学位論文要旨



No 111780
著者(漢字) 鄭,政利
著者(英字) Cheng, Cheng-Li
著者(カナ) テイ,セイリ
標題(和) 超高層住宅における重力式排水システムの立て管内圧力分布予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 111780
報告番号 甲11780
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3578号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 松尾,陽
 東京大学 教授 安岡,正人
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨

 建物内の排水システムは、確実な作動が要求されるため、エネルギーを使用しない重力式排水システムが世界的に主流となっており、また、排水管内の悪臭・衛生害虫等の阻止にも、単純な機構の水封トラップの使用が一般的である。排水を流す際にトラップ内の封水を保護するため、重力式排水システムの排水立て管内では、満流で排水を流すことは許されず、固形物を含む排水と空気が混在する混相流となっている。重力式排水システムにおける管内流動は、混相流としての複雑な流れであること、重力が支配的な要因であり、模型実験が極めて困難なことなどから、特に超高層排水システムについては解明が十分になされておらず、排水システムの設計が、主に経験的な算法によってなされている現状にある。関連する海外の研究として、Pinkは32層規模の建物(約100m)に設置された排水立て管を用いて、定流量負荷による排水実験を行っている。その結果得られた知見で注目すべき点は、排水負荷階が高くなるに従い、通気流量が増加することが挙げられ、負荷高さの相違による通気流量が管内圧力分布の予測法確立のポイントとなることが指摘されている。日本では、大塚らが30m級(10層規模)の実験タワーを用いた排水実験により、管内圧力分布の予測手法を提案している。同手法は超高層への対応をも考慮し、また、Pink等の実験結果との比較検討をも行っているが、超高層排水システムを直接模擬できる装置を用いた検証実験は行っていない。

 以上の研究に対し、本論文は、住宅・都市整備公団の八王子試験所内に設置された高さ108mの実験タワーの使用機会を得て行った、実際の超高層住宅を模擬した一連の排水実験から得られた新たな知見について述べるとともに、実験結果を整理・統合することにより開発した超高層にも適用可能な、新たな管内圧力分布予測法及び管内の流れ現象の解明について述べたものである。

 本論文は、以下の通り6章から構成されており、各章を要約すると、以下のようになる。

 第1章では、文献調査の結果から、現状での排水システムの設計法および排水立て管内圧力分布予測法の問題点について整理し、本研究での目標を、超高層実験タワーを用いた実験を行うとともに、それらのデータを用いた適用高さの制約を受けない排水立て管内圧力分布の予測手法を開発することに置いた。

 第2章では、実験方法と実験装置の概要を述べた。本研究では108mの超高層実験タワーを用い、種々の観察と実験を遂行したが、このような高い実験タワーを用いて系統的に実験が行われた例は、過去にはない。また、既往研究で多用されていた30m級の実験タワーを用いた実験も行い、既往研究のデータの検証、さらに、低い実験タワーを用いて超高層の場合を模擬する手法の検討を行った。

 第3章では、排水実験のデータを統合・整理し、次章以下で述べる予測手法に用いるデータの整備を行った。本章で得られた知見を要約すると、以下のようになる。

 (1)超高層からの排水では、同じ負荷流量でも、従来の30m級の実験タワーで観察された値よりも大きな負圧が生じ得る。

 (2)最大負圧が発生する階と負荷階の間隔は、通気流量の増加に伴い大きくなる。

 (3)立て管内圧力の支配要因は、既往研究の結果と同様に、負荷流量と通気流量である。

 (4)複数箇所同時排水の場合の管内圧力分布は、1箇所排水時の管内圧力分布の組み合わせにより、ほぼ予測が可能と考えられる。

 (5)複数箇所同時排水の場合の立て管基部近くの圧力分布は、複数箇所からの負荷流量の合計を1箇所から流入させた場合とほぼ一致する。

 (6)既往研究では、管内圧力を2.0Hzでカットしたのが多い。管内圧力の平均値と封水損失に関連する最大値と最小値を扱うことでは問題ないが、管内圧力変動の問題を検討するなら、5.0Hzまでの周波数成分を処理することが必要である。

 第4章では、物理的な原理および排水立て管を流れる水が空気を誘引する状況を送風機とみなした理論に基づき、管内流れ現象の解明を試み、まず、単純化した1箇所排水時の管内平均圧力分布の予測モデルを作成した。排水立て管内の圧力分布の予測に関しては、種々の提案があるが、本研究のように、超高層での実験結果を用いて詳細な検証を行った例はない。以下に従来の予測モデルと本論文で提案した予測モデルの相違点などを示す。

 (1)従来の予測モデルに明確されていなかったゾーン区分について、本論文では管内圧力分布の特徴によって4つ(A,B,C,D)のゾーン区分を明確にした。排水立て管のゾーン区分は、伸頂通気管頂部から排水負荷階までをAゾーン、排水横枝管からの排水流入地点より、負荷階における圧力に回復するまでの垂直距離を長さL、この範囲をBゾーン、この地点から排水立て管基部までをCゾーン、排水横主管での跳水現象等により再び通気抵抗として作用する部分をDゾーンとした。

 (2)最大負圧を生じる領域Bゾーンについて、従来の手法によると、抵抗係数は通気流量によらず負荷流量のみの関数とし、平均値の扱いにしたが、本論文では抵抗係数の通気流量に対する依存性を判明した上に、予測モデルにおける抵抗係数は通気流量の関数で表すことにし、それで、予測精度が一層向上することを明らかにした。

 (3)Cゾーンの圧力勾配については、従来の予測手法に多く検討されているが、物理的な解明までには至っていない。本研究では共同研究者倉渕による2パラメータモデルを用い、物理的な理論から、予測式を導出することにし、それで、圧力勾配の平方根は通気流量の一次関数で表すことができ、実験との対応はかなり良好であることを検証した。

 (4)Bゾーンの圧力及びパラメータ長さLは、各負荷流量ごとに、ほぼ通気流量のみの関数として表すことができ、Bゾーンの圧力分布形は、通気流量が決まれば一意的に決まることから、新たに導入したパラメータ長さLを用い、管内平均圧力分布の予測モデルの収束計算ができ、かつ通気流量の予測精度もかなり良好であることが本論文で提案したモデルの最大特色である。

 1箇所排水時の管内平均圧力分布の予測手法は、上記述べた様に4つ(A,B,C,D)のゾーンに区分し、仮定の通気流量を代入して計算を行い、また、新たなパラメータLを導入することにより、収束計算を行って管内通気流量と全体平均圧力分布形を算出することにした。AゾーンとDゾーンの算法は既往研究ど同様であるが、Bゾーンは本論文で独自に考案したパラメータLを導入した算法である。また、Cゾーンについては、倉渕による2パラメータモデルによる新たな算法である。以上の結果を総合して開発した管内平均圧力分布の予測モデルは、超高層、中層いずれの排水立て管内圧力分布の予測に適用可能であり、その予測精度は、特に管内通気流量と最大負圧について非常に良好である。また、低い実験タワーのデータを用いて超高層の場合を模擬することが可能なことを示している。

 第5章では、第4章で提案した1箇所排水時の予測モデルを展開し、任意の排水負荷高さに対応可能な予測手法及び複数箇所同時排水の場合の予測手法を検討した。また、最近集合住宅で多用されている特殊継手排水システムへの予測手法の適用の検討を行い、最後に、管内圧力変動値を含めた予測手法を検討した。但し、複数箇所同時排水および圧力変動の予測においては、今回の検討にも限界があり、実用上に問題となる点の圧力の予測に重点を置いた。本章で得られた結論を以下のように述べる。

1).任意の排水負荷高さへの対応:

 (1)1箇所排水時の管内平均圧力分布の予測手法において、モデルを展開し、最も複雑な部分BゾーンとCゾーンについて幾何的な関係を用いての予測式を導出し、かつ、予測精度もかなり良好であることを示した。

 (2)上記(1)の幾何的な関係は、無次元数L/FL(長さL対負荷高さの比)と無次元数PO/PI(立て管外部の静圧対内部B、Dゾーン間の差圧の比)で表わすことができるが、両者の関係は一意的な関数となる。従って、管内平均圧力分布の予測モデルは、任意の負荷高さにも対応できることが判明した。

 (3)上記(2)の予測手法を特殊継手(HPジョイント)排水システムに適用したところ、Cゾーンの圧力勾配の予測結果にややバラツキが見られるものの、全体の平均圧力分布形と管内通気流量の予測についての対応はかなり良好である。

 (4)予測モデルの展開により、管内許容圧力を仮定し、モデルから予測式を解くことによる負荷流量常数Cを用い、各種排水システムの許容流量と許容負荷高さが検討できるので、排水性能の評価指標とする排水の限界条件の判定方法を提案することにした。

2).複数箇所同時排水への対応:

 (1)複数箇所同時排水時の管内平均圧力予測モデルは、1箇所排水時の予測モデルに基づいて作成した。AゾーンとDゾーンの管内平均圧力の予測は1箇所排水時と同様であり、Bゾーンの管内平均圧力の予測は通気流量を用い、各負荷位置からの圧力分布を重ねて分布形を求めることにした。また、Cゾーンの圧力勾配は複数箇所からの負荷流量の合計を1箇所から流入させた場合とみなせばよいことを確認した。

 (2)上記(1)の予測モデルは、今回の検討にも限界があるため、実用上に問題となる点の圧力の予測に重点を置いた。例えば、2箇所排水時の負荷間隔が近い条件では、同じ合計流量の1箇所排水の場合より、大きな負圧が生じる場合での管内圧力分布が比較的に再現できることを確かめ、実用上には十分適用できると思われる。

3).管内圧力変動値への対応:

 (1)変動強度の分布をしたところ、最大負圧の発生位置付近で極小値を示し、その値は負荷流量のよらず、0.1以下であった。また、最大正圧の発生位置付近でも同様であるが、正圧が約10mmAq以上になると、変動強度値はほぼ0.5以下であった。従って、トラップ封水損失を考慮した上に、最も厳しい条件となる最大負圧には平均値を1.1で乗した圧力を、最大正圧には平均値を1.5で乗した圧力を考えればよいと思われる。

 (2)圧力変動範囲の予測モデルについては、管内通気流量の最大値を用い、管内圧力の最小値(最大負圧)が精度よく予測できる。しかし、管内圧力の最大値(最大正圧)の予測ではバラソキが大きく、予測値×1.5程度とする必要がある。

 以上のような結果が得られたが、本論文で提案した予測モデルは、

 (1)新たなパラメータLを導入することにより、無次元数P0/P1とL/FLを用い、予測モデルは任意負荷高さにも対応でき、再現性がかなり良好であること

 (2)JIS(DTジョイント)排水システムだけでなく、特殊継手(HPジョイント)にも対応できること

 (3)2箇所排水時の最大負圧発生位置については、最も厳しい条件(負荷間隔が近い場合)での管内圧力が再現できること

 (4)管内圧力変動については、トラップに対する最も厳しい最大負圧と最大正圧の発生位置での圧力変動値が予測できること

 (5)これまでに行った全実験ケースに対する立て管内通気流量の予測値の再現性は非常に良好であることなどである。

 従って、本研究で提案した立て管内圧力分布の予測モデルは、伸頂通気方式に限ってはいるものの、実用上に十分な精度を持つものと思われる。

審査要旨

 本論文は、現在、世界的にも一般に用いられている重力式排水システムの立て管内圧力分布に関して詳細な実大実験を行い、実験から得られたデータを基に、その予測法を検討、提案したものである。

 重力式排水システムでは、排水管内からの悪臭・衛生害虫などを阻止するために、最も単純かつ確実な、水封部をもつトラップが用いられている。したがって、排水管内を流れる排水によってトラップ水封部両端に生じる圧力差をある限度内におさえ、水封部を確保し、悪臭・衛生害虫などが通過しうる状況(破封)を生じさせないことが、排水システム設計の基本となる。そのため、排水システム内に生じる圧力を予測することが重要であるにもかかわらず、排水管、特に立て管内の流れが極めて複雑な混相流であり、現状では数値解析などの適用には限界があること、重力が流れを支配する主要因であるため、模型実験が困難なことから、その予測法が確立されていない状況にある。論文提出者は、高さ108mの実験タワーに設置した実大実験装置を用い、従来系統的に行われたことのない100m級の実験と、従来から比較的数多く行われてきた30m級の実験タワーを用いての実験の両者を行い、種々の新たな知見を明らかにするとともに、それら実験から得られたデータを基に、極めて適用範囲の広い排水立て管内圧力分布の予測法を提案している。

 本論文は、以下の6章より成る。

 第1章では、文献調査の結果から、現状での排水設備設計法および排水立て管内の圧力分布予測法の問題点を整理するとともに、本研究の目的・位置づけを明らかにしている。

 第2章では、実験方法および実験装置を説明するとともに、30m級の実験タワーを用いて、より高い100m級の実験タワーを用いた実験結果を模擬する手法の検討を行っている。

 第3章では、排水実験のデータを整理し、超高層建物における排水の場合には、同じ負荷流量であっても、最大負圧(排水立て管内に生じる負圧の絶対値の最大値)が、従来の30m級の実験タワーで得られる値より大きくなること、負荷階と最大負圧が発生する階との距離は、通気流量と密接な関係があり、通気流量が増えるに従い増すこと、複数階からの排水時の管内圧力分布は、1箇所排水時の管内圧力分布の組合せによりほぼ予測が可能と考えられることなどの新しい知見を示している。

 第4章では、管内流れ現象を物理的に考察した結果に、既往文献調査の結果を加味し、排水立て管を、伸頂通気管端部から負荷階までの空気のみが流れるAゾーン、負荷階と、最大負圧を示す位置よりさらに下で、負荷階の圧力と同じ圧力を示す点までの間をBゾーン(このBゾーンの垂直距離をLとする)、その地点から、管内圧力が高さ方向に一次的に変化し、排水横主管における跳水現象により最大の正圧が生じる立て管基部までのCゾーン、それ以降のDゾーンに分け、1箇所排水時における管内圧力予測手法を構築している。従来明確にされていなかったB、Cゾーンの境界を明確にし、Bゾーンの長さLを新たなパラメータとしたこと、Cゾーンに関し、物理的な考察に基づく2パラメータモデルを採用したことにより、新たに提案された予測モデルでの予測精度は、既往研究でのものに比べ、格段に向上している。

 第5章では、第4章で提案した予測モデルで用いているパラメータに考察を加え、すべて無次元数のパラメータとすることにより、原理的には高さの制約を受けない予測式を導出し、実験結果より検証している。その上で、予測式を複数箇所排水時の場合や、最近住宅・ホテルなどで多用されるようになった特殊継手を用いた排水システムの場合に拡張し、実験結果と照合することにより、適用範囲などに考察を加えている。また、従来まったく行われていなかった、圧力変動値の予測式への拡張も試み、精度を検証している。排水箇所数が増えるに従い、予測精度が多少悪くなること、圧力変動値の予測においては、最大負圧および最大正圧発生地点での予測にとどまり、分布形状の予測までには至っていないなどの問題は残すものの、工学的には十分な成果を挙げている。

 第6章では、以上のまとめと今後の課題を述べている。

 以上を要約するに、本論文は、予測手法の確立が待たれていた排水システム立て管内の圧力に関し、極めて適用範囲の広い予測手法を提案したものであり、今後の排水設備設計に資すること大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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