学位論文要旨



No 111744
著者(漢字) 鈴木,正哉
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マサヤ
標題(和) 珪酸塩鉱物(かんらん石、輝石、長石)における溶解反応機構と溶解速度 : 結晶方位依存性について
標題(洋) Dissolution Processes and Rate in Silicate Minerals,Olivine,Pyroxene and Feldspar:Effects of Crystallographic Orientation
報告番号 111744
報告番号 甲11744
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3108号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 村上,隆
 東京大学 助教授 堀内,弘之
 東京大学 講師 小澤,徹
内容要旨 はじめに

 鉱物の水溶液中への溶解は地球内部および表層での物質循環を考える上で最も基本的な過程の一つであるばかりでなく、酸性雨や放射性廃棄物の処理など社会的な問題とも密接にかかわっている。そのような地球内部や表層での物質循環を考える際、とくに鉱物溶解の速度と反応過程の解明は重要な問題となり、化学的風化や熱水変質の研究が必要とされる。それゆえ長石の風化に関する研究など古くから溶解に関する実験は行なわれてきたが、従来の研究は粉末試料を用いて溶液の分析から溶解速度や界面での反応過程を解析する手法を用いたものであり、転位や欠陥の密度など鉱物の組織や結晶構造に立脚した結晶方位を考慮して行った実験はほとんどない。そこで本研究では、単結晶を用いた溶解実験を行い、かんらん石・輝石・長石の溶解速度における結晶方位および転位密度の依存性について調べた。

実験方法

 各結晶の溶解速度における結晶方位の依存性を調べるため、試料の表面積において一つの面が他の面よりも卓越するように、単結晶を平板状(1.5cm×1.5cm 厚さ0.5mm)に切断する。この試料と酸を反応容器に入れた後、この反応容器を恒温槽に入れ撹拌(振動あるいは回転)しながら反応させた。酸にはpHが変化しないよう緩衝溶液として酢酸+酢酸ナトリウム(長石の溶解実験においては酢酸+酢酸リチウム)を用いた。一定時間ごとに反応溶液から溶液を抽出し、ICP発光分析法により溶液の化学組成を分析した。また実験終了後、走査型電子顕微鏡により表面の観察を行った。

実験結果と考察(1)かんらん石 (forsterite (Fo91Fa9))

 溶液の化学組成の分析の結果より、どの実験においてもSiとMgは時間とともに直線的に増加しており、かんらん石の溶解は調和溶解を示した(図1)。このことはかんらん石の結晶構造から説明することができる。かんらん石はシリカ四面体が独立している鉱物である。このためかんらん石のMg-Oの結合が切断されれば、Si-O結合の切断を必要とせずにシリカ四面体はそのまま溶液中に溶け出すことができる(Schott and Bemer,1983)。次に結晶方位による溶解速度を比較してみると、極く初期の溶解では(010)での溶解が最も速く、(100)での溶解が最も遅い。前者の溶解速度は後者の約4倍であった。実験開始から100時間を超えると、(010)と(001)の溶解速度はほぼ等しくなり(100)の溶解速度の約2倍であった。溶解速度の温度依存性を調べるため、横軸に絶対温度の逆数、縦軸にSiの溶解速度定数の対数をとると直線の関係が示され(図2)、これより活性化エネルギーを求めると40.5±1.5kJ/molであった。また溶解速度のpH依存性を調べるため同様にアレニウスプロットをとると、直線の関係が示され対数スケールでの水素イオン濃度の溶解速度に対する依存性は0.57乗(aH+0.57)であった。

図1.かんらん石の(001)から溶解したSiとMgの量の時間変化(pH4.5,80℃)図2.かんらん石の溶解速度定数の温度依存性(pH4.5):K=SiO2mol/cm2・s

 次に実験終了後の表面を電子顕微鏡で観察したところ、どの表面にも直径200-400nmの大きさをした球状の茶褐色の変質鉱物が生成されており、化学組成とその色からこの生成物はiddingsiteであると推定される。溶液中のSiとMgが時間とともに直線的に増加していることからもわかるように、この生成物は溶解速度に影響を与えていない。また鉱物の表面にはエッチピットが形成されているが、エッチピットが形成されているところにはこの2次鉱物は生成されておらず、転位が存在するところでの溶解は2次鉱物の沈殿より速いことがわかる。(100)の表面ではこの面と垂直方向に走る転位に沿って溶解が進んでおりピラミッドを逆さにしたような階段状のエッチピットが観察される。この逆ピラミッド型をしたエッチピットの大きさは20m×40m、深さ20mであった。エッチピットの数から推定される転位密度は2-3×105/cm2であった。また(010)の表面でも[100]と平行に走る転位に沿って溶解が進んでおり、細長い短冊上のエッチピットが観察された。同様に推定される転位密度は(100)とほぼ同じ2-3×105/cm2であった。そして(001)の表面はほとんどが2次鉱物に覆われているが、ところどころに角張った層状の形態をした組織がみられる。この部分の観察により(001)の溶解では(001)に沿って溶解が進行している。

 以上の結果よりかんらん石の初期の溶解においては、転位と平行な面での溶解のほうが転位と垂直な面での溶解よりも速く、転位の走っている方向が結晶面の溶解速度の違いを生じさせている。しかし(100)においてエッチピットによる溶解した部分の体積を考慮した場合と考慮しなかった場合の面と垂直方向の溶解速度を求めてみると、両者には大きな差はなく転位自体はかんらん石の溶解速度に大きな影響を与えていないと考えられる。また(100)においては2種類の転位(alleye of dislocation と free dislocation)が見られたが、それぞれの転位における単位面積あたりに溶解した量はほぼ等しく、転位の種類は溶解速度にあまり影響を与えていない。

(2)輝石 (diopside (En46FS4Wo50))

 溶液の化学組成の結果によると、輝石の溶解は極く初期の溶解を除くと調和溶解を示す。輝石の初期の溶解においては、相対的にCaとMgはSiより多く、さらにCaはMgよりも多く溶液中に溶け出している(図3)。このことは原子間の結合エネルギーの点から説明することができる。まずSi-O結合は非常に強いのでSiの溶解速度は一番遅い。また一般に透輝石(diopside)においてCaは選択的にM2サイトを占め、MgはM1サイトとM2サイトの残りを占める。この2つのサイトは構造的に違っておりM2サイトのほうがM1サイトよりも歪みが大きく結合エネルギーが小さいと考えられる。そのためM2サイトに入っているイオンのほうが溶脱しやすく、CaはMgよりも相対的に多く溶液中に溶け出すと言える(Schott and Berner,1985)。次に結晶方位による溶解速度を比較してみると、(001)の溶解速度が最も速く、(010)の溶解速度がもっとも遅い。前者の溶解速度は後者の約2倍であった。

図3.輝石の(010)の溶解における溶脱イオンの割合の時間変化(pH3.5,80℃)

 実験終了後の表面を電子顕微鏡で観察したところ、(001)において小さなエッチピットが見られただけで、微細組織による溶解の跡はほとんどみられなかった。(100)には離溶組織に由来するMgに富んでいると思われるラメラがみられ、このラメラの部分は周囲よりも高くなって残っており溶解が遅いと思われる。このことから、輝石はMgの量によって溶解速度が異なることが予想される。

 以上の結果から考えて、結晶方位による溶解速度の違いは輝石の結晶構造によって説明することができる。輝石においてはシリカ四面体のチェインの方向はc軸と平行な方向である。ゆえにチェインと垂直な面である(001)では、Siを溶液中に切り離すのにSi-O結合の切断は1つで済む。これに対してチェインと平行な面である(100)と(010)では、Siを溶液中に切り離すのにSi-O結合の切断が1つまたは2つ必要であり、それだけ溶解しにくくなる。これらのことより輝石の溶解においては、シリカ四面体のチェインに垂直な方向が溶解速度が速く、結晶構造が溶解速度に密接に関係していることがわかった。

(3)長石 (labradorite (Ab45An55))

 溶液の化学組成の結果によると、長石の溶解において陽イオン(Ca and Na イオン)はSiやAlよりも速く溶解している。このことはCa-OやNa-Oの結合エネルギーがSi-OやAl-Oよりも小さいことを示している。またAlの方がSiよりも速く溶解している事から、Al-OはSi-Oよりも結合エネルギーが小さいと考えられる(Casey et al.,1988)。また結晶方位による溶解速度を比較してみると、(100)の溶解速度が(010)と(001)の溶解速度よりも速く前者の溶解速度は後者の約2倍であった。

 実験終了後の表面を電子顕微鏡で観察したところ、(100)においては2つの方向に伸びたエッチピットが、(010)と(001)には1つの方向に伸びたエッチピットがみられた。(010)と平行な方向にみられるエッチピットはこの長石に発達している(010)と平行なへき開によるものであり、もう一つの(001)と平行な方向にみられるエッチピットも、別な微細組織(例えば双晶など)と関連があると思われる。長石の溶解においては、へき開が溶解に大きな役割を果たしている。

(4)結晶構造と溶解速度について

 かんらん石と同様にして求められた各鉱物の溶解速度定数、活性化エネルギー、水素イオン濃度の溶解速度に対する反応の次数を表1に示す。この溶解速度の違いは各鉱物の結晶構造の違いによって説明することができる。かんらん石はネソ珪酸塩に属し、シリカ四面体が独立しているため溶解においてSi-O結合を切断する必要がない。輝石はイノ珪酸塩に属し、溶解において1つあるいは2つのSi-O結合を切断する必要がある。また長石はテクト珪酸塩に属するので、溶解において最大4つのSi-O結合を切断する必要がある。珪酸塩鉱物においては一般的にSi-Oが最も強い結合であるため、このSi-O結合を切り離す個数によって溶解速度に大きな差が生じるものと考えられる。また活性化エネルギーがかんらん石、輝石、長石とシリカ四面体の重合が増すにつれて大きくなることについても、溶解速度定数と同様にSi-O結合を切り離す個数によってこの差が生じていると考えられる。

表1. かんらん石・輝石・長石の溶解速度定数と活性化エネルギーおよび水素イオン濃度の溶解速度における反応次数。溶解速度定数はpH5.0,25℃に換算した溶解速度定数R=SiO2mol/cm2・sの対数をとって示してある。

 鉱物の溶解において、かんらん石や長石のようにシリカ四面体の重合度が各結晶面においてより等方的に近い時には転位やへき開などの微細構造が溶解速度に影響を与え、そして輝石のようにシリカ四面体の重合度が各結晶面において異なるときにはその重合度が小さいほど溶解速度が速くなる。このことから、結晶構造におけるSiO4四面体の重合度の異方性が顕著であるときは、溶解速度は結晶構造によって最も影響を受け、四面体の重合度の異方性が等方的に近くなると結晶の微細組織の異方性の影響を強く受けると結論される。

参考文献○Schott J.,and Berner A.(1983):X-ray photoelectron studies of the mechanism of iron silicate dissolution during weathering. Geochimica et Cosmochimica Acta,47,2233-2240.○Schott J.,and Berner A.(1985):Dissolution mechanisms of pyroxenes and olivines during weathering.In:Drever,J.I.(ed),The chemistry of weathering,35-53.○Casey W.H.,Westrich H.R.,and Banfield J.F.(1989):Surface of labradorite feldspar reacted with aqueous solution pH=2,3and12.Geochimica et Cosmochimica Acta,52,2795-2807.
審査要旨

 本論文は、5章からなり、第1章は本研究の目的について、第2章は実験試料について、第3章は実験方法について、第4章は溶解実験の結果について、第5章は実験結果を考察し、溶解の結晶方位依存性と反応の機構について述べられている。

 まず第1章に於て、従来の溶解に関するほとんど全ての実験が粉末試料を用いて行われ、溶液の分析から溶解速度を決定し、溶解過程での反応を化学的に解析する手法で行われてきたことを述べ、実際に天然で進行しつつある溶解過程をより正しく解析するためには単結晶を用いた溶解実験が必要であることを指摘している。この観点に立って、地殻の主要構成鉱物であるかんらん石、輝石、長石について、結晶学的方位を考慮した単結晶溶解実験を行い、結晶構造・微細組織の溶解過程に対する寄与を解析し溶解反応機構を明らかにするのが本研究の目的であると述べられている。さらに、かんらん石と輝石に関しては、溶解実験がほとんどないことも指摘されている。

 第2章・第3章では、溶解速度の結晶方位依存性を調べるために、一つの結晶面が卓越するように結晶方位をX線回折で決定し平板に切断し、溶解実験を行ったことが述べられている。かんらん石、輝石、長石について、それぞれ(100)、(010)、(001)の結晶面が卓越するように3種類の試料が準備され、結晶面は研磨、洗浄して溶解実験に供された。溶解実験は反応容器で行われ、溶液には酢酸が用いられ、反応中の酸の濃度変化を防ぐため緩衝溶液が用いられた。実験は酸の濃度、温度、反応時間を変化させて行われ、反応後の溶液中のイオン濃度はICP発光分光分析で決定され、また反応後の結晶は分析走査型電子顕微鏡で表面解析を行った。

 第4章では、溶解実験の結果がかんらん石、輝石、長石についてそれぞれ述べられている。

 1)かんらん石:溶解実験の結果、かんかん石の溶解は調和溶解であり、初期の溶解での溶解速度は(010)>(001)>(100)となっているが時間の経過とともに(010)=(001)>(100)となることを見いだした。溶解速度定数は-12.41であり、また溶解速度の温度依存性から活性化エネルギーを40.5±1.5kJ/molと決定し、溶解速度のpH依存性から水素イオン濃度の溶解速度における反応次数を0.57と決定した。また、反応後の結晶表面のエッチピットの観察・測定から、転位の結晶溶解に及ぼす影響を解析し、転位に平行な面の溶解速度が転位の垂直な面より速いことを見いだした。さらに、エッチピットによる表面積の増加を補正すると、かんらん石の溶解は等方的であることを指摘している。

 2)輝石:溶解実験の結果、輝石の溶解は極く初期を除いて調和溶解であり、溶解速度は(001)>(100)>(010)となることを見いだした。また溶解速度定数が-13.6であり、溶解速度の温度依存性から活性化エネルギーを37-52kJ/molと決定し、溶解速度のpH依存性から水素イオン濃度の溶解速度における反応次数を0.46と決定した。反応後の結晶表面の観測から、輝石には溶解に直接影響を与える微細組織はなく、極く一部に離溶組織に起因するMgに富んだラメラが観察され、この部分の溶解が遅いことが見いだされた。輝石の溶解はかんらん石の溶解と異なって異方的であることを指摘している。

 3)長石:溶解実験の結果、長石の溶解は調和溶解でなく、初期の溶解での溶解速度は(100)>(001)=(010)となっていることを見いだした。また溶解速度定数は-15.5で、溶解速度の温度依存性から活性化エネルギーを71-81kJ/molと決定し、溶解速度のpH依存性から水素イオン濃度の溶解速度における反応次数を0.68と決定した。反応後の結晶表面の観測から、へき開面と双晶面にそってエッチピットの存在を確認し、エッチピットによる表面積の増加を補正すると、長石の溶解は等方的であることを指摘している。

 第5章では、4章に記された実験結果をまとめ、珪酸塩鉱物の溶解を律速している原理について議論している。珪酸塩鉱物の構造をSi(Al)-O4四面体の結合で考えると、かんらん石、輝石、長石はそれぞれ、独立した四面体構造、1次元的な鎖状構造、3次元的なフレームワーク構造をしており、架橋酸素に注目すると、かんらん石と長石はより等方的構造であり、輝石は異方的構造であると論じ、エッチピットの補正を行った溶解速度の傾向と良く一致することを示して、溶解時に切断される架橋酸素の数とその異方性が、珪酸塩鉱物の溶解速度の違いとそれぞれの鉱物の溶解速度の方位依存性を決定付けていることを明らかにした。さらに、結晶構造からの陽イオンの溶脱速度は結晶構造中の陽イオンサイトにおける陽イオンと酸素の結合エネルギーに依存しており、陽イオン-酸素の平均距離と溶脱速度に一定の関係があることも明らかにした。

 以上の様に、本論文は、地球表層部での物質循環の最も基本的な過程の一つである鉱物の水溶液中への溶解過程における反応機構を結晶構造に基づいて解明したものであり、これは従来の粉末法では得ることの出来ない結論で、独創的なアイディアで成し遂げられた単結晶溶解実験で初めて得られた結論である。このような独創的研究手法と、地球表層物質循環の問題に重要な情報をもたらしたことを高く評価し、本論文は、博士(理学)の学位論文として十分な内容を持つものと審査員全員により判定した。

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