真核細胞において微小管は、間期では核近傍に存在する中心体から放射状に伸びて細胞質微小管ネットワークを形成している。このネットワークは分泌顆粒などの細胞内輸送のレールとなったり、オルガネラの配向を規定するなどの多様な役割を担っている。細胞が間期からM期へ移行する際に細胞質微小管ネットワークは素早く崩壊・消失し、倍加した2つの中心体を両極とする紡錘体微小管が新たに形成される。紡錘体微小管は、複製された染色体DNAを2つの娘細胞に等しく分配する有糸分裂の一連の過程において、常に中心的役割を果たしている。M期開始の引き金となっているのは、MPFと呼ばれるG2/M期遷移のマスター制御因子であるが、MPFが活性化することによってこのような劇的な微小管の構築変換が引き起こされている。 Xenopus卵抽出液は細胞内における微小管構築をin vitroで忠実に再現することのできる優れた系で、紡錘体形成からDNA分配の一連の過程を再現できる他に、間期とM期の微小管構築の変換をも再現することができる。間期抽出液に単離中心体を加えると、そこから伸長する微小管は長くて安定であるのに対し、M期抽出液に中心体を加えると、ダイナミックで短い微小管が形成される。この間期型からM期型への微小管ダイナミクスの変換は、間期抽出液にMPFを添加することによって引き起こされ、また卵成熟過程のM期で活性化するMAPキナーゼの添加によっても誘起される。本論文では微小管の安定性を制御する微小管結合タンパク質に着目し、Xenopus卵から微小管結合タンパク質p220を初めて同定・精製し、その活性がMPF及びMAPキナーゼによって制御されていることを示した(第1章)。 p220は間期卵から精製すると、in vitroで微小管に結合し、微小管の形成を促進する活性をもっていた。精製p220に対するモノクローナル抗体を作製し、それを用いてXenopus由来A6培養細胞の染色を行うと、p220が細胞質微小管ネットワークと共局在することが分かった。これらの結果から、p220がXenopusにおける微小管結合タンパク質であることが明らかになった。ところが、M期(第2減数分裂期)卵から精製したp220は微小管に結合できず、微小管形成促進活性も失っていた。また、A6細胞染色でも、p220はM期の細胞においては微小管に局在するというよりはむしろ細胞質全体に拡散していた。Xenopus卵の正リン酸ラベルの実験から、p220が間期では脱リン酸化され、M期(第2減数分裂期)特異的に著しくリン酸化されていることが分かった。また精製p220はin vitroでMPF及びMAPキナーゼの両者によってリン酸化され、それらのリン酸化ペプチドマップはin vivoのM期でリン酸化されたp220のリン酸化ペプチドマップに酷似した。以上の結果から、細胞周期に依存したp220の微小管形成促進活性の変化は、MPF及びMAPキナーゼによるM期特異的リン酸化によって制御されており、そのp220の活性変化が間期とM期の微小管ダイナミクスの変換に重要な役割を果たしている可能性が考えられた。 Xenopus卵抽出液に外から微小管を加えると、間期抽出液中では微小管に変化は起こらないのに対し、M期抽出液中ではほんの2〜3分で微小管が短い断片に切断されてしまう。このような微小管切断活性も、間期とM期の微小管構築の変換に重要な役割を果たしていると考えられる。本論文では、間期抽出液にMPFを添加すると微小管切断活性が著しく上昇することを示し、さらに微小管切断活性を担う2つのタンパク質因子、p56(第2章)及びp48(第3章)をXenopus卵より初めて同定・精製した。 Xenopus卵M期抽出液から精製したp56は、in vitroにおいて30分程度で微小管を切断した。ゲルろ過・ショ糖密度勾配遠心から、精製p56は56kDaのサブユニットから構成されるホモオリゴマーであると考えられ、さらに電子顕微鏡観察から、p56は5つのサブユニットが環状に並んだドーナツ型をしていることが示された。また、p56と微小管をインキュベーションして電子顕微鏡観察を行った結果から、p56が微小管の側面に結合し、結合部位において微小管の歪みや切断を生じさせることが分かった。精製p56に対するポリクローナル抗体を作製し、イムノブロッティングを行った結果、p56のタンパク質量は間期とM期で全く差がなかった。また、間期抽出液から精製したp56は、M期p56と同じ比活性であった。これらのことから、間期抽出液中にはp56の活性阻害因子が存在し、その阻害活性がMPFによって制御されている可能性が示唆された。 もうひとつの微小管切断因子として、Xenopus卵M期抽出液からp48を初めて同定・精製した。精製p48はin vitroにおいて、2〜3分で微小管を非常に短い断片にまで切断する活性をもっていた。p48の微小管切断活性は遊離のチューブリンや微小管結合タンパク質(p220やMAP2)の添加によって阻害され、またp48はsubtilisin処理した微小管を切断しなかった。これらの性質はM期抽出液の微小管切断活性をよく再現している。精製p48に対するポリクローナル抗体を作製し、それを用いてM期抽出液からp48の免疫除去を行うと抽出液の微小管切断活性が低下したことから、p48が抽出液の微小管切断活性を担っていることが示された。p48の部分アミノ酸配列を決定し、ホモロジー検索を行ったところ、p48がXenopus卵のペプチド鎖伸長因子、EF-1と同一であることが明らかになった。EF-1はタンパク質合成の際にアミノアシル-tRNAをリボソームに結合させる際の酵素として働くことがよく知られており、これが微小管切断活性をもつことは、大変な驚きでもあり疑問にも思われた。そこでEF-1がGTP結合タンパク質であることから、GTP-セファロースカラムを用いて、p48がEF-1、つまりGTP結合タンパク質であるかどうかを確かめた。その結果、p48がGTP-セファロースカラムに特異的に結合し、さらにその溶出が微小管切断活性と完全に一致することが分かった。また、ウサギの肝臓から、GTP-セファロースカラムも含めた数段階のカラムクロマトグラフィーによってp48(EF-1)を精製すると、これも微小管切断活性をもつことが分かった。さらに大腸菌にヒトの組み換え型EF-1を発現させて精製したところ、この組み換え型EF-1もin vitroにおいて微小管切断活性をもっていた。以上の結果から、EF-1が微小管切断活性をもつことが明らかになった。膜透過性にしたラット3Y1培養細胞を組み換え型EF-1とインキュベーションすると、細胞質微小管ネットワークの崩壊が起こった。また、間期3Y1細胞に組み換え型EF-1を微量注入すると、一過的な素早い細胞質微小管ネットワークの崩壊が引き起こされた。これらのことから、EF-1が実際の細胞内においても微小管切断因子として機能しうることが示された。EF-1はウサギ肝臓から精製したものでも組み換え型でも微小管切断活性をもつのに対し、Xenopus卵間期抽出液は微小管切断活性を示さないことから、間期抽出液中にはEF-1の活性阻害因子が存在する可能性が考えられた。実際に間期抽出液をカラムクロマトグラフィーによって分画すると、p48(EF-1)由来の微小管切断活性が検出され、それに加えてその微小管切断活性を阻害する活性を分画することができた。したがって、その阻害因子の活性がMPFによって制御されている可能性が考えられる。EF-1はM期において、中心体付近に局在するという報告が数例ある。そこでXenopus卵抽出液に単離中心体を添加し、EF-1が中心体に集積してくるかどうかの検討を行った。その結果、間期抽出液中でもM期抽出液中でもEF-1はヌクレオチド依存的に中心体に集積することが分かった。またこの集積は、微小管脱重合剤であるノコダゾールを抽出液に添加しても起きたことから、EF-1は中心体から伸長した微小管をレールとして中心体に集積するのではなく、中心体に直接結合することが示された。M期においては、中心体からの微小管の離脱が増大することや、紡錘体微小管が両極の中心体へ流動する現象が観察されている。EF-1は中心体に局在することから、そのような現象の原動力となっている可能性が考えられる。 本論文では、EF-1も含めた中心体の分子構成及び機能を解析する目的で、Xenopus卵抽出液中で中心体に集積するタンパク質を抗原としてモノクローナル抗体を作製した(第4章)。数種類のクローンが得られたが、そのうちの3つの抗体によるA6培養細胞染色では、間期では中心体と思われる点状の染色が、またM期では両極の中心体及び紡錘体微小管の染色が特異的に観察された。M期では紡錘体微小管が染まるのに対し間期では細胞質微小管が染まらないことから、これらのモノクローナル抗体によって認識される抗原タンパク質が、間期とM期の微小管構築の変換に関与している可能性が考えられる。またこれら3つのモノクローナル抗体でA6細胞と3Y1細胞のイムノブロッティングを行うと、約60kDaのタンパク質が共通に認識された。このことから、この約60kDaのタンパク質が中心体及び紡錘体微小管に局在する抗原である可能性が高いと考えられた。 |