学位論文要旨



No 111766
著者(漢字) 鈴木,広隆
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヒロタカ
標題(和) 数値計算による輝度分布の予測精度向上に関する研究
標題(洋)
報告番号 111766
報告番号 甲11766
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3564号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 建築設計において、完成前の設計対象建築物は仮想的な存在であり、その写像であるところの図面・模型などの媒介手段によって情報として存在し得るものである。設計者及び施主は、この写像情報を基に設計行為や相互の意志の伝達を行うことになる。

 しかし、建築物から媒介手段への写像方法は一意ではなく、その写像からもとの建築物への復元方法も個人の能力により違いがあるため、出来上がった建築物とそれまで想像していたものが異なることは避けられないことである。

 設計対象となる建築空間に存在する様々な環境情報の中で、完成後の建築空間における光視環境情報を設計段階に於いて予測することについては従来設計者の経験に委ねられてきたが、建築空間の質が重視されるようになった現在、大きな影響を与える光視環境を事前に正確に予測することは大きな課題となっている。

 予測手法のうち、数値計算による物理的な手法は、写像方法を一意に定めることができるため、これらの竣工前後のギャップを埋めることが期待されている。予測計算手法に関する研究は、年々高精度の計算方法が提案されてきたが、近年のコンピュータの高性能化に伴い出力方法としてコンピューターグラフィクスを用いることが容易になったため、それまでの照度分布や輝度分布の等高線図といった数値的なとらえ方だけではなく、照明シミュレーター、景観シミュレーターとして計算結果を視覚的に呈示することが可能になった。この結果、時間をかけて高度なアルゴリズムを用いた場合には、見るものに実在空間の映像あるいは写真であるかのような印象を与える出力を得ることも可能になった。しかし、残念ながらこのようにして得られた予測結果と実際に出来上がった空間を比べてみると、全く異なった印象を受けることがほとんどであり、現時点では、光視環境予測は商業的な側面から一定の効果を上げているに過ぎず、正確に予測し設計に反映させるという本来の目的からすると逆効果になっていることも多い。

 本研究では、これらの問題点を解決し、光視環境予測の結果の有効利用を可能にするために、予測計算のモデル化の過程で簡略化され、本来輝度分布が生じているのに平滑化されている部分に着目し、「輝度分布を分布としてとらえ、分布全体の誤差を低減する」という視点から、輝度分布を正しく求め誤差を低減する計算手法を確立することを目的としている。技術的な背景から見ても、高速に輝度分布を表示できる計算機パワーが得られ、また写真測光法等による輝度分布の測定方法が可能になった現在、光視環境の表現手段として直接視覚の刺激となる輝度を指標として用い、これを正確に表現することは妥当なことであると考えられる。

 光源を出発した光が最終的に網膜に入射する過程の中で、輝度分布を生じさせうる原因としては、『光源』、『経路』、『反射・屈折面』の3つが考えられ、光源に関しては光源の持つ配光特性が、経路に関しては場の幾何形状が、反射・屈折面に関してはその面の光学的特性が輝度分布の主たる原因となる。これらのうち、経路が原因となるもの、すなわち幾何形状による影によるものについては、輝度の連続性及び1階微分連続性などに着目して要素分割を行う手法が既に提案されており、有効な成果をあげている。そこで、本研究では、光源および反射・屈折・透過が原因となる場合について、精度の向上のための手法を検討した。

 光源が原因となるものとしては、スポットライトの様に光源が特別な配光特性を持つ場合等に、変化の激しい輝度分布が見られる。また、反射・屈折面の光学的特性に関しては、不均等拡散反射(透過)によるものや面の凹凸によるものが考えられる。

 これらのうち、光源によるもの及び不均等拡散反射面によるものについては、初期入射光束や最終的に視点に入る直前の反射による寄与率が大きいので、その段階において細かいメッシングを行った計算結果を用いれば、精度の改善が見られるはずである。また、凹凸によるものや、不均等拡散反射の相互反射を扱うためには、光の流れを定量的に扱うことが必要不可欠となる。

 そこで本研究では、新たに複合要素分割手法と離散指向光束ベクトルという概念を導入し、これらを既存の手法に応用することで精度の向上を図った。

 また、これらの概念を導入するための準備段階として、一般的な数値計算の技術を応用するための節点間形態係数の導入及び基本的な誤差の考察を行っている。

 本論文の構成は、以下の通りである。

 本論文は、大きく分けて3部より構成されており、第1部が現状における問題意識や目的、第2部が提案技術や諸検討、第3部が第2部で提案した技術の実際の計算への応用、第4部がまとめ、となっており、それぞれの部には複数の章が含まれている。

 第1章では、本論文の目的・位置付け・背景などを論じている。

 第2章では、第3章以降で用いる光視環境の基本的な計算手法についてまとめている。また、併せて光視環境に関する用語の説明も行っている。

 第3章では、一般的な数値計算で用いられている要素や数値積分方法を光視環境数値計算に採り入れるために、これまで要素対要素の伝達率として用いられていた形態係数を節点対節点の伝達率に発展させた節点間形態係数を導入し、第4章以降の礎を築いている。また、簡単な計算対象を用いた計算を行い、線形要素以外の要素を使って精度を向上させる可能性を示している。

 第4章では、要素と誤差の関係に着目した検討を行っている。入射側の誤差の検討では、要素の種類(Bilinear要素と2次Lagrange要素)と分割方法(等分割、差の大きさによる分割、微分を用いた分割)を変えた場合の誤差の検討を行い、また、併せて輝度分布の増減関係が保存される条件を検討している。その結果、微分を用いた分割は、1次元の場合には大変有効であるが、2次元の場合には等分割とあまり差が無いこと、誤差率の総量を少なくするためには2次Lagrange要素が有効であるが、輝度分布の変化が大きい場合には、増減関係の破綻を避けるために線形要素を用いた方が安全であるという結果を得ている。

 出射側の誤差の検討では、数値積分としてLegendre-Gauss積分の1点、4点、9点、16点積分を用いた場合の、平行配置及び垂直配置の要素間の誤差の検討を行い、平行配置の場合は、出射要素からの水平距離が出射要素の辺のほぼ2倍以上であれば、高さによらず4点積分で誤差率0.01以下の精度が得られること、垂直配置の場合も、平行の場合と同様、出射要素からの水平距離が出射要素の辺のほぼ2倍以上であれば、高さによらず4点積分で誤差率0.01以下の精度が得られるが、入射点の面の延長が出射要素に交差する場合は、誤差が大きく高さが変わっても誤差率が低くならないので、このような配置は避けた方がよいという結果を得ている。

 第5章では、特に光源による輝度分布や反射特性による輝度分布の計算精度向上のために、相互反射の光束伝達計算のプリプロセスやポストプロセスとして、より細かいメッシュを用いた要素分割による節点の値を利用する手法の提案を行い、併せて、それらによって計算される部分の寄与率を示すことによって、改善される目安を示している。

 第6章では、光の流れの情報を取り扱うために、入射方向を離散的に分割し、それぞれの方向からの入射光束量を用いた、より情報量の多い新たな測光量の提案を行っている。また、簡単な計算対象を用いた計算結果により、離散指向光束ベクトルが数値計算の道具となる情報量を持つだけではなく、建築空間の光視環境の質の新たな表現手法として、光の流れを把握する手段となり得る可能性があることを示している。

 第7章では、配光特性を持つ光源による輝度分布計算に複合要素分割手法を応用している。複合要素分割手法をプリプロセスとして用いて輝度分布の計算を行うアルゴリズムを示し、配光特性を持つ光源による変化の激しい輝度分布の計算を行っている。また、分割数を変えたケーススタディーを行うことで、その有効性の検討を行っている。

 第8章では、不均等拡散反射面を持つ面における輝度分布計算に複合要素分割手法を応用している。複合要素分割手法をポストプロセスとして用いて輝度分布の計算を行うアルゴリズムを示し、輝度分布の変化が激しくなる不均等拡散反射面を持つ面における輝度分布の計算を行っている。また、分割数を変えたケーススタディーを行うことで、その有効性の検討を行っている。

 第9章では、凹凸テクスチャーを持つ面の輝度分布計算に離散指向光束ベクトルを応用している。離散指向光束ベクトルを凹凸テクスチャーを持つ面の輝度分布の計算に応用するアルゴリズムを示し、実際に計算例を示すことにより、従来手法では計算できなかった微小な要素による輝度分布の把握を可能ならしめている。

 第10章では、全体のまとめとして、本論文における研究で得られた結論や成果を総括するとともに、今後の課題を述べている。

審査要旨

 本研究は、『数値計算による輝度分布の予測精度向上に関する研究』と題し、4部10章と参考文献から構成されている。論文提出者は、設計段階の建築物の光視環境を正確に予測することの重要性に着目し、「輝度分布を分布としてとらえ、分布全体の誤差を低減する」という視点から、輝度分布を正しく求め誤差を低減する計算手法に関する幾つかの提案や検討を行い、実際の計算への応用を試みている。

 第1章では、研究の背景が述べられ、これを基に、研究の目的・位置付け・方向性などの設定を行っている。第2章では、光視環境に関する用語の説明と、第3章以降で用いる光視環境の基本的な計算手法についてまとめている。

 第3章では、一般的な数値計算で用いられている要素や数値積分方法を光視環境数値計算に採り入れるために、これまで要素対要素の伝達率として用いられていた形態係数を節点対節点の伝達率に発展させた節点間形態係数の導入を試み、線形要素以外の要素を用いた計算による精度の向上の可能性を検討している。

 第4章では、節点間形態係数を用いる上での要素と誤差の関係に関する考察を行っている。入射側の誤差の検討では、要素の種類(Bilinear要素と2次Lagrange要素)と分割方法(等分割、差の大きさによる分割、微分を用いた分割)を変えた場合の誤差の検討及び輝度分布の増減関係が保存される条件を検討しており、微分を用いた分割は、1次元の場合には有効であるが2次元の場合には等分割と差が無いこと、誤差率の総量を少なくするためには2次Lagrange要素が有効であるが、輝度分布の変化が大きい場合には、増減関係の破綻を避けるために線形要素を用いた方が安全であるなど結果が得られている。

 出射側の誤差の検討では、数値積分としてLegendre-Gauss積分の1点、4点、9点、16点積分を用いた場合の、平行配置及び垂直配置の要素間の誤差の検討を行い平行配置の場合は、出射要素からの水平距離が出射要素の辺のほぼ2倍以上であれば高さによらず4点積分で誤差率0.01以下の精度が得られること、垂直配置の場合も、平行の場合と同様の結果が得られるが、入射点の面の延長が出射要素に交差する場合は誤差が大きく高さが変わっても誤差率が低くならないので、このような配置は避けた方がよいという結果を得ている。

 第5章では、特に光源による輝度分布や反射特性による輝度分布の計算精度向上のために、相互反射の光束伝達計算のプリプロセスやポストプロセスとして、より細かいメッシュを用いた要素分割による節点の値を利用する手法の提案が行なわれ、併せて、それらによって計算される部分の寄与率を示すことによって、改善される目安を示している。

 第6章では、光の流れの情報を取り扱うために、入射方向を離散的に分割し、それぞれの方向からの入射光束量を用いた離散指向光束ベクトルの提案が行なわれている。また、簡単な計算対象を用いた計算結果により、建築空間の光視環境の質の新たな表現手法として、光の流れを把握する手段となり得る可能性があることを示している。

 第7章では、配光特性を持つ光源による輝度分布計算への複合要素分割手法の応用について述べられている。複合要素分割手法をプリプロセスとして用い、配光特性を持つ光源による変化の激しい輝度分布の計算方法が示され、また、分割数を変えたケーススタディを行うことで、その定量的な効果の検討が行なわれている。

 第8章では、不均等拡散反射面を持つ面における輝度分布計算への複合要素分割手法の応用について述べられている。複合要素分割手法をポストプロセスとして用い、輝度分布の変化が激しくなる不均等拡散反射面を持つ面における輝度分布の計算方法が示され、また、分割数を変えたケーススタディーを行うことで、その定量的な効果の検討が行なわれている。

 第9章では、凹凸テクスチャーを持つ面の輝度分布計算への離散指向光束ベクトルの応用について述べられている。離散指向光束ベクトルを凹凸テクスチャーを持つ面の輝度分布の計算に応用した計算方法が示され、実際に計算例を示すことにより、従来手法では計算できなかった微小な要素による輝度分布の把握が実現されている。

 第10章では、全体のまとめとして、本論文における研究で得られた結論や成果の総括、及び、今後の課題が述べられている。

 以上のように、複合要素分割手法と離散指向光束ベクトルを軸に、その周辺に対する考察を加えることで、輝度分布の予測計算精度向上の手法を提示しており、今後の建築光視環境及び建築計画の分野に貢献するところ大であると思われる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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