学位論文要旨



No 111729
著者(漢字) 畑田,成吾
著者(英字)
著者(カナ) ハタダ,セイゴ
標題(和) アフリカツメガエルの初期発生における神経形成関連遺伝子のクローニングと解析
標題(洋) Cloning and analysis of neurogenesis-related genes during early Xenopus laevis development
報告番号 111729
報告番号 甲11729
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3093号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 教授 嶋,昭紘
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 講師 田代,康介
内容要旨 目的

 動物の体は筋肉や神経といった様々な分化した細胞から成り立っている。しかし、これらの細胞はもともとはただ一つの細胞、すなわち受精卵に由来する。受精卵が卵割を繰り返して細胞数を増す過程でそれぞれの細胞の運命が決定され特定の機能と形態を持つようになる。このような細胞分化と形態形成は動物の体を形づくる上で最も基本的な現象であるにもかかわらず、それらのメカニズムについては多くの不明な問題が残されている。神経誘導は、形成体(Spemann organizer)が引き起こす誘導現象の1つであると考えられおり、背側中胚葉から放出される因子によって予定外胚葉が神経に分化する現象をいう。近年、nogginやchordinなどの分泌性タンパク質が神経誘導活性をもっていることが確認された。私は、当研究室で以前から使用されているレクチンの一種であるConcanavalin A(以後「Con A」と略す)によっても同様の神経化が起こることを利用し、神経の発生・分化に関する研究を行った。この物質は単独で予定外胚葉から神経組織を誘導することができ、脳や眼などの前方の神経系を誘導できることがanimal cap assayの結果により確認された。このCon Aによる神経誘導活性は、報告されているnogginやchordinの誘導活性に比べ組織学的に高度な神経分化を促すことができると考えられる。私は、予定外胚葉をCon Aで神経化し、処理後2時間以内の外植体から新たな神経誘導活性をもつ物質、もしくはその直後に働いている物質を探索することを目的として遺伝子の単離を行った。

方法と結果Con Aによる神経誘導の検定

 まず最初に、Con Aによって誘導される組織がどのような種類のものなのかを検定するために、組織学的および免疫組織化学的そして分子生物学的手法を用いて検定した。4日間培養した外植体をパラフィン包埋後HE染色して組織分化を調べた結果、神経系組織が主に分化し、500g/mlの濃度のときに100%の神経誘導を引き起こすことが確認された。免疫組織化学的検定法としては、神経特異的なモノクローナル抗体であるNeu-1を用いて、Con A処理した外植体に対して作用させたところ、外植体の内部(表皮を除く)ほぼ全体が認識された。次に、分子生物学的検定法としてRT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction)によて神経マーカーや中胚葉マーカーの発現を調べた。Con A処理後の外植体はステージ28相当胚期まで培養したものからRNAを抽出した。この結果、中胚葉マーカーである筋節アクチンの発現は全く見られないが、神経マーカーであるN-CAMの発現は確認された。また、無処理の外植体にはどちらのマーカーの発現も見られなかった。このような結果より、Con Aによって誘導される組織は、中胚葉組織を全く含まない、神経組織だけであり、さらにその神経組織は組織学的に脳や眼という前方構造を含んだものであることが証明された。

PCR-based Subtraction法による遺伝子の単離

 Con Aによって神経誘導を起こした外植体から発現が増加している遺伝子を単離するために、Con A処理していない外植体とsubtractionすることにより求める遺伝子を探索した。con A処理後2時間後の外植体80個よりmRNAを単離し、PCRを利用して増幅しplasmidにligation(Con A(+)library)した。同様に、Con A処理していない外植体もlibraryを作製(Con A(-)library)し、subtractionを行った。この段階で3万の独立クローンが得られたので、さらにdifferential screeningを行ってクローンを選択した。プローブはCon A(+)libraryとCon A(-)libraryからそれぞれ調製し、Con A(+)libraryに有意に発現しているクローンを43クローン単離した。その中で2つのクローンは、databaseにない未知なる遺伝子であったので全長をスクリーニングし、塩基配列を決定した。1つは、HMG(HighMobility Groupに属する遺伝子)というnon-histone proteinの一種であり、ツメガエルでははじめてクローニングされた(以後「HMG-X」と呼ぶ)。またもう一つは、グルタミン合成酵素(GS)というグルタミン酸やアンモニアをグルタミンに変える酵素であった(以後「xGS」と呼ぶ)。これらの遺伝子は、Con Aによって2時間以内に発現が増加し、神経胚期に発現量が著しく増えることがノーザンプロット法によって確認された。どちらの遺伝子もwhole-mount in situ hybridization法で発現場所を調べた結果、母性mRNAとして予定外胚葉域に低レベルの発現がみらる一方、神経胚期において神経板や神経管に大量に発現していることがわかった。さらにGSについてはmethionine sulfoximineという特異的阻害剤によりこの機能を阻害したところ、頭部が著しく欠損した胚となった。この効果はxGS antisense mRNAをinjectionすることによっても確かめられたが再現性は低かった。このようにHMGやGSは神経系に優勢に発現し、神経形成に関わっていることが示唆された。

Differential Display法による遺伝子の単離

 Differential Display法(以後「DD法」と呼ぶ)を利用して、Con A処理した外植体にのみ発現し、無処理のものには発現しない遺伝子の単離を第二の方法として行った。最初5つのクローンが取れてきたが、このうち3つはmaternalに存在する遺伝子であった。残り2つの遺伝子をA1,B1とそれぞれ名づけ、それらの塩基配列をホモロジー検索したところ未知なる遺伝子であったので、全長のスクリーニングを試みた。A1についてはたいへん希少な遺伝子であったため、全長のスクリーニングには至らなかったので、B1を中心に解析した。B1は全長4.6kbある遺伝子でホモロジー検索しても特に相同性のある遺伝子はない。予想されるopen readingframe(ORF)は459アミノ酸残基をコードし、アミノ酸レベルのホモロジー検索の結果、N末端約100残基に他の遺伝子と相同性の高い部位が見つかった。それは、インターフェロンやMHC(major histocompatibility complex)の転写制御タンパクであり、相同性の高い部分はそのDNA結合部位に相当した。この結果、B1はDNA結合タンパク質ではないかと示唆された。

 ノーザンプロット法によりその発現時期を調べたところ、ステージ10(初期原腸胚)まではほとんど存在せず、ステージ12(後期原腸胚)になると発現量が上昇した。さらにwhole-mount in situ hybridization法により空間的発現パターンを調べたところ、発現が確認されるのがステージ15(初期神経胚)からで背側の後方より発現する。ステージ18(中期神経胚)になると脳の予定域に発現し、その後中枢神経系を中心に眼や鰓弓などに発現が見られた。このような結果から、B1遺伝子は神経形成の初期に発現しているDNA結合タンパク質であることが示唆された。

考察

 Con A処理された外植体は神経組織に分化するが、それは高度に分化した脳や眼などを含むものであった。この作用は、これまで報告されいるnogginやchordinなどのように単に神経マーカーを発現させるレベルに留まらず、成体に近い神経誘導を生じていることが示唆される。さらに、Con Aによって発現量が上昇する遺伝子を解析した結果、中枢神経系に有意に発現しているものがほとんどであった。この結果からも、Con Aによって誘導される遺伝子は成体の神経形成に参加するものでありrealな神経誘導を模倣しているものであることを裏付けるものとなった。

 subtraction法で単離された遺伝子は、たいへん発現量の多いものであった。それは、whole-mount in situ hybridization法を試みたときに発色時間がたいへん短いことから間接的に確認される。このため、この遺伝子に対する機能解析はたいへん難しくなった。それは、overexpressionするにもinhibitionするにもそのレベルを越えて作用させさせなくてはならず、あるレベル以上になるとその影響だけで胚は生存できなくなるからである。幸いなことにGSに対してはinhibitorが手に入ったので、その活性を抑制することができた。頭部の形成が悪い胚が高頻度に生じ、この効果はアカハライモリ(Cynops pyrrhogaster)胚にも同じ効果が見られ、頭部が完全に欠損した胚が得られた。しかし、この効果をGSのantisense mRNAで再現しても、その再現性は50%以下に落ちる。HMG-Xに関してはantisenseやsenseを注入しても形態的変化は生じなかった。このことは発現量の多い遺伝子は外部から遺伝子を加えても、その効果は出にくいことを示している。

 DD法によって単離されたB1遺伝子はxGSやHMG-xに比べて発現量は少ない。発現時期も遅くステージ15になってからwhole-mount in situ hybridization法で初めて確認される。発現量の上昇時期が一番早いのがHMG-Xでありステージ12(後期原腸胚)には卵黄栓を除く背側全体に強く発現している。その後を追うように胚前方にGSが、胚後方にB1が発現する。この発現パターンを観察すると、HMG-XがxGSやB1の発現を促しているように見えるが、その相互作用はまだ明らかではない。3つの遺伝子が神経形成にどのように関わっているかを調べることは関心が持たれるところである。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章はコンカナバリンA(Con A)の神経誘導、第2章はグルタミン合成酵素の遺伝子の解析、第3章はB1遺伝子の解析について述べられている。

 第1章では、Con Aによる神経誘導の最適条件が調べられ、誘導されてくる組織がどのような種類のものかを検定している。また、Con Aの作用は神経誘導だけではなく細胞死が起きていることが示唆されている。神経誘導の最適条件はCon Aの濃度や培養液のpHなどが関与し、神経を100%誘導できる条件が示された。また、神経組織以外にも脳や眼などの神経組織を高頻度に分化させることに成功している。さらに、免疫組織化学的および分子生物学的手法を用いて神経組織の検定を行なっている。免疫組織化学的手法を用いた検定では、神経特異的なモノクローナル抗体(Neu-1)を用い、神経特有の抗原が発現していることを示した。分子生物学的手法を用いた実験では、神経マーカー(N-CAM)と中胚葉マーカー(s-actin)を用いてRT-PCR法で解析を行なっており、神経マーカーの発現がみられることが示された。これらの結果より、Con Aが誘導する組織は中胚葉性の細胞を全く含まない神経組織であると結論された。また、Con Aによる細胞死については、アポトーシス特有の現象である色素の取り込み実験が行なわれ、その事実が示された。Con Aによる細胞死と神経誘導の関係は不明であるが、細胞が他の細胞の分化方向を変える1つの手段として、自身の細胞を死という運命に変えることにより他の細胞に影響を与えている事実を示唆したものとして高く評価された。なお、第1章は論文提出者が自ら立案し、実験を遂行したものである。

 第2章では、サブトラクション法を用いて神経誘導を起こした細胞に有意に発現している遺伝子の単離と解析結果が述べられている。ここではグルタミン合成酵素(xGS)の解析がなされ、ツメガエルでははじめてクローニングされた。この遺伝子は、Con Aによって2時間以内に発現が増加し、神経胚期に発現量が著しく増えることがノーザンブロット法によって確認された。さらに、whole-mount in situ hybridization法で胚内の空間的発現パターンが示され、神経胚期において神経板や神経管に大量に発現していることが明らかにされている。また、成体では卵巣以外の器官ではほとんど発現していないことが示された。そして、この酵素の特異的阻害剤を用いて胚を発生されると、頭部が著しく欠損した胚になることが示された。このような結果より、今まで知られているグルタミン合成酵素とは性質の違う部分が多く示され、胚型のタンパク質が存在する可能性が初めて示唆され、高く評価された。なお、第2章のxGSに関する研究は浅島誠氏、野田亮氏、木下専氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 第3章は、Differential Display法を利用して、Con A処理した外植体にのみ発現している遺伝子の単離と解析結果が述べられている。単離された遺伝子は、今まで見つかっている遺伝子とほとんど相同性がなく、新規の遺伝子(B1)であることが明らかとなった。ノーザンブロット法による解析によると、胞胚期以前はほとんど発現しておらず神経胚期から尾芽胚期のみに発現がみられた。whole-mount in situ hybridization法の結果によると、神経胚初期に背側の後方から発現がみられ、神経胚中期には脳の予定域に発現がみられる。その後、中枢神経系全体に発現し、これまで知られいる遺伝子とは全く異なった発現パターンを示した。アミノ酸レベルのホモロジー検索の結果、N末端約100残基にインターフェロンやMHC(major histocompatibility complex)の転写制御タンパクのDNA結合部位と相同性がみられたのみであった。これらの結果よりB1遺伝子は、これまで見つかっている相同遺伝子の免疫系での関与以外にも、発生過程では神経系に発現している全く新しい遺伝子である可能性が示唆され、高く評価された。なお、第3章のB1遺伝子に関する研究は浅島誠氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 本論文で述べられた2つの遺伝子は、今まで知られているホメホティック遺伝子や他のDNA結合タンパク質が部域別に発現しているのとは対照的に中枢神経系全体に発現しており全く新しい発現パターンが示された。このような新規の遺伝子を単離して解析を行なった業績はたいへん高く評価され、博士の学位を受けるのにふさわしい学識をもつもと認められた。

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