本論文は、5章からなり、第1章は本研究の目的について、第2章は実験試料について、第3章は実験方法について、第4章は溶解実験の結果について、第5章は実験結果を考察し、溶解の結晶方位依存性と反応の機構について述べられている。 まず第1章に於て、従来の溶解に関するほとんど全ての実験が粉末試料を用いて行われ、溶液の分析から溶解速度を決定し、溶解過程での反応を化学的に解析する手法で行われてきたことを述べ、実際に天然で進行しつつある溶解過程をより正しく解析するためには単結晶を用いた溶解実験が必要であることを指摘している。この観点に立って、地殻の主要構成鉱物であるかんらん石、輝石、長石について、結晶学的方位を考慮した単結晶溶解実験を行い、結晶構造・微細組織の溶解過程に対する寄与を解析し溶解反応機構を明らかにするのが本研究の目的であると述べられている。さらに、かんらん石と輝石に関しては、溶解実験がほとんどないことも指摘されている。 第2章・第3章では、溶解速度の結晶方位依存性を調べるために、一つの結晶面が卓越するように結晶方位をX線回折で決定し平板に切断し、溶解実験を行ったことが述べられている。かんらん石、輝石、長石について、それぞれ(100)、(010)、(001)の結晶面が卓越するように3種類の試料が準備され、結晶面は研磨、洗浄して溶解実験に供された。溶解実験は反応容器で行われ、溶液には酢酸が用いられ、反応中の酸の濃度変化を防ぐため緩衝溶液が用いられた。実験は酸の濃度、温度、反応時間を変化させて行われ、反応後の溶液中のイオン濃度はICP発光分光分析で決定され、また反応後の結晶は分析走査型電子顕微鏡で表面解析を行った。 第4章では、溶解実験の結果がかんらん石、輝石、長石についてそれぞれ述べられている。 1)かんらん石:溶解実験の結果、かんかん石の溶解は調和溶解であり、初期の溶解での溶解速度は(010)>(001)>(100)となっているが時間の経過とともに(010)=(001)>(100)となることを見いだした。溶解速度定数は-12.41であり、また溶解速度の温度依存性から活性化エネルギーを40.5±1.5kJ/molと決定し、溶解速度のpH依存性から水素イオン濃度の溶解速度における反応次数を0.57と決定した。また、反応後の結晶表面のエッチピットの観察・測定から、転位の結晶溶解に及ぼす影響を解析し、転位に平行な面の溶解速度が転位の垂直な面より速いことを見いだした。さらに、エッチピットによる表面積の増加を補正すると、かんらん石の溶解は等方的であることを指摘している。 2)輝石:溶解実験の結果、輝石の溶解は極く初期を除いて調和溶解であり、溶解速度は(001)>(100)>(010)となることを見いだした。また溶解速度定数が-13.6であり、溶解速度の温度依存性から活性化エネルギーを37-52kJ/molと決定し、溶解速度のpH依存性から水素イオン濃度の溶解速度における反応次数を0.46と決定した。反応後の結晶表面の観測から、輝石には溶解に直接影響を与える微細組織はなく、極く一部に離溶組織に起因するMgに富んだラメラが観察され、この部分の溶解が遅いことが見いだされた。輝石の溶解はかんらん石の溶解と異なって異方的であることを指摘している。 3)長石:溶解実験の結果、長石の溶解は調和溶解でなく、初期の溶解での溶解速度は(100)>(001)=(010)となっていることを見いだした。また溶解速度定数は-15.5で、溶解速度の温度依存性から活性化エネルギーを71-81kJ/molと決定し、溶解速度のpH依存性から水素イオン濃度の溶解速度における反応次数を0.68と決定した。反応後の結晶表面の観測から、へき開面と双晶面にそってエッチピットの存在を確認し、エッチピットによる表面積の増加を補正すると、長石の溶解は等方的であることを指摘している。 第5章では、4章に記された実験結果をまとめ、珪酸塩鉱物の溶解を律速している原理について議論している。珪酸塩鉱物の構造をSi(Al)-O4四面体の結合で考えると、かんらん石、輝石、長石はそれぞれ、独立した四面体構造、1次元的な鎖状構造、3次元的なフレームワーク構造をしており、架橋酸素に注目すると、かんらん石と長石はより等方的構造であり、輝石は異方的構造であると論じ、エッチピットの補正を行った溶解速度の傾向と良く一致することを示して、溶解時に切断される架橋酸素の数とその異方性が、珪酸塩鉱物の溶解速度の違いとそれぞれの鉱物の溶解速度の方位依存性を決定付けていることを明らかにした。さらに、結晶構造からの陽イオンの溶脱速度は結晶構造中の陽イオンサイトにおける陽イオンと酸素の結合エネルギーに依存しており、陽イオン-酸素の平均距離と溶脱速度に一定の関係があることも明らかにした。 以上の様に、本論文は、地球表層部での物質循環の最も基本的な過程の一つである鉱物の水溶液中への溶解過程における反応機構を結晶構造に基づいて解明したものであり、これは従来の粉末法では得ることの出来ない結論で、独創的なアイディアで成し遂げられた単結晶溶解実験で初めて得られた結論である。このような独創的研究手法と、地球表層物質循環の問題に重要な情報をもたらしたことを高く評価し、本論文は、博士(理学)の学位論文として十分な内容を持つものと審査員全員により判定した。 |