学位論文要旨



No 111720
著者(漢字) 三嶋,将紀
著者(英字)
著者(カナ) ミシマ,マサノリ
標題(和) ミオシン調節軽鎖のリン酸化の細胞質分裂への関与
標題(洋) Phosphorylation of myosin regulatory light chain in cell division
報告番号 111720
報告番号 甲11720
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3084号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 堀田,凱樹
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 講師 広野,雅文
内容要旨

 細胞質分裂は細胞の増殖に必須の過程である。動物細胞においてはアクチン繊維を主な成分とする収縮環が形成され、アクチン・ミオシンの滑り運動によってこれが収縮し細胞が二分される。細胞質分裂の調節の分子機構には不明な点が多い。近年、分裂中期促進因子(MPF)のタンパク質キナーゼとしての同定に象徴されるように、タンパク質のリン酸化による活性調節が、細胞周期の調節に本質的に重要な役割を担うという考え方が広く受け入れられている。細胞質分裂の調節に関しても、タンパク質のリン酸化が何らかの役割を担うことが示唆されている。すなわち、ミオシン軽鎖キナーゼ阻害剤ML-9が細胞質分裂を阻害すること、また、タンパク質ホスファターゼ1および2Aの阻害剤カリキュリンAがウニ未受精卵にアクチン繊維を主成分とした収縮環様の構造の形成を誘導し細胞のくびれをひきおこすことが示されている。

 ミオシン-II(以下ミオシンと記す)は細胞質分裂におけるリン酸化の標的の一つの候補である。ミオシンはアクチンとならんで細胞質分裂に必須であることが、抗体の顕微注入や遺伝子破壊などにより明らかになっている。また、高等動物の平滑筋および非筋細胞のミオシンはリン酸化によって活性が調節される。すなわち、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)によってその調節軽鎖のSer-19がリン酸化され、その結果アクチンに依存したATPase活性が上昇し、フィラメント形成(ミオシン分子の自己集合)が促進される。平滑筋の収縮の開始に、このリン酸化が重要な役割を果たすということは広く受け入れられている。また、Cキナーゼ(PKC)によってSer-1、Ser-2、Thr-9がリン酸化され、その結果ミオシンの活性化が抑制される。さらに、近年、MPFによりPKCと同様の部位がリン酸化されることが示されており、分裂中期に受けていた活性の抑制が分裂後期に解除され、ミオシンが活性化することにより分裂が誘導されるという仮説が考えられている。

 私は、ミオシン調節軽鎖のリン酸化の細胞質分裂への関与について、ウニ卵を用いて研究を行ってきた。ウニ卵は、自然な状態で非常によく同調した細胞を比較的大量に得ることができるため、古くから細胞分裂の研究のよい材料として用いられてきた。ウニ卵ミオシンの活性の調節に関しては詳細な研究がなされていなかったので、まず、in vitroにおいてウニ卵のミオシンがリン酸化による活性の調節を受けるかどうかを調べた。次に、in vivoにおけるミオシン調節軽鎖のリン酸化状態について調べた。

 精製卵ミオシンはニワトリ砂嚢平滑筋のMLCKにより20kDaの軽鎖(調節軽鎖)がリン酸化された。調節軽鎖上のリン酸化部位(以下、MLCK部位と呼ぶ)は、トリプシン分解後のリン酸化ペプチドマッピングの結果から、高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシン調節軽鎖のSer-19と同様の部位であることが推測された。MLCK部位のリン酸化によりアクチンに依存したATPase活性が最大で20倍以上活性化された。

 これに対し、ウニ卵ミオシンはフィラメント形成に関しては、高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンとはかなり異なった性質を持つことがわかった。高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンは、調節軽鎖が脱リン酸化型の場合、いわゆる生理的イオン強度下(0.1から0.15MKCI)においては、1mMATPによりフィラメントの形成が阻害される。しかし、MLCKによるリン酸化が起こると、フィラメントの形成が促進されるということが知られている。フィラメントの形成は濁度法および遠心法で測定した。いずれによっても、ウニ卵ミオシンでは、0.35MKCIというかなり高いイオン強度下でもATPの存在にかかわらずフィラメントの形成が見られた。また、MLCKによるリン酸化も、フィラメント形成に大きな影響を与えなかった。

 また、ウニ卵ミオシンの調節軽鎖もPKCおよびMPFによりリン酸化された。リン酸化ペプチドマッピングにより、このときリン酸化される部位はPKCによる場合とMPEによる場合でほぼ同一であり(PKC部位)、これらはMLCK部位とは異なることがわかった。これらのキナーゼによるリン酸化のミオシンの活性への影響は現在のところ不明である。

 次に、in vivoにおけるリン酸化状態を検討した。ウニ受精卵を培養し数分おきに免疫沈降法によって回収した卵ミオシンの調節軽鎖を、2次元電気泳動法によりリン酸化型と非リン酸化型に分離・定量した結果、細胞周期によらず常に約25%程度の調節軽鎖がリン酸化を受けていることがわかった。次に、[32P]正リン酸でラベルした受精卵より同様の方法で回収したミオシン調節軽鎖のリン酸化ペプチドマッピングを行ったところ、リン酸化部位は細胞周期を通じてMLCK部位であり、PKC部位のリン酸化は見られなかった。

 以上の方法においては、細胞を可溶化し、抗体とインキュベートする間に人為的なリン酸化・脱リン酸化が起こる可能性が完全には否定できないので、さらに、これとは異なる方法によっても解析を行った。すなわち、[32P]正リン酸でラベルした細胞を冷TCA処理によって固定後、全細胞タンパク質を2次元電気泳動した。このとき内部標準として加えた非ラベル精製卵ミオシンの調節軽鎖に相当するスポットをゲルから回収し、リン酸化部位をリン酸化ペプチドマッピングによって調べた。この方法によっても、免疫沈降法の場合と同様、細胞周期を通じてMLCK部位のリン酸化が見られ、PKC部位のリン酸化は見られなかった。

 以上の結果から、まず、ウニ卵ミオシンのin vitroにおける性質として、MLCK部位のリン酸化によってATPase活性は活性化されるが、フィラメント形成は大きな影響を受けないということがあきらかとなった。このことは、既に述べた高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンの性質とは異なる。

 また、ウニ卵細胞内においては細胞周期を通じて、MLCK部位のリン酸化が見られ、PKC部位のリン酸化はほとんど見られなかった。このことは、ウニ卵の初期卵割においては、PKC部位のリン酸化は細胞質分裂の調節に重要ではないことを示唆する。一方、哺乳類培養細胞では、微小管阻害剤ノコダゾールを用いて分裂中期に同調すると、おもにPKC部位がリン酸化されているが、薬剤の除去後分裂が進行するにつれて、おもにMLCK部位がリン酸化されるようになるという結果が既に報告されている。本研究の結果はこの報告と矛盾しており、細胞質分裂の調節機構が統一的には理解されない可能性を示唆している。しかし、in vitroでミオシンの活性化に必要なMLCK部位のリン酸化がin vivoでも見られたことは、このリン酸化の重要性を示唆する。このリン酸化の細胞質分裂の調節における意義としては、ある程度起こってさえいれば十分であり、アクチン・ミオシン系の収縮制御は主にアクチン側が受けるという可能性と、何らかの機構で細胞内部位特異的に軽鎖のリン酸化がおこり(たとえば、分裂溝でのみリン酸化が起こる)、これが細胞質分裂を誘起するという可能性が考えられる。細胞質分裂におけるミオシン軽鎖のリン酸化の役割を明らかにするには、さらなる検討が必要である。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章はウニ卵ミオシンのin vitroでのリン酸化について、第2章はin vivoでのリン酸化について、第3章ではウニ卵抽出液中のミオシン軽鎖リン酸化活性について述べられている。

 細胞質分裂は細胞の増殖に必須の過程である。動物細胞においてはアクチン繊維を主成分とする収縮環が形成され、アクチン・ミオシンの滑り運動によってこれが収縮し細胞が二分される。細胞質分裂の調節の分子機構には不明な点が多いがタンパク質のリン酸化が何らかの役割を担うことが示唆されている。

 ミオシン-II(以下ミオシンと記す)は細胞質分裂におけるリン酸化の標的の一つの候補である。ミオシンはアクチンとならんで細胞質分裂に必須である。また、高等動物の平滑筋および非筋細胞のミオシンはリン酸化によって活性が調節される。すなわち、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)によってその調節軽鎖の Ser19がリン酸化され、その結果アクチンに依存したATPase活性が上昇し、フィラメント形成が促進される。平滑筋の収縮にこのリン酸化が重要な役割を果たす。また、Cキナーゼ(PKC)によってSer1、Ser2、Thr9がリン酸化され、その結果ミオシンの活性化が抑制される。さらに、近年、MPFによりPKCと同様の部位がリン酸化されることが示されており、分裂中期に受けていた活性の抑制が分裂後期に解除され、ミオシンが活性化することにより分裂が誘導されるという仮説が考えられている。

 この論文ではミオシン調節軽鎖のリン酸化の細胞質分裂への関与について、ウニ卵を用いて研究を行っている。まず、in vitroにおいてウニ卵のミオシンがリン酸化による活性の調節を受けるかどうかを、次にin vivoにおけるミオシン調節軽鎖のリン酸化状態について調べている。

 精製卵ミオシンはニワトリ砂嚢平滑筋のMLCKにより調節軽鎖がリン酸化された。調節軽鎖上のリン酸化部位(MLCK部位)は、リン酸化ペプチドマッピングの結果から、高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシン調節軽鎖のSer-19と同様の部位であることが推測された。MLCK部位のリン酸化によりアクチンに依存したATPase活性が20倍以上活性化された。これに対し、ウニ卵ミオシンはフィラメント形成に関しては、高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンとは異なる性質を持つことがわかった。後者は、調節軽鎖が脱リン酸化型の場合、生理的イオン強度下においては、1mM ATPによりフィラメント形成が阻害される。しかし、MLCKによりリン酸化されるとフィラメント形成が促進される。フィラメント形成を濁度法および遠心法で測定した結果、いずれによっても、ウニ卵ミオシンでは,0.35MKCIという高いイオン強度下でもATPの存在にかかわらずフィラメント形成が見られた。また、MLCKによるリン酸化も、フィラメント形成に大きな影響を与えなかった。

 ウニ卵ミオシンの調節軽鎖もPKCあるいはMPFによりリン酸化された。ノン酸化ペプチドマッピングにより、このときリン酸化される部位(PKC部位)は両者ほぼ同一であり、MLCK部位とは異なっていた。次にin vivoにおけるリン酸化状態を検討している。ウニ受精卵から免疫沈降法によって回収した卵ミオシンの調節軽鎖を、2次元電気泳動によりリン酸化型と非リン酸化型に分離・定量し,細胞周期によらず常に約25%程度の調節軽鎖がリン酸化を受けていることを明らかにした。次に[32P]正リン酸でラベルした受精卵より同様の方法で回収した調節軽鎖のノン酸化ペプチドマッピングを行った結果、リン酸化部位は細胞周期を通じてMLCK部位であり、PKC部位のリン酸化は見られなかった。この結果は[32P]正リン酸でラベルした卵をTCAよって固定後、全細胞タンパク質を2次元電気泳動し、卵ミオシンの調節軽鎖をゲルから回収し、リン酸化ペプチドマッピングを行う、という方法によっても確認された。

 以上の結果から論文提出者は、まずウニ卵ミオシンの特異な性質として、MLCK部位のリン酸化によってATPase活性は活性化されるが、フィラメント形成は影響を受けないことを明らかにし、次にウニ卵の初期卵割においては、細胞質分裂の調節におそらくMLCK部位のリン酸化は関与しているがPKC部位のそれは重要ではないことを示した。

 この研究は細胞質分裂の調節機構の解明に関し重要な貢献をしたと評価される。よって論文提出者三嶋将紀は東京大学博士(理学)の学位を受けるに十分な資格があるものと認める。なお本論文の内容は2編の論文として公表される予定である。1編は現在印刷中であり、他の1編は本年中に公表予定である。2編とも共著論文であるが論文提出者はその全てにおいて研究の主要部分に寄与したものであることを確認した。

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