現在、日本では高強度コンクリートを用いた高層鉄筋コンクリート造建築物は25〜40階程度が多く、使用されるコンクリートの設計基準強度は約420〜480kgf/cm2、水結合材比は30%〜40%程度である。しかし、より高層化したり、設計の自由度を増すためには、さらに高い強度が要求される。設計基準強度が600kgf/cm2以上になると、水結合材比30%以下が必要となるが、水結合材比が30%以下のコンクリートに、現在市販されている普通ポルトランドセメント(以下普通セメントという)を用いた場合には、フレッシュ状態できわめて粘性が高く、ワーカビリティーが非常に悪くなり、コンクリートの練り混ぜ、現場施工がきわめて困難になる。また、単位セメント量が非常に多いため、初期の水和発熱速度が大きくなり、温度ひび割れ発生の危険性や長期強度増進の低下が生じる。そこで、低水結合材比でも高い流動性のコンクリートが得られるような高強度コンクリート用セメントの開発が必要となってきた。 しかしながら、特殊なセメントを、現在のセメント製造・流通システムの中で製造・使用すると、きわめてコスト高となり、現実的ではない。そこで、現在のセメント製造プロセスをほとんど変えなくても製造することが可能となるように、普通セメントをベースにし、これに粗粉セメント及び各種微粉材料を適切な割合で混合し、粒度分布調整を行うことにより、高強度コンクリート用セメントを開発することにした。すなわち、現在の普通セメントをベースにし、それにセメント製造過程で得られる粒子径200m以下の粗粉セメント及び粒子径2m以下の各種微粉材料を混合することによって、セメント粉体の充填密度を高め、低水結合材比コンクリートのワーカビリティーを向上させる。また、粗粉セメントを混合することによって、初期の水和発現速度を低下させ、初期の水和発熱を抑制する。一方、セメント硬化体の強度はPowersのゲル/スペース比理論がよく知られているが、水結合材比が小さければ水和率は小さくても、ゲル/スペース比が大きく増加するため高強度が得られる。低水結合材比の場合、普通セメントの一部を粗くし、未水和セメントを残しても、ゲル/スペース比が大きいため普通セメントと同程度な強度が得られると考えられる。また、経済性に関しては、現在のセメント製造・流通システムをほとんど変えなくても、現在のセメント生産技術・設備で粗粉セメントの品質の管理及び微粉のブレンディングが可能であり、必要に応じて大量生産もでき、経済性が非常に高いと考えられる。 本研究では、普通セメントに適切な粒度分布調整を行い、低水結合材比コンクリートのワーカビリティーを大きく改善し、設計基準強度が600kgf/cm2以上の超高強度コンクリートを実現するため、粒度調整セメントを開発するとともに、ユーザーオリエンテドな高強度コンクリート用セメントの性能評価方法について提案し、600-1000kgf/cm2の設計基準強度の要求に応じた最適な粒度調整セメントを提案することを目的とした。 本論文は第1章から第9章までで構成されている。第1章は本研究の背景、開発の経緯、研究の目的及び論文の構成を述べ、第2章は既往の文献を調査したものである。第3章から第8章までは、本研究の目的を達成するために、以下の事項について実験的研究を中心にして検討を行った。 (1)低水結合材比ペーストの流動性に及ぼす粉体及び混和剤の影響 (2)粒度調整セメントの粉体組成比とペースト・モルタルの性質 (3)低水結合材比粒度調整セメントペーストの性能評価 (4)粒度調整セメントを用いた高流動性・超高強度コンクリートの実現 第3章では、低水結合材比ペーストの流動性に及ぼす粉体及び混和剤の影響に関して、粉体の種類・置換率、高性能AE減水剤の種類・添加量を実験因子として、ペーストのフロー値、レオロジー特性値(降伏値、塑性粘度)、付着特性値(最大付着荷重、付着タフネス)を検討し、高強度コンクリート用セメントとして、普通セメントに粗粉セメント及び微粉を混合した粒度調整セメントが適切であることを示した。 第4章では、その粒度調整セメントの粉体組成比に関して、さらに実験的検討を行い、粉体の充填率、ペースト及びモルタルの流動性・圧縮強度を総合的に判断し、高強度コンクリート用セメントとして、粒度調整セメントの粉体組成比は粗粉セメントの置換率が40%以下、微粉の置換率が10%程度が適切であることを求めた。 第5章では、さらに粒度調整セメントの粉体組成比を最適化するために、高強度コンクリート用セメントの性能評価に関して検討を行った。高強度コンクリート用セメントの性能評価方法について、ユーザーオリエンテドな性能評価項目を設定し、粒度調整セメントを用いて検討を加えた。性能評価項目としては、フレッシュ状態では、ペーストのレオロジー・付着特性、水和による硬化収縮、凝結性状、水和熱発現性、硬化状態では、ペーストの強度発現特性、乾燥による収縮について、粗粉セメント・微粉の混合比、微粉の種類を因子として比較検討を行った。これらの結果を基に、総合的に判断し、水結合材比が30%以下で、高流動性を示し、かつ高強度コンクリートの得られる粒度調整セメントの最適な粉体組成比は粗粉セメントの置換率が20%、微粉の置換率が10%であることを示した。 第6章では、普通セメントに粗粉セメント及び微粉を適切な割合で混合した粒度調整セメントを用いることにより、現在の技術及び装置の下で、製造・施工可能な高流動性を示すコンクリートの水結合材比の限界を求めた。その結果、粒度調整セメントを用いることにより、水結合材比が20%で、高流動性を示し、ワーカビリティーのよい超高強度コンクリートを特殊な技術・装置を用いることなく製造することができた。適切な組成比をもつ粒度調整セメントを用いたコンクリートの初期材齢7日の圧縮強度は低い傾向にあったが、材齢28日及び91日の圧縮強度は微粉の種類によって異なり、材齢91日の平均圧縮強度は1200〜1400kgf/cm2であった。低水結合材比の場合、初期強度が大きいと、それに伴って、水和熱も高くなる。従って、高強度コンクリートの初期強度はある程度抑制したほうが望ましいと考えられる。 第7章では、粒度調整セメントを用いた高強度コンクリートの施工性の改善効果の評価、強度発現性及び耐久性について検討を行った。施工性に関しては、粒度調整セメントを用いた場合、練り混ぜ時のミキサの消費電力は大きく低下し、ウェットスクリーニングモルタルの降伏値・塑性粘度は低下し、低水結合材比コンクリートの作業性が大きく改善され、良好なワーカビリティーを示す超高強度コンクリートの製造が可能となった。耐久性に関しては、粒度調整セメントを用いた超高強度コンクリートの凝結性状、ブリージング量、練り上がり温度は普通セメントを用いたコンクリートと同程度で、特に問題がないことを示した。また、粒度調整セメントを用いた超高強度コンクリートの凍結融解抵抗性、中性化抵抗性及び乾燥収縮は普通セメントを用いたコンクリートと同程度であり、特に問題がないことを示した。 第8章では、粒度調整セメントを用いた超高強度コンクリートのレオロジー特性、自己収縮、乾燥収縮特性、強度発現性及び強度と空隙構造との関係についてさらに詳細に検討を行い、使用する微粉の種類の影響などを明確にした。レオロジー特性に関しては、普通セメントより粒度調整セメントを用いた超高強度コンクリートの見かけ粘度は大きく低下した。収縮に関しては、普通セメントより粒度調整セメントを用いたコンクリートの自己収縮は小さくなる傾向を示した。また、粒度調整セメントを用いたコンクリートの乾燥収縮は微粉の種類によって異なり、普通セメントと比較して、重質炭酸カルシウム及び分級フライアッシュを微粉材料として用いた場合には若干大きくなる傾向を示したが、シリカフュームの場合には同程度であり、高炉スラグ微粉末の場合には小さくなる傾向を示した。強度と空隙構造との関係に関しては、普通セメントより粒度調整セメントを用いたコンクリートの総細孔容積は小さくなる傾向を示し、特にシリカフュームを微粉材料として混合した場合には、充填密度向上効果及びシリカフュームのポゾラン反応とマイクロフィラー効果によって、総細孔容積が非常に小さくなり、非常に高い強度が得られた。本実験の範囲内で、コンクリートの圧縮強度と硬化ペースト部分の細孔容積との相関係数は0.92であり、非常に高い相関関係を示し、強度推定式より求めた計算値と実験値はよく一致した。 第6章から第8章までの結果から、設計基準強度が600〜1000kgf/cm2の超高強度コンクリートの流動性、強度発現性及び耐久性などの総合性能をまとめ、設計基準強度の要求に応じて適切な結合材を選択することができる。 第9章では、本研究の結論として、以下のように全体のまとめを行った。 1.普通セメントに粗粉セメント20%及び微粉10%を混合することにより、低水結合材比のコンクリートのワーカビリティーを大きく改善し、設計基準強度が600kgf/cm2以上高流動性を示す超高強度コンクリートを製造することができる。 2.コンクリートの設計基準強度(600〜1000kgf/cm2)の要求に応じて適切な結合材を選択することが可能で、高強度コンクリート用セメントとして、最適な粒度調整セメントを提案した。 3.高強度コンクリート用セメントの性能評価方法について提案し、高強度コンクリート用セメントの開発方法の一つとして、粒度調整セメントを評価することができる。 |