内容要旨 | | ムグラド盆地の白亜系貯留層の大量の炭化水素埋蔵量の発見は,有機物が豊富な根源岩である"アブ・ガブラ層"の広範囲な研究を促した.岩相解析,ケロジェンの顕微鏡観察,有機炭素同位体の測定,熱分解と輝炭反射率の測定により有機物の量と質,"前期白亜紀"アッサラム湖の有機物相と岩相に関する環境要因に大いに条件が加えられた. ムグラド地溝盆地北西部のアッサラム湖に分布するアブ・ガブラ層(前期白亜紀)は泥岩(平均80%),砂岩(平均20%)と僅かな炭酸塩岩相とから構成されている.岩相パターンと地化学的パラメーターに基づいて,アブ・ガブラ層は3つのサブユニット(下部,中部,上部)に区分される. 下部と上部サブユニットは明灰色,緑灰色,灰色と紫色の不定形質泥岩が特徴的である;高い砂岩/頁岩比(平均1/4);ヴィトリナイトとイナーチナイト(タイプIII)から成る有機物;相対的に高い有機炭素同位体組成(-23.0〜-26.0‰);低い有機炭素含有量(0.3〜1.1wt%)と低い水素指数(平均150mgHC/g有機炭素).中部サブユニットは主として暗褐色,チョコレート色,灰褐色の層状頁岩から構成されている;低い砂岩/頁岩比(平均1/8);軽い有機炭素同位体組成(-26.0〜-29.5‰);腐植質の不定形(タイプII)の有機物;高い有機炭素含有量(0.78〜6.0wt%)と高い水素指数(平均231〜777mgHC/g有機炭素). 3つのサブユニットの堆積はアッサラム湖内での環境と地形の変化,ここではその進化過程を表していると考えられる.下部ユニットの堆積は低水面,浅く,酸化的な波浪の影響が及ぶ場で始まった.この段階では排水システムは広範囲の緩い斜面地域に及び,湖水環境の縁辺への大量の陸源物質の流入をもたらした.下部・上部サブユニットの境界は広く深い,成層構造がある,高水面の段階に顕著である.湖の高水面期の間に,激しい断層運動のために湖の境界はより険しくなり(特に東部),排水地域が減少した.その結果陸源物質の流入は堆積盆縁辺に制限された.この環境/地形の条件は開放的な湖水環境におけるプランクトン/藻類起源の有機物が豊富な頁岩の堆積を引き起こした.中部サブユニットの堆積の休止と上部サブユニットの堆積の開始は,湖岸線の後退,低水面,湖の縮小期に顕著である.これは沈降率の減少と堆積盆の前進的な埋積に起因する.上部サブユニットはほとんど下部サブユニットと同様に,前進性デルタ環境の縁辺に相当し,大量の陸源物質の流入と上方粗粒化の砂岩層の挟み込みが顕著である.このサブユニットの最上部では堆積盆は完全に埋積され,湖は消失した.環境はベンチウ層を整合的に被覆する扇状地/河川に変化した. このことはアッサラム湖の前進過程は浅い,深い,浅いという3つの大きな,低周期の段階を示している.中部サブユニット内の相対的に厚い砂岩層は,中部の深い水面期には相対的に浅い水面期があったことを示す.湖の3つの大きな段階は主として構造運動(断層運動)に支配されたと考えられるが,中部の深い水面期内の高周期の低水面期と,下部と上部の浅い水面期内の高水面期は直接的に環境変化と関係があると考えられる. この研究によって中部サブユニットのリプチナイト(タイプIIケロジェン)における有機炭素同位体は,上部と下部サブユニットのケロジェン・ヴィトリナイトとイナーチナイト(タイプIII)よりも軽いことが明らかになった.初期(1970年代以前)の,プランクトン起源のタイプIIの有機物は重い(平均-19.0‰)が,陸源(タイプIII)有機物は軽い(平均-25.0‰)という有機炭素同位体の概念とは一致しない.これは湖のプランクトン起源の水成有機物は(少なくともその有機炭素同位体に関しては)海成環境起源のものと異なることを示す.これは更に研究の余地があるが,水の化学的性質,水塊中或いはその堆積直後の有機物における続成作用も何らかの役割を果たすだろう.また,湖における微生物による分解と選択的な有機物成分の消費は同位体的に軽い脂質を濃集させる傾向がある. 有機物が主としてヴィトリナイトから構成されるフッリヤ1号井(コスチ盆地)からのサンプルは重い有機炭素同位体(-17.0‰)が特徴的である. アブ・ガブラ層の有機炭素含有量(平均1.3wt%)と有機物組成はそれが良い根源岩であることを示している.有機炭素含有量が多い中部サブユニットは最も高い炭化水素生成能力に相当する.輝炭反射率の測定に基づいて,研究地域におけるアブ・ガブラ層のオイルウィンドウは(平均)深度2.5kmから始まる. |
審査要旨 | | 本論文は6章からなり、第1章は研究の目的、意義、従来の見解、第2章は、研究方法が詳しく述べられている。第3章「地質と層序」、第4章「有機物のキャラクタリゼーション」、第5章「堆積環境のまとめとアサラム湖の進化」で、データのプレゼンテイションと議論が行われ、第6章はまとめと結論である。 本論文が扱う地域は、アフリカ大陸のリフティングに伴って形成された、スーダン南西部の中生代〜新生代堆積盆地である。ここには、有機物に富んだ頁岩、泥岩と大陸的な石英砂岩が堆積し、リフト帯特有の高い地温勾配により、理想的な油田地域を作っている可能性が高い。しかし油田開発のための試掘を除くと、これまでは、詳しい研究がなされておらず、有機物の起源、石油の熟成・移動時期、貯留岩などの評価が待たれていた。論文提出者ユーシフ・アハメッド・モハメッドは、この地域の石油開発事業に関与し自ら現場のデータを取得したあと、本学の大学院に入学した。修士課程で、貯留岩の岩石学的特徴と貯留能力の獲得機構についての研究を完成したあと、博士課程で、石油根源岩の起源、堆積環境と有機物の起源、についての研究を行った。 本論文の意義、重要性は3点にまとめられる。第1は、将来、スーダンの主要な油田地域となるべきムグラド盆地で、初めて、系統的に堆積学的、石油地質学的研究を完成したこと、第2は、前期白亜紀にアフリカ中央部付近に広大な湖(アサラム湖)が存在したことを明確に示したこと、そして第3に、湖水中で生産された有機物の炭素同位体組成が、陸源の有機物の炭素同位体組成より軽いことを示したことである。 はじめに、堆積構造、粒度変化など堆積岩の性質から、対象とするアブジャブラ層を上部層、中部層、下部層の3つ分け、それぞれ、湖の周辺相、沖合い相、周辺相を示すとした。次に、それぞれの泥岩中に含まれる有機物の全量(TOC)を測定し、沖合い相である中部層が特に有機物が多い(0.8〜6.0%)ことを示した。蛍光を用いた顕微鏡観察により有機物の起源を識別し、上部層、下部層のものは主として陸源の高等植物の木質部、中部層のものは、不定形、非晶質の水生植物由来のものであることを明らかにした。有機物中の水素/炭素、酸素/炭素の元素比である水素係数、酸素係数からも、上部層、下部層は陸源有機物(TypeIII)が多く、中部層は水生有機物(Type I,II)が多いことが示された。このようにして、石油根源岩であるアブジャブラ層における有機物の濃集は、アサラム湖の拡大と湖での生物生産性の増大が原因であったことが明らかとされた。 有機炭素の炭素同位体組成は続成作用の影響が少ないこともあり、有機物の起源を示すパラメーターとして大変重要である。つまり同位体組成が軽いものは陸源有機物由来であり、重いものは海成、湖水成有機物とされ、従来しばしば炭素同位体組成の変動と全炭素量の変動から、有機物集積のメカニズムが議論されていた。しかし、今回の研究により、中部層の水生有機物の炭素同位体組成(-26〜-30‰PDB)の方が、上部層、下部層の陸源有機物(-23〜-26‰PDB)より軽いことが明らかにされ、従来の見解が有機物の不十分なキャラクタリゼーションに基づく可能性を示唆し、これまで殆ど無条件に受け入れられていた有機物の起源と炭素同位体組成の関係が再検討を要することを説得的に示した。このことは有機質な堆積物の研究、ひいては地球表層における炭素循環の研究全般に大きなインパクトを与えるものであり、その意義は大きい。 よって、審査委員会は全員一致をもって、論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。 |