細胞質分裂は細胞の増殖に必須の過程である。動物細胞においてはアクチン繊維を主な成分とする収縮環が形成され、アクチン・ミオシンの滑り運動によってこれが収縮し細胞が二分される。細胞質分裂の調節の分子機構には不明な点が多い。近年、分裂中期促進因子(MPF)のタンパク質キナーゼとしての同定に象徴されるように、タンパク質のリン酸化による活性調節が、細胞周期の調節に本質的に重要な役割を担うという考え方が広く受け入れられている。細胞質分裂の調節に関しても、タンパク質のリン酸化が何らかの役割を担うことが示唆されている。すなわち、ミオシン軽鎖キナーゼ阻害剤ML-9が細胞質分裂を阻害すること、また、タンパク質ホスファターゼ1および2Aの阻害剤カリキュリンAがウニ未受精卵にアクチン繊維を主成分とした収縮環様の構造の形成を誘導し細胞のくびれをひきおこすことが示されている。 ミオシン-II(以下ミオシンと記す)は細胞質分裂におけるリン酸化の標的の一つの候補である。ミオシンはアクチンとならんで細胞質分裂に必須であることが、抗体の顕微注入や遺伝子破壊などにより明らかになっている。また、高等動物の平滑筋および非筋細胞のミオシンはリン酸化によって活性が調節される。すなわち、ミオシン軽鎖キナーゼ(MLCK)によってその調節軽鎖のSer-19がリン酸化され、その結果アクチンに依存したATPase活性が上昇し、フィラメント形成(ミオシン分子の自己集合)が促進される。平滑筋の収縮の開始に、このリン酸化が重要な役割を果たすということは広く受け入れられている。また、Cキナーゼ(PKC)によってSer-1、Ser-2、Thr-9がリン酸化され、その結果ミオシンの活性化が抑制される。さらに、近年、MPFによりPKCと同様の部位がリン酸化されることが示されており、分裂中期に受けていた活性の抑制が分裂後期に解除され、ミオシンが活性化することにより分裂が誘導されるという仮説が考えられている。 私は、ミオシン調節軽鎖のリン酸化の細胞質分裂への関与について、ウニ卵を用いて研究を行ってきた。ウニ卵は、自然な状態で非常によく同調した細胞を比較的大量に得ることができるため、古くから細胞分裂の研究のよい材料として用いられてきた。ウニ卵ミオシンの活性の調節に関しては詳細な研究がなされていなかったので、まず、in vitroにおいてウニ卵のミオシンがリン酸化による活性の調節を受けるかどうかを調べた。次に、in vivoにおけるミオシン調節軽鎖のリン酸化状態について調べた。 精製卵ミオシンはニワトリ砂嚢平滑筋のMLCKにより20kDaの軽鎖(調節軽鎖)がリン酸化された。調節軽鎖上のリン酸化部位(以下、MLCK部位と呼ぶ)は、トリプシン分解後のリン酸化ペプチドマッピングの結果から、高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシン調節軽鎖のSer-19と同様の部位であることが推測された。MLCK部位のリン酸化によりアクチンに依存したATPase活性が最大で20倍以上活性化された。 これに対し、ウニ卵ミオシンはフィラメント形成に関しては、高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンとはかなり異なった性質を持つことがわかった。高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンは、調節軽鎖が脱リン酸化型の場合、いわゆる生理的イオン強度下(0.1から0.15MKCI)においては、1mMATPによりフィラメントの形成が阻害される。しかし、MLCKによるリン酸化が起こると、フィラメントの形成が促進されるということが知られている。フィラメントの形成は濁度法および遠心法で測定した。いずれによっても、ウニ卵ミオシンでは、0.35MKCIというかなり高いイオン強度下でもATPの存在にかかわらずフィラメントの形成が見られた。また、MLCKによるリン酸化も、フィラメント形成に大きな影響を与えなかった。 また、ウニ卵ミオシンの調節軽鎖もPKCおよびMPFによりリン酸化された。リン酸化ペプチドマッピングにより、このときリン酸化される部位はPKCによる場合とMPEによる場合でほぼ同一であり(PKC部位)、これらはMLCK部位とは異なることがわかった。これらのキナーゼによるリン酸化のミオシンの活性への影響は現在のところ不明である。 次に、in vivoにおけるリン酸化状態を検討した。ウニ受精卵を培養し数分おきに免疫沈降法によって回収した卵ミオシンの調節軽鎖を、2次元電気泳動法によりリン酸化型と非リン酸化型に分離・定量した結果、細胞周期によらず常に約25%程度の調節軽鎖がリン酸化を受けていることがわかった。次に、[32P]正リン酸でラベルした受精卵より同様の方法で回収したミオシン調節軽鎖のリン酸化ペプチドマッピングを行ったところ、リン酸化部位は細胞周期を通じてMLCK部位であり、PKC部位のリン酸化は見られなかった。 以上の方法においては、細胞を可溶化し、抗体とインキュベートする間に人為的なリン酸化・脱リン酸化が起こる可能性が完全には否定できないので、さらに、これとは異なる方法によっても解析を行った。すなわち、[32P]正リン酸でラベルした細胞を冷TCA処理によって固定後、全細胞タンパク質を2次元電気泳動した。このとき内部標準として加えた非ラベル精製卵ミオシンの調節軽鎖に相当するスポットをゲルから回収し、リン酸化部位をリン酸化ペプチドマッピングによって調べた。この方法によっても、免疫沈降法の場合と同様、細胞周期を通じてMLCK部位のリン酸化が見られ、PKC部位のリン酸化は見られなかった。 以上の結果から、まず、ウニ卵ミオシンのin vitroにおける性質として、MLCK部位のリン酸化によってATPase活性は活性化されるが、フィラメント形成は大きな影響を受けないということがあきらかとなった。このことは、既に述べた高等動物の平滑筋・非筋細胞ミオシンの性質とは異なる。 また、ウニ卵細胞内においては細胞周期を通じて、MLCK部位のリン酸化が見られ、PKC部位のリン酸化はほとんど見られなかった。このことは、ウニ卵の初期卵割においては、PKC部位のリン酸化は細胞質分裂の調節に重要ではないことを示唆する。一方、哺乳類培養細胞では、微小管阻害剤ノコダゾールを用いて分裂中期に同調すると、おもにPKC部位がリン酸化されているが、薬剤の除去後分裂が進行するにつれて、おもにMLCK部位がリン酸化されるようになるという結果が既に報告されている。本研究の結果はこの報告と矛盾しており、細胞質分裂の調節機構が統一的には理解されない可能性を示唆している。しかし、in vitroでミオシンの活性化に必要なMLCK部位のリン酸化がin vivoでも見られたことは、このリン酸化の重要性を示唆する。このリン酸化の細胞質分裂の調節における意義としては、ある程度起こってさえいれば十分であり、アクチン・ミオシン系の収縮制御は主にアクチン側が受けるという可能性と、何らかの機構で細胞内部位特異的に軽鎖のリン酸化がおこり(たとえば、分裂溝でのみリン酸化が起こる)、これが細胞質分裂を誘起するという可能性が考えられる。細胞質分裂におけるミオシン軽鎖のリン酸化の役割を明らかにするには、さらなる検討が必要である。 |