審査要旨 | | 本論文は6章からなり,人工合成されたゼオライト類似3次元骨格構造をもつシアノカドミウム系錯体をホストとする包接体における,ベンゼン(B),トルエン(T),3種(O,M,P)のキシレン(X)異性体,エチルベンゼン(E)の包接挙動の差と結晶構造との関連を明らかにしたものである。 第1章序論においては,本研究の歴史的背景と研究内容の梗概が述べられている。則ち,論文提出者所属研究室で開発されたシアノカドミウム系錯体ホスト[Cd3(CN)7-]nは,四面体4配位カドミウムと八面体6配位カドミウムが2:1の比でシアノ基によって連結された3次元構造をもち,四面体4配位金属イオン間を酸化物イオンが架橋して包接空間をつくる天然ゼオライトとは構造の類似性と相異点をもち,その分離媒質としての挙動もまたゼオライトとの類似性と相異性を示す可能性がある。そこで,基本的な芳香族分子であるB,T,X(O,M,P),Eの単一系からの単一ゲスト包接体及び二元-五元混合系からの混合ゲスト包接体の結晶構造と混合ゲスト包接体でのゲスト成分比の決定から,包接体生成結晶化の過程における選択性を検証することは,基礎科学的なホストーゲスト相互作用の解明と共に,新材料開発方法論の基礎データを提供することにもなるとして,本研究の意義を論じている。 第2章は実験の部で,本研究で用いられた物質系の合成,分析,単結晶並びに粉末X線回折,特性測定の方法論と結果が記載されている。物質系としてはN:[Cd3(CN)7][NMe4・xG]包接体,S:[Cd3(CN)7][SMe3・xG]包接体,I:[Cd3(CN)6(imH)2]・xG包接体の三つの系を採り上げ,それらの単一ゲスト包接体の化学組成並びに単結晶構造決定,混合ゲスト包接体の構造確認とゲスト成分比決定,固体NMR分光解析などが述べられれている。 第3章は物質系Aでの単一ゲスト包接体4種の単結晶構造解析と混合ゲスト包接体におけるゲストのガスクロマトグラフィによる成分比決定,粉末X線回折による構造確認,固体NMRによる相確認の詳細,第4章は物質系Bでの同様な実験結果の詳細を記載している。それらの結果から,物質系Nでは,B,T,O,M.Eが直方晶系空間群Pnamで同形,Pが六方晶系P63/mmcの単一ゲスト包接体を与えること,混合ゲスト包接体の構造は粉末X線回折からこれら両構造のいずれかに帰属されること,包接選択性はE>P≫M>O,T>B>P≫M>Oとなり,Pの成分比が最大となる場合のみホスト構造は六方晶系となり,他の場合はすべて同形の直方晶系構造をとることが明らかとなった。SではNの例と異なり,P>E≫M>O,P>B>T≫M>Oとなり,包接空間中に共存するオニウム陽イオンのメチル基の数が包接選択性に大きく影響することを見いだした。 第5章では,上記N及びSとは異なり,イミダゾールが単座配位子として関与する多次元構造においては,BとTが同形3次元構造ホスト包接体を与えるが,Mはベリル様,Pはルチル様の3次元,Eは粘土鉱物様2次元ホスト構造と,ゲストの種類によって包接体構造が劇的に変化する事実を単結晶構造解析によって明らかにし,固体NMRによってホストの部分無秩序構造とゲスト分子の動的挙動を解析している。 第6章は結論であるが,本研究は以下のような新事実を明らかにした。則ち,物質系N及びSは,ゲスト分子の相異に拘わらず,同形あるいはその変形となるホスト構造の包接体を与えること,NとSとの比較から共存オニウム陽イオンの幾何学的属性を変えることによって芳香族分子包接選択性の制御が可能となること,Nでは従来の報告例と異なってE>Pの選択性が実現したこと等によって,これら人工合成されたゼオライト類似3次元骨格構造をもつシアノカドミウム系錯体をホストとする包接体の分離媒体としての特徴を明らかにした。一方,物質系Iで,(B,T),M,P,Eのゲストの変化によるベリル様,ルチル様,粘土様等のホスト構造の大幅な変化は,鉱物擬似構造化学の新しい発展に寄与するところが著しいと認められる。 以上のように,本論文はシアノ基架橋多次元錯体の合成と機能発現における開拓的な研究結果を述べており,その詳細な実験と独創性を高く評価できる。よって審査委員会は,本論文提出者が博士(理学)の学位を受ける資格のあるものと判定した。本論文の内容は,一部は既に共著論文として印刷公表済みであり,他の部分も公表予定であるが,その主要部分は提出者の顕著な寄与によると判定された。 |