学位論文要旨



No 111762
著者(漢字) 椛山,健二
著者(英字)
著者(カナ) カバヤマ,ケンジ
標題(和) オンライン地震応答実験の精度向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 111762
報告番号 甲11762
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3560号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 教授 高梨,晃一
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨 1.はじめに

 構造物の地震時の応答をシミュレートするオンライン地震応答実験(以下,オンライン実験)は,加力実験部分および数値計算部分から構成される。加力実験部分においては,試験体を数値計算部分で算定された目標の変形に達するまで加力し,その際の復元力を測定する。数値計算部分においては,この復元力データに基づいて,質点やフレーム等の解析モデルの応答を数値積分法を用いて計算し,次のステップの試験体の変形を予測する。オンライン実験では,以上の操作を繰り返すことにより,試験体の地震応答を擬似的に実現する。すなわち,静的加力実験装置とコンピュータを用いて,擬似的ではあるものの,比較的容易に構造物の動的挙動を把握できる。この利点から,オンライン実験は構造物の動的な特性を検討する上で,極めて有効な手法として注目されている。

 オンライン実験においては,加力装置の変位制御精度の限界により,加力実験部分で試験体に変形を強制する際に目標の変形と試験体の到達変形との間に誤差が発生する。この誤差を変位制御誤差と定義する。変位制御誤差には試験体の変形が目標の値に到達しないアンダーシュート誤差と,逆に,目標の値を超えるオーバーシュート誤差がある。これらの変位制御誤差はオンライン実験によって得られる試験体の応答に影響を及ぼす要因となる。従って,オンライン実験によって構造物の地震応答をより正確に把握するためには,加力実験部分で発生する変位制御誤差が試験体の応答に及ぼす影響を把握し,この変位制御誤差の影響を排除する必要がある。

 本研究では,オンライン実験の精度向上を目的として,加力実験部分で発生する変位制御誤差が応答に及ぼす影響を検討する。そして,変位制御誤差の対策を提案し,その有効性を検証する。

2.粘性減衰定数を変動因子として実施したオンライン実験

 本研究においては,まず,粘性減衰定数を変動因子としたオンライン実験"RC-OLシリーズ"を実施した。この実験はオンライン実験において数値計算部分で仮定する粘性減衰が試験体の応答に及ぼす影響を検討することを目的とし,粘性減衰定数を0%,1%および3%とした3セットの実験を実施した。この実験では図-1に示す4体の鉄筋コンクリート造柱を含む骨組を試験体とした。なお,この実験に先立ち,同一仕様の試験体を用いた振動台実験が行われている。

図-1 "RC-OLシリーズ"の試験体

 オンライン実験の結果を検討したところ,粘性減衰定数の相違により応答が異なっており,数値計算部分で仮定する粘性減衰が試験体の応答に多大な影響を及ぼすことを確認した。更に,質点モデルの弾塑性応答解析および振動台実験の結果との比較から,各オンライン実験ともに,加力実験部分においてアンダーシュート誤差が発生しており,試験体の応答がアンダーシュート誤差の影響によって増幅されていることを明らかにした。

 この実験から,オンライン実験によって構造物の動的応答を精度良く把握するためには,数値計算部分で仮定する粘性減衰項を的確に評価する必要があることを確認した。更に,この前提として,オンライン実験において加力実験部分で発生する変位制御誤差が試験体の応答に及ぼす影響を正確に把握し,排除する必要があることを明らかにした。

3.変位制御誤差による応答の変動

 変位制御誤差が応答に及ぼす影響を評価するために,弾性系の質点モデルを想定し,振動理論を用いて変位の変動を考察した。この時,変位制御誤差に替えて,質点の到達変位と目標変位の差分である変位誤差に基づいて理論を展開した。変位誤差による質点の変位振幅の変動量算定式を以下に示す。

 

 この式から,変位誤差の大きさ,質点の振動サイクル数および粘性減衰に応じて応答が変動することを確認した。また,質点モデルの弾塑性応答解析から,この算定式は塑性化に応じて剛性が劣化する剛性劣化型の系に対して,変位誤差による試験体の変位の変動の上限を表すことを明らかにした。この変位誤差による質点の変位振幅の変動量算定式を用いることによって,オンライン実験において発生する変位制御誤差の影響を簡略に評価することができる。変位制御誤差が応答に及ぼす影響を無視できない場合には,その影響を抑制しなければならない。

 変位制御誤差が応答に及ぼす影響を抑制する方法として,本研究では,復元力線形補間法の導入を提案する。復元力線形補間法とは,加力実験部分において目標変位点を超える,すなわち,オーバーシュートするまで試験体を加力し,目標変位点前後で測定した復元力を線形補間することによって目標変位点の復元力を算定する手法である。この復元力線形補間法を導入することにより,オンライン実験の数値計算部分において,より正確な試験体の復元力に基づいて応答計算が行えることから,変位制御誤差が応答に及ぼす影響を抑制することが可能となる。ここで提案した復元力線形補間法は,特別な装置を必要とせず,従来のオンライン実験のシステムに容易に適用できることから,変位制御誤差の影響を抑制する方法として有望であると推察される。

4.復元力線形補間法を導入したオンライン実験

 上記の復元力線形補間法の有効性を検証するために,加力実験部分に復元力線形補間法を導入したオンライン実験手法を開発し,復元力線形補間法の導入の有無を変動因子として,2セットの実験"OL95シリーズ"を実施した。図-2に実験装置の概略を示す。この実験では,鉄筋コンクリート造柱を試験体としている。

図-2 "OL95シリーズ"の実験装置

 実験によって得られた結果を検討し,更に,質点モデルの弾塑性応答解析により実験結果の追跡を行い,試験体の応答を変動させる要因となる変位制御誤差の影響は,復元力線形補間法を導入することによって効果的に抑制できることを確認した。すなわち,オンライン実験によって構造物の動的特性をより正確に把握するためには,復元力線形補間法の導入が極めて有効であることを明らかにした。

5.まとめ

 以上のように,本研究においては,オンライン実験の精度を向上させることを目的として,加力実験部分で生じる変位制御誤差に注目し,変位制御誤差が試験体の応答に及ぼす影響を検討した上で,その対策として復元力線形補間法を提案した。この復元力線形補間法を従来のオンライン実験に導入することによって,変位制御誤差が試験体に及ぼす影響を効果的に抑制できることを示した。

 オンライン実験の精度を更に向上させるためには,数値計算部分で仮定する粘性減衰項を的確に評価する必要がある。この粘性減衰項を的確に評価し,変位制御誤差の対策として復元力線形補間法を導入したオンライン実験手法を用いることによって,構造物の地震時の挙動を極めて精度良く実現することが可能となると推察する。従って,粘性減衰項の適切な評価方法の開発が,オンライン実験に関する研究において,今後の重要な検討課題となる。適切な粘性減衰の評価方法および復元力線形補間法を導入したオンライン実験を行い,併せて振動台実験を実施し,2つの実験によって得られた結果を比較することによって,その有効性を検討することが望まれる。

審査要旨

 本論文は,「オンライン地震応答実験の精度向上に関する研究」と題し,加力実験と地震応答解析手法を組み合わせることにより構造物の地震時挙動をシミュレートするオンライン地震応答実験(以下オンライン実験)における加力制御精度の向上に関する研究であり,全5章よりなる.

 第1章「序論」では,オンライン実験の概要を解説するとともにその問題点を整理し,加力時の変位制御誤差がオンライン実験によって得られる試験体の応答に影響を及ぼす要因となること,およびオンライン実験によって構造物の地震応答をより正確に把握する上でこの変位制御誤差による影響を低減することが重要であることを示し,本研究の目的を述べるとともにその位置付けを行っている.

 第2章「粘性減衰定数を変動因子としたオンライン実験」では,鉄筋コンクリート造柱4本よりなる骨組を対象にその応答解析部分における粘性減衰定数を変動因子として実施したオンライン実験結果,および本実験に先立ち実施した同一仕様の試験体を用いた振動台実験による結果を比較・検討し,(1)試験体の応答は解析部分で仮定する粘性減衰に大きく依存すること,(2)加力実験部分において発生したアンダーシュート誤差により試験体の応答が増幅されること,を明らかにし,これらの結果から,オンライン実験により構造物の動的応答を精度良く把握するためには,加力実験部分で生じる変位制御誤差が試験体の応答に及ぼす影響を正確に把握し,この制御誤差をできうる限り低減した上で,応答解析部分で最も適切な粘性減衰を導入する必要があることを示している.

 第3章「変位制御誤差による応答の変動」では,まず加力時の変位制御誤差が応答に及ぼす影響を弾性1質点系モデルを用いて考察し,加力制御誤差による質点の変位振幅の変動量が,(1)変位制御誤差の大きさ,(2)質点の周期,および(3)粘性減衰定数,により定式化できること,さらに(4)この定式化は剛性劣化型の系においては変位制御誤差による試験体の応答変位の変動の上限に対応すること,を明らかにした.

 次いで変位制御誤差が応答に及ぼす影響を抑制する方法として,加力実験部分において目標変位点を超える,すなわちオーバーシュートを許容した加力を行い,目標変位点の復元力をその前後で測定した復元力の線形補間により算定する「復元力線形補間法」を提案し,本手法が従来のオンライン実験システムに容易に適用できることおよびこれによりオンライン実験の解析部分においてより正確な試験体の復元力に基づいた応答計算が可能となることから,変位制御誤差の影響を低減する手法として有望であることを示している.

 第4章「復元力線形補間法を導入したオンライン実験」では,第3章で提案した復元力線形補間法の有効性を検証するために,まず加力実験部分に復元力線形補間法を導入したオンライン実験手法を開発し,次に鉄筋コンクリート造柱を対象として復元力線形補間法の導入の有無を変動因子としたオンライン実験を実施した.また,その結果の検討ならびに質点モデルの弾塑性応答解析による実験結果の追跡を行い,試験体の応答の変動要因となる変位制御誤差の影響を低減する上で本手法の導入が極めて効果的であることを明らかにした.

 第5章「研究の総括」では,本研究によって得られた知見をまとめるとともに,今後の研究課題を整理している.

 以上のように,本論文はオンライン実験における加力制御誤差が試験体の応答に与える影響を定量的に明らかにし,その低減に有効な加力制御手法を提案するとともにその効果を示したものであり,その成果は耐震工学の発展に貢献するところが極めて大きいと考えられる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格であると認める.

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