学位論文要旨



No 111706
著者(漢字) 趙,同栄
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,ドウエイ
標題(和) CuFeの高温相関係と単結晶育成および酸素不定比性
標題(洋) High-Temperature Phase Relation,Single Crystal Growth,and Oxygen Non-stoichiometry of CuFe
報告番号 111706
報告番号 甲11706
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3070号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武居,文彦
 東京大学 教授 小間,篤
 東京大学 助教授 上田,寛
 東京大学 助教授 加藤,礼三
 東京大学 助教授 井本,英夫
内容要旨

 本論文は8章および附録より成る.第1章では,CuFeO2酸化物反強磁性体に関する研究の背景と目的について述べる.第2章〜第4章では,CuFeの単結晶育成およびCu2O-Fe2O3系の高温相関係について述べる.第5章〜第7章では,CuFeの酸素不定比性について述べる.以下に各章の概要をまとめる.

1.序論(第1章)

 低次元格子磁性体は,磁気相転移や磁性と電気伝導との相関などの観点から興味深い物質である.特に二次元三角格子磁性体は典型的なスピン競合系磁性体であり,また酸化物高温超伝導体に代表される二次元四角格子以外の磁性と電気伝導との相関を調べる上での重要なターゲットである.これらの異方的物性を正確に明らかにするためには,第一に大形良質単結晶を育成することが必要不可欠となる.さらに低次元格子磁性体では,不定比性,特に酸化物の場合酸素不定比性がその物性を大きく左右することから,物性を理解する上で組成分析および陽イオン価数評価といった物質の化学的キャラクタリゼーションが非常に重要となってくる.

 本研究では代表的な二次元三角格子反強磁性体であるCuFeを研究対象とした.CuFeO2はCu-Fe-Oの3成分系における安定物質の一つであり,デラフォサイトとも呼ばれている.空間群は三方晶R3mに属し,格子定数はah=3.03A,ch=17.09Aである.この物質はc軸に沿った3層,すなわち非磁性イオンCu+層,O2-層および磁性イオンFe3+層から形成されている.磁性イオンFe3+層は三角格子を形成し,O2-イオン層とCu+イオン層によってよく分離されているので,2次元性が非常に良く保持され,典型的な二次元三角格子反強磁性体といえる.しかし,CuFeO2は高温で分解溶融し,また,Cu2OとCuOの平衡状態に対し酸素分圧が強く影響している.さらに,Cu2Oは高温でるつぼと反応しやすいため,適当な容器を見つけるのは難しい.これらの原因で,大形良質な単結晶育成が容易ではない.

 本研究では,様々な雰囲気中において浮遊帯域融解法(FZ法)を用い,大形で良質の単結晶を育成することを第1の目的とする.さらに,Cu2O-Fe2O3,系の高温相関係を明らかにし,育成雰囲気と結晶成長および酸素不定比性の関係を明らかにする.また,結晶化学的見地よりCuFeの酸素不定比性について議論する.

2.単結晶育成と高温相関係第2章Cu2O-Fe2O3二元系の状態図

 まず,TG-DTAおよび溶融ロットの分析により,Cu2O-Fe2O3二元系状態図を決定した.その結果,CuFeO2は1180℃で分解溶融することが明かとなった(図1).

図1 Cu2O-Fe2O3二元系状態図
第3章CuFeの単結晶育成と評価

 単結晶は赤外線集中加熱炉を用いたfloating-zone法(FZ法)によって育成した.まず,CuOとFe2O3の混合粉末を空気中で800℃15時間保持し,CuFe2O4を合成した.次に,CuFe2O4とCuOの混合粉末をN2雰囲気中で950℃24時間固相反応させ,CuFeO2を合成した.粉末X線回折(XPD)で調べたところCuFeO2単相であった.さらに,合成されたCuFeO2単相粉末を静水圧で直径約1cm長さ約7cmに成型し,再びAr雰囲気中で1000℃20時間焼結し,育成用原料棒を作成した.この原料棒を用いて,Ar,CO2,Ar+0.5%O2,Ar+1%O2およびAr+2%O2の各雰囲気で単結晶育成を行った.育成例を図2に示す.XPDとX線プリセッション解析の結果,すべての雰囲気中で三方晶CuFe単結晶の育成に成功した.育成された単結晶は,いずれも直径約5〜8mm,長さ10〜30mmで黒色不透明であった.

図2 CuFe単結晶(Ar+0.5%O2)
第4章Cu-Fe-O系の高温相関係

 育成された単結晶の成長機構および成長機構に関係するCu-Fe-O系の高温相関係を明らかにするために,育成後の凝固棒の単結晶部とその上の原料棒溶融凝固部(育成時高温部)および下の種子棒溶融凝固部(低温部)の縦断面を電子プローブ微量分析(EPMA)とXPDによって相の同定を行った.各雰囲気で得られた結果を表1にまとめた.この結果より,各雰囲気の酸化還元性を考慮して推測される高温での相関係の概略図を図3に示した.この図は3つの部分に分けられる. すなわち,上部のCu2O-richな溶融部と中間のCuFeO2単相部分および下部のFe2O3-richな部分である. この図から,単結晶は以下の過程で育成されたと考えられる.まず,CuFeO2が高温でCu2OとFe2O3に部分分解する.分解した近傍では CuFeO2,Cu2O,Fe2O3の3相が存在することとなる.ここで,Fe2O3は1550℃という高融点であるのに対しCu2Oは1230℃という低融点のため,CuFeO2単結晶は融解したCu2Oを溶媒として移動する"溶媒移動浮遊帯域融解法(TSFZ法)"によって育成されたと結論される.

図表表1 結晶育成中の各雰囲気での各部分の相平衡 図3 溶媒移動浮遊帯域融解法(TSFZ法)
3.酸素不定比性3.1組成分析と格子定数(第5章)

 表2に各雰囲気で育成された単結晶のEPMAとXPDから求められた組成分析と格子定数の結果をまとめた.いずれの雰囲気でもCuとFeの比は1対1であるのに対し,酸素濃度は雰囲気に影響され,=-0.14〜0.06(あるいは=-0.061〜0.085)と系統的に変化している.還元性雰囲気では酸素欠損が生じ,酸化性雰囲気では過剰酸素が導入されるという酸素不定比性が生じていることがわかる.格子定数の結果も雰囲気の酸化還元性に影響され,還元性雰囲気ではほとんど変化しないのに対し,酸化性雰囲気ではかなりa軸が伸びc軸が縮んでいる.この変化からも酸素の不定比性が裏付けられる.

表2XRD and EPMA results for CuFe

 過剰酸素に伴う格子定数の変化は以下のように理解される.還元性雰囲気では,酸素欠損のため結晶構造内酸素イオンの格子点において空孔(vacancy)が生じ,これに伴う一部の半径0.67AのFe3+イオンが0.83AのFe2+イオンに変化した.この結果,a軸とc軸がほとんど変わらないと考えられる.一方,酸化性雰囲気では,過剰酸素が生じ,格子空隙に侵入し, 一部の半径0.96AのCu+イオンが0.72AのCu2+イオンに変わった.これに伴ってc軸が縮んだものと考えられる(図4).

図4 CuFe内過剩酸素の位置

 また、過剰酸素の位置について次のように考えられる.CuFeO2は空間群R3mの結晶構造を持っているが,R3mの最密充填率は74.05%であるのに対し,CuFeO2の充填率は53.50%であり約20%の空隙が存在している.c軸方向に垂直の面に投影されたCu2+イオンの三角格子面を見ると,半径 1.32AのO2-イオンがこの空隙に挿入されるため,Cu2+イオン間の距離,すなわちa軸が伸びると考えられる.

3.2イオン価数(第6章)

 3.1よりCuFeには酸素不定比性が存在することが明らかになった.ここでは,酸素不定比性によってCuとFeのイオン価数がどのように変化しているかを結晶化学的に議論する.行った実験はメスバウアー分光とX線光電子分光(XPS)および磁化率測定である.メスバウアー分光はCO2,Ar,Ar+0.5%O2およびAr+2%O2の各雰囲気で育成された単結晶について,またXPSはAr雰囲気の単結晶についてそれぞれ室温で測定した.磁化率測定はCO2,Ar,Ar+0.5%O2,Ar+2%O2の各雰囲気の単結晶について,c軸に平行と垂直な場合を5〜300Kの温度範囲で超伝導量子干渉磁力計を用いて測定した.

 メスバウアー測定の結果,いずれの結晶の場合も異性核シフトは0.382〜0.395mm/secであり,測定精度内でFeイオンは3価であると判断された.また,XPSの結果では,Cuイオンはおおむね1価、Feイオンはおおむね3価であると判断された.

第7章CuFeの磁気相転移に対する酸素不定比性の影響

 c軸に平行な磁化率の温度依存性を図5に示す.CuFeは13.4K近傍(TN1:ネール点)で反強磁性となり,さらに9K近傍(TN2:中間温度相と低温相の転移温度)で磁気構造相転移を示すことが報告されている.図5を見ると,育成雰囲気の酸化還元性によって酸素不定比性の効果が明らかに異なっていることがわかる.すなわち育成雰囲気が還元性で,酸素欠陥が欠損型の単結晶の場合には,TN2における磁気転移が高温側にシフトし転移も鋭くなっている. これに対し,育成雰囲気が酸化性で酸素欠陥が過剰侵入型の単結晶の場合には,TN2における磁気転移は逆に低温側にシフトして低温相が不安定になっており,また転移も緩やかになっている.この結果は,酸素不定比性に伴う酸素欠陥が欠損型か過剰侵入型かによってCuFeの磁気構造に及ぼす影響が明らかに異なることを意味している.

図5 磁化率の温度依存性

 酸素不定比性が磁気構造に及ぼす効果としては,格子定数の変化に伴う効果と,CuあるいはFeのイオン価数変化に伴う効果が期待される.そこで,上述の酸素欠陥の種類による効果の違いからイオン価数の変化を考察すると,以下のようになる.欠損型の場合には,Cuは1価のままでFeが3価と一部2価の混合原子価となっていると考えられる.また,格子定数はc軸がほとんど変わらない.その結果,この場合には二次元性が保たれる.これに対し,過剰侵入型の場合には,Feは3価のままでCuが1価と一部2価の混合原子価となっていると考えられる.この場合にはCu2+が磁気モーメントを持つためにCuFeO2におけるCu層が完全に非磁性層ではなくなる.また格子定数もc軸が縮んでいるので,完全な磁気的二次元性が保たれなくなる.その結果,低温相が不安定となり,TN2における磁気転移が低温側にシフトして転移も緩やかになっていると考えられる.

4.総論(第8章)

 以上各章の結果を次のように要約する.

 (1)二次元三角格子反強磁性体の磁性研究における重要性を指摘し,代表物質CuFeO2について単結晶試料が重要であることを明かにした.

 (2)Cu2O-Fe2O3系の高温相関係を初めて明かにし, CuFe単結晶の育成は"Cu2O溶媒移動浮遊帯域融解法(TSFZ)"によって育成されることがわかった.

 (3)様々な雰囲気中において,TSFZ法で初めて直径5〜8mm,長さ10〜30mmの大形良質なCuFe単結晶の育成に成功した.Ar+0.5%O2雰囲気中で,化学量論組成の単結晶が得られた.

 (4)単結晶の酸素濃度は育成雰囲気に依存し,還元性雰囲気では酸素欠損が生じ,酸化性雰囲気では格子空隙に過剰酸素が導入され,酸素不定比性が生じていることがわかった.

 (5)酸素不定比性は磁気転移に影響を与えることがわかった.このことから,CuFeのCuとFeは混合原子価の状態になり,CuはCu++Cu2+,FeはFe3++Fe2+となっていると考えられる.

審査要旨

 本論文は、磁性イオンが二次元三角格子を形成するデラフォサイト構造の低次元磁性体CuFeについて、高温相関係、浮遊帯溶融法による単結晶育成、および酸素不定比性の及ぼす構造、物性に対する影響について調べたものである。全体は8章より構成されており、第1章は緒論、第2章はCu2O-Fe2O3二元系状態図、第3章はCuFeの単結晶育成、第4章はCu-Fe-O系の高温相関系、第5章は組成と構造、第6章は陽イオン価数測定、第7章は磁気的性質への影響、第8章はまとめ、となっている。以下に論文内容を抄録する。

 まず第1章は緒論として、研究の目的、意義、過去の研究の経緯、本研究の具体的な対象について述べられている。CuFeは銅イオン層、酸素イオン層、鉄イオン層、酸素イオン層・・・が交互に積層した層状構造を持ち、磁性イオンの鉄は二次元三角格子層の格子点に存在する。従来CuFeの二次元磁性については、定比の多結晶焼結体による研究が主として行われており、物性の異方的な振舞いについては充分明らかにはされていない。また遷移金属陽イオンCu,Feの電荷揺動に伴う酸素不定比性については、検討した例はほとんどなかった。今回の研究では、厳密な雰囲気制御による良質の結晶育成を行い、酸素不定比性の導入と、それに伴うさまざまな物理化学的効果について調べることを目的としている。

 第2章ではTG-DTA法と浮遊溶融徐冷法を併用して、Cu2O-Fe2O3二元系状態図を決定している。この系の状態図は従来の研究例はなく、今回の研究で初めて明らかにされた。これにより、CuFeは1180℃でCu2OとFe2O3に分解して溶融することが確定された。

 第3章においては、上記の状態図をもとにして、溶媒移動による浮遊帯域溶融法を適用して、大形良質単結晶の育成が可能であることを示している。

 第4章では、赤外線集中加熱炉による浮遊帯域溶融法の結晶育成と、育成時における雰囲気酸素分圧との関係を詳しく調べている。還元雰囲気では溶融帯に金属銅が、酸化雰囲気ではCuOが析出しやすいことがわかった。

 第5章においては、雰囲気制御により得られた不定比酸素量の異なる各種結晶について、組成分析、結晶構造解析の結果が述べられている。CO2還元雰囲気下で得られた結晶には6-12%の酸素欠損が生じ、2%酸素を含む酸化雰囲気では6-9%の過剰酸素が含まれていることが示された。結晶構造から判断してこれらの不定比性は、酸素の点欠陥として酸素欠損(<0)が、また格子間酸素として過剰酸素(>0)が存在するとして説明された。

 第6章では、銅および鉄の荷数状態について、メスバウアー分光およびXPSによって測定した結果がまとめられている。定比組成(=0)の銅イオン(1価)、鉄イオン(3価)の他に、酸素不定比性(<0,または>0)による顕著なスペクトル変化は認められていない。

 第7章においては、反強磁性磁気相転移における酸素不定比性の効果について記してある。この物質は10K付近の低温において、二次元三角格子点に存在する磁性イオンの磁気的なフラストレーション状態が出現することがしられている。その転移温度TN2に対して、今回導入された酸素不定比性によって数Kの範囲で影響を与えることが示され、その原因について議論された。

 第8章では、これらの内容がまとめられている。

 本論文は以上の要約が示したように、二次元磁性体CuFeについて、高温相関係が明らかにされた。またその結果を基に、雰囲気制御により酸素不定比量を制御した単結晶を育成し、組成-構造-磁性の関係を明らかにした。なお、本論文の第3、章に関しては、長谷川正、武居文彦、小池正義の各氏、第4章に関しては長谷川正、武居文彦両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析・検討を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断した。以上、本研究によって得られた知見は、結晶化学、とくに結晶成長および低次元磁性研究の分野に少なからぬ進歩をもたらしたものと考えられる。従って、本論文の提出者は、博士(理学)の学位を受けるに充分な資格のあることを審査員一同認めた。

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