学位論文要旨



No 111771
著者(漢字) アーメッド カーレッド アブダルファッタ
著者(英字) Ahmed Khaled Abdalfattah
著者(カナ) アーメッド カーレッド アブダルファッタ
標題(和) 日本における設計地震荷重の不確定解析
標題(洋) Uncertainty Analysis of Design Seismic Load in Japan
報告番号 111771
報告番号 甲11771
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3569号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 神田,順
 東京大学 教授 岡田,恒男
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 工藤,一嘉
内容要旨

 日本のように地震発生活動が高い地域において、地震荷重の評価は構造設計及び安全性解析のための基本的なステップである。近年の規準では、耐震設計は地震工学分野で蓄積された経験から定義された、地震せん弾力係数に基づいたものである。確率論に立脚した設計は一般に構造物の規準の基本として推薦されるものである。なぜなら、確率論は不確定性を取り扱った規準では現実性を高めたり、より一貫性を持たせることができるためである。確率論に立脚した設計では、地震荷重は構造物の供用期間中の本質的に存在する不確定性を伴った平均値を用いて簡単に記述できる。このような地震荷重は、いくつかの解析手順により算定できる。主要な不確定性を導入している解析手順は、地動の距離減衰、地震強度の期待度(地震危険度)、基盤地震動のスペクトル特性と非定常性、敷地地盤の増幅、および構造物の動的応答をひとまとめにされる。地震荷重の不確定性は、危険度解析と地動の距離減衰における不確定性によって支配されると考えられる。そして、その他の手順において不確定性に注目した研究はあまりなく、一方広範囲な研究がこれらの不確定性に対して行われてきた。このことはアメリカのように短期間だけの地震カタログがある地域では正しいかもしれない。これらの地域では、地震危険度は期待される最大地盤加速度が138%の変動係数を持つフレシェット極値分布を用いることによって評価される。しかし、日本で確率論的手法が用いられる際には、本来の高い地震危険度と共にそのような大きな変動係数によって、結果として地震荷重が高くなるであろう。日本において地震地体学中で行われた広範囲な研究同様、1400年間の地震カタログの存在によって、地震強度の上限値を合理的に算定することが可能となっている。従って、上下限のある極値分布が使われる時、ある地点での変動係数は40%に減少することが可能である。さらに、新しい地震動のデータの収集や、よりよい距離減衰モデルの導入によって、距離減衰の変動係数を最低30%まで減少させた。このような比較的低い変動係数を用いれば、設計荷重における不確定性が、常に危険度や距離減衰の不確定性によって支配されるとは限らない。そして、その他の不確定性の占める割合は、設計荷重値だけでなく確率分布の形状にも影響を与えることができる。

 主要な不確定性の原因をそれぞれ調査し、これらの不確定性を減少させるための新しい技術の適用、そして適切な設計荷重構成における全ての不確定性を組み合わせることが本論文の最大の目的である。地震荷重の変動係数のかなりの部分が、不完全なモデル化とデータの欠如から生じている。そして、このような高い変動係数は更に多くのデータの蓄積や、更に効果的なモデル化の技術を用いることによって、合理的に減少させることができることも示した。本論文では、おもに使用性よりもむしろ安全性クライテリアに対する地震荷重を評価することに主眼をおいている。ここで取り組んでいる主要な不確定性の源は、距離減衰、地震強度の期待度(地震危険度)、基盤地震動のスペクトル特性と非定常性、地点での地盤増幅である。期待される地動スペクトル特性同様、ピーク値は、地震荷重下の構造物の非線形挙動を規定するために、本論文のそれぞれのステップにおいて考慮した。

 危険度およびその不確定性は、基盤速度の50年最大値の平均値及び変動係数によって表される。期待した地盤動強度の変動係数は15%から138%の範囲にあると報告されている。第一章では、極値理論を用いて日本における地震危険度について述べられている。地域的地震地体の情報を加味した歴史的な地震カタログが解析には用いられる。異なる極値分布の適合性は、異なる空間的及び時間的条件のもとで検討される。確率分布の右のすそ野のモデルの評価と、それに従う上限値の評価が、考えている期間中滅多に起こらないような大地震の存在によってかなり影響されている。このような事象は長期間有効である場合や、第一章で提案されたようにより幅広いデータ区域がとられる場合のみ含まれる。データの不完全性や非定常性に依存している時間的不確定性は、50年最大値の速度の平均値の期間として定義されているクリティカルデータ期間からもまた検討される。最もよく評価された上限値とクリティカルデータ期開を組み合わせる手法を提案し、危険度算定に対して適用した。このような手法は多くの地点で危険度の変動係数を、合理的にかなり減少させている。

 観測された地盤加速度のピーク値(PGA)値は、変動係数によって表される不確定性を伴い距離減衰モデルによって与えられる、中央値周りに対数正規的に分布していると通常仮定されている。このような変動係数は、表層地盤の増幅、発震機構、および伝達経路の変動性から生じている。第二章では、地盤動減衰モデルにおける不確定性の評価について述べている。既存の距離減衰モデルの適用性および、それら固有の不確定性は簡潔の評価される。東京のある地点では不確定性は表層の増幅の変動を取り除く地点に依存するように、距離減衰モデルを調整することによって減少される。震源域もまたある地域内では地震地体の均質性によって他の活動性を減少する地震地体地域からも定義される時、より一層減少される。距離減衰モデルに存在する通常の大きな不確定性が、空間的変動が除去される時、かなり減少させることができることを示した。PGAのような物理的量は上限値を持つべきであるから、従来使われている上限のない対数正規分布の代わりに、距離減衰値周りの誤差の分布をモデル化するために制限のある分布が選択される。このような制限のある分布は対数正規分布とほとんど同じ誤差の変動係数になる一方で、地動が制限を持つ性質をよりよく表現するのと同様、データをよりよくフィットするように改善する。危険度評価に関する地点のとられる距離減衰モデルの効果もまた、この章では議論されている。

 終局限界状態設計では、ある設計レベルを満足する地動時刻歴は地盤や構造物の非線形解析に必要である。第三章では、供用期間中の危険度の手法が、地震のマグニチュードと距離の結合確率分布に対する二次元極値確率モデルに基づいて提案されている。この二次元極値確率分布は、提案した独立でない関数と同様、マグニチュードの50年最大値および距離の50年最小値の周辺の分布に基づいている。50年とは、通常の建築物の代表的供用期間として選択される。例えば、供用期間中の最大速度平均値のように、設計ピーク地動パラメータを保持するために、一貫性を持たせる新しい条件を提案した。提案したモデルは、東京の地点を例として適用されてる。このモデルは、地盤速度の確率分布に対して確認される。供用期間中の危険度のマグニチュード、距離、スペクトル形状、そして強震時間は、提案したマグニチュードと距離の結合確率分布関数から評価される。さらに、マグニチュードと距離の異なる可能な限りの組み合わせによるすべてに評価されたパラメータにある不確定性について検討している。不確定性をモデル化することは、スベクトル形状の不確定性を支配的にすることが明らかとなった。一方、マグニチュードと距離の異なる可能な限りの組み合わせにによる不確定性は、従属時間の不確定性を支配的なものとする。

 第四章では、地盤増幅の不確定性をモデル化し評価した。この様な不確定性は、解析モデルと実際の地盤増幅間の相違、入力地震動の位相の相違における変動、および土質の性質における変動から生じる。不確定性の最初のタイフは、三つの異なる非線形解析の結果を比較することで評価できる。二質点系非線形解析手法と同様、波動伝搬の非線形解析を用いた。Ramberg-Osgood復元力特性モデルの修正は、機構モデルの実験的関係を満足するように提案される。この修正された復元力特性モデルは、質点系非線形モデルの中の一つとして用いられている、大崎・原復元力特性モデルが二番目の手法として用いられている。土の性質における変動による不確定性はモンテカルロ手法で取り扱った。この不確定性は、三つの情報のレベルがわかるときについて検討した。第一レベルとは、地点の地学的情報のみがわかるレベル。第二レベルとは、その地点の静的な試験と標準貫入試験のデータが入手できるレベル。N値とせん断波速度との実験的関係が、関東に対して評価され、第二レベルの解析手法が用いられる。第三レベルとは、静的と同様、完全に動的なデータが人手できるレベルである。地盤増幅を、異なるスペクトルとピークのパラメータを用いて表現した。それぞれのデータレベルに関係した不確定性の範囲が結論づけられる。土質の性質の変動が、地盤増幅の不確定性を支配する一方、付加的情報がレベル1から3まで導入されるとき、この変動とその効果はかなり減少させることができることが分かった。さらに、地盤増幅の変動係数は45%であり、無視できない値である。

 設計された構造物の安全性はコード規準にかくれた主要な目標である。一般に、より大きな荷重係数がより高い安全性を与えると信じられている。しかし、しばしば安全性と経済性を同時に議論することが強く望まれる。この様な場合、最適信頼性設計のコンセプトが有効である。荷重係数はこのようなコンセプトに基づいているとき、設計工学は安全性の要求だけでなく設計された構造物の重要性と、建築物の所有者の経済的関心を適切にする安全性の最適なレベルを選択することができる。前章で得られた結果を利用すると、全ての主な過程による不確定性は第五章で一つの確率分布に組み合わされる。そして、この分布は信頼性地震設計荷重の算定に利用できる。ある単純な公式が最小化費用解析を用いてAFOSM法の信頼性指標を最少にする解析手法のために選ばれた。正規化された破壊コスト(g)は、ある危険レベルのもとで構造物の安全性の尺度として用いられる。そして、最適安全性指標は地点の危険度と、g値の関数になる。安全性を高めるコストの増加がいくつかの地点で評価される、これらの地点でより高い安全性のコストは、危険度レベルを考慮して議論される。異なる不確定性の前述した評価値と提案した危険度マップを一般化して日本全土に対する等高線図の形で、設計荷重を提案した。この提案した設計荷重を、既存の規準地域マップと比較した。

審査要旨

 近年、確率論に立脚した構造設計が、建築物の耐震設計においても、様々な側面から検討されて来ている。その際、層せん断力の形で与えられる地震荷重の不確定性の全体像を明らかにする必要があるが、地震発生に基づく、いわゆる地震ハザードの不確定性と地盤増幅度評価における不確定性が、支配的であるといった理解が一般的にあるのみで、定量的かつ総合的な取り組みを目的とした研究は少ない。

 本論文は、「Uncertainty Analysis of Design Seismic Load in Japan(日本における設計地震荷重の不確定解析)」と題し、上記の問題に具体的な情報を活用する形で、解析的にその不確定性を定量化することを試みたもので、全6章よりなる。

 第1章では、日本における地震カタログを活用し、極値分布モデルによる地震危険度評価を行っている。特に、時間的条件、空間的条件を変化させることにより、極めてまれに発生する現象のモデルにおける扱いを工夫しており、また、設計に応用する際のデータの評価期間のとり方について、クリティカルデータ期間の設定法を提案している。

 第2章では、地震動距離減衰モデルの不確定性の評価について述べている。わが国で、比較的多く用いられる金井式を基本として、複数地震の震度分布をもとに、東京を例として、方向性を考慮することによりばらつきが低減できること、およびその分布性状から、対数正規分布よりも上・下限を有する分布が、データのばらつきをよりよく説明することを示している。

 第3章では、ある地点周辺の地震発生における、マグニチュードと震源距離の2変数を対象とした2次元極値分布モデルの構築について述べている。それぞれの変数に対する周辺分布モデル、2次元極値分布をもとに得られる最大地動強さ分布モデルとの整合性を確認した上で、地震危険度に対応した設計用マグニチュード、震源距離の組み合わせを確率的に求める方法を示し、さらに地震動のスペクトルのばらつきも評価した上で、設計用地震動を確率論的に位置付けて設定する手法にとりまとめている。

 第4章は、地盤増幅の不確定性をモデル化して定量的な評価の試みを行ったものである。解析レベルとして、3段階の地盤に関する情報とそれに応じた解析法の組み合わせを想定し、地震動強さの指標として、速度、加速度および速度応答スペクトル、加速度応答スペクトルに対し、その変動係数が、解析レベルに応じて有意に低減できることを示している。

 第5章は、定量化された不確定性を要求される安全性に合理的に反映するに当たり、最適信頼性の概念を直接的に応用し、地盤解析レベルによる不確定性低減効果、破壊時コスト設定のフィージビリティについて検討を行っている。さらに日本全国における危険度マップを、設計荷重の形で提案し、本論文における定量化された不確定性の意義を論じている。最後の第6章は、結論として本論文に示された成果を要約し、改めて、その意義について述べている。

 以上述べたように、本論文は、地震荷重の不確定性をいくつかの主要なパラメータに着目して、定量的かつ総合的に評価し、設計における位置付けを明らかにする形でとりまとめたもので、多くの新しい提案を含み、耐震工学の分野に貢献するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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