学位論文要旨



No 111737
著者(漢字) 金松,敏也
著者(英字)
著者(カナ) カナマツ,トシヤ
標題(和) 房総・三浦半島に分布する付加複合体堆積物の帯磁率異方性の研究
標題(洋) A STUDY ON THE MAGNETIC FABRIC OF THE SEDIMENT IN THE ACCRETIONARY COMPLEX,THE BOSO AND MIURA PENINSULAS,CENTRAL JAPAN
報告番号 111737
報告番号 甲11737
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3101号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平,朝彦
 東京大学 教授 末広,潔
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 教授 浜野,洋三
内容要旨

 帯磁率異方性によって,迅速に岩石および堆積物中の粒子配列を知ることができる.これは多磁区のマグネタイトが示す帯磁率の特徴によっている.多磁区のマグネタイト粒子(おおよそ0.2microm以上)はその形態に依存した帯磁率異方性を示す.粒子の長軸方向に最も帯磁率が大きくなり,また短軸方向に最も小さくなる.このような磁性鉱物粒子を複数含む場合には帯磁率異方性は磁性粒子の統計的配列を示し,これを最大,中間,最小帯磁率方向を軸とするエリプソイドで表現できる.たとえば自然落下により海底面に到達した粒子はその短軸方向を水平面に垂直になるように配列するので,このような粒子を含む堆積物の最大帯磁率,中間帯磁率方向は水平面内にばらつき,最小帯磁率方向は水平面内と直交し,磁気エリプソイドは円盤状になる.

 この方法は従来,堆積岩の古流向解析や変成岩の岩石ファブリックの解析に用いられてきた.近年この方法を堆積物の初期変形過程の研究に適応する研究がはじまった.付加体の堆積プリズム先端では,地層の変形に伴って堆積物中の粒子配列も影響を受けていることが,深海掘削で採取された試料の磁気ファブリックの研究から明らかになった.そこでは粒子が圧縮方向に対して直交して再配列する傾向があることが示された.しかしいまだ,ファブリックがどのようなメカニズムで変化してゆくかといった,その全容は把握されていない.

 このようなファブリックの方向性はその変形メカニズムが明瞭であれば構造地質学的に有用である.堆積物の変形初期段階における磁気ファブリックの変形メカニズムを知るため房総・三浦半島に分布する中期中新世から更新世の堆積体のうち三浦層群(中新世-鮮新世)を中心に磁気ファブリックの検討をおこなった.これらの堆積体は前孤海盆から斜面海盆および付加体と様々なセッティングで形成された堆積体で構成され,それぞれの応力場を反映する磁気ファブリックがあることが予想される.このような種々の変形形態の記録から,その変形過程を考察することを試みた.研究の対象としたのはシルトサイズの半遠洋性堆積物でこれらの粒子は本来,自然沈降により配列したと考え,磁気ファブリックの特性変化を検討した.また地層の変形が全く観察されない南海トラフ海溝充填堆積物および半遠洋性堆積物のファブリックを参考に比較した.

 堆積体のセッティングから地層の変形度の強い順に1:南海トラフ,2:前孤海盆の三浦層群,3:斜面海盆と付加複合体の三浦層群に分け,ファブリックの変化の違いを検討した.その結果,変形が顕著なセティングほどファブリックを表す磁気エリプソイドの異方性度が減少,リニエーションの発達が見られ,磁気エリプソイドはOBLATE(円盤形)からPROLATE(紡錘形)に移行していることが分かった(図1).

図1.各テクトニクセッティングにおける磁気エリプソイドの形態変化

 さらにその磁気ファブリックの特徴を理解するために磁気エリプソイドの形態とその主帯磁率方向(最大,中間,最小帯磁率方向;Kmax,Kint,Kmin)の分布をあわせて検討した.主帯磁率方向の分布から磁気ファブリックは(I)未変形(堆積性起源),(II)テクトニックに変形したものと(III)その中間型に区分した.未変形の磁気ファブリックの主帯磁率方向は粒子が自然沈降により配列するため最小帯磁率方向は堆積面に直交し,最大,中間帯磁率方向は堆積面と平行にある.異方性度の減少,リニエーションの発達に伴って最大帯磁率方向のクラスタリングがおこり,その最大帯磁率方向を軸とした大円上を中間,最小帯磁率軸が移動することが分かった(図2).

図2.各ファブリックの形態と主帯磁率方向の分布

 テクトニックに変形したファブリックが見られる褶曲構造が発達したセッティングで詳細にファブリックを検討したところ磁気エリブソイドの方向は1:最大帯磁率方向が最大圧縮方向と直交して配列し,2:最小帯磁率方向が最大圧縮方向と平行に配列する傾向を示した(図3).このような形態・方向の変化が堆積粒子の回転によって起こったとすると,その応力は純粋剪断が考えられる.また地層の層厚変化は褶曲のヒンジ付近でシルト層の層厚が厚くなり,この歪の変化は純粋剪断を示唆している.

図3.剣崎背斜付近の主帯磁率方向のパターン

 一方,三浦層群の堆積後,斜面海盆で形成された千倉・豊房層群(鮮新-更新世),前弧海盆で形成された上総層群(鮮新-更新世)の磁気ファブリックの対比においても三浦層群と同様,変形が著しいセッテングほど異方性度の減少,リニエーションの発達がみられた.主帯磁率方向の分布も上総層詳では未変形な配列を示すが,千倉・豊房層群では中間型からテクトニックファブリックの配列を示した.

 南海トラフ(DSDP/ODP,sites582,583,808)の海溝充填堆積物(site582)と付加プリズムの第一スラストシート(sites583,808)のファブリクを対比すると,海溝充填堆積物は堆積起源(未変形)を示すが付加プリズムのファブリクはプレートの沈み込み方向に直交したリニエーションの発達が強くみられる(Taira and Niitsuma,1985;Owens,1992).Site583と同様,南海トラフの第一スラストシートで掘削されたsite808の堆積物のX線ゴニオメーターを使ったファブリックの研究によると(Morgan,1992),スラストシートの堆積物は側方に10%程度の歪の減少がみられ,変形した磁気ファブリックは側方短縮によったと考えることができる.

 3つの未変形と変形を被ったセッティングにおける磁気ファブリックの対比から磁気エリブソイドの変化にはリニエーションの発達,異方性度の減少があることが分かった.異方性度の減少は最小帯磁率方向がばらつきだすことを示していると考えられる.また主帯磁率方向に見られる変化は,最大帯磁率方向は最大圧縮方向と直交するように配列する.一方,最小帯磁率方向は最大圧縮方向と平行な方向に移動する.これらの変化は先に最大帯磁率方向が移動し,後に最小帯磁率方向が最大圧縮方向と平行な方向に移動する傾向がある.これら一連の変化は層理面に平行な純粋剪断によったと考える.

 房総・三浦半島の堆積体の残留磁化を検討したところ保持力が小さくアンプロッキング温度が300℃前後の成分が不偏的にみられた.この成分の層理面補正前の方位は現在の地球磁場方位に非常に近い.このことは,この成分が堆積体が陸化した後,ブルネ正磁極期に獲得されたことを示している.一方,高い保持力,高温のアンブロッキング温度を持つ成分は層理面補正後にアンチポーダルになり,これらは初生磁化であると考えられる.一般的に三浦層群の古地磁気の偏角は時計回転を示すが地域毎にみるとその回転量にばらつきがある.これらの方向は地質体の構造方向の変化によく一致していて,例えば三浦半島の三浦層群のパターンは数Kmの範囲で大きく屈曲する特殊な湾曲構造を示す.この変形はブロックロテーションのような単純なモデルでは説明しがたい.

 磁気ファブリックから推定される最大圧縮方向を古地磁気方位で復元すると,房総・三浦半島における三浦層群(中期中新世-鮮新世)の変形時には南北圧縮であったことが示めされる.一方,鮮新世以降の千倉・豊房層群の変形では北西-南北圧縮が示唆される.三浦層群から千倉・豊房層群の圧縮方向の変化はフィリピン海プレートの沈み込み方向の転換に対応しているだろう.

審査要旨

 本論文は6章からなり、第1章は問題の設定、第2章は調査地域の地質概略、第3章は帯磁率異方性の解析、第4章は古地磁気学の解析、第5章が議論、第6章が結論からなっている。

 第1章では、帯磁率異方性研究の現状についてレビューし、それが未固結堆積物の変形解析にとって大きな可能性をもっていることをしめした。第2章では、帯磁率異方性研究のテストフィールドとして、房総・三浦半島に分布する変形・非変形の2つの異なったテクトニクスセッティング(付加体と前弧海盆)にある地層群を選択し、その地質的背景について述べている。ここまで、問題の設定、フィールドの選定ともに説得性がある。第3章では、付加体と前弧海盆の堆積物に明瞭な帯磁率異方性の特性に差異があるいことを発見したことを論述している。このプレゼンテーションの仕方も十分納得の行くものである。第4章では帯磁率異方性の最大帯磁率の方位からもとめられた主応力軸の方向を古地磁気方位を用いてもとに復元した。これによって、300万年前を境に最大圧縮応力軸が南北方向から北西-南東方向に変化したことがわかった。この変化はおそらくフィリピン海プレートの沈み込み方向と対応しており、重要なテクトニックスの知見を得た。第5章では変形の伴う帯磁率異方性の変化はピュアーシェアーで説明できることを示し、第6章でまとめを行なった。

 以上、本論文は帯磁率異方性を用いた地層の歪解析に新しい分野を開いたものであり、フィールドの設定、データーの質、議論とも博士論文として十分に水準に達していると判断できる。

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