本論文は3章からなり、第1章はコンカナバリンA(Con A)の神経誘導、第2章はグルタミン合成酵素の遺伝子の解析、第3章はB1遺伝子の解析について述べられている。 第1章では、Con Aによる神経誘導の最適条件が調べられ、誘導されてくる組織がどのような種類のものかを検定している。また、Con Aの作用は神経誘導だけではなく細胞死が起きていることが示唆されている。神経誘導の最適条件はCon Aの濃度や培養液のpHなどが関与し、神経を100%誘導できる条件が示された。また、神経組織以外にも脳や眼などの神経組織を高頻度に分化させることに成功している。さらに、免疫組織化学的および分子生物学的手法を用いて神経組織の検定を行なっている。免疫組織化学的手法を用いた検定では、神経特異的なモノクローナル抗体(Neu-1)を用い、神経特有の抗原が発現していることを示した。分子生物学的手法を用いた実験では、神経マーカー(N-CAM)と中胚葉マーカー(s-actin)を用いてRT-PCR法で解析を行なっており、神経マーカーの発現がみられることが示された。これらの結果より、Con Aが誘導する組織は中胚葉性の細胞を全く含まない神経組織であると結論された。また、Con Aによる細胞死については、アポトーシス特有の現象である色素の取り込み実験が行なわれ、その事実が示された。Con Aによる細胞死と神経誘導の関係は不明であるが、細胞が他の細胞の分化方向を変える1つの手段として、自身の細胞を死という運命に変えることにより他の細胞に影響を与えている事実を示唆したものとして高く評価された。なお、第1章は論文提出者が自ら立案し、実験を遂行したものである。 第2章では、サブトラクション法を用いて神経誘導を起こした細胞に有意に発現している遺伝子の単離と解析結果が述べられている。ここではグルタミン合成酵素(xGS)の解析がなされ、ツメガエルでははじめてクローニングされた。この遺伝子は、Con Aによって2時間以内に発現が増加し、神経胚期に発現量が著しく増えることがノーザンブロット法によって確認された。さらに、whole-mount in situ hybridization法で胚内の空間的発現パターンが示され、神経胚期において神経板や神経管に大量に発現していることが明らかにされている。また、成体では卵巣以外の器官ではほとんど発現していないことが示された。そして、この酵素の特異的阻害剤を用いて胚を発生されると、頭部が著しく欠損した胚になることが示された。このような結果より、今まで知られているグルタミン合成酵素とは性質の違う部分が多く示され、胚型のタンパク質が存在する可能性が初めて示唆され、高く評価された。なお、第2章のxGSに関する研究は浅島誠氏、野田亮氏、木下専氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 第3章は、Differential Display法を利用して、Con A処理した外植体にのみ発現している遺伝子の単離と解析結果が述べられている。単離された遺伝子は、今まで見つかっている遺伝子とほとんど相同性がなく、新規の遺伝子(B1)であることが明らかとなった。ノーザンブロット法による解析によると、胞胚期以前はほとんど発現しておらず神経胚期から尾芽胚期のみに発現がみられた。whole-mount in situ hybridization法の結果によると、神経胚初期に背側の後方から発現がみられ、神経胚中期には脳の予定域に発現がみられる。その後、中枢神経系全体に発現し、これまで知られいる遺伝子とは全く異なった発現パターンを示した。アミノ酸レベルのホモロジー検索の結果、N末端約100残基にインターフェロンやMHC(major histocompatibility complex)の転写制御タンパクのDNA結合部位と相同性がみられたのみであった。これらの結果よりB1遺伝子は、これまで見つかっている相同遺伝子の免疫系での関与以外にも、発生過程では神経系に発現している全く新しい遺伝子である可能性が示唆され、高く評価された。なお、第3章のB1遺伝子に関する研究は浅島誠氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 本論文で述べられた2つの遺伝子は、今まで知られているホメホティック遺伝子や他のDNA結合タンパク質が部域別に発現しているのとは対照的に中枢神経系全体に発現しており全く新しい発現パターンが示された。このような新規の遺伝子を単離して解析を行なった業績はたいへん高く評価され、博士の学位を受けるのにふさわしい学識をもつもと認められた。 |