学位論文要旨



No 111750
著者(漢字) 中村,博一
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒロカズ
標題(和) 高密度アレー記録を用いた地震動の空間相関特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 111750
報告番号 甲11750
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3548号
研究科 工学系研究科
専攻 土木工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 片山,恒雄
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 助教授 小長井,一男
 東京大学 講師 木村,吉郎
内容要旨

 表層地盤内で地震動は時空間的に変動しており,そのため構造物の地震応答解析では1地点の観測記録の時間変動だけでなく複数地点の同時観測記録,つまりアレー観測記録に基づく地震動の空間変動をも考慮する必要がある.特にそれは長大橋などの大規模構造物や原子力発電所などの重要構造物に対する耐震設計時や,あるいは都市域におけるライフライン系の地中構造物を対象とした地震被害想定時に重要になる.その必要性から近年世界各地で地震動のアレー観測が行われている.東京大学生産技術研究所の千葉実験所では3次元アレー観測を行っており,1990年までの27地震記録のデータベースを公開している.本研究ではまずそれ以降の1992年までの観測記録から6地震記録をこの千葉アレーデータベースに追加し,以下で示す地震動の空間変動を表す空間相関特性に関する解析を行った.

 地震動はその震源過程や伝播経路,特に観測サイト付近での表層地盤の影響を受け非常に複雑である.そのため地震動モデルの構築に関してはまだまだ研究の余地が残されており,その有用性から近年地表面での平面アレー観測記録に基づいて地震動の時空間変動を確率モデルで記述するという試みが多くなされている.しかし,既往の研究では異なる仮定に基づいた解析を行い様々な地震動の空間変動モデルを提案しているのでこれらのモデルには一長一短がある.そこで本研究では約300m四方の狭い水平面内における地震動の空間変動に着目して様々な角度から解析を行った.そして千葉アレーデータベースの中の12地震記録に基づいた確率論的に地震動の空間変動を表す新たなコヒーレンス関数モデルを提案し,各地震記録から得られるモデルパラメータの値を推定し各地震に対するその変動について調査した.その結果,モデルパラメータの変動傾向として特に地震動の空間的な相関に関係するパラメータが地震ごとに変動することを明かにした.しかし利用できる地震記録が少なかったこともあり,その地震依存性は示すことができなかった.また,2つの地震記録ではあるが.台湾・羅東のアレー観測記録から得られるコヒーレンス関数に対して本提案モデルを適用し,地震動の空間変動に対するサイトおよび地震の依存性に関して検討した.その結果サイト依存性に関してはまだ明らかでないが,このサイトにおいてはマグニチュードの大きい地震記録は空間的な相関が大きくなり,この結果からコヒーレンス関数モデルの地震依存性の存在を示唆できたと思われる.

 地表面(地下-1m)における地震動の空間変動をモデル化した後に,同じ12地震記録を用いて地中地震動の空間変動を検討した.ここでは地下-1m,-10m,-20mの各深さでの平面アレー記録を用いて,地点パワースペクトル,コヒーレンス関数,および空間変動パラメータを定量的に推定し,地震動の空間変動の深さ依存性について考察した.その結果,コヒーレンス関数は特に近距離かつ高振動数において深さ依存性を示すこと.空間変動は一般に深くなるにつれて小さくなる傾向を示すことを明かにした.また,300m四方の地表面を考慮した場合に地震動の空間相関はコヒーレントな平面波と比較して水平成分で約18%,上下成分で約12%減少していること,そして地下-20m以浅の地盤の不均質性により生じたと考えられる地震動の空間変動量は地下-20m以深で既に生じているものに比べ小さいながらも,水平上下成分ともに20%以上を占めることを示した.

 前述の震源過程,伝播経路,表層地盤の不均質性により地震波は散乱される.そのため生ずる地震動の時空間変動に対する影響も含めて,近年多くの研究によりそれらの不均質性が調査されている.これは確定論だけでは説明しきれない現象の理解が重要になったためであると思われる.地震動の時空間変動の原因を明確にするための1つの試みとして,本研究では特に地震動の空間変動に対する表層地盤の不均質性の影響について摂動法および有限要素法を用いた解析により検討した.ただし簡単のために地盤定数が水平方向に不均質な場合に注目し,水平鉛直方向の2次元面内における地盤内の上下方向の変位を拘束したP-SV波の不均質地盤応答について解析した.また,地盤応答の空間変動に対する不均質地盤の影響は,確率論的に地震動の時空間変動と等価な振動数-波数スペクトルにより評価した.まず波動方程式から得られる積分方程式と繰り返し近似を用いた摂動法による解析,および不均質を表す確率特性を表層地盤モデルに割り付けた有限要素解析を行うことにより,地表の不均質地盤応答およびその振動数-波数スペクトルについて考察した.そしてそれらの解析結果を比較することにより各手法の適用性について検討した.また,両解析結果により地震動の空間変動と不均質表層地盤に対する確率特性の相互関係を明らかにした.

 工学的には重要構造物の基礎や地中構造物の強震時の挙動を把握することが重要であり,最後に構造物の地震時応答やアレー観測記録に基づく地震動の空間変動に関する解析結果などの既往の研究結果と本研究の解析結果を比較検討し,不均質表層地盤により散乱された地震動の時空間変動により構造物が受ける影響および耐震設計において注意すべき点について考察した.

審査要旨

 この研究の目的は,地震動が空間的に変動していることを実際の地震観測記録により明らかにし,この空間変動の程度をコヒーレンス関数として定量的にモデル化し,工学的な利用を可能とすることにある.

 論文は全6章から構成されており,まず第1章では,研究全体の目的を述べるとともに,既往の研究についてサーベイし,本研究の位置づけを明確にしている.

 第2章では,この研究に用いた地震記録とそのデータ処理について述べている.使用した地震記録は,東京大学生産技術研究所の千葉実験所において1982年より行われている高密度アレー観測によって得られたものである.このうちの1990年までに得られた主要な記録については,既にデータベース化が行われているが,この研究では,その後に得られた6つの主要な地震記録について新たにデータベース化を行った.

 第3章では,上記の千葉アレーによる12個の地震記録を用いて,地表面における地震加速度波形の空間変動特性を検討した.千葉アレーは,約300m四方程度の地域に地震計が高密度に配置されており,これまでデータの得られていなかった最短5m程度までの近距離における地震動の空間特性のモデル化に利用できる.既往の研究の多くが,台湾羅東のSMART-1アレーの記録を用いて,地点間距離100m程度以上のコヒーレンス関数を推定しようとしている点との大きな違いがある.コヒーレンス関数のモデルとしては,振動数と地点間距離の増加によるコヒーレンスの低減を指数関数で表現するものを提案し,その4つのパラメータを地震ごとに求めた.その結果,地震ごとに変動の大きいパラメータと安定したものがあること,またこれらのパラメータは,水平2方向成分(震央方向,水平震央直交方向)では近い値をとり,上下方向成分ではかなり異なっていることを示した.また,コヒーレンス関数は10〜20m程度の距離で急激に低減する傾向を明らかにした.さらに,台湾羅東における2つのアレー記録についても同様の検討を行ったところ,コヒーレンス関数が地点特性にも依存することが示された.さらに一般的なパラメータ値の設定のためには,より多くのアレー記録に対する解析が課題として残されている.

 第4章では,第3章と同様の方法で,地中地震動の水平方向の空間変動特性について検討を行っている.千葉アレーでは,地下-10mと-20mにおいても平面アレーが構成されており,従来このような記録がないために行えなかった検討を可能としている.第3章と同じ形のコヒーレンス関数のパラメータを12地震について個々に求めるとともに,またそれらを一括回帰でも求めた.コヒーレンス関数の深さ依存性を分かりやすく表現するために,これを振動数と2つの地点間距離で積分した相関面積の概念を導入した.この結果,コヒーレンス関数が,近距離かつ高振動数において深さ依存性を顕著に示し,地下深くなるほどより空間相関が高くなることを明らかにした.地表面における地震動の空間相関は,コヒーレントな平面波と比較して,水平成分で約18%,上下成分で約12%減少しており,このうち地下-20mより浅い表層地盤による相関の減少量は全体の20%以上であった.このように,地表と地中の空間変動量を定量的に比較した点は目新らしい点である.

 第5章では,第4章で明らかになった地中から地表に至る間でのコヒーレンスの低減について解析的な検討を行っている.この問題に関しては,最近他に幾つかの取組が行われており,その1つとして,地盤固有周期の水平方向の変動を摂動法で表現した研究がある.本研究においては,振動数領域における2次元有限要素法により,地盤物性,とくに弾性波速度のばらつきを表層地盤に与え,その影響でコヒーレンスの低減がどの程度説明できるか検討を行った.まず,弾性波速度の変動を水平方向のみに与え,摂動法による近似解と比較を行い,良好な一致をみた.次に,表層厚さ20mの地盤モデルに,適当な相関距離を持つ弾性波速度をシミュレーションで与え,どのような相関距離と相関構造が,第4章で得られたようなコヒーレンス関数の深さ方向依存性を再現できるか検討を行った.その結果,水平方向に大きく鉛直方向に小さい,弾性波速度の相関距離と,適当な大きさの変動係数を与えると,地中と地表のコヒーレンス関数の変化を2次元的に精度よく表現できることを明らかにした.

 第6章では,研究全体について成果をまとめるとともに,今後の課題について提示している.

 以上のように,本論文では,地震動の空間的な変動について,実際の観測記録について,さまざまな分析を行い,とくに,地中と地表において,水平方向の空間相関の強さが変化することを明示し,それが地盤物性のばらつきにより再現できることを解析により示した.このような検討の結果は,限定された地震観測記録より導かれたものではあるが,今日の地震工学において注目されている重要な問題に対して,きわめて有用かつ実用的な情報を与えている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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