学位論文要旨



No 111769
著者(漢字) 宗方,淳
著者(英字)
著者(カナ) ムナカタ,ジュン
標題(和) 都市景観評価における写真媒体に関する研究
標題(洋)
報告番号 111769
報告番号 甲11769
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3567号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 教授 高橋,鷹志
 東京大学 教授 鎌田,元康
内容要旨 (第1章)

 都市景観を評価する研究の場の多くでは、写真やVIRなどの映像メディアを媒体として実際の都市空間を代替するのが一般的である。これらの映像評価の妥当性の検討に関する既往研究はSD法評価という統制的な条件下で行われている。しかし、研究の成果をより現実の社会の状況と関連づけ還元していくためには、他の非統制的な現場評価との関係についても知見を深めていくことが必要である。また、現実の都市景観を映像媒体により評価を行う過程は評価に影響を及ぼすと思われる要因も含めた系とみなすべきであり、それ故妥当性の検討はこれらの要因も含める必要がある。

 今日ではVIRやスチルビデオ等の新たな映像媒体が普及しつつあるが、簡易さと画像精度及びレンズの選択の幅等の理由から(銀塩)写真の景観評価における重要性は当分変わらないと筆者は考える。そこで本論文では写真映像をSD法で評価するという最も簡易な景観評価手法に関して、各種要因の影響を考慮しつつ、映像評価と現場評価の関係についての知見を蓄積してその有用性を高めることを目的とする。

(第2章)

 本章ではSD法尺度の評定用紙上の設定と評定結果の関係を見出すために、都市景観写真に対するSD法評価実験を尺度設定を変えて繰り返し行った。その結果、SD法の評定用紙上の設定について判ったことは以下の点である。

 まず、尺度自体の配列(順序や形容詞の向き)は評価結果に何らかの影響を及ぼすことは認められなかった。但し、多数の尺度で多数の対象を評価するというような場合の被験者の疲労に基づく人為的なエラーに関する検討はしていない。

 また、尺度の段階数については、段階数の違いを原因とすると考えられる差は生じなかった。また、被験者平均値を元にした場合は段階数が異なってもほぼ一致した結果が得られていることから、被験者平均値を分析の中心とする場合は段階数は少なくても良いと判断される。しかし、段階数が少なくなるほど異なる対象の評価に差がつかなくなる傾向が強まるため、被験者の評定値をそのまま分析する様な場合は段階数は5段階以上が望ましい。

(第3章)

 写真やVIRを媒体として景観を提示する場合、その映像自体が伝える景観の情報は大別して(1)色彩や明るさなどの光環境情報と(2)景観構成要素の名称や形状などの被写体自体の情報に分けられる。前者は用いるフィルム等の写真・映像工学特性によって影響を受けるものである。この問題は映像利用時に留意すべき事柄であり、景観の光環境評価を行う場合は無視できない。しかるに通常入手可能な設備で景観の視覚的な評価を行う場合は許容範囲であると本研究ではみなす。

 後者については評価実験を実施するものが「何を」「どの様に撮影し」「どの様に提示するか」という設定に依存するものであり、特に「何を」については研究の目的と直結する。一方、「どの様に撮影し」「どの様に提示するか」という点は被写体となる都市空間の映像内での見え方に関連する。都市景観評価の場合は対象選定は研究目的で決められるが、提示の際の文脈は教示や提示順序及び被験者に深く関係すると考えられ、これらは評価研究毎に特異な問題である。しかし、撮影方法や提示方法は被写体の見え方を決定するものでありながら既存の研究ではあまり配慮が為されていないと考えられる。

 そこで本章では映像を被験者に提示する際の設定に着目し、その設定と評価結果の関係を検討することを目的として、スクリーン上に投影されたスライド写真の大きさやスクリーンまでの視距離などを検討要因とする評価実験を行った。

 実験の結果から因子分析によって得た評価構造の因子得点の傾向を提示の設定と比較したところ、まずスクリーン上の映像の大きさが評価に影響を与えていることは認められなかった。一方、映像までの視距離は評価結果に関係していることが認められた。この傾向としては視距離の違いが評価に及ぼす影響は評価性よりは開放性や活動性のほうが顕著であると判明した。キャビネ判のプリント写真とスクリーンに投影したスライド写真との間の比較では、特に活動性因子においてプリント写真がスライド写真より低く評価される傾向が認められた。

 また、尺度単位での分析の結果でも映像の大きさは評価に影響を及ぼすことは認められず、視距離の違いについては多くの尺度で評定結果の差を見出せた。

 さらに、視距離の違いに基づいて評価結果を予測することを試みたが、この検討はうまく行かなかった。多くの既往研究で提示の際の視距離が統一されていないことを考えると、視距離の差に起因する評価結果の差の補正についての検討が今後の課題である。

(第4章)

 実際の現場において、被験者本人の自由な裁量で為された評価結果は研究者の裁量で決定された評価項目に基づくものと異なり、人が実際の都市の現場で感じる印象を反映していると考えられる。

 一方、映像を対象としてSD法等の限定された評価項目で行う景観評価は、建物の圧迫感等の定量的評価では有用と考えて良いが、この手法で得た評価が現場における総合的な印象を忠実に反映しているかは疑問の余地がある。

 自由記述による評価は一度に被験者から引き出せるデータ量に制約があり、その定量的な扱いについてもSD法の様な一般化したプロセスはないという問題はある。しかし、自由記述データは質問項目自体が持つ誘導効果を経ないで得られるデータとしては評価対象に対して被験者が持つ最も顕在的な印象に言及した質的なデータとも考えられる。そこで、本章では実際の都市の現場における自由記述評価を「キャプション評価法」と命名された手法で収集した上で、同一対象の写真に対して別途行った自由記述評価及びSD法評価と比較し、自由記述に基づく場合の現場評価と映像評価の間の関係を検証した。

 実験で得たデータは評価対象と評価語をそれぞれカテゴリーに分けて分類した上で分析した。その結果、評価対象とみなされるものの量的順位構成に関しては現場評価でも映像評価でも大きな差はない。しかし、個別の割合で比較すると「自然物」や「もの」に対する言及が映像評価では増大し、「建物・構造物」「場所・空間」に対する言及は映像評価では減少する傾向となった。

 評価語については映像評価において言及される割合が減ったものは「感情」「調和」「美観」のカテゴリーに属するものであり、逆に増加したものは「雰囲気・情緒」「秩序」「環境・衛生」「利便・機能」に属するものである。この傾向が意味するものは現場評価から映像評価に移ると個人の主観・嗜好に基づくよりはより客観的態度に基づく評価が下される傾向であると考えられる。

 また、自由記述評価がカテゴリー分類において映像評価と現場評価とで一致したものの割合は、映像評価全データ中の約2割であった。

 自由記述評価で現場や映像を評価した結果とSD法で意味的に対応する尺度で評価した結果を比較したところ、概ね自由記述で評価されるものはSD法でも対応して評価される結果となった。また、逆に映像のSD法評価で尺度両側に近い高い評価がなされれたものが映像の自由記述評価でも対応する評価語で言及されていた割合は「機能・環境」や「調和・美観」で最も高く約18%であり、他の評価語カテゴリーでは5〜9%であった。また、現場の自由記述評価との対応では「調和・美観」が約11%であり、他のカテゴリーは1.5〜10%であった。従って、SD法で映像を評価した場合に得られるデータの大半は、自由記述で顕在的に抽出される景観の印象というよりは、何らかの質問項目が提示された初めてその評価観点に基づいて評価して得られる潜在的な印象と言える。

(第5章)

 本章では同一の被験者によるSD法評価を実際の現場と映像に基づく場合のそれぞれに対して行い、双方の間の関連性を検討した上で、SD法による映像評価の有効性についての知見を高めることを目的とする。ここでは多様な景観を対象として行うことで得た結果の一般性を高めるために、性格の全く異なる4種類の景観群(「街路・大学」「テーマパーク」「高層建築物」「超高層からの眺望」)に対する評価実験をそれぞれ行い、そこで得た結果を因子分析や分散分析により比較した。

 その結果、因子数については映像評価が常に現場評価よりも増加ないしは減少するという訳ではなく、その増減は対象とした景観群の性格に依存する傾向が認められた。因子数が映像評価で減少した景観群は現場評価のほうが映像よりも判断基準が複雑になると言えるが、本実験でその傾向が見られた景観群はじずれも奥行きが有り広がりを持った空間を対象としており、これらの景観群は現場で得る情報量が映像から得るよりも複雑であったと推測される。また、因子数が増加した景観群は本実験では「高層建築物」と「超高層からの眺望」であるが、前者は現場評価のほうが映像評価よりは単純に為されるものと言え、後者は現場の状況が被験者にとって極端かつ特殊なものであり、その為に評価基準が現場では単純な構造になったと考えられる。

 個別の因子に着目すると、いずれの景観群に対する評価でも評価性が第一因子となっているが、現場評価と映像評価の評価性に関する相関は「街路・大学」「高層建築物」では比較的高い値となるが、「テーマパーク」「超高層からの眺望」は低い値である。相関の高い景観群は被験者が日常的に経験していたり知識があって評価が行いやすいものと判断され、逆に非日常的な景観群では現場評価と映像評価に隔たりが大きいといえる。「テーマパーク」と「超高層からの眺望」については評価性以外の因子についても現場評価と映像評価の間に相関関係があると認められる因子は少なく、この種の景観を評価する場合は映像評価の結果をそのまま現場評価の代替物とするには注意が必要である。

 また、個別の尺度についても映像評価と現場評価の関係の相関分析や対象間弁別力の傾向、さらに被験者平均値の動向等の観点から検討して整理した。

(第6章)

 本章では前章までの結果をまとめた上で、映像に基づき景観を評価するということを論じた上で、今後の課題についても言及した。

審査要旨

 本研究は「都市景観評価における写真媒体に関する研究」と題し、全6章と参考文献から構成されている。

 今日の映像技術の発展・普及状況と都市景観問題に対する住民意識の高さが今後とも持続されるであろう社会状況を考慮すると、都市景観を写真やVTR等によって評価することが研究者のみならず一般住民レベルまで今後広く流布することが予測される。論文提出者は映像を媒体とすることの妥当性の検討が不十分であるとの問題意識に基づき、写真媒体を都市景観評価で利用することの妥当性及び限界性について、実際の都市空間から主観的景観評価が行われるまでの各状況に応じて検討及び考察している。論文は6章から成り、第1章を序論とし、第2章と第3章では映像評価をする上での手法自体の問題を検討、第4章と第5章では実在空間評価と映像媒体による評価の差異に関するケーススタディ、第6章を総括としている。

 第1章では、研究の背景が述べられ、既往研究におけるこれまでの都市景観評価研究のテーマ及び映像利用の状況を示し、更に実際の都市空間から人が主観的にその景観の印象評価を抽出するまでの流れを映像媒体の利用や印象評価手法の種別により整理した上で、以下の各章における検討課題を設定している。

 第2章では、心理的評価手法として広く使用されているSD法の評定用紙上の尺度配列設定と評価結果との関連性の検討がなされている。その結果、尺度の配列方法は評価結果に影響を及ぼしていないと結論づけられた。また、評価の段階数設定に関しては、被験者平均値に基づく場合は段階数に起因する差はないものの、有効データの割合から評定値に基づく場合は5段階以上が望ましいとの結果となり、以下、SD法を用いて景観評価をしていく上での基本的な知見が得られた。

 第3章では、映像を被験者に対して如何に見せるかという提示法自体が評価に与える影響が既往研究では殆ど省みられていないという問題意識に基づき、映像の大きさや視距離等の設定とSD法による主観評価との関連を検討している。その結果、映像自体の大きさや評価結果には影響はないものの、映像との視距離は景観評価に影響を及ぼすことが確認されている。これらの結論は、それぞれ従来の研究では統一的に対処されていなかった大きさと視距離の設定について前者は容認し、後者は疑問を投げかけるものとなり、特に後者については視覚心理的な検討の必要性を今後の課題として浮上させたといえる。

 第4章では、SD法の様に予め質問項目を設定しない自由記述による評価が人の日常生活下の判断により近いものとの認識に基づき、現場における自由記述評価と映像による評価の間の差の検討を行っている。自由記述については論文提出者がその開発作業に参加してきたキャプション評価手法を導入するとともに、更にSD法による評価との比較も行っている。この検討の結果、自由記述に基づいて景観評価を映像から行う場合の評価対象物の選び方と評価を行う観点の取り方について現場評価との差異という点で知見がまとめられた。また、SD法評価と自由記述評価との比較検討により、都市景観から抽出される各種の印象が潜在性と顕在性という観点から整理された。以上より、運用上最も簡易で多用される映像に対するSD法による景観評価と実際の現場における非統制的な景観評価との関連がまとめられた。

 第5章では、SD法評価における現場評価と映像評価の差異の検討を行っている。ここでは、被験者にとって日常見慣れたものから非日常的かつ特殊なものに亘る4種類の景観群を対象とした複数のケーススタディを通しており、景観の性格に基づく要因も検討の対象としている点が大きな特徴である。分析は、評価因子別と尺度別のそれぞれに対して行い、評価対象とする景観の種別により現場評価と映像評価の間の関係について知見がまとめられた。特に尺度別の検討は、対象間弁別能力や有意差及び被験者平均値の差の動向等の複数の観点から現場評価と映像評価を比較してまとめられており、今後、これらの尺度に基づいて景観評価を行う上での基本的な知見として参考となるものと思われる。

 第6章では以上の結果を総括してまとめるとともに、映像媒体で景観を評価することの有用性や限界に関する所見を述べている。

 以上のように、本論文は、映像を介して実際の都市景観を評価する手法に関して多面的総合的な視点に基づく知見を蓄積したものであり、これらの知見は都市を評価するという行為が一般化しつつある今日の社会状況を考えた場合学術的に有用なものであると判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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