1981年に「改正建築規準法」(新耐震設計法)が施行されて以来、既に十数年が経過した。日本建築学会は、各分野の新しい研究成果を建築物荷重に取り入れるため、平成5年(1993年)6月に「建築物荷重指針・同解説」の第2次改定版を刊行した。この改正版では、地震の特性、構造物の動的特性、地盤震動の特性など多面にわたる研究の最新成果を鑑みて、より合理的な地震荷重を設定するため、若干の改正がなされたが、地震震源に極めて近い場所では、強震記録がまだかなり不足しており、複雑な震源機構の理解も不十分であるため、特別な配慮をされていないのが現状である。しかし近年に莫大な被害をもたらした地震のほとんどは内陸浅発地震であり、しかも遠方に比べて震源断層に近い狭い地域が激震区域となり、甚大な被害が生じることがしばしばである。従って、断層の基本的な性質を把握し、震源近傍における地震荷重を検討することは大変重要である。 このような現状を踏まえ、本研究は震源近傍を対象とし、地震断層の特性を考慮して、より実状を反映した合理的な地震荷重の提案を目的とする。 震源近傍の地震荷重を提案するため、まず直接断層近傍の地震動を評価する必要がある。地表面の地震動は様々な要因による影響の総和であり、単純に分類すれば、地震震源、伝播経路、表層地盤(軟弱、不整形性地盤など)の影響に分けられる。これらすべてについて検討すると複雑になりすぎるので、本研究では地震震源による影響のみを対象として地震基盤上における地震動を評価する。その他の要因の影響について(主に表層地盤)は現指針の規定を流用することとする。 先ず基盤上の地震動を想定するため、断層モデルに基づいて震源近傍の地震動を合成する簡便手法を開発した。図1に示すように、大地震の地震動を、断層面を分割した小領域の震源からの地震動の総和として考え、遠方における震源スペクトルにより近傍における震源スペクトルを推定し、これらの震源スペクトルを用い、更に各小領域の震源に対するラディエーションパターン、地殻の減衰を考慮することによって大断層による震源近傍の地震動フーリエスペクトルを計算する。 図1:震源近傍の地震動を推定する簡便手法の基本的考え 提案した簡便手法の妥当性を検討するため、遠方を対象とし、それによる結果と-2モデルによる理論値との比較を行い(図2)、次に断層近傍で取れた地震記録との比較を行った(図3)。良く一致しており、本手法は震源近傍の地震動の評価に有効であることがわかった。 図表図2:計算結果と-2モデルによる理論値との比較 / 図3:計算結果と断層近傍の地震記録との比較 この簡便手法を用いて、断層のパラメータが震源近傍の地震動に及ぼす影響の解析行う。断層は、断層の深さd、長さL、幅W、断層面の食い違い量D、食い違い方向、食い違いの立ち上がり時間、断層面の傾き、破壊の伝播速度Vrup、破壊の伝播様式など多くのパラメータによって規定されるが、地震のスケーリング則により、断層の長さL、幅W、断層面の食い違い量D、食い違いの立ち上がり時間はマグニチュードMで集約でき、更にプレート・テクトニクス(Plate Tectonics)理論に基づき、また日本の過去の地震データを参考にして、日本列島の地震を「横ずれ断層地震(内陸)」、「内陸型逆断層地震」、「海洋型逆断層地震」の3つに分類することができる。このようにして解析に考慮すべき断層のパラメータを5つに縮約する。 ・マグニチュードM ・破壊パターン(ユニラテラルとパイラテラル) ・破壊の伝播速度Vrup(2〜4km/sec) ・食い違い方向 (横ずれ断層の場合:=0°±30°、逆断層の場合:=90°±30°) ・断層の傾き (横ずれ断層の場合:=90°、海洋型逆断層の場合:=20°、内陸型逆断層の場合:=45°) これらの断層パラメータについて解析を行った結果、以下のような結論を得た。 1.断層近傍の地震動応答スペクトルの最大値は断層長Lに関する規準化震源距離R/Lを変数とする簡単な関数で表せる 2.断層のごく近くでは、短周期地震動に寄与する断層は近接する限られた範囲であり、従って、このような場所では地震全体の規模に余り影響されず、地震動の応答スペクトルがある飽和値となる 3.1秒より長周期の地震動は近傍、遠方とも断層の規模に依存する 4.断層のパラメータが地震動に及ぼす影響は主に長周期領域にあり、短周期地震動にはそれ程影響が大きくない 5.断層パラメータのうち、最も地震に影響を与えるのは断層破壊のパターンであり、したがって、安全側に配慮するよう、本論文は破壊伝播の効果が著しいユニラテラルを採用する 断層パラメータの地震動への影響を定量的に評価し、断層の基本的性質を考慮した地震荷重を提案した。提案した加速度応答スペクトルの模式図を図4に示す。この模式図と現行規準に規定された加速度応答スペクトル模式図の違いは、主に最大値のレベルと長周期領域のコーナー周期TMの有無の2つである。断層の影響を考慮した震源近傍の加速度応答スペクトルには主に以下のような特徴がある。 1.最大値は規準化震源距離の関数((1)式、(2)式、(3)式)であり、その分布は断層面の地表面への投影を中心とする範囲である(図5、図6、図7を参照) 2.1秒より長周期領域に更にマグニチュードMに依存するコーナー周期TMを追加し、現指針の第1種地盤の加速度応答スペクトル最大値が一定となる区間の長周期上限値TCからTMまでの間は周期の-1乗で減少する 3.長周期の地震動は断層の破壊パターン、放射特性などに影響されやすく、TMに関する修正の範囲は最大値の分布に比べ、横ずれ断層の場合では断層の両側に広く、逆断層断層の場合は更に断層上盤側へも広くなる 図表図4:断層の影響を考慮した震源近傍の加速度応答スペクトルの模式図 / 図5:断層の影響を考慮して加速度応答スペクトルを修正する範囲(横ずれ断層)図表図6:断層の影響を考慮して加速度応答スペクトルを修正する範囲(内陸型逆断層) / 図7:断層の影響を考慮して加速度応答スペクトルを修正する範囲(海洋型逆断層) 以下の計算式は、前記のように分類した3つの種類の地震断層による最大加速度応答スペクトルを示す。 横ずれ断層の場合: 内陸型逆断層の場合: 海洋型逆断層の場合: ここで、 Sa(T)max:本手法による第1種地盤の加速度応答スペクトルの最大値 Ro/L:規準化震源距離 Ro:断層面の地表への投影面までの最短距離 L:断層の長さ 本論文で提案した手法で計算した地震荷重をAとし、現指針で規定した地震荷重をBとすれば、最終的に地震荷重(C)は両者を合わせたものとなる。 は足しあわせる時の重みであり、想定した地震の確定性、建物の重要度、経済性など色々な要因により決定され、場合により設計者に委ねるべきと考えられる。このように断層の影響を考慮し、建設地点を第1種地盤とした場合の修正地震荷重を得る。次に、もし実際に建設地の地盤が第1種地盤ではない場合、現指針に示された第2、3種地盤と第1種地盤との倍率関係及び最大値の領域の周期を用いて補正して、第1種以外の地盤へ換算する。 |