炭素質コンドライト中に含まれているCa,Alリッチインクルージョン(以下「CAI」)はその名の通りgehlenite(Ca2Al2SiO7),spinel(MgAl2O4),diopisde(CaMgSi2O6)等のCa,Al含有量の多い鉱物からなるインクルージョンを指し、高温凝縮物という鉱物学的共通の特徴から、太陽系生成初期において、高温星雲ガスからの冷却過程における最も初期の凝縮物質であると考えられている。しかしながら、CAIには高温凝縮鉱物以外にも、二次鉱物として比較的低温で凝縮するnepheline(NaAlSiO4),calcite(CaCO3),grossular(Ca3Al2Si3O12),層状珪酸塩等が含まれており、凝縮温度が大きく異なる両者がCAI中に共存するという矛盾については、高温凝縮物の(1)比較的低温での星雲ガスとの二次的反応、または(2)母天体集積後の水質変成、の2つの説が対立している。本論文ではこの問題を解決するために、母天体の水質変成および熱変成をそれぞれ実験室的に再現した水熱実験および加熱実験を行い、その結果に基づきCAI中に含まれている主要一次鉱物の母天体での水質変成、その後の熱変成の可能性およびそのプロセスについて詳細に議論している。 論文は5章からなり、第1章は研究の背景と動機、第2章では実験手法が詳細に述べられている。 第3章は水熱実験および加熱実験の結果が示されている。水熱実験ではまず最初に、CAIの主要鉱物であるgehlenite,spinelおよびdiopsideを用いており、spinelおよびdiopsideはすべての条件で変化しなかったが、gehleniteからはhydrogrossular[Ca3Al2(SiO4)3-x(O4H4)x],calcite,hydrosodalite[Na8Al6Si6O24(OH)2・2H2O]およびAl,Siからなるアモルファス物質がその水溶液に応じて生成することが明らかになった。これらの生成物はCAIに含まれている二次鉱物そのもの、またはこれに関連した鉱物であることから、gehleniteの水和反応により二次鉱物が生成する可能性が強く示唆されている。またgehleniteのみが変化を受けていることもCAIの観察結果と一致している。反応を起こさせる水溶液中の溶解成分はコンドライト中のガラス質部分からの溶解成分に富んでいるとの仮定から、Na以外の溶解成分として予想されるSiおよびAlの、gehleniteの水和反応生成物に与える影響を調べるために、gehleniteにSiO2およびAl2O3試薬を混合した出発原料に水酸化ナトリウム水溶液を加えた実験についても行なわれており、Al2O3については影響がないものの、SiO2については添加量の増加とともに未反応のgehleniteが増大する一方、生成物であるhydrogrossularは減少していることが示されている。またSiO2を添加した系ではすべてtobermolite(Ca5Si6O18H2・4H2O)が生成しており、CAI中のwollastonite(CaSiO3)生成との関連が示唆されている。また同様にSiO2添加量の増加とともにanalcime(NaAlSi2O6・H2O),nepheline hydrate(NaAlSiO4・1/2H2O)が生成しているが、その組成はCAI中の重要な二次鉱物であるnephelineとの関係が深いと考えられ、またその生成Na,Al,Siの各成分に富んだ水溶液からの析出であると考えられることから、Al2O3およびSiO2試薬混合物に水酸化ナトリウム水溶液を用いたAl2O3-SiO2-NaOH-H2O系の水熱実験についても行なわれている。nepheline hydrate,hydrosodalite,analcimeの各生成物がその実験条件に応じて生成していることから、CAIの水質変成が起こっている環境では微妙な各成分の濃度により生成物が異なる可能性が示されている。 第3章後半部分では水熱合成により生成されたhydrogrossular,analcimeおよびnepheline hydrateを400℃以上で電気炉にて加熱実験を行なっており、hydrogrossularは加熱温度の上昇とともにH2O量は減少し、無水側の端成分であるgrossularに組成的に近づいていくこと、またanalcimeおよびnepheline hydrateもそれぞれ脱水してnephelineになっていること、また熱分析の結果も、両者の重量減少は400℃までにほとんど終了していることを示しており、これらの結果は水質変成後の熱変成の可能性についても示唆していると考えられる。 第4章では以上の実験結果から考察される炭素質コンドライトの二次鉱物の生成プロセスについて以下のように詳細に述べている。まず水質変成により、マトリックス中のガラス質物質からNaおよびSiが溶解する。これに引き続いてgehleniteも水熱反応により水溶液に溶解し、水溶液中のCa,Al,Siの濃度が上昇する。このとき母天体中の有機炭素からCO32-が生じるほど酸素分圧が高い場合には、生成したCO32-がgehleniteより溶出したCaと反応してcalciteが析出する。また還元雰囲気であればこの飽和溶液よりhydrogrossularが析出し、過剰なCaおよびSiはtobermolite等のCa-Si水和物を生成する。溶液中のSi濃度が十分に高くなっていれば、Na-Al-Si系の鉱物であるanalcime,nepheline hydrate,hydrosodaliteが水溶液中の各成分の濃度に応じて析出する。その後も母天体は加熱を続け、乾燥状態での加熱が引き続いておこる(熱変成作用)。この段階で水和鉱物は脱水反応を起こし、hydrogrossularは温度上昇により連続的にその無水側の端成分であるgrossularに、またtobermolite等のCa-Si水和物はwollastoniteに、analcime等のNa-Al-Si水和物は、脱水によりnephelineになる。これらの生成鉱物はすべてCAI中において主要二次鉱物をなしており、その形成について、実験室的データに基づいて変成過程が構築されているところに、特に本論文のオリジナル性を認めることができる。 最後の第5章には論文全体の結論がまとめられている。 本研究は上述のように水熱および加熱実験結果に基づいて炭素質コンドライトのCAI中の二次鉱物がgehleniteの水質変成、およびこれに引き続いて起こる脱水反応により形成されたことを実証するものであり、その形成過程までをも明らかにし、なおかつCAI中の二次鉱物の多様性は水質変成時における、母天体中の水溶液の諸条件(酸化還元電位,溶質濃度等)を反映したものであることを示したことは、惑星物質科学の進歩に多大なる貢献をもたらすものと評価できる。また本研究は、今までほとんど応用されることのなかった、水熱合成を中心とした実験手法の当該分野における有効性をも示しており、一つの方向付けをするものとして評価できる。 以上の理由により、審査委員会は全員一致で論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。 |