本論文は3章からなり、第1章ではPectis papposaの茎頂分裂組織における栄養生長から生殖生長にかけての組織形態学的経時変化について、第2章では栄養生長時の茎頂分裂組織における細胞核、ミトコンドリア核およびプラスチド核のDNA合成パターンの経時変化について、第3章では花芽形態形成時における細胞核DNA合成の局所性について述べられている。論文提出者は修士課程において、本論文で材料として用いられているキク科の砂漠短命植物P.papposaを導入し、無菌培養下で花芽形態形成を一斉におこなわせることに成功した。本論文は、DNA合成を指標とした茎頂分裂組織の形態形成を、特に花芽形態形成に注目して解析することを目的としたものである。 第1章では、走査型電子顕微鏡観察およびテクノビット樹脂包埋切片の蛍光顕微鏡観察によって、種子吸水開始後2日目より花芽形態形成の開始する6日以降の茎頂分裂組織の経時的形態変化を解析している。十字対生葉序である本葉の第1対原基は成熟種子中で既に形成されており、3日目には第2対、5日目には第3対の葉原基が形成された。6日目には比較的平坦であった茎頂分裂組織表層が著しく隆起を始め、かつ花器官の最外周組織である苞葉の原基が輪生(あるいは螺旋)葉序で形成され、茎頂分裂組織が生殖生長に移行したことが明らかにされた。さらに7日目には苞葉原基の内周に小花原基が出現した。10日目には小花原基が杯状構造を成していることが観察され、13日目には基本的な体制である、花弁、雄蕊、雌蕊が形成され、キク科の特徴である舌状花と筒状花の分化が明確となった。DNA特異染色色素DAPIの染色による茎頂分裂組織正中縦断面切片の蛍光顕微鏡観察によって、栄養生長期の分裂組織層は2日目から3日目にかけて2〜3層から3〜4層に増加した後一定になり、垂層分裂が主であることが認められた。生殖生長に移行する6日目には並層分裂が頻発に観察され、分裂組織層は著しく隆起するとともにその領域を拡大するが層状構造は乱れてくることが観察された。茎頂分裂組織内部における細胞分裂パターンの急激な変化によってDNA合成パターンの変化が示唆された。 第2章では、発芽後から花芽形成開始までの茎頂分裂組織における細胞核、ミトコンドリア核およびプラスチド核のDNA合成パターンの変化を解析している。DNA合成基質チミジンのアナログである5-ブロモデオキシウリジン(BrdU)を茎頂分裂組織表面から直接取り込ませ、BrdUに対する間接蛍光抗体法を用いてDNA合成が検出された。吸水開始後1日目の発根した植物体の茎頂分裂組織ではDNA合成が全く見られなかったが、種皮に被われている未展開の子葉のプラスチド核では盛んにDNA合成をしていた。1.5日目の植物体の茎頂分裂組織では細胞核、ミトコンドリア核とプラスチド核ともにDNA合成を開始した。2日目の植物体の茎頂分裂組織では細胞分裂に伴うと考えられる組織の層状化が観察され、かつ細胞核は活発にDNA合成をしていたが、分裂組織中央部にまとまって存在する数細胞の細胞核は全くDNA合成をしていなかった。しかしこれら数細胞の細胞中のミトコンドリア核とプラスチド核はいずれも盛んにDNA合成をしていた。この細胞群はドーマントセルと名づけられ、周囲のDNA合成が活発な細胞と区別された。ドーマントセルの存在は3.5日目まで明確に認められたが、4日目以降、細胞核DNA合成を開始したことが細胞核内でのスポット上のBrdU取り込みで確認された。以上のことからドーマントセルは栄養生長特異的に茎頂分裂組織に存在する細胞であることが示された。 第3章では6日目の花芽形態形成開始以降の茎頂における形態形成に伴う細胞核DNA合成パターンの変化を解析している。7日目の茎頂では苞葉が発達し、分裂組織は軸方向に隆起するも細胞核DNA合成は全般に起こっていることが認められた。しかしながら小花原基の発達してくる8日目になると、細胞核DNA合成は原基に偏在するようになった。原基が球状になる9日目には原基基部には細胞核DNA合成が見られなくなり、杯状に変化する10日目には、原基内部においても細胞核DNA合成に偏りが見られるようになった。11日目には形態的に下位子房が認められるようになり、細胞核DNA合成はそれ以前と比較して頻度が低下した。花弁原基内部から雄蕊原基の形成されてくる12日目には、細胞核DNA合成が小花原基下部の子房形成域により多く見られた。この傾向は13日目にも引き続き認められ、筒状花、舌状花ともに主に子房において細胞核DNA合成が観察された。以上のことから花芽形態形成において、形態形成に向かう部位に細胞核DNA合成が存在することが示された。 論文提出者は、発芽後から花芽形態形成にいたる茎頂分裂組織の経時変化を解析し、栄養生長時には茎頂分裂組織中央部に細胞核DNA合成のみが不活性化された細胞ドーマントセルが数個まとまって存在し、生殖生長時には形態形成と細胞核DNA合成が時空間的に密接に関連していることを明らかにした。DNA合成という観点から詳細に形態形成を解析した論文提出者の業績は優れているとみとめられる。なお、本論文第1、2、3章は黒岩常祥氏および河野重行氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って博士(理学)を授与できると認定する。 |