我々の研究室ではゲノムDNA中で組換え等によってDNAの一次構造が変化した部位を特定のプローブを用いることなく検出し、クローニングする方法として、IGCR(In-Gel Competitive Reassociation)法を開発してきた1。IGCR法は従来のDifferential Cloningを改良したものであるが、従来から問題となっていた、再会合効率の問題、部分的相同性を核とした不完全な再会合、反復配列による反応の阻害等を電気泳動により分子サイズを分けた後に、変性、再会合を行うことにより、改善した方法である。詳細は以下に説明する(Fig.1参照)。まず比較すべき二種のゲノムDNAを5’末端が突出するような同一の制限酵素で切断する[Mse I(5’T*TAA3’)等]。クローニングの対象とするDNA(以後Target DNAと呼ぶ)の方は、Biotin-dUTPを用いてfill-inを行う。一方、これに対するcompetitorとして用いるDNA(以後Reference DNAと呼ぶ)については末端の5’リン基をBacterial alkaline phosphatase(BAP)処理により除く。この両者を、Reference DNAがTarget DNAに対し、大過剰になるように混合し、ゲル電気泳動を行う。泳動後、ゲル内でDNAをアルカリ変性・再会合させる。この時、(1)のようにTarget DNAとReference DNAとで移動度が同じものについてはDNA鎖の交換反応が起こり、A:Target DNA同士が再会合したもの、B:Target DNA+Reference DNAのハイブリッド、C:Reference DNA同士が再会合したものの3種類の産物が出来る。一方たとえ、相同性が高くとも、泳動度の異なる(2)のような場合はゲル内でアルカリ変性・再会合させてもDNA鎖の交換反応は物理的に阻害され、AとCのタイプのみが出来(Target DNA,Reference DNAの自己会合)、Bのタイプは存在しない。今Reference DNAをTarget DNAに対し、100倍量用いて実験を行った場合、(1)のタイプは再会合が100%起こったとするとその存在比はほぼA:B:C≒1:200:10000となるのに対し、(2)のタイプ(RFLP断片)の場合はA:B:C=1:0:100のままである。この再会合したDNAをゲルより回収し、アダプターライゲーションをする。このとき両端にアダプターが結合出来るのは、Aのみである。ライゲーションサンプルをmung bean nuclease処理により、会合しそこなったssDNAの除去や、ミスマッチ断片の切断等を行った後、AvidinでコートしたPCR tubeを用いて、Biotinを含むDNA(DとE)のみをトラップする。そしてPCRを行うとDのみが増えてくる。このとき(1)のタイプの制限酵素断片ははじめの1/100になっている。一方(2)のタイプの制限酵素断片は変性・再会合前と同じ量である。故にPCRで100倍の増幅をlinear rangeでかけた場合、Targetのみに存在した(=Targetゲノム特異的な)制限酵素断片が結果的に100倍の濃縮がかかったことになる。さらに濃縮をかける場合は、増幅したPCR産物を同じ制限酵素で処理をしてやり、アダプター部分を切除したのち、Target調製を行い、上記一連の反応(電気泳動・変性・再会合・DNA回収・アダプターライゲーション・mung bean nuclease処理・Avidinトラップ・PCR)を繰り返す。理論的には何回でも濃縮がかけられるはずである。
本研究では更なる改良を行ったIGCR法を用いて、近交系マウス(BALB/cとC57BL)間のRFLPの濃縮されたライブラリー及び日本人個体間のRFLPの濃縮されたライブラリーを作製し、その解析を行った2。
1)近交系マウス間のRFLPライブラリーの検定。 近交系マウスであるBALB/cとC57BLはLaboratory Mouseとして様々な用途に用いられている。今回その両者のゲノムのpolymorphismを調べる為、IGCRを行い、RFLPライブラリーを作製した。その結果、累計約400倍の濃縮がかかり、ランダムに抽出した51クローンのうち約60%(30 clones)がアガロースゲルの分解能レベルで両ゲノムDNA間で明確に異なったSouthernハイブリダイゼーションパターンを示した。そのうち、18クローンがsingle copyレベルの特異的配列であり、残り12クローンが反復配列を含むと思われるDNA断片であった。またこれら30クローンはいずれも互いに異なるSouthernハイブリダイゼーションパターンを示した。
またそのRFLPライブラリーがゲノムのcomplexityを保っているか否か確認するため、任意の遺伝子座(Immunoglobulin,MHC)内の特定領域をプローブとし、その中にあるRFLP断片が濃縮されているかどうか確認した。その結果、IGCR適応範囲領域(300-1000bp)にあるRFLP断片のすべて(8/8)がライブラリー内に濃縮されており、このことからIGCRを行ってもゲノムのcomplexityは高頻度で保持されていることが示唆された。
2)日本人個体間のRFLPライブラリーの検定。 近交系マウスと同様にライブラリー内のクローンの解析を行い、そのクローンが用いた両者の日本人個体間でRFLPを示すか否か解析した。その結果、ランダムに抽出した65クローンのうち、約38%(25 clones)がアガロースゲルの分解能レベルで両ゲノムDNA間で明確に異なったSouthernハイブリダイゼーションパターンを示した。そのうち、3クローンがsingle copyレベルの特異的配列であり、残り22クローンが反復配列を含むと思われるDNA断片であった。またこれら25クローンは互いに異なるSouthernハイブリダイゼーションパターンを示した。
作製したライブラリーのcomplexity(ライブラリー内に何種類のRFLPを示すDNA断片が存在するか)を求めるために、クローンとして得られたsingle copyのDNA断片をprobeとして用い、ライブラリーに対して、コロニーハイブリダイゼーションを行った。その結果、およそ8100種類のRFLP断片がそのライブラリーの中に存在していた。
上記2つのRFLPライブラリーの作製を通して、IGCR法の様々な利点を示してきた。IGCR法は使うDNAを選ばないので、ヒト、マウス以外の他の高等生物ゲノムに対しても充分適応可能であり、制限酵素もMse Iに限らず他の制限酵素でもうまくいく報告がなされているので3,4、ゲノムマッピングに役立つ方法として様々なバリエーションが可能であろう。昨今、単なるunique配列以外のrepetitive sequence(VNTR等)に注目が集まっている。反復配列はゲノムDNAの再編成に関与している可能性があり、また実際、レトロポゾンの様な反復配列の遺伝子内への挿入、Triplet repeatsの増幅などのゲノムDNAの不安定性が原因となっているゲノムDNAの変異が、新しいタイプの遺伝病として注目されつつある。そのような変異は従来の遺伝学的解析では解析困難な精神疾患との関係が指摘されており、その変異を検出し、クローニングすることの出来るDifferential Cloning法に対する期待が高まっている。IGCR法はこれら新しいタイプの未知の遺伝的要因が関係していると思われる疾患に対しても、容易にアプローチ出来るものと期待される。
1.Kiyama,R.,Inoue,S.,Ohki,R.,Yokota,H.,Kikuya,E.and Oishi,M.(1995).Adv.Biophys.31: 151-161.
2.Inoue S.,Kiyama,R and Oishi,M.Genomics in press.
3.Iwasaki,T.,Ohki,R.,Kiyama,R.and Oishi,M.(1995).FEBS Lett.363:239-245.
4.Mizuguchi,R.,Inoue,S.,Kiyama,R.and Oishi,M.(1995).DNA Res.2:211-216.