学位論文要旨



No 111738
著者(漢字) 金子,克哉
著者(英字)
著者(カナ) カネコ,カツヤ
標題(和) 地殻内のマグマシステムにおける熱物質進化過程
標題(洋) The processes of the thermal and material evolution of a magma system in a crust
報告番号 111738
報告番号 甲11738
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3102号
研究科 理学系研究科
専攻 地質学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 鳥海,光弘
 東京大学 助教授 小澤,一仁
 東京大学 助教授 佐々木,晶
 東京大学 教授 藤井,敏嗣
内容要旨

 大陸地殻中のマグマの熱物質進化は,マグマ溜まりの壁面におけるマグマと地殼物質の熱物質相互作用の物理過程によって決定づけられる.本研究では,マグマとその周辺の地殻よりなる系をマグマシステムとよび,理論的および実験的手法により,マグマシステムの熱と物質の進化過程について考察を行った.

 マグマの冷却過程を支配する要因について基本的アイデアを得るため,高温液と低温固体の間の熱移動について数値計算を行った.その結果,(1)液が活発に対流するという条件と(2)固体が溶融するという条件の2つが同時に満たされた場合,固体中の温度に関係なく液は急速に温度降下する一方,(1)と(2)が同時に満たされない場合は,液は固体中の熱伝導に律速されてゆっくりと冷却することが明らかになった.したがって,マグマが対流している場合,マグマの温度(T)と部分溶融した地殻が事実上液体として振る舞う温度(TEFT)(固相分率が5060%に達する温度,以降実効融点(EFT)と定義する;Huppert and Sparks,1988)の関係によりマグマの冷却速度は大きく変化する.T>TEFTの場合,マグマは地殼の溶融を伴いTEFTまで急速に冷却する(急冷期).一方,T<TEFTの場合,地殻の溶融が起こらないためマグマはゆっくりと冷却し,地殻中に長時間存在する(徐冷期).火山噴出物の温度や組成は,噴火のタイミングが急冷期,徐冷期のどちらであるかによって大きく変わることが予想される.

 このような考え方を発展させ,岩石学その他の地球科学的観察事実を説明するためにはマグマや地殼の熱進化だけでなくさらに組成進化を明らかにする必要がある.熱と組成の進化が起こる場合,固液境界面では溶融,結晶化,固液分離などの過程が同時進行する.また,マグマ溜まりの上面と下面においても対流の機構は全く異なる.この複雑な現象を理解するため,マグマ溜まりの上面下面において,マグマと地殻が接して物質移動を伴った溶融が起こる場合,それぞれの面が熱物質進化に果たす役割を,H2O-NH4Cl二成分共融系を用いたアナログ実験により考察した.

 実験には厚さ10mmのアクリル板よりなる水槽(D100W100H300mm)を用い,上部または下部の一方(それぞれ上面実験,下面実験と呼ぶ),あるいは両方(両面実験と呼ぶ)に共融点温度(Te=-15.4℃)よりわずかに低い温度まで冷却した共融点組成(19.7wt%)のH2O-NH4Cl混合物の固体層を作り,NH4Cl飽和水溶液(28wt%,24℃)を固体層と接して,流体の運動および形成される領域境界位置の観察,温度と液組成プロファイルの測定を行った.

 上面実験 固体の溶融によりできた液は組成的に密度が小さいため,初期液と全く混合せず上部液層を形成する(図1a).一方,初期の飽和溶液からなる下部液層は,固体溶融液の物質的影響を受けず,自分自身のみからの結晶晶出により,温度を液組成のリキダスに維持したまま冷却分化する.この2液層はそれぞれ活発に熱対流し,各液層内で温度が均質になっている.溶融は固体と液体の境界面(solid front)の温度をTeに保って進行し,熱移動が伝導のみよって起こると仮定したモデルの予測より有意に速く,熱対流が決定するsolid frontへの熱流量によって支配されていると考えられる.

 下面実験 固体の溶融とともにsolid frontにおいてNH4Cl結晶の晶出による固液共存層(mush)が形成する(図1b).固体溶融液はmush粒間液とともに,組成的な密度不安定によって固液分離を起こし,プリューム状の組成対流を発生させ,上部にある液と混合し液組成を分化させる.溶融はsolid frontの温度をTeに保って進行し,乱対流モデルよりがなり遅く,むしろ熱伝導のみを考慮したモデルに近いものになり,組成対流が熱を効果的に運んでいないことが分かる.

 両面実験 上下面それぞれによって引き起こされる対流の相互作用を調べるため,液の上下両方向に固体をおいた実験を行った.実験初期には,上面効果による熱対流と下面効果による組成対流が同時に発生し,液が急速に冷却し,温度の均質な二対流層の形成,下面溶融境界におけるmush層の形成が起こる(図1c).その後,温度組成的に均質だった下部液層の温度が上ほど低くなっていき,二重拡散対流の効果によって複数の層ができる(図1d).上面固体の溶融量は,上面実験に比較して溶融量が小さい.これは,上下両面冷却による液温度の急速な低下や下部液層における複数対流層の形成によって,対流によって決定されている上方への熱流量が減少したためと考えられる.一方,下面固体の溶融量は下面実験と比べあまり変わらない.これは,下面のsolid frontへの熱流量はmush中の熱伝導による温度勾配のみによって決定され,熱対流による液層中の温度均質化の影響を受けないためと考えられる.

図1.実験における系の構造,温度とリキダスプロファイルの概念図.ハッチ線は温度,点線はその場の液組成におけるリキダスを示す.(a)上面実験.(b)下面実験.(c)両面実験(初期).(d)下面実験(後期)

 以上の実験結果から,(1)マグマ溜まり上面では,熱対流により決定する熱移動によって地殻溶融が急速に起こる一方,その溶融液は元のマグマに対して組成的な影響を与えない,(2)下面では,組成対流は熱を効果的に運ばないが,固体溶融液は直接マグマと混合し,マグマの組成分化経路を変化させると考えられる,(3)組成対流は,マグマ中に複数の二重拡散対流層の形成を促し,間接的に上面への熱流量を減少させる効果を持つ,ということが示唆される.

 さらに,マグマの組成分化に対して重要な影響を与えるマグマ溜まり下面過程について,地殼の組成と温度がマグマの進化に対して与える影響を明らかにするため,初期状態での固体の組成または温度を系統的に変えた実験を行った.

 下面過程における固体組成の影響 初期温度-16℃の固体の組成を19.7(共融点組成),28,73NH4Clwt%とした実験を行った.この場合固体のソリダスは共融点温度のまま変化しないが,NH4Cl濃度が大きくなるにつれて固体がソリダスで溶融したときの固相分率が高くなる.実験結果から,NH4Cl濃度が大きくなる程,(1)solid frontの進行が速くなること,また,(2)液の分化が遅くなることが分かった.(1)については,固体濃度が大きくなる程,ソリダスでの溶融時の液相分率が減少し,solid frontを進行させるのに必要な熱量が減少するためである.(2)については,固体濃度が大きくなる程,solid frontの急速な低下によるsolid front直上の温度勾配の減少による溶融速度の減少,また,部分溶融した固体の固相分率が高くなりmush部分の浸透率が低下することによる組成対流の不活発化という2つの効果によって説明される.

 下面過程における固体温度の影響 共融点組成の固体の初期温度を-16,-44℃とした実験を行った.その結果,固体の初期温度が低いほど,液の分化が遅くなることが分かった.これは,固体が低温であるほど,液から与えられる熱量に対して,固体中に散逸する熱量が大きく,固体溶融量が減少して,その結果低濃度の分化液の量が減少するためであると理解される.

 以上の結果を大陸地殻中に貫入した玄武岩質マグマに応用する.マグマと上面地殻の境界温度が地殼のEFTである場合,(1)貫入直後に,マグマの上面地殻の溶融によって玄武岩マグマとは化学的に分離した珪長質マグマが急速にできる,(2)両方のマグマは,地殻のEFTに達するまでは急冷するが(急冷期),その後,冷却速度が遅くなる(徐冷期),(3)玄武岩マグマは下面地殻の溶融液と混合するため組成分化経路が変化する,などの熱物質進化がおこることが予想される.このとき,マグマの上下面の地殻の温度と組成の変化はマグマの進化に以下の4点に述べる影響を与えると考えられる.(1)上面地殻の温度が低くなるほど,徐冷期におけるマグマの冷却固結は速くなるが,急冷期におけるマグマの温度降下速度はほとんど影響を受けない.(2)上面地殻の組成の変化は,地殼のEFTを変化させる.地殻のEFTが高くなるほど,マグマはより高温で徐冷期に入る.(3)下面地殻の温度が低いほど,溶融量が減少し,玄武岩質マグマの分化が遅くなる.(4)下面地殻の組成が変化する場合,(i)ソリダスが変化する場合と,(ii)共融系のようにソリダスを変えずにソリダスにおける部分溶融度が変化する場合の2つが考えられる.(i)では,地殼ソリダスが高温になる程,マグマから地殻へと散逸する熱量が大きくなるため,地殼溶融量が減少し,玄武岩質マグマの分化が遅くなる.(ii)では,地殻ソリダスにおける部分溶融度が減少するほど,地殼の溶融量が減少することと,地殻の部分溶融により大きな固相分率を持つmushが形成し組成対流が不活発になることの2つの理由によって玄武岩質マグマの分化が遅くなる.

審査要旨

 この論文は,マグマとその周辺の地殻よりなる系"マグマシステム"の熱物質進化過程について,理論的および実験的手法により考察を行ったものである.火山の地下に存在するマグマ溜まりでは,周辺地殻の溶融,マグマの結晶化,マグマの対流運動が同時進行し,これらの過程の複雑な相互作用によってマグマの進化が決定されている.その複雑さゆえ,マグマの進化を支配している物理過程について,これまで十分な理解がなされていなかった.本論文は,理論的考察および独自性の高いマグマシステムのアナログ実験によって,マグマの進化を支配している本質的な過程を絞り込むことに成功した.

 本論文は5章から成り立っている.第1章では,イントロダクションとして,研究の対象となるマグマシステムについて明確に定義され,また従来の研究の問題点がレビューされている.2章では主に数値計算によるマグマシステムの熱進化に関する考察がなされ,3,4章でアナログ実験に基づくマグマシステムの熱及び物質進化の考察が行われている.最後に5章でこれらの結果が天然のマグマや地殻の進化の問題にどのように応用されるかが議論されている.以降に2章以下の内容についてその要点を述べる.

 第2章では,マグマの冷却速度を支配する要因を理解するため,固体と液体が接した場合の熱移動について理論的考察を行った.様々な溶融温度をもつ固体と液体の組み合わせ,および液体の対流の有無について網羅的な検討を行い,その結果,(1)液が活発に対流するという条件と(2)固体が溶融するという条件が同時に満たされた場合固体中の温度に関係なく液は急速に温度降下すること,一方,(1)と(2)が同時に満たされない場合液は固体中の熱伝導に律速されてゆっくりと冷却すること,の2点を明らかにした.さらに,固体の溶融や液の対流の条件によって,マグマシステムの熱進化は,全く異なった時間スケールを持つ冷却ステージに分けられることを示した.ここで得られた結論は,マグマシステムの熱進化を支配する要因を非常に明快な形で示しており,中でもマグマの進化を考察する上で地殻の融点が大きな要因となるという,新しい考え方を提示している.

 第3章では,マグマがその上面および下面で固体と接する場合に引き起こされる対流や熱移動の性質を明らかにする目的で,水―塩化アンモニウム二成分共融系のアナログ実験の結果とその考察が述べられている.実験結果から,(1)上面では,熱対流により決定する熱移動によって固体溶融が急速に起こり,また,その溶融液は元の液に対して組成的な影響を与えないこと,(2)下面では,固体溶融や結晶化に伴って組成対流が発生し,その対流は熱を効果的に運ばずに化学成分だけを運んで液中に組成勾配を形成すること,(3)組成対流によって液中に形成される組成勾配は,液中に二重拡散対流層の形成を促し,間接的に上面への熱流量を減少させる効果を持つこと,という3つ重要な観察事実を得た.この章の大きな成果は,上面下面によって引き起こされる異なった機構の対流の相互作用が,固体―液体系の熱物質進化に与える影響について初めて考察した点である.

 第4章では,マグマの組成変化に対する最重要要因である下面での溶融結晶化過程について,初期状態での固体の組成または温度を系統的に変えて行われたアナログ実験の結果とその考察が述べられている.実験の結果,固体の温度のみならずその組成も液の熱的物質的進化速度に大きく影響を与えることを見いだし,さらに,実験結果の解析から,現象を説明する定量的なモデルを提示することに成功した.これらの一連の実験は,天然において地殻の組成と温度がマグマの進化に与える影響を定量的に評価するための新しい方向を示した.

 第5章では,第2章から第4章までで得られた結論をもとに,天然のマグマシステムの熱物質進化の時間スケールに焦点をしぼって議論が展開されている.特に,マグマの温度低下が急速に起こるための条件,マグマ中の二重拡散対流層の形成によるマグマの温度低下速度の変化,およびマグマの上面と下面の地殻の温度・組成の変化がマグマシステムの進化に与える影響について予察的な数値計算を含めた議論がなされ,実験結果の天然の現象に対する適用範囲が吟味されている.

 本論文の研究は,マグマと地殻の間の熱と物質移動という新しい観点からマグマの進化を考察した点で,その発想,手法において非常に高い独創性をもつものである.また得られた結論についても,マグマの熱進化の時間スケールを支配する要因を明確にしたこと,組成対流と熱対流の相互作用の効果を明らかにしたこと,マグマの進化に対する地殻の組成や温度の効果を明らかにしたことなど,火山学,岩石学の進歩に大きく貢献する成果を得たと評価できる.以上の理由で,本論文が学位論文として十分な内容を持つものと判断し,博士(理学)を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53904