学位論文要旨



No 111743
著者(漢字) 鈴木,拓
著者(英字) Suzuki,Takuya
著者(カナ) スズキ,タクヤ
標題(和) ビスマス系およびビスマス鉛系酸化物超伝導体の相関係
標題(洋) Phase relations of Bi- and Bi(Pb)-based superconductors
報告番号 111743
報告番号 甲11743
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3107号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武居,文彦
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 講師 小澤,徹
内容要旨

 本論文は4章で構成されている.第1章では本研究の背景と目的について述べる.第2章では高温光学顕微鏡・時分割粉末X線回折装置の開発について述べる.第3章では,Bi-Sr-Cu-O系,Bi-Sr-Ca-Cu-O系,Bi-Pb-Sr-Ca-Cu-O系の相関係について述べる.第4章は結論である.

第1章(序論)

 多元系における相関係は一般に複雑で,その多くが地球科学的観点から調査されており,材料科学的観点に立った研究はあまり多くない.相関係の研究にはクエンチ法が一般的に用いられてきたが,同法は急冷後に試料の相同定を行うため,固液共存領域での相関係の正確な情報を知ることは難しい.また,材料科学的には固相の相関係のほかに,液相量や析出した結晶外形の情報も重要であるが,急冷法ではこれらは確認は不可能である.従来,このような情報は高温光学顕微鏡その場観察により得られてきた.しかし,光学顕微鏡による相関係の同定では,結晶外形や固相の色の変化を相変態と誤認する危険や,固相-固相間の相転移が判断しにくいなどの欠点がある.このため本研究では,高温X線回折装置に光学顕微鏡を組み合わせ,光学観察及び時間分割粉末X線回折その場同時観察が可能な装置を開発した.また,製作した装置を用い,科学的にも工業的にも重要なBi系及びBi(Pb)系酸化物超伝導体の相関係を明らかにすることを試みた.

第2章(高温光学顕微鏡・粉末X線回折同時その場観察装置の開発)

 Figure1に製作した装置概念図を示す.同装置は(1)X線検出器に位置敏感型比例計数管(PSPC)を用い,2=40°の範囲を約1分で計測可能,(2)白金ヒーターにより1〜20℃/minで室温〜1100℃の昇降温が可能,(3)約100倍で試料表面を光学顕微鏡で観察でき,映像はVTRに記録されビデオプリンターでも出力可能,という特長を持っている.当初,PSPCの測定再現性があまり良くなかったため,測定条件の最適化を行った.その結果,Bi-2212の高温での相変化を極めて明確に捉えることができた.

Figure 1 Scheme of the apparatus for in-situ high temperature microscopic and X-ray observations.
第3章(Bi及びBi(Pb)系酸化物超伝導体の相関係)

 Bi系酸化物超伝導体は,Bi2Sr3Cu2Ox(Bi-2302)のSrをCa置換して発見された系である.100Kを越える高い超伝導転移点を持ち,その原材料の安価さと毒性の低さから工業利用上有用な物質であり,発見以来多くの研究がなされている.Bi(Pb)系酸化物超伝導体は,Bi系のBiを10〜20%程度Pb置換することで,Bi系酸化物超伝導体が持つ変調構造や合成の難しさなどの問題点を解消できる.しかしながら,同系は5または6元系といった多元系であり,さらに,BiやPbを含んだ酸化物のため,急冷すると非常にガラス化しやすい.したがってこれらの系における相関係は未だに不明の点が多い.これらの系では,Bi2Sr2CuO6(Bi-2201),Bi2Sr2CaCu2O8(Bi-2212),Bi2Sr2Ca2Cu3O10(Bi-2223)及びこれらのPb置換体がよく知られている.そこで,まずBi-系の母系であるBiSrO4-SrCuO2系の相関係を調べた.次に3つの超伝導体組成を通るBi2Sr2CuO6-CaCuO2系及び(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CuO6-CaCuO2系の相関係を調べた.得られた相図を比較し,CaおよびPb置換が相関係に与える影響を考察した.

 測定は全て昇温過程にて行った.試料の過熱を避けるため目標温度まで20℃/minで昇温し,各温度で2〜24h保持しつつX線回折パターン測定と試料表面の光学顕微鏡観察を行い各相を同定した.試料を放冷後,粉末X線回折(4≦2≦70°),電子顕微鏡観察(SEM)と光学顕微鏡による外形観察,電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)による定量を行った.出発試料はBi2O3,PbO,SrCO3,CaCO3,CuOを所定の割合で混合し焼結合成した.化学量論組成の試料は単相試料であり,それ以外の試料は混相であることをX線回折法で確認した.また,Bi2Sr4Cu3Ox相は存在しないため,組成の比較的近いBi4Sr8Cu5Ox(Bi-4805)を代わりに選んだ.Bi-2223単相試料は非常に合成が困難であったため,この組成で焼結した粉末を使用した.X線回折の結果,この試料は2212+Ca2CuO3+Bi-2223(微量)の混相であった.得られたBiSrO4-SrCuO2系,Bi2Sr2CuO6-CaCuO2系,(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CuO6-CaCuO2系の相図をFigure2(a)〜(c)に示す.

Figure 2 Pseudo-binary phase diagrames in the Bi2SrO4-SrCuO2,Bi2Sr2CuOx-CaCuO2(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CuOx-CaCuO2systems. Broken lines show successive mesurements on heating. Open circles mean experimental data. Each label means as follows; 2201:Bi2Sr2CuO6 2302:Bi2Sr3Cu2Ox 4805:Bi2Sr8CuO5 2212:Bi2Sr2CaCu2O8 2223:Bi2Sr2Ca2Cu3O10 Pb-2201:(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CuO6 Pb-2212:(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CaCu2O8 Pb-2223:(Bi0.8Pb0.2)2Sr2Ca2Cu3O10 Amo.:Amorphous

 Bi2SrO4-SrCuO2系では,出発物質+液相という領域が10〜60℃の広い範囲で観察された.これは試料の焼結粒界近傍に存在する非結合状態やアモルファス状態が,いったん液化し再結晶しているものと思われる.液相線および分解溶融点温度は右上がりであった.Bi2Sr3Cu2O8,Bi-4805は分解溶融し,分解点以上でSrCuO2+Lが観察された.Bi-2201も分解溶融を示唆する結果が得られた.

 Bi2SrO4-SrCuO2系で見られた出発物質+液相という領域はBi2Sr2CuO6-CaCuO2系では見られなかった.これはCa添加によって粒界近傍の結晶性が良くなっていることを示唆している.液相線はBi2SrO4-SrCuO2系に比べより高温へ移動した.分解溶融点は約30〜60℃低くなり,やや右下がりとなった.分解溶融点以上の温度の広い範囲で(Sr,Ca)CuO2が観察された.950℃以上では(Sr,Ca)O+L領域が観察された.同相は室温放冷後のSEM-EPMA,XPDのいずれでも検出できなかった.(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CuO6-CaCuO2系では基本的な相関係はBi2Sr2CuO6-CaCuO2系と同じであった.Bi(Pb)-2223,(Bi0.8Pb0.2)2Sr2Ca1.5Cu2.5Ox組成の分解点上で,アモルファス相と(Sr,Ca)2CuO3が観察された.

 Bi系酸化物合成は,液相焼結で行われているものと考えられる.液相焼結では固相-固相間の空隙を生じた液相が埋め,液相中の拡散を行うため,一般的な固相反応より焼結が速い.Bi-Sr-Cu-O系は液相焼結するにもかかわらず非常に焼結が遅い系であるが,Bi-Sr-Ca-Cu-O系は短い焼結時間で合成することができた.これは分解溶融温度が下がり,液相が生じやすくなった結果であると考えられ,またPb添加により,Bi(Pb)系はBi系より数℃程度分解溶融点が下がり,液相やアモルファスの量は増加した.生成した液相はBi系に比べ粘性が低かった.このことはBi系よりも液相焼結や結晶成長がより有利になっていることを示唆している.

第4章(結論)

 (I)位置敏感型比例計数管を用いた高温X線回折・光学顕微鏡同時観察装置を製作し,その測定条件の最適化を行った.

 (II)BiSrO4-SrCuO2系,Bi2Sr2CuO6-CaCuO2系,(Bi0.8Pb0.2)2Sr2CuO6-CaCuO2系の相関係を初めて系統的に調べ,Ca及びPb置換効果を明らかにした.

審査要旨

 本論文は、代表的な酸化物高温超伝導体であるビスマス―ストロンチウム―カルシウム―銅系酸化物(以下ビスマス系と略)、およびビスマス―鉛―ストロンチウム―カルシウム―銅系酸化物(以下ビスマス鉛系と略)について、高温における平衡相関係を明らかにしたものである。ビスマス系およびビスマス鉛系は100Kを大幅に上回る超伝導転移を持ち、学問的に、また実用上からも極めて重要な物質である。しかしながらこれら化合物は、4元系あるいは5元系の複雑な多元酸化物であり、その相関係は明らかにされていなかった。本研究によって得られた知見は、これらの解明にに少なからぬ進歩をもたらしたものと考えられる。本論文は4章より構成されており、第1章は緒論、第2章は実験方法、第3章は実験結果、第4章は結論となっている。以下に論文内容を抄録する。

 まず第1章は緒論として、多元系化合物の高温相関係の決定法がレビューされている。そこでは多くの場合、高温からの急冷(クエンチ)法が用いられているが、ビスマス系超伝導体の場合は過冷しやすいために、正確な情報が得られない。この困難を解決するために、その場観察とその場構造解析の重要性が指摘された。それらより、本研究が行われるに到った経緯が述べられている。

 第2章では、本研究における相変化解析のための装置について紹介されている。ここでは、直接光学観察系と時間分割X線解析系を複合させた新しい装置が開発され、用いられた。すなわち、CCDカメラ搭載の高温顕微鏡観察録画装置と、位置敏感型比例計数器を用いた高温X線粉末解析装置を結合させた、その場観察解析装置である。今回の実験において、カウンターのクエンチガスの高純度化、流量の精密制御等により、バックグラウンドノイズの低減、ベースラインの安定化などができた。その結果、この装置により、室温より1100℃迄の構造変化を、1分間隔で長時間、連続的に追跡することが可能となった。

 第3章では、開発された装置を用いて、ビスマス系ならびにビスマス鉛系酸化物超伝導体に関連した、室温-1050℃における平衡相関係などが明らかにされた。すでに説明したように、対象とする系が4(5)元系なので、平面に表すためこれを主要な要素に集約して、Bi2SrO4-SrCuO2、Bi2Sr2CuO6-CaCuO2、(Bi,Pb)2Sr2CuO6-CaCuO2の擬2元系として取り扱った。まずBi2SrO4-SrCuO2系であるが、出発物質+液相という領域が10-60℃の広い範囲で観察された。これは試料の焼結粒界近傍に存在する非結合状態やアモルフアス状態が、いったん液化し再結晶しているものと思われた。超伝導体の母結晶であるBi2Sr2CuO6は分解溶融型化合物であることがわかった。次にBi2Sr2CuO6-CaCuO2系についてであるが、前述の出発物質+液相は出現せず、粒界近傍の結晶性の向上が示唆された。この系では液相線の上昇が見られる反面、超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8の分解溶融点が30-60℃低下することが確認されている。(Bi,Pb)2Sr2CuO6-CaCuO2では基本的な相関係はBi2Sr2CuO6-CaCuO2と同じであったが、(Bi,Pb)2Sr2CaCu2O8の分解溶融点には若干の低下が見られた。また鉛の存在によって、高温領域でアモルファス相が形成されやすいことも判明した。以上の結果より、ビスマス系超伝導体の生成には液相の存在が必須であること、鉛の添加によってビスマス系超伝導体相が安定化すると同時に、生成反応がうながされること、などが明らかとなった。

 第4章ではこれらの内容がまとめられている。

 本論文は以上の要約が示したように、新たにその場観察構造解析装置を開発し、それにより今まで充分明確ではなかったビスマス系超伝導体に関連した系の、高温における相関係と安定性を明らかにしたものである。その結果、ビスマス系超伝導体の生成過程の理解を深める上で大きく貢献した。本研究によって得られた知見は、超伝導材料研究の基礎、応用の両分野に少なからぬ進歩をもたらしたものと考えられる。また酸化物結晶の融液からの生成機構を理解する上でも重要な示唆を与えるものであり、このことは同時に鉱物学全般の進歩にも寄与するものであることを審査員一同認めた。なお、本論文第2章の一部は武居文彦、長谷川正、小池正義、田中正幸、湯本健一氏らと、また第3章の一部は武居文彦、長谷川正、湯本健一氏らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。よって本論文提出者に博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54507