現在では、膜構造は恒久建築物として認められており、その解析や設計の機会も増えている。膜の特徴は厚さが非常に薄いことである。そのため、膜理論では膜は厚さが限りなく薄いものと仮定している。言い換えれば、曲げ剛性が零であるということである。圧縮方向に力が作用するとその瞬間に座屈するため、圧縮応力は存在できず応力は零となる。 圧縮応力が存在しない応力場は、引張の主応力が存在する場合と、あらゆる方向で応力が零となっている場合に分類できる。引張の主応力が存在する時には、幾何学的剛性が生じるため、面外方向に大きく変位することができず、波状の変形が生じる。これが、しわの発生機構である。二方向共に応力が零の場合、膜構造は不安定となり、構造物として成立しない。 膜構造のしわについてこれまでに多くの研究がなされている。解析的な研究は、張力場理論によるものと分岐座屈の理論によるものに大別できる。張力場とは主応力のひとつが引張、他方が零であるような一軸的な応力場である。、しわ発生領域は張力場であると仮定するような理論を張力場理論と呼ぶ。張力場理論では厚さが零の膜に無数のしわが発生すると仮定するので、しわの発生に伴う面外変位は零である。これに対して、現実の膜ではしわの数は有限であるため、しわの発生に伴う面外変位も零でない。しわの本数は曲げ剛性によって決まる。そこで、しわの発生を分岐座屈として捉えれば、実際の現象をそのまま解析することになる。 本論文では有限要素法によるしわの分岐解析および実験を行った。しわの分岐解析はこれまでにも研究されている。しかし、例題が限られており、また、有限要素法による解析例は少ない。一方、実験的な研究には優れたものがあるものの、その数は非常に少ない。本論文では、曲面膜構造、直交異方性膜の構造を含む各種の例題を取り上げた。分岐解析、張力場解析、および、実験の各結果の比較を行い、各手法の有効性についても検討した。 本論文は以下に示す全8章から成る。第1章は序論であり、既往の研究例の調査、および、本論文の目的と位置付けについて述べた。 第2章では、張力場理論について既往の基礎式を整理した。 第3章では、最初に、第4章および第5章で用いる有限要素であるリング型円錐台要素と一般的な四辺形膜要素の基礎式を示した。前者では回転対称構造の周方向の形状関数として三角関数を用いることにより、波状のしわを低自由度で表すことができる。この要素では曲げ剛性を考慮することも無視することもできる。リング型要素では等方性材料しか扱えないのに対し、四辺形膜要素では直交異方性の膜も扱うことができる。これらの定式化に特別新しい点はないが、しわの分岐解析では用いる要素に解析結果が大きく影響されることもあり、形状関数を中心とした基礎式を示した。最後に、初期張力の導入法、分岐解析法について説明した。 第4章では、主にリング型円錐台要素を用いて、回転対称膜構造のしわの解析を行った。例題は、上部を引っ張られる半球、外圧を受ける球、内圧を受ける回転楕円体、および、面内捩りを受ける円形張力膜である。最初の三つは曲面に発生するしわの分岐解析の例である。最後の例題は既往のしわの研究の中で最も多く取り上げられている。この例題については張力場理論による理論解や、四辺形膜要素による分岐解析の結果との比較を行い、使用する要素による解析結果の違いとその原因等について考察した。リング型要素では曲げ剛性の有無にかかわらず、しわの発生により波状に変形しても圧縮応力がうまく解放できないのに対し、四辺形膜要素では圧縮応力はうまく解放されることが分かった。一方、四辺形膜要素ではかなり細かく要素分割しても、細かい波状の変形をうまく表現できない。なお、回転対称構造では力学的に対等な位相のずれた無数のしわのモードが存在するので、これについても検討を行っている。 第5章では、四辺形膜要素を用いて、捩りを受ける直交異方性の円形張力膜のしわの分岐解析を行った。ここでは、せん断剛性係数の大きさと初期張力をパラメーターとして解析を行った。直交異方性の膜のしわは、面内せん断剛性係数が繊維方向のヤング率に比べて相対的に小さい時には、繊維にほぼ沿って発生することが明らかとなった。数値解析により得られたしわの特徴的な形状を鳥瞰図および等高線図として示した。引張主応力の方向も同様に繊維方向にほぼ一致する。また、しわの発生領域では圧縮応力はほぼ零となっている。 第6章では、捩りを受ける円形張力膜の実験について示した。しわ発生時の応力を測定し、発生するしわの形状との相関関係を明らかにすることに重点を置いた。薄い膜構造の応力の測定例がほとんどないことから、ここでは歪ゲージを貼った薄い膜が弾性的な挙動を示すことを利用した応力測定法を提案し、この方法によりしわ発生時の応力の測定を行った。この応力測定法は直交異方性の膜にも適用できる。実験には等方性および直交異方性の膜を使用した。本実験で用いた膜については、しわ発生時には圧縮応力がほとんど存在しないことが確認された。また、直交異方性の膜では引張主応力の方向は繊維方向にほぼ一致していることも確認された。等方性、直交異方性にかかわらずしわの方向は引張主応力の方向とほぼ一致した。 第7章では、解析結果と実験結果の比較を行った。分岐解析により得られたしわの形状は、等方性または直交異方性の膜のしわの形状の特徴を良く表しているといえる。また、しわの発生している直交異方性の膜の主応力についての解析結果と実験結果は良く一致した。 第8章は本論文全体の結論であり、本論文で明らかとなった内容と問題点について述べている。以下に結論をまとめる。 (1)実際の膜では薄く曲げ剛性が小さくなるにつれ細かいしわが生じてくる。有限要素法によるしわの分岐解析では、このような複雑な変形を有限要素により表現する必要がある。そのため、要素分割をできるだけ細かくし、更に、求めたい変形を表現し易い形状関数を選ぶ必要がある。 (2)適切な要素を選べば、たとえしわを完全に再現できなくとも、分岐解析によりしわの形状の定性的な性質や構造物全体としての挙動は把握できる。 (3)しわの方向と主応力の方向はほぼ一致する。 (4)直交異方性膜のしわは繊維に沿って発生する。 (5)膜の曲げ剛性はしわの本数あるいは形態に大きく影響することが、リング型要素による解析および実験により確認できた。 (6)しわ発生領域は圧縮応力のほとんどない張力場となっていることが、実験により確認できた。実験で用いた膜の曲げ剛性は、圧縮方向の力への抵抗能力にほとんど寄与していないといえる。 (7)曲げ剛性が圧縮方向の力への抵抗能力にどの程度寄与するのかを、定量的に把握するためには、曲げ剛性を考慮した要素による分岐解析が必要である。本論文ではこの解析がまだ不十分である。これは、ある膜構造に張力場理論を適用して良いかどうかを判断する基準となるので、今後の課題として重要である。 (8)応力に着目すればしわによる変形以外の変形はそれ程重要ではない。従って、しわの発生を何らかの方法で考慮した弾性解析により、膜構造の挙動をかなり良好に把握することができる。ただし、曲面構造ではしわ以外の変形により曲面の性質が変化するので、注意が必要である |