学位論文要旨



No 111745
著者(漢字) 野村,幸治
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,コウジ
標題(和) 炭素質コンドライト中のCa、Alリッチインクルージョン(CAI)の二次鉱物生成に関する水熱および加熱実験
標題(洋) Hydrothermal and heating experiments on formation of secondary minerals from Ca-Al-rich inclusions(CAIs)in carbonaceous chondrites.
報告番号 111745
報告番号 甲11745
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3109号
研究科 理学系研究科
専攻 鉱物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 助教授 村上,隆
 東京大学 助教授 田賀井,篤平
 東京大学 講師 小澤,徹
 東京大学 助教授 藤原,顕
内容要旨 はじめに

 炭素質コンドライト中に含まれているCa,Alリッチインクルージョン(以下「CAl」)はその名の通りgehlenite(Ca2Al2SiO7),spinel(MgAl2O4),diopisde(CaMgSi2O6)等のCa,Al含有量の多い鉱物からなるインクルージョンを指し、高温凝縮物という鉱物学的共通の特徴から、太陽系生成初期において、高温星雲ガスの冷却過程における最も初期の凝縮物質であると考えられている。しかしながら、CAlには高温凝縮鉱物以外にも、二次鉱物として比較的低温で凝縮するnepheline(NaAlSiO4),calcite(CaCO3),grossular(Ca3Al2Si3O12)等が含まれている。凝縮温度が大きく異なる両者がCAl中に共存するという矛盾については、高温凝縮物の、(1)比較的低温での星雲ガスとの二次的反応、または、(2)母天体集積後の水質変成、の2つの説が対立している。この問題を解決することは、太陽系形成および母天体の形成史の確立において非常に重要であり、本研究では、母天体の水質変成を実験室的に再現した水熱合成実験により、CAl中に含まれている主要一次鉱物であるgehlenite,spinel,diopsideの母天体での水質変成の可能性を研究した。また近年、母天体における水質変成後の熱変成も提案されている(Akai,1988等)ことから、これについても実験室レベルで再現するために水熱合成実験後、主要生成物であるhydrogrossular[Ca3Al2(SiO4)3-x(O4H4)x],analcime[NaAlSi2O6・H2O]およびnepheline hydrate[NaAlSiO4・1/2H2O]の加熱実験を行った。以上の実験結果をもとにCAl中の二次鉱物の起源を明らかにするとともに、その生成プロセスについても議論する。

水熱実験

 CAlには二次鉱物としてnephelineが多く含まれ、その主要構成元素であるNaは蒸気圧の高い元素であることから高温では凝縮しないため、CAlにもともと含まれていたとは考えにくい。従って、本研究ではNaはコンドライト中のガラス質部分から初期の水質変成により溶解し、溶液を通してCAlに供給されたとの仮定から、本実験では水酸化ナトリウム水溶液および炭酸ナトリウム水溶液を用いた。母天体内部で酸素分圧が高い場合には母天体中の有機炭素の酸化により溶液はCO32-に富むことが予想されることから、両者の違いは母天体の酸化還元電位の違いに帰着されるものと考えられる。またNaのない系での生成物と比較するために、反応促進剤としてHClを用いた実験も行なった。

 表-1に示すようにspinelおよびdiopsideはすべての条件において変化を示さなかったが、gehleniteは各水溶液において変化を示している。水酸化ナトリウム水溶液からの生成物質であるhydrogrossularは、二次鉱物としてしばしば記載されているgrossularと関連があるものと考えられる。炭酸ナトリウム水溶液から生成したcalciteはCAl中にしばしば含まれているものであり、同じく生成したhydrosodalite[Na8Al6Si6O24(OH)2・2H2O]はCAlに含まれているsodalite(Na4Al3Si3O12Cl)と関連があると考えられる。HCl水溶液より生成したアモルファス物質は走査電子顕微鏡(SEM)での観察よりAl,Siからなり、その組織を含めて、CAl中の層状珪酸塩物質に関連があると考えられる。比較として行なったolivine[(Mg,Fe)2SiO4]の水熱実験では、serpentine[(Mg,Fe)3Si2O5(OH)4]が得られたが、CAlの二次鉱物を生成した水質変成はマトリックス中のolivineの変質にも影響を及ぼしていることを示唆している。

表-1 高温凝縮鉱物の水熱変成実験の生成物

 上記実験結果より二次鉱物の生成にはgehleniteの反応が深く関与していることが予想される。また反応を起こさせる水溶液中の溶解成分は上述のようにコントライト中のガラス質部分からの溶解成分に富んでいるとの仮定から、Na以外の溶解成分として予想されるSi,Alの、gehleniteの水和反応生成物に与える影響を調べるために、gehleniteにSiO2またはAl2O3試薬を混合した出発原料に水酸化ナトリウム水溶液を加えたgehlenite-SiO2-Al2O3-H2O-NaOH系の実験を行なった。図-1はgehleniteにAl2O3添加量を順次増加させた混合物を出発原料としたときの生成物を示しているが、ピークはすべてhydrogrossularのものであり、Al2O3添加については生成物に影響を示さなかった。SiO2は図-2に示されるように添加量の増加とともに未反応のgehleniteが増大する一方、生成物であるhydrogrossularは減少した。またSiO2を添加した系ではtobermolite[Ca5Si6O18H2・4H2O]が生成し、同様にSiO2添加量の増加とともにNa-Si-Al系の水和鉱物であるanalcime,nepheline hydrateが生成している。これらはgehleniteから溶解したAlと溶液中のNaおよびSiが反応して生成したものと考えられる。gehlenite-SiO2混合物から生成したanalcime,nepheline hydrateはその組成からCAl中の重要な二次鉱物であるnephelineと関係があると考えられる。またその生成はNa,Al,Siの各成分に富んだ水溶液からの析出であると考えられるので、Al2O3およびSiO2試薬混合物に水酸化ナトリウム水溶液を用いたAl2O3-SiO2-H2O-NaOH系の水熱合成実験を行なった(図-3)。低NaOH溶液(0.1N)ではanalcimeのみが生成しているが、1N溶液では、Al2O3混合割合の多い側ではhydrosodaliteおよびnepheline hydrateが生成している。同一出発原料(Al2O3・SiO2)でNaOH濃度を変化させた場合には低濃度側ではanalcimeが生成しているが、高濃度になるにつれてnepheline hydrate,hydrosodaliteへと生成物が変化している。これらの結果はCAlの水質変成が起こっている環境では微妙な各成分の濃度差により生成物が異なる可能性を示している。

図表図-1 Gehlenite、Al2O3混合物のNaOH1N水溶液200℃、168時間経過後の水熱合成試料X線回折プロファイル / 図-2 Gehlenite、SiO2混合物のNaOH1N水溶液200℃、168時間経過後の水熱合成試料X線回折プロファイル図-3 各混合比のAl2O3、SiO2混合物をNaOH水溶液各濃度にて200℃168時間で水熱合成したときの生成物
加熱実験

 水熱実験により生成されたhydrogrossular,analcimeおよびnepheline hydrateを400℃以上で電気炉にて加熱実験を行なった結果、hydrogrossularはShoji(1974)がまとめたデータに基づいて今回作成した推定式により、その(420)面ピーク位置のシフトから、加熱温度の上昇とともにH2O量は減少しgrossularに組成的に近づいていくことがわかった(図-4)。またanalcimeおよびnepheline hydrateもそれぞれ700℃または800℃までに脱水してnephelineになっている。なお、熱分析の結果、両者の重量減少は400℃までにほとんど終了していることから脱水反応はこの時点までに終了しており、構造だけが700℃または800℃まで残っていたものと考えられる。またtobermoliteは脱水反応によりwollastonite(CaSiO3)に変化することは広く知られている。

図-4 水熱合成により生成したhydrogrossularを400℃、500℃、600℃、700℃のそれぞれの温度にて24時間加熱したときのhydrgrossularの(420)面より求められるhydrogrossular中のH2O分子数。200℃の値は加熱前のhydrogrossular中のH2Oを示す。
二次鉱物生成プロセス

 以上の実験結果から考察される炭素質コンドライト中のCAlの二次鉱物の生成プロセスは以下のようになる(図-5)。水質変成により、まず水と最も反応しやすいマトリックス中のガラス質物質から構成物質であるNaおよびSiが溶解する。これに引き続いてgehleniteも水熱反応により溶解し、水溶液中のCa,Al,Siの濃度が上昇する。このとき母天体中の有機炭素が酸化されてCO32-が生じるほど酸素分圧が十分に高い場合には生成したCO32-が、gehleniteより溶出したCaと反応してcalciteが析出する。還元雰囲気であればこの飽和溶液よりhydrogossularが析出し、その後も過剰なCaおよびSiがあればtobetmolite等のCa-Si水和物が生成する。このとき溶液中のSi濃度が十分に高くなっていれば、Na-Al-Si系の鉱物であるanalcime,nepheline hydrate,hydrosodaliteがそのときの水溶液中の各成分の濃度に応じて析出する。その後も母天体は加熱を続け、温度上昇とともに水溶液の飽和蒸気圧は増加するために、水溶液は逃散し、乾燥状態での加熱が引き続いて起こる(熱変成作用)。この段階で水和鉱物は脱水反応を起こし、hydrogrossularは温度上昇により連続的にその無水側の端成分であるgrossularに、またtobermolite等のCa-Si水和物はwollastoniteに、analcime等のNa-Al-Si水和物は、脱水によりnephelineになる。このようなCAlの水質変成とともに、主にolivine,pyroxeneからなるコンドライト・マトリットクスでは一部は水質変成によりserpentine等に変化する。

図-5 炭素質コンドライト母天体中における水熱変成およびそれに引き続く熱変成による鉱物相の変化。

 以上の実験結果は、炭素質コンドライト中のCAlの二次鉱物がgehleniteの水質変成による元素の再分配作用(水和鉱物の生成)、および引き続いて起こる脱水反応により形成されたことを結論づけるものであり、その形成過程までをも明らかにしたもめである。また本実験結果より、CAl中の二次鉱物の多様性は水質変成時における、母天体中の水溶液の諸条件(酸化還元電位,溶質濃度等)を反映したものであることも明らかにすることができた。

審査要旨

 炭素質コンドライト中に含まれているCa,Alリッチインクルージョン(以下「CAI」)はその名の通りgehlenite(Ca2Al2SiO7),spinel(MgAl2O4),diopisde(CaMgSi2O6)等のCa,Al含有量の多い鉱物からなるインクルージョンを指し、高温凝縮物という鉱物学的共通の特徴から、太陽系生成初期において、高温星雲ガスからの冷却過程における最も初期の凝縮物質であると考えられている。しかしながら、CAIには高温凝縮鉱物以外にも、二次鉱物として比較的低温で凝縮するnepheline(NaAlSiO4),calcite(CaCO3),grossular(Ca3Al2Si3O12),層状珪酸塩等が含まれており、凝縮温度が大きく異なる両者がCAI中に共存するという矛盾については、高温凝縮物の(1)比較的低温での星雲ガスとの二次的反応、または(2)母天体集積後の水質変成、の2つの説が対立している。本論文ではこの問題を解決するために、母天体の水質変成および熱変成をそれぞれ実験室的に再現した水熱実験および加熱実験を行い、その結果に基づきCAI中に含まれている主要一次鉱物の母天体での水質変成、その後の熱変成の可能性およびそのプロセスについて詳細に議論している。

 論文は5章からなり、第1章は研究の背景と動機、第2章では実験手法が詳細に述べられている。

 第3章は水熱実験および加熱実験の結果が示されている。水熱実験ではまず最初に、CAIの主要鉱物であるgehlenite,spinelおよびdiopsideを用いており、spinelおよびdiopsideはすべての条件で変化しなかったが、gehleniteからはhydrogrossular[Ca3Al2(SiO4)3-x(O4H4)x],calcite,hydrosodalite[Na8Al6Si6O24(OH)2・2H2O]およびAl,Siからなるアモルファス物質がその水溶液に応じて生成することが明らかになった。これらの生成物はCAIに含まれている二次鉱物そのもの、またはこれに関連した鉱物であることから、gehleniteの水和反応により二次鉱物が生成する可能性が強く示唆されている。またgehleniteのみが変化を受けていることもCAIの観察結果と一致している。反応を起こさせる水溶液中の溶解成分はコンドライト中のガラス質部分からの溶解成分に富んでいるとの仮定から、Na以外の溶解成分として予想されるSiおよびAlの、gehleniteの水和反応生成物に与える影響を調べるために、gehleniteにSiO2およびAl2O3試薬を混合した出発原料に水酸化ナトリウム水溶液を加えた実験についても行なわれており、Al2O3については影響がないものの、SiO2については添加量の増加とともに未反応のgehleniteが増大する一方、生成物であるhydrogrossularは減少していることが示されている。またSiO2を添加した系ではすべてtobermolite(Ca5Si6O18H2・4H2O)が生成しており、CAI中のwollastonite(CaSiO3)生成との関連が示唆されている。また同様にSiO2添加量の増加とともにanalcime(NaAlSi2O6・H2O),nepheline hydrate(NaAlSiO4・1/2H2O)が生成しているが、その組成はCAI中の重要な二次鉱物であるnephelineとの関係が深いと考えられ、またその生成Na,Al,Siの各成分に富んだ水溶液からの析出であると考えられることから、Al2O3およびSiO2試薬混合物に水酸化ナトリウム水溶液を用いたAl2O3-SiO2-NaOH-H2O系の水熱実験についても行なわれている。nepheline hydrate,hydrosodalite,analcimeの各生成物がその実験条件に応じて生成していることから、CAIの水質変成が起こっている環境では微妙な各成分の濃度により生成物が異なる可能性が示されている。

 第3章後半部分では水熱合成により生成されたhydrogrossular,analcimeおよびnepheline hydrateを400℃以上で電気炉にて加熱実験を行なっており、hydrogrossularは加熱温度の上昇とともにH2O量は減少し、無水側の端成分であるgrossularに組成的に近づいていくこと、またanalcimeおよびnepheline hydrateもそれぞれ脱水してnephelineになっていること、また熱分析の結果も、両者の重量減少は400℃までにほとんど終了していることを示しており、これらの結果は水質変成後の熱変成の可能性についても示唆していると考えられる。

 第4章では以上の実験結果から考察される炭素質コンドライトの二次鉱物の生成プロセスについて以下のように詳細に述べている。まず水質変成により、マトリックス中のガラス質物質からNaおよびSiが溶解する。これに引き続いてgehleniteも水熱反応により水溶液に溶解し、水溶液中のCa,Al,Siの濃度が上昇する。このとき母天体中の有機炭素からCO32-が生じるほど酸素分圧が高い場合には、生成したCO32-がgehleniteより溶出したCaと反応してcalciteが析出する。また還元雰囲気であればこの飽和溶液よりhydrogrossularが析出し、過剰なCaおよびSiはtobermolite等のCa-Si水和物を生成する。溶液中のSi濃度が十分に高くなっていれば、Na-Al-Si系の鉱物であるanalcime,nepheline hydrate,hydrosodaliteが水溶液中の各成分の濃度に応じて析出する。その後も母天体は加熱を続け、乾燥状態での加熱が引き続いておこる(熱変成作用)。この段階で水和鉱物は脱水反応を起こし、hydrogrossularは温度上昇により連続的にその無水側の端成分であるgrossularに、またtobermolite等のCa-Si水和物はwollastoniteに、analcime等のNa-Al-Si水和物は、脱水によりnephelineになる。これらの生成鉱物はすべてCAI中において主要二次鉱物をなしており、その形成について、実験室的データに基づいて変成過程が構築されているところに、特に本論文のオリジナル性を認めることができる。

 最後の第5章には論文全体の結論がまとめられている。

 本研究は上述のように水熱および加熱実験結果に基づいて炭素質コンドライトのCAI中の二次鉱物がgehleniteの水質変成、およびこれに引き続いて起こる脱水反応により形成されたことを実証するものであり、その形成過程までをも明らかにし、なおかつCAI中の二次鉱物の多様性は水質変成時における、母天体中の水溶液の諸条件(酸化還元電位,溶質濃度等)を反映したものであることを示したことは、惑星物質科学の進歩に多大なる貢献をもたらすものと評価できる。また本研究は、今までほとんど応用されることのなかった、水熱合成を中心とした実験手法の当該分野における有効性をも示しており、一つの方向付けをするものとして評価できる。

 以上の理由により、審査委員会は全員一致で論文提出者に対し博士(理学)の学位を授与できると判断した。

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