鉱物の相安定関係の研究は、化学組成と温度圧力などの外部条件に応じて、どのような鉱物相が再現性良く且つ安定に存在するかを知ることを直接の目的とし、地球科学においては、地球の表層や内部での物質の生成するプロセスを理解する上で重要な課題であるが、人工鉱物の特異な物性の発現とその現象を理解し、これを応用する物質科学の分野への基礎的な情報を確立する上でも重要な課題である。 本研究は、私が過去に天津大学で行ってきた、含Bi、In、Cu酸化物非晶質半導体の研究成果を発展させたものであり、半導体、超伝導体、誘電体などの特性を示す物質群を多く含むBi2O3-In2O3-(CuO,Nb2O5)系のうち、特に、二元系Bi2O3-CuO、In2O3-CuO、三元系Bi2O3-In2O3-CuO、Bi2O3-In2O3-Nb2O5について、出現する相の分類、存在する安定相の組成と温度との関係の解析、および存在する相の結晶学的データ解析を、鉱物学的手法を用いて行ったものである。これらの系に属する相として幾つかの安定相が文献に報告されているが、それらは主として物質開発の観点から個々に研究され、相安定関係という観点からの総合的な報告は極めて少ない。本研究は、以上の系の相関係を高い精度で決定し、そこに含まれる化合物の組成や結晶学的な特徴を明らかにすることを目的として実験を遂行した。 相安定関係を明らかにすることを目的とした合成実験のうち、特に1000℃以上の高温の範囲では、市販の試薬Bi2O3、In2O3、CuO、Nb2O5を出発試料とし、それぞれの試薬に対して適切な温度で乾燥し粉砕した後、目的の化学組成に秤量混合し、仮焼を行った後にそれぞれの相に適切な温度で加熱した。加熱生成物は、その条件で安定な試料を得るために、仮焼と加熱生成を3度繰り返している。一方、1000℃以下700℃程度までの相関係作成のための出発試料としては、反応性を良くするために共沈法により作成したものを原料とした。なお、共沈法による原料は、上述の市販試薬をそれぞれ硝酸塩水溶液に溶解したのち、それぞれの溶液を目的の組成に混合し、NH4OH溶液で中和し水酸化物を得て、これを300℃で蒸発乾固したものである。 単相を得ることを目的とした試料の合成は、KClフラックス法により行った。原料としては、均質且つ微細な状態とするため、上述の共沈法により作成したものを用いた。 以上の実験よって得た生成物の化学組成の分析は走査型電子顕微鏡(EDS)、相変化の観察は熱分析(DTA、TGA)、結晶の構造に関連する情報は粉末および単結晶X線回折データの解析により行った。これらの実験よって得られた結果は次の通りである。なお、下記のIn2O3-CuO系、Bi2O3-In2O3-CuO系、Bi2O3-In2O3-Nb2O5系については相関係に関する研究例は非常に少ない。 (1)Bi2O3-CuO系について得られた相関係を図1に示す。過去の研究報告では、この系には端成分の相に加えてBi4CuO7存在するという報告と、Bi2CuO4が存在するという異なる報告があったが、本研究の結果ではBi2CuO4のみしか存在しない。繰り返し綿密な実験によってもBi4CuO7は得られないことから、なぜこのような相が報告されたのかは不明である。得られたBi2CuO4の融点は851.3℃である。正方晶系、格子定数はa=8.5033(3)、c=5.8208(2)Aで過去の合成物のデータと一致する。 図1 Bi2O3-CuO系の相関係図 (2)In2O3-CuO系については、1300℃までの相関係および安定相の研究を行った。得た相関係を図2に示す。Cu2In2O5はすでに報告されているが、約1000℃以下ではCuIn2O4とCuOとに分解することが今回確認された。 Cu2In2O5は単斜晶系、格子定数はa=13.1031(5)、b=3.3048(7),c=13.1031(5)A、=133.66(8)°で文献のデータと一致する。なお、CuIn2O4相については、EDSによりこの組成を得たもので今回初めて確認した相であり、この相は980℃から1050℃の狭い温度範囲に存在し、これ以上の温度では、2CuIn2O4->In2O3+Cu2In2O5のように分解する。粉末X線回折図形より、この相はスピネル型に近い構造であると見なされる。 図2 In2O3-CuO系の相関係図 (3)Bi2O3-In2O3-CuO系に関しては、1100℃までの範囲で存在する安定相の確認および相関係を実験的に得た。図3にこの系の相関係図を示す。単相としてBi35InO54とBi60In2O93が存在するという文献報告があり、本実験でもその近傍の組成の相の存在を確認したが、単相としてBi35InO54とBi60In2O93とを分離し観察することは出来なかった。しかしこの近傍の組成の相とCuBi2O4とを結ぶ線上に固溶体が存在することを新たに確認した。 また、CuBi2O4-Cu2In2O5-BiIn2Cu5.3O9.8とCuBi2O4-Cu2In2O5-BiIn3.6Cu0.8O7.7の二つの固溶体領域が存在することも確認できた。三つの固溶体に共通な端点はCuBi2O4であり、このCuBi2O4はこの固溶体にとって母体ともなるべき位置を占めると見なされる。一連の固溶体は、Bi3+イオンをIn3+のイオンで置換することにより形成されると説明できる。このイオン置換は、In3+(0.92A)<Bi3+(1.20A)の条件により成立すると考えられ、Bi3+に対するIn3+の置換は最大60%程度である。三成分の化合物BiIn2Cu5.3O9.8とBiIn3.6Cu0.8O7.7はEDSによりこの化学組成を得たもので、今回はじめて確認した相であり、単斜晶系の構造である。 図3 Bi2O3-In2O3-CuO系の相関係図 (4)Bi2O3-In2O3-Nb2O5系について本研究で得た1300℃までの温度範囲の相関係を図4に示す。この系中、InNbO4-Bi5In2Nb3O18-Bi2O3-Bi2InNbO7の領域に固溶体の存在することを見いだした。この一つの端点の化合物Bi5In2Nb3O18相は新しく確認した相である。この相は、Biの欠除により実際にはのような化学組成をもつ相であろうと予測される。この新相は融点1224℃、一方、結晶化温度1223.6℃であり、固溶体幅も極めて小さいと見なされる。この化合物をフラックス法より単結晶作成し、単結晶X線回折法により結晶学データを得た結果、正方晶系でラウエ群は4/mmm、格子定数はa=12.6548(5)、c=3.9231(3)Aである。結晶構造はNbO6八面体を基本とする正方ブロンズ型であることが予測される。 図4 Bi2O3-In2O3-Nb2O5系の相関係 本研究は、個々の相については、超電導、光学素子、半導体など、その物性の応用などの立場から着目されていたBi-In-Cu-Nb-O系の人工鉱物について、系統的にその相関係を明らかにしたものである。本研究の成果は、Bi、Nb、Inなど希有でかつ有用元素を含む天然鉱物であるクサチアイトBi2CuO4やビスマスタンタライトBi(Ta,Nb)O4のような鉱物の生成条件や化学組成の特徴を知る上で興味あるのみならず、多成分系であるこの系に含まれる多くの物質の研究についても基礎的な指針を与えるものと考えられる。特にこの系でBiが関与する化合物は微妙で複雑な固溶体を形成するので、その組成や結晶構造の解析は容易ではないが、結晶化学的な研究や新たな物質開発の的として興味深い。 |