルベンゼン(E)の2〜5元混合系とし、それらの混合系からの混合ゲスト包接体結晶化の過程におけるゲストの包接選択性を調べると共に、構造未知であったいくつかの単独ゲスト包接体の単結晶構造を決定し、また、ゲスト分子の幾何学的構造特性によってホスト構造が大きく異なる新ホスト系列を開発した。

1.ゼオライト類似構造ホストにおけるB-T-X-E混合系からのゲスト包接選択性

 [単結晶構造解析] 既に北澤が報告した3種に加え、新たに7種の単独ゲスト包接体の構造解析を行った。これらの中で、オニウムゲストをNMe4+とする系のB,T,E,O,Mの包接体は直方晶系III型と同形、Pの包接体は六方晶系V型と同形、オニウムゲストをSMe3+とする系のB,T,Eの包接体はIII型と同形、Pの包接体はV型とほぼ同形である(表1)。オニウムゲストをSMe3+とする系のMの包接体単結晶は不安定であるため、粉末X線回折によって既知の単結晶構造との同定確認を行い、ホスト構造をV型と同定した。オニウムゲストをSMe3+とする系の0の単独ゲスト包接体は得られなかったが、混合ゲスト系では他のゲストと共に包接される。

Table 1. Crystallographic data for zeolite-mimetic clathrate[Cd3(CN)7]・[onium・G]

 [包接選択性の検証] 混合ゲスト系から生成する包接体のゲスト成分をガスクロマトグラフ法で決定し、有機液相でのゲスト種のモル分率をn,包接体中でのゲストのモル分率をN,濃縮係数をQ=N/nで表し、その結果の一部を等モル比混合系について表2にまとめた。それらの結果を総合すると、オニウムゲストをNMe4+とする包接体ホストのゲスト選択性は、T>B>P≫M>0及びE>P≫M>0の順であり、オニウムゲストをSMe3+とする包接体ホストのゲスト選択性は、P>T>B≫M>0及びP>E≫M>0の順である。

 [混合ゲスト包接体の構造] 混合ゲスト系から生成する包接体の構造を粉末X線回折法により、単独ゲスト包接体の結晶データと比較して、III型あるいはV型に同定した。即ち、B,T,Eの選択性が高い場合、生成する混合ゲスト包接体の構造はIII型、Pの選択性が高い場合はV型となる。このような構造帰属は、ゲスト包接選択性と密接に関連している。

2.新包接体[Cd3(CN)6(imH)2]・G系列の構造

 上記ゼオライト類似構造ホスト包接体の系に2次配位子としてイミダゾール(imH)を導入すると、6配位および4配位カドミウムにイミダゾールが配位した新ホスト構造を得る(表3)。B,T,C(シクロヘキサノン)は同形構造のホストを与えるが、Mはベリル(緑柱石:Al2Be3(SiO3)6)類似、Pはルチル(TiO2)類似、Eは粘土鉱物類似の、全く異なるホスト構造をとる。これらの知見は、この種の包接体においては、単なる組成の類似が決して構造上の類似を支持するものではないことを意味しており、物質系の機能開発における単結晶構造解析の重要性を如実に示している。

Table 2.Fractional enclathration-crystallisation data for[Cd3(CN)7]・[onium・G]図表Table 3.Crystallographic data for[Cd3(CN)6(imH)2]・G
審査要旨

 本論文は6章からなり,人工合成されたゼオライト類似3次元骨格構造をもつシアノカドミウム系錯体をホストとする包接体における,ベンゼン(B),トルエン(T),3種(O,M,P)のキシレン(X)異性体,エチルベンゼン(E)の包接挙動の差と結晶構造との関連を明らかにしたものである。

 第1章序論においては,本研究の歴史的背景と研究内容の梗概が述べられている。則ち,論文提出者所属研究室で開発されたシアノカドミウム系錯体ホスト[Cd3(CN)7-]nは,四面体4配位カドミウムと八面体6配位カドミウムが2:1の比でシアノ基によって連結された3次元構造をもち,四面体4配位金属イオン間を酸化物イオンが架橋して包接空間をつくる天然ゼオライトとは構造の類似性と相異点をもち,その分離媒質としての挙動もまたゼオライトとの類似性と相異性を示す可能性がある。そこで,基本的な芳香族分子であるB,T,X(O,M,P),Eの単一系からの単一ゲスト包接体及び二元-五元混合系からの混合ゲスト包接体の結晶構造と混合ゲスト包接体でのゲスト成分比の決定から,包接体生成結晶化の過程における選択性を検証することは,基礎科学的なホストーゲスト相互作用の解明と共に,新材料開発方法論の基礎データを提供することにもなるとして,本研究の意義を論じている。

 第2章は実験の部で,本研究で用いられた物質系の合成,分析,単結晶並びに粉末X線回折,特性測定の方法論と結果が記載されている。物質系としてはN:[Cd3(CN)7][NMe4・xG]包接体,S:[Cd3(CN)7][SMe3・xG]包接体,I:[Cd3(CN)6(imH)2]・xG包接体の三つの系を採り上げ,それらの単一ゲスト包接体の化学組成並びに単結晶構造決定,混合ゲスト包接体の構造確認とゲスト成分比決定,固体NMR分光解析などが述べられれている。

 第3章は物質系Aでの単一ゲスト包接体4種の単結晶構造解析と混合ゲスト包接体におけるゲストのガスクロマトグラフィによる成分比決定,粉末X線回折による構造確認,固体NMRによる相確認の詳細,第4章は物質系Bでの同様な実験結果の詳細を記載している。それらの結果から,物質系Nでは,B,T,O,M.Eが直方晶系空間群Pnamで同形,Pが六方晶系P63/mmcの単一ゲスト包接体を与えること,混合ゲスト包接体の構造は粉末X線回折からこれら両構造のいずれかに帰属されること,包接選択性はE>P≫M>O,T>B>P≫M>Oとなり,Pの成分比が最大となる場合のみホスト構造は六方晶系となり,他の場合はすべて同形の直方晶系構造をとることが明らかとなった。SではNの例と異なり,P>E≫M>O,P>B>T≫M>Oとなり,包接空間中に共存するオニウム陽イオンのメチル基の数が包接選択性に大きく影響することを見いだした。

 第5章では,上記N及びSとは異なり,イミダゾールが単座配位子として関与する多次元構造においては,BとTが同形3次元構造ホスト包接体を与えるが,Mはベリル様,Pはルチル様の3次元,Eは粘土鉱物様2次元ホスト構造と,ゲストの種類によって包接体構造が劇的に変化する事実を単結晶構造解析によって明らかにし,固体NMRによってホストの部分無秩序構造とゲスト分子の動的挙動を解析している。

 第6章は結論であるが,本研究は以下のような新事実を明らかにした。則ち,物質系N及びSは,ゲスト分子の相異に拘わらず,同形あるいはその変形となるホスト構造の包接体を与えること,NとSとの比較から共存オニウム陽イオンの幾何学的属性を変えることによって芳香族分子包接選択性の制御が可能となること,Nでは従来の報告例と異なってE>Pの選択性が実現したこと等によって,これら人工合成されたゼオライト類似3次元骨格構造をもつシアノカドミウム系錯体をホストとする包接体の分離媒体としての特徴を明らかにした。一方,物質系Iで,(B,T),M,P,Eのゲストの変化によるベリル様,ルチル様,粘土様等のホスト構造の大幅な変化は,鉱物擬似構造化学の新しい発展に寄与するところが著しいと認められる。

 以上のように,本論文はシアノ基架橋多次元錯体の合成と機能発現における開拓的な研究結果を述べており,その詳細な実験と独創性を高く評価できる。よって審査委員会は,本論文提出者が博士(理学)の学位を受ける資格のあるものと判定した。本論文の内容は,一部は既に共著論文として印刷公表済みであり,他の部分も公表予定であるが,その主要部分は提出者の顕著な寄与によると判定された。

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