学位論文要旨



No 111748
著者(漢字) 遠藤,孝夫
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,タカオ
標題(和) 環境資源の利用可能性評価に基づいた地球利用計画
標題(洋)
報告番号 111748
報告番号 甲11748
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3546号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 助教授 清水,英範
 東京大学 助教授 渡邊,法美
内容要旨

 人間活動の爆発的な拡大により深刻化している地球環境問題への対応策として環境税の導入,技術開発による方法など社会経済システムの漸進的な制御・改善を目指した方法が主に検討されている。一方,人類の持続的な生存・発展のための基礎的条件として再生可能資源を中心とした環境資源の保全・持続的な利用や大規模な環境変動の回避などを挙げ,そうした条件を達成できる地球の利用形態を構想するアプローチも考えられる。人類の持続的な発展を目標として,人間活動の空間的な分布すなわち土地利用の望ましい姿を描き,土地利用形態を誘導・制御する方法を検討することを地球利用計画と呼び,その検討の枠組みを整理した。

 望ましい土地利用形態の検討例として森林と農地について地球規模で環境資源の利用可能性評価を行う前に,まず両者の基盤となる土壌資源についてその侵食要因を分析し,土地利用の持続的利用を阻害する土壌侵食の可能性を推定した。

 次に森林に関しては環境変動緩和の観点から,温暖効果ガスといわれる二酸化炭素の固定能力に着目して,森林事業への投入費用に対する炭素蓄積量を定量化する費用対効果分析を地球規模で行った。費用対効果の高い土地の地理的分布が全球的に評価され,投入コストに対する炭素蓄積量が定量的に示された(図1)。

 農業による食糧生産については,既存の穀物生産性モデルを土壌条件の観点から改良し,地球規模での将来的な適地評価を行った。さらに,国連の将来人口予測に基づき,各国内および世界の食糧需要を背景とした農地利用への転換の分布を推定した。その際,土壌侵食可能性を考慮することで,より持続性が高く,リスクの小さい土地利用配分について地球規模で検討を行った。

 森林と農地に関する評価結果から両者の競合関係が定量化された。図2において黒い四角で示された軌跡は,利用可能な土地を最大限活用したときの現在の農業生産性水準および食糧消費水準に基づいた地球の限界を示し,白抜きの四角は土壌侵食可能性が一定以上深刻な地域の農地利用を行なわない場合の様子を示している。

図表図1 森林再生事業への投入コストに対する炭素蓄積量 / 図2 農業による食糧生産と森林での炭素蓄積の競合関係

 本研究の成果は陸域環境資源の有効な管理・利用を検討するにあたって基盤となる情報を提供するものである。

審査要旨

 人間活動の爆発的な拡大は地球規模で環境を急激に変化させ、人類の生存基盤そのものを揺るがし始めている。エネルギーや資源消費が増加した結果、有害廃棄物の排出量が急激に増加している。たとえば化石燃料の消費は酸性雨などの広域的な汚染を引き起こす一方で、大気中に多量の二酸化炭素を放出する。大気中の二酸化炭素濃度の増加は地球の温暖化を通じて環境システムの重大な変化を引き起こすことが懸念されている。フロンガスの排出によるオゾンホールの発生も同様の例である。

 一方、増大する食料需要を満たすための無理な農地の利用・開発や過放牧は,森林の消失や土壌の劣化・流亡など再生可能資源に重大な劣化を引き起こしている。土壌の流亡や砂漠化は農業生産性を低下させ、爆発的に増加している人口を支える食糧を確保することが大きな課題となると予想される。

 継世代も考えた人類の長期的な生存基盤を確保するという観点からは、1)地球環境変動リスクを低減する人間・社会活動への転換、2)再生不能資源の消費の可能な限りの抑制、3)再生可能な環境資源の持続可能な利用方法の確立が、対策の重要な方向として示唆される。しかし、こうした重要課題に対して各国、地域が個別に対応するのは資金・技術の確保、活動計画・内容の整合性の維持などの面からほとんど不可能に近い。ここに地球を総合的、より持続的に利用・管理するため計画・政策論が必要になる。

 地球規模での土地環境資源の保全・利用をより計画的に誘導・管理するためには、土地条件、気候条件に対応した環境資源の賦存量や利用可能性を定量的に明らかにすることが必要である。これまで「地球の居住限界」を推算しようとした研究・レポートなどは決して少なくない。しかし、従来の多くの研究で検討に使用された資料は調査手法などが不統一で一部には信憑性が必ずしも明確ではない国別・地域別統計資料等が主たるものであり、その信頼性は必ずしも十分ではないと考えられる。同時に環境資源の賦存量や利用の特性に関する地域的な分布が明確ではない。その結果異なる土地の利用形態の競合をどのように解決するかに対して全く無力である点は非常に大きな問題点といえる。

 提出論文は、以下の2点を研究の目的としている。

 1.近年急速に整備が進んできた衛星画像データやそこから派生したさまざまな地球環境データを利用して、全球的な規模で土地にかかわる環境資源の賦存量と利用特性を全球的に推定する。

 2.上記の推定結果を利用して、人口が将来爆発するという環境の下で利用形態の競合を明示的に考慮しつつより持続的な土地環境資源の利用の方向を検討する。

 論文は7章からなっている。

 第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。

 第2章「地球規模での環境資源の管理・計画の必要性と枠組み」では地球規模の環境問題とそれに関する研究動向、政策議論の動向を概観し、その中で植生などの土地環境資源に特に焦点を当てた管理・誘導方策の重要性を指摘している。さらに地球規模での管理・計画論を展開するために必要な研究項目を整理し、本論文の研究の方向を位置づけている。

 第3章「土地利用の持続性評価に向けた土壌侵食可能性の全球的評価」では土地資源の持続的な利用にあたって最大の阻害要因の一つが土壌浸食であることに着目し、全球的な土地劣化状況に関するデータベースを用いて水食、風食の要因分析を行った。さらにその結果に基づき、その土地が農業用地などに転換された場合に生じ得る土壌浸食の可能性を全球的に推定し、土壌資源の利用限界を明らかにした。

 第4章「森林資源の利用可能性に関する全球的評価」では森林資源の多様な効用・利用形態のうち、二酸化炭素の固定源としての機能に着目して評価を行っている。さらにUSEPAの収集した国別・地域別の森林再生費用と第3章で推定された土壌の浸食可能性条件などから全球的な森林再生費用マップを作成している。これにより、費用対効果という観点から森林における炭素蓄積事業を概略的にではあるが評価することが可能になった。

 第5章「農業による食糧生産性に関する全球的評価」では人類の食糧源としてみたとき、穀物の生産がその大半を占めることと、森林と土地資源を競合する最も重要な土地利用形態が農業であることに着目し、農業による穀物生産を対象とした土地資源の利用可能性評価を行っている。すなわち、農業による穀物生産性をエネルギーベースで評価し、その生産に必要な費用を国別に概略推定した。各国内の生産費用分布にも土壌浸食可能性を利用している。これにより、農業利用についても食糧生産という観点から費用対効果の枠組みの下で全球的に評価することが可能になった。

 第6章「地球環境資源の利用可能性評価に基づいた地球利用計画の検討」では以上の森林利用、農地利用の競合を費用対効果という枠組みで調整し、将来人口が急増する場合の土地環境資源の利用形態に関するいくつかのシナリオを作成し、土地環境資源の利用の方向性について全球的な規模で検討している。そこでは現在国際的な場で検討の進んでいる排出権市場や炭素税などにより、炭素放出に金銭的なペナルティが課せられ、同時に森林再生による炭素固定が収入を生む状況が実現した際の土地利用資源の利用形態の変化や、その変化が二酸化炭素の放出量、土壌浸食の進行等に与える影響を評価している。その結果、2025年には80億を超える人口を養うためにアフリカ大陸を中心としてほとんどの熱帯林が姿を消す可能性があること、炭素の価格付けによりその傾向が抑制され、同時に北方林地域などでも森林再生事業がペイするようになることなどが示唆された。

 第7章は結論であり、研究の成果と今後の展望をまとめている。

 まとめると本研究は地球環境問題に対する重要な対策の一つとして土地環境資源のより持続的、合理的な利用・管理の検討の枠組みをを整理し、その中で単純化された形ではあるが、実際のデータに基づいて森林による炭素固定、農業による食糧生産に関する全球的な資源利用可能性を費用対効果分析の枠組みの下で明らかにしている。この結果、異なる利用形態の競合を考慮に入れたより現実的な視点(土地利用計画の視点)から「地球居住限界論」を展開することができた。さらに炭素の価格付けといった経済的、国際的な環境対策による土地環境資源の管理・誘導効果などが検討できることを定量的に明らかにするなど、地球規模での土地環境資源の利用計画論等を工学的に展開する基礎を築いたと言える。

 以上、本論文は土木工学、特に土地利用計画論の研究の進展に大きく寄与するものと判断する。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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