学位論文要旨



No 111757
著者(漢字) 金,亨基
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョンキ
標題(和) フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の耐震性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 111757
報告番号 甲11757
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3555号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 半谷,裕彦
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨

 本研究では,床スラブを直接柱により支えるフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の耐震性能を実験的,解析的に調べることにより,現行フラットプレート構造の柱・スラブ接合部の設計方法の問題点を提起し,改善及び補完方法を提示するともに,現行規準では規定が施されていない地震力を受ける中柱・スラブ接合部の靭性・剛性等の耐震性能に影響する要素を適切に評価し,より合理的な中柱・スラブ接合部の設計手法の提案を目標としている。

 また,近年では,鉄筋コンクリート建築物の高層化・大型化に伴い,コンクリート強度600kgf/cm2をこえる高強度コンクリート利用への要求が高まり,フラットプレート構造の本来の長所を生かした高強度コンクリートフラットプレート構造の実現が急がれている。しかし,現行設計規準式を導くに使われた過去の実験はコンクリート強度200〜400kgf/cm2程度の普通強度コンクリートを用いたものであり,高強度コンクリートが耐力に及ぼす影響は十分に明らかにされてない。そこで,高強度コンクリートを用いた場合まで使用範囲を拡張した,より包括的なフラットプレート構造の柱・スラブ接合部の合理的な耐震設計法の構築も本研究の目的のひとつである。

 得られた研究結果を各章ごとに以下にまとめる。なお,本論文は6章より構成される。

 第1章「序論」では,本研究の背景,既往の研究,本研究の目的と方法について述べた。研究の背景としては,フラットプレート構造の概要,米国,日本における発達状況とACI規準,日本建築学会のRC規準での扱い,この構造の問題点等が述べられている。また,既往の研究として,せん断応力度直線分布の仮定に基づく解析手法の歴史的変遷,それがACI規準の設計法に採用された経緯について記し,その後の解析手法であるビームアナロジーの概念が紹介し,この手法の概念に従ったもっとも新しい解析方法も紹介している。最後に本研究の目的と方法について述べている。

 第2章「高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の静的加力実験」では高強度コンクリートを用いた場合のフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の耐震性能の検討と現在の設計理念の高強度コンクリートへの適用性の確認を行うことに主眼を置き,同構造の設計法を確立するための基礎的資料を得ることを目的として,コンクリート設計強度Fc=600kg/cm2のスラブ配筋比や鉛直荷重のレベルをパラメータとした1/2.5の縮小模型の鉛直と水平組合せ加力3体と鉛直加力1体の実験を行い,終局強度,剛性,履歴エネルギー消費能力について検討・考察を行っている。その結果,(1)高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力は,現行RC規準による耐力評価式により概ねに評価できること (2)等価粘性減衰定数はスラブ筋が少ないほど,鉛直荷重が大きいほどそれぞれ大きくなる傾向がある。 (3)通常の設計における長期鉛直荷重に相当する荷重を加えた時の鉛直割線剛性は初期鉛直剛性の64〜77%程度である。また,通常の設計における長期鉛直荷重の2倍に相当する荷重を加えた時の鉛直割線剛性は初期鉛直剛性の50%程度である。また,水平剛性の低下は,試験体の塑性化の進行に従い,スラブ筋が多いほど,鉛直荷重が小さいほど小さくなる傾向があること等を指摘している。

 第3章「フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部を対象にした有限要素法による弾性解析」では,実験では把握の困難なフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の応力状態を始め,スラブに生じる力の流れを把握するために,第2章で述べた高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の試験体を対象にした弾性有限要素解析を行っている。解析結果と実験結果の比較・検討をスラブ表面の応力分布,スラブのモーメント・せん断力の分布及び接合部の応力状態,スラブ変形,剛性それぞれについて行っている。その結果,(1)鉛直荷重と水平荷重を組合せた場合の弾性FEM解析のスラブ表面の主応力度の分布と実験で形成されたスラブ降伏線の状態は対応すること (2)水平加力前の通常の設計における長期鉛直荷重をかけた段階で,柱近傍のスラブでは弾性範囲を越えていること (3)弾性平板理論に基づく本解析結果は,接合部の応力状態がACI規準のせん断応力度直線分布の仮定と異なること (4)弾性FEM解析による鉛直剛性は実験で得られた初期剛性とよく一致していること,また,水平加力前に行った鉛直載荷時にスラブの剛性低下が生じたため,実験による初期水平弾性剛性はその解析値に比べるとかなり低いこと等を指摘している。

 第4章「既往の実験データを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の特性の評価」では第2章の実験を含めた既往の実験データを用いてパンチングシア耐力におけるACI規準式,日本建築学会のRC規準式の適合性の検討・考察及び靭性能力の評価を行っている。その結果,(1)RC規準によるフラットプレート構造の柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力の評価式は,ACI規準の方より精度が良いこと(2)ACI規準,RC規準によるフラットプレート構造の柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力の評価式は,共に実験値を過小評価すること(3)フラットプレート構造に対して,スラブに加わる鉛直力と終局鉛直耐力比(V/V0)を0.35以下,即ちスラブ危険断面のせん断応力度を0.37以下に制限することにより,柱層間変形で1.5%以上の水平変形能力を確保し,塑性率も1.5以上が期待できること,(4)また柱の近傍でのスラブにおいてせん断補強が施されている場合は,スラブに加わる鉛直荷重の大きさに関係なく1.5%以上の水平変形能力の確保ができ,柱周辺のスラブの適切なせん断補強は水平変形能力の確保に有効であること等を指摘している。

 第5章「フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部のねじりによって伝達されるモーメントの評価」では,既往の狩野・吉崎のねじり実験のデータを用い,中柱・スラブ接合部のねじりについてより適切な評価を試みている。すなわち,日本建築学会の現行RC規準にも採用されている完全塑性式によるフラットプレート構造の柱・スラブ接合部の終局時のねじりモーメントの評価手法では,スラブ筋の効果が考慮されてないためスラブ筋比が多くなるに従い,終局時のねじりモーメントを過小評価する傾向が見られることを指摘し,スラブ筋量を考慮した終局時のねじりモーメントの評価式を提案した。

 さらに,現行RC規準のフラットプレート構造の柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力式において接合部でのねじりによって伝達されるモーメントを本提案式を用いて算定したフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力を実験値と比較したところ,本提案式は鉛直荷重が小さい範囲でACI規準式,現行RC規準式に比べ,精度が向上することを明らかににした。

 第6章「結章」では,本研究から得られた全体のまとめについてのべている。

審査要旨

 本論文は,「フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の耐震性能に関する研究」と題し,鉄筋コンクリート造フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の耐震性能を実験的および解析的に検討したものであり,全6章より構成される.

 第1章「序論」では,フラットプレート構造の概要,米国ACI規準および日本建築学会RC規準における設計の考え方とその問題点,解析手法の歴史的変遷など研究の背景ならびに目的を述べている.

 第2章「高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の静的加力実験」では,設計基準強度600kg/cm2程度の高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の設計法を確立する上で必要となる基礎的資料を得ることを目的として,スラブ配筋比および鉛直荷重レベルをパラメータとした1/2.5スケールの試験体を用いて,鉛直加力1体および鉛直・水平組合せ加力3体の実験を行い,終局強度,剛性,履歴エネルギー消費能力について検討している.その結果,(1)高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力は,現行RC規準による耐力評価式により概ね評価できること,(2)等価粘性減衰定数はスラブ筋が少ないほど,鉛直荷重が大きいほどそれぞれ大きくなる傾向があること,(3)長期荷重に相当する鉛直荷重およびその2倍の鉛直荷重が作用した段階における鉛直割線剛性は,初期鉛直剛性のそれぞれ70%程度,50%程度となること,(4)スラブ筋が少ないほど,作用鉛直荷重が大きいほど,塑性化に伴い試験体の水平剛性がより急激に低下する傾向があること,などを指摘している.

 第3章「フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部を対象にした有限要素法による弾性解析」では,第2章で述べた高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の試験体を対象に弾性有限要素解析を行い,スラブ表面の応力分布,スラブのモーメント・せん断力の分布および接合部の応力状態,スラブの変形,剛性などについて,解析結果と実験結果を比較・検討している.その結果,(1)弾性FEM解析による鉛直剛性はその実験値とよく一致するが,水平加力前の長期鉛直荷重作用時において柱近傍のスラブにおける応力状態はすでに弾性範囲を超えるため,初期水平弾性剛性の実験値はその解析値に比べるとかなり低いこと,(2)鉛直・水平組み合わせ荷重時の弾性FEM解析によるスラブ表面の主応力度分布と実験で観察されたスラブ降伏線は対応すること,(3)本解析結果による接合部の応力状態はACI規準における「せん断応力度の直線分布の仮定」とは異なること,などを指摘している.

 第4章「既往の実験データを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の特性の評価」では,第2章の実験を含む既往の実験データを用いて,パンチングシア耐力におけるACI規準式,RC規準式の適合性および靭性能力の評価を検討している.その結果,(1)ACI規準およびRC規準によるフラットプレート構造の柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力評価式の精度はRC規準の方が優れているものの,いずれも概して実験値を過小評価する傾向にあること,(2)スラブに作用する鉛直力Vと終局鉛直耐力V0の比V/V0を0.35以下,即ちスラブ危険断面のせん断応力度を0.37111757f02.gif以下に制限することにより,柱層間変形で1.5%以上の水平変形能力を確保し,塑性率も1.5以上が期待できること,(3)柱近傍のスラブのせん断補強は,その水平変形能力の確保に極めて有効であること,などを指摘している.

 第5章「フラットプレート構造の中柱・スラブ接合部のねじりによって伝達されるモーメントの評価」では,狩野・吉崎によるねじり実験に関する既往のデータを用い,中柱・スラブ接合部のねじり耐力のより適切な評価を試みている.すなわち,現行RC規準にも採用されている完全塑性式によるフラットプレート構造の柱・スラブ接合部の終局ねじりモーメントの評価手法では,スラブ筋の効果が考慮されていないため,スラブ筋比が高くなるに従い,終局時のねじリモーメントを過小評価する傾向が見られることを指摘し,スラブ筋量を考慮した終局ねじりモーメントの評価式を提案した.さらに,本提案式を用いて算定したフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部のパンチングシア耐力を実験値と比較し,作用する鉛直荷重レベルが低い範囲では現行のACI規準式およびRC規準式に比べ,その精度が向上することを明らかにした.

 第6章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめ,全体を総括している.

 以上のように,本論文は高強度コンクリートを用いたフラットプレート構造の中柱・スラブ接合部の耐震性能を実験的および解析的に検討し,現行規準による性能評価手法の問題点を明らかにするとともにその改善手法を提案するなど,より合理的な耐震設計法を構築するための基礎事項を議論したものであり,その成果は耐震工学の発展に貢献するところが極めて大きいと考えられる.よって本論文は.博士(工学)の学位請求論文として合格であると認める.

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