学位論文要旨



No 111724
著者(漢字) 有泉,高史
著者(英字) Ariizumi,Takashi
著者(カナ) アリイズミ,タカシ
標題(和) アクチビンAによる両生類の初期発生における細胞分化および形態形成の制御
標題(洋) Control of cell differentiation and morphogenesis by activin A during early amphibian development
報告番号 111724
報告番号 甲11724
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3088号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 教授 嶋,昭紘
 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨

 アクチビンAは形質転換成長因子-(TGF-)スーパーファミリーに属するタンパク質であり、ろ胞刺激ホルモン(FSH)の分泌促進や赤芽球の分化誘導作用をもつことが知られている。近年、これらの作用のほかにツメガエルの予定外胚葉片に対して中胚葉組織を誘導することが明らかにされ、初期発生における細胞分化や形態形成に重要な役割を果たすことがわかってきた。一方、両生類の胞胚の予定外胚葉域(胞胚腔の天井部分)は、胚から切り出して培養すると不整形な表皮細胞の塊となる。このとき、培養液に誘導物質をくわえると外・中・内胚葉性のあらゆる組織に分化させることができる。本研究では、このような予定外胚葉片の性質(多能性)を利用して、アクチビンAによる試験管内での細胞分化および形態形成の制御を試みた。まず、勾配理論に基づいてアクチビンAの濃度によるツメガエルの予定外胚葉片における中胚葉分化の制御を行なった。次に、アクチビンAによる中胚葉誘導が両生類に普遍的な現象であるかを調べるため、イモリの予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能を調べた。最後に、アクチビンAで処理した予定外胚葉片と形成体との類似性を調べ、試験管内で幼生の基本的な形を作るための条件を検討した。

第I部ツメガエルの予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能-アクチビンAの中胚葉誘導能と予定外胚葉片の反応能について-

 初期発生では、さまざまな組織が秩序正しく分化してくる。二重勾配説(Toivonen and Saxen,1955)に代表される勾配理論では、初期胚に誘導因子の濃度勾配を想定し、その濃度に応じて誘導される組織の種類が決定されるとしている。第I部では、誘導因子アクチビンAの濃度勾配による予定外胚葉片の中胚葉分化の制御を試みた。また、種々の発生段階や部域の予定外胚葉片を用いることにより、反応系組織のもつ反応能の重要性を考察した。

 予定外胚葉片はアクチビンAの濃度に依存して、腹側中胚葉組織から背側中胚葉組織へと分化する組織の種類を変えた。低濃度のアクチビン処理では、血球様細胞・体腔上皮・間充織が分化し、濃度が高くなるにつれて筋肉、続いて脊索が分化した。また、予定外胚葉片をこのような中胚葉組織に分化させるアクチビンAの濃度と処理時間とは反比例的な関係にあることがわかった。一方、アクチビンAはいずれの発生段階(初期胞胚期〜初期原腸胚期)の予定外胚葉片に対しても濃度依存的な中胚葉誘導能を示した。しかし、予定外胚葉片の発生段階によって誘導される組織の頻度に違いが見られた。また、中期胞胚期以降の予定外胚葉片の予定背側域と予定腹側域とでは、同じ濃度のアクチビン処理に対して異なった反応を示した。前者は筋肉や脊索などの背側中胚葉組織に、後者は体腔上皮や間充織などの腹側中胚葉組織にそれぞれ高い頻度で分化した。

 以上の結果は、「勾配」の概念、すなわち誘導因子の濃度勾配によって組織分化が決定されることを、アクチビンAを用いて試験管内で示したものである。同時に、組織分化は誘導因子のみによって決定されるのではなく、それを受けとる反応系組織の反応能も重要な役割を果たすことを示唆している。ツメガエルの初期胚におけるアクチビンAの濃度勾配の存在や反応能の実体は不明であるが、第I部の結果はこれらの問題を解決するための手がかりになるであろう。

第II部イモリの予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能-アクチビンAによる予定外胚葉片の植物極化と心臓形成について-

 アクチビンをはじめさまざまな細胞成長因子が中胚葉誘導能をもつことが明らかになり、ここ数年の間に胚誘導の研究が飛躍的に増加してきている。それらの研究の多くは生化学的・分子生物学的解析に有利なツメガエル胚を材料に用いている。一方、形成体の発見や勾配理論などの重要な研究は、いずれもイモリなど有尾類の胚を用いた実験に基づいている。第II部では、ツメガエルと有尾類とを全く同じように捉えてよいのかという疑問から、イモリの予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能を調べた。

 イモリの予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能は、ツメガエルとはかなり異なっていた。中胚葉組織はすべての濃度(0.1〜100ng/ml)で誘導されたが、処理片に占める割合・形成頻度とも著しく低く、濃度に依存した中胚葉分化は見られなかった。高濃度(10〜100ng/ml)のアクチビンAで処理した予定外胚葉片はおもに卵黄に富んだ細胞塊に分化した。これらの細胞はしばしば消化管に見られる円柱上皮の形態を示すことから内胚葉細胞と同定された。一方、予定外胚葉片の細胞数を増やす、あるいはアクチビン処理片と組み合わせる無処理片の割合を大きくすると、内胚葉組織にくわえて中胚葉組織が高頻度で分化した。これらの外植体に存在する内胚葉組織は消化管や肝臓を形成していることが電顕観察から明らかになった。また、形成率は10〜20%と低いが拍動する心臓も形成された。外植体の心臓は、正常胚の心臓と形態的・生理的に同等のものであった。

 以上の結果は、アクチビンAはイモリの予定外胚葉片に対して中胚葉誘導因子としてではなく、植物極化因子あるいは内胚葉化因子として働くことを示している。アクチビンAによって内胚葉化された細胞は、周囲の未分化細胞に対して二次的に中胚葉組織を誘導すると考えられる。さらに、正常発生では心臓形成に内胚葉の存在が不可欠であるが、アクチビン処理片に心臓が形成されたことは、アクチビンAの植物極化作用を裏付ける結果といえる。

第III部アクチビンAによる試験管内での幼生の形づくりの制御-アクチビンAで処理した予定外胚葉片の誘導特異性について-

 誘導特異性-頭・胴・尾といった特定の形態を誘導する性質-は形成体だけがもつ能力である。その仕組みを明らかにすることは「オタマジャクシの形はどのようにしてできるのか?」という発生学の中心課題の解明につながる。第III部では、アクチビンAで処理した予定外胚葉片と形成体との類似性を調べ、幼生の形づくりを試験管内で制御することを試みた。

 実験にはツメガエルとイモリの予定外胚葉片を材料に用いた。アクチビン処理片自体の組織分化は両種間で異なるが、無処理の予定外胚葉片でサンドイッチした場合には、いずれのアクチビン処理片も明瞭な誘導特異性を示した。低濃度(10ng/ml)のアクチビンAで処理した外胚葉片は、アクチビン処理後の時間にかかわらず常に胴尾部構造を誘導した。一方、高濃度(100ng/ml)で処理した外胚葉片は、処理後の時間に依存して誘導特異性を変化させた。イモリの予定外胚葉片を材料に用いた場合には、アクチビン処理片を短時間(0〜6時間)生理食塩水中で培養してからサンドイッチすると胴尾部構造を誘導したのに対し、長時間(12〜24時間)培養したときには頭部構造を誘導した。また、蛍光色素(TRDAとFDA)を用いた細胞系譜の解析により、アクチビン処理片はおもに内胚葉組織に分化し、無処理片に対して中軸中胚葉組織や中枢神経系を誘導することが明らかになった。

 以上は、(1)誘導能を全くもたない予定外胚葉片がアクチビン処理によって誘導特異性を獲得する、(2)誘導特異性は自律的に胴尾部から頭部へと変化する、(3)内胚葉組織に分化する細胞群が形づくりの中心的な役割を果たすことを示している。これらの結果は、形成体について調べられた実験結果(Hama et al.,1985)とも一致する。形成体およびそれがもつ誘導特異性は形づくりの仕組みを理解する上で非常に重要であるが、複雑さゆえにこれまで解析が困難であった。第III部の結果はアクチビンAと予定外胚葉片のみを用いて幼生の基本的な形を試験管内で構築したものであり、これらの現象を分子レベルで解明して行くための手がかりになるであろう。

 本研究では、細胞分化や幼生の形づくりを試験管内で再現し、それを制御するための条件を検討した。アクチビンAはツメガエルの予定外胚葉片に対して中胚葉組織を濃度依存的に誘導し、イモリの予定外胚葉片に対してはおもに内胚葉組織を誘導した。こうした違いがアクチビンAの誘導能によるものなのか、あるいは予定外胚葉片の構造や反応能によるものなのかについては今後さらに検討を要する。また、正常発生でのアクチビンAの役割を正確に理解するためには、その局在や作用機序、他の誘導因子との関係、反応系組織の反応能の実体など明らかにすべき点が数多く残されている。しかしながら、本研究は複雑な細胞分化や形態形成の過程をアクチビンAと予定外胚葉片を用いてより単純化したものであり、こうした現象を分子レベルで解析する上でも有効な実験系であるといえよう。

審査要旨

 本論文では、細胞成長因子アクチビンAと、両生類の初期胚の予定外胚葉片を用いた数種の実験によって、試験管内での細胞分化や形態形成の再現・制御が試みられている。

 第1章では、誘導源に用いるアクチビンAの濃度とツメガエルの予定外胚葉片に誘導される中胚葉組織の種類との関係が述べられている。また、種々の発生段階や部域の予定外胚葉片を用いることによって、反応系細胞のもつ反応能の重要性について考察されている。予定外胚葉片はアクチビンAの濃度に応じて、腹側から背側までのさまざまな中胚葉組織に分化する。低濃度の処理では、体腔上皮・間充織などの腹側中胚葉組織が分化し、濃度が高くなるにつれて筋肉、脊索などの背側中胚葉組織が分化する。一方、予定外胚葉片の発生段階(初期胞胚期〜初期原腸胚期)によって誘導される組織の種類が異なり、発生段階が早いほど背側中胚葉組織が高率で分化する。また、胞胚中期以降の予定外胚葉片の背側域と腹側域とでは、同一濃度のアクチビンAに対し、前者は背側中胚葉組織に、後者は腹側中胚葉組織に高率で分化する。以上の結果は、「勾配」の概念をアクチビンAを用いて試験管内で示すとともに、組織分化には誘導物質だけでなく反応系細胞の反応能も重要な要素であることを示唆している。なお、第1章は浅島誠氏、内山英穂氏、盛屋直美氏、沢村健一氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 第2章は、アクチビンAによるイモリの予定外胚葉片の植物極化と心臓形成について述べられている。イモリの予定外胚葉片に対するアクチビンAの誘導能は、第1章に述べられているツメガエルの予定外胚葉片に対するものとはかなり異なる。中胚葉組織は種々の濃度で誘導されるが、処理片に占める割合・頻度とも低く、濃度依存的な中胚葉分化は見られない。高濃度のアクチビンAで処理した予定外胚葉片は卵黄に富んだ細胞塊に分化する。これらの細胞は光顕観察では消化管の円柱上皮に似た形態を示し、また電顕観察では肝細胞や腸の吸収上皮細胞に特有の形態を示すことから内胚葉性細胞と同定される。一方、予定外胚葉片の細胞数を増やす、または処理片と組み合わせる無処理片の割合を大きくすると、これらの細胞のほかに中胚葉組織や神経組織が分化する。また、形成率は20%以下と低いが心臓も形成される。以上の結果は、アクチビンAがイモリの予定外胚葉片に対して植物極化因子として働くことを示す。アクチビンAによって植物極化(内胚葉化)した細胞は、周囲の未分化細胞に対して中胚葉を誘導すると考えられる。正常発生では心臓形成に内胚葉の存在が不可欠だが、処理片に心臓が形成されたことはアクチビンAの植物極化作用を裏付ける結果と言える。なお、第2章の心臓形成に関する研究は浅島誠氏、駒崎伸二氏、George M Malacinski氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 第3章は、アクチビンAで処理した予定外胚葉片と形成体との誘導特異性の比較、および試験管内での幼生の形づくりの制御について述べられている。アクチビン処理片を無処理片でサンドイッチすると明瞭な誘導特異性を示す。イモリの予定外胚葉片を用いた場合、処理片を短時間(0〜6時間)培養してからサンドイッチすると胴尾部構造を、長時間(12〜24時間)培養したときには頭部構造を形成する。これらは、形成体について調べられた報告とも一致する。また、蛍光色素を用いた細胞系譜の解析から、処理片はおもに内胚葉に分化し、無処理片に対して中軸中胚葉や中枢神経系を誘導することが明らかにされている。以上の結果は、1)アクチビン処理によって予定外胚葉片が誘導特異性を獲得する、2)誘導特異性は自律的に胴尾部から頭部へ変化する、3)内胚葉に分化する細胞群が形づくりに中心的な役割を果たす、ことを示している。なお、第3章は浅島誠氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究の立案、実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 本論文で述べられている一連の実験は両生類の初期発生にみられる細胞分化や形態形成の過程をアクチビンAと予定外胚葉片を用いて試験管内で再現・制御したものであり、これらの現象を分子レベルで解析する上でも極めて有効な実験系であることを証明した。そして本研究が一つの明確な方向性を持ちながら進んできて、その優れた立案と実験、解析によって明解な結果を得ていると判断された。従って、博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54506