KDNは、1986年、ニジマス卵ポリシアロ糖タンパク質分子中に微量成分として天然で初めて発見された新規シアル酸で、Neu5Ac,Neu5Gc等N-アシルノイラミン酸のC-5位のアミノアシル基が水酸基で置換された構造をもっている。 バクテリアから哺乳動物に至るまで、KDNが生物界に広く分布していること、KDN残基は特定の糖タンパク質、糖脂質に存在し、それらが時間的・空間的に発現制御されて機能することが明らかにされつつある。 一方、KDN複合糖質の生合成・分解機構、及びそれらの諸過程に関与する酵素のKDN分子認識機構はこれまで全く解明されていなかった。 本研究は、KDN複合糖質におけるKDN残基の形成機構を解明すること、即ち、生合成過程に関与する酵素を同定し、その性質を明らかにすること、KDN複合糖質の生合成及び分解過程に関与する酵素のKDN及びN-アシルノイラミン酸に対する反応の特異性を解析すること、を目指し行ったものである。 INTRODUCTIONの研究の背景と意義、概要についての記述に引き続き、CHAPTERIからCHAPTER IIIにおいて、複合糖質におけるKDN残基の形成機構を明らかにしている。 即ち、KDNはN-アシルノイラミン酸アナログであることから、N-アシルノイラミン酸と同様、まず、KDNとCTPを基質とするCMP-KDN合成酵素の働きで活性化糖ヌクレオチドであるCMP-KDNが生成し(式1)、次いでCMP-KDNをドナーとするKDN-転移酵素の働きでアクセプターグリカンに取り込まれ、KDN-グリカンが生成する機構(式2)を推定し、 CHAPTER Iでは、KDN-ガングリオシド、(KDN)GM3を主要糖脂質成分とするニジマス精巣の可溶性画分に(1)の反応を触媒するCMP-KDN合成酵素活性の存在を明らかにしている。 この酵素を部分精製し、諸性質を調べ、Vmax/Km値の比較からKDNをNeu5Ac及びNeu5Gcより良い基質とすること、更に、KDNとNeu5Acの混合基質を用いた競合実験から、CMP-KDN合成反応とCMP-Neu5Ac合成反応には単一の酵素が携わっていること、を示している。 仔ウシ脳CMP-N-アシルノイラミン酸合成酵素をはじめ、CMP-N-アシルノイラミン酸合成酵素の存在は古くから知られているが、KDNに対し高い活性を示す酵素の存在が明らかにされたのは初めてである。 CHAPTER IIでは、ニジマス精巣CMP-KDN合成酵素の基質特異性について、更に詳細な解析がなされている。 C-4及びC-5位の置換基を改変した種々のKDNアナログ、Neu5Acアナログを用いて酵素反応速度論的解析を行った結果、ニジマス精巣CMP-KDN合成酵素は殆どのKDNアナログ、Neu5Acアナログを基質とし、Neu5Acアナログに対しては高い活性を示すが、KDNアナログは殆ど基質としない仔ウシ脳CMP-N-アシルノイラミン酸合成酵素に比べ、C-5位の置換基の違いに関して広い特異性をもつことを明らかにしている。 CMP-KDN合成酵素の存在は、KDN-転移酵素の存在を強く示唆した。 従って、CHAPTER IIIでは、ニジマス精巣CMP-KDN合成酵素を用いることにより調製可能となったCMP-[14C]KDNをドナーとして、KDN-転移酵素活性を検索し、その結果、ニジマス精巣のゴルジ膜画分にラクトシルセラミドをアクセプターとして(KDN)GM3を合成する酵素活性、即ち、2→3KDN-転移酵素活性を見出すことに成功している。 以上、CMP-KDN合成酵素、KDN-転移酵素の存在が判明したことから、KDN複合糖質におけるKDN残基の形成は、上記(1),(2)の反応によって行われることが明確となった。 最後のCHAPTER IVでは、バクテリアに初めて発見された、N-アシルノイラミン酸複合糖質を基質とせず、KDN複合糖質のKDN-ケトシド結合を特異的に加水分解する酵素、KDNアーゼSMの反応特異性を解析した結果が述べられている。KDNアーゼ活性は、KDNのC-2,3位の間に二重結合をもつKDN2enにより拮抗的に阻害され、KDN2enの阻害定数Kiが基質のミカエリス定数Kmより小さいことから、KDN2enは遷移状態アナログであるとみなすことができること、KDNアーゼSMの基質認識には、KDN残基のC-5及びC-4位の水酸基が関与していること、を酵素反応速度論的解析によって明らかにしている。 以上を要するに、本研究では、これまで全く未知であったKDN複合糖質におけるKDN残基の生合成経路を明らかにした。 更に、KDN複合糖質の生合成・分解過程に関与する酵素の基質特異性を酵素反応速度論的解析により明らかとし、これらの酵素によるKDN分子認識機構を構造化学的に解明するための基盤を確立したといえる。 従って、本論文の著者は博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。 なお、本論文のCHAPTER I及びCHAPTER IIは、既に2篇の共著論文として発表されており、CHAPTER III及びCHAPTER IVは2篇の共著論文として投稿中であるが、いずれにおいても論文提出者は主要な寄与をなしたものであることが認められる。 |