学位論文要旨



No 111784
著者(漢字) 荒巻,俊也
著者(英字)
著者(カナ) アラマキ,トシヤ
標題(和) 河川流量の不確定性を考慮した水・汚濁物質収支モデルによる流域管理施策の評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 111784
報告番号 甲11784
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3582号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 助教授 味埜,俊
内容要旨

 経済の高度成長に伴った都市への人口集中により、水源としての河川の利用率の上昇による渇水の頻発や土地被覆の変化による都市型洪水の増加、都市周辺での水質の悪化などの河川に関わるさまざまな問題が起こっている。これらの問題に対しては、ダムの建設や下水道の整備、下水処理水の再利用、節水の奨励、個別合併浄化槽の普及などさまざまな施策が計画、実行されている。このうち、ダム建設や流域下水道などの大規模な対策はその効果も大きいが、自然環境に与える影響やかかる費用が大きくなるなど負の効果(=費用)も大きくなる傾向にある。よって、これらの対策を実行する前には流域の将来予測や対策による費用と便益について分析し、その対策が適切であるかを評価する必要がある。そのためには、その河川を含んだ流域全体で水や汚濁物質の動きが将来もしくはその対策によりどのように変化するかを正確に捉え、その状況変化がどのような便益や費用を発生するかを検討しなければならない。特に首都圏の重要な水源である利根川水系では、近年も3年に1回程度の頻度で取水制限が行われており、また下流部において上水道の取水が行われることから、水量面、水質面ともに積極的に流域管理を行っていく必要がある。

 流域における水や汚濁物質の動きに関する研究は今までに数多く行われてきているが、その動きが複雑でまた流域間での違いも大きく、まだ不明確な点が多いのが実状である。そのため、以下のような問題点が考えられる。

 (1)水循環を取り扱うさいに、個々の現象だけを取り扱うのではなく全体を視野に入れた研究が少ないこと。

 (2)都市における低水管理施策についてその水循環に与える影響を考慮して効果の定量化を試みた研究が少なく、さらにそれをダム建設などの他の大規模な管理施策の効果と比較した研究が少ないこと。

 (3)流量や降水量などの水文事象の不確定性を考慮して流域管理施策の効果の定量化を試みた研究が少ないこと。

 (4)流域管理施策が水量と水質に与える影響を同じ枠組みの中で評価している研究が少ないこと。

 本論文では、流域における低水及び水質管理施策のもつ効果や流域状況の変化が与える影響を定量化するモデルを構築することを第一の目的としている。このモデルは既存の研究の問題点をふまえ、以下のような特徴を持つものである。

 (1)さまざまな流域管理施策の評価をするために水循環については、自然発生流量から河川への水の流れだけでなく、生活系、製造業系、農業系の水利用についてもそれぞれ水収支を考えるとともに、上水道、下水道における水収支も考慮にいれている。

 (2)水文事象の不確走性を考慮するために、ある時点における自然発生流量の期待値の分布が対数正規分布に従うと仮定して自然発生流量系列を作成してモデルに用いることにより、ある時点における河川流量や河川水質、使用水量などを確率分布の形で得られるようにしている。

 (3)水量と水質について同じ枠組みでシミュレーションを行い、流域管理施策の効果について、水量・水質の両面から検討できるようにしている。

 (4)さまざまな流域への適用が容易に行えるように、比較的入手が容易なデータを用いてパラメーターを設定するようにしている。

 また、このモデルを利根川水系上中流域に適用して以下の項目について検討している。

 (1)モデル自体の精度の考察、ならびにモデルに用いられているパラメーター等の精度がシミュレーション結果に与える影響の考察。

 (2)利根川水系におけるさまざまな流域管理施策の効果の定量化と相互比較。

 (3)利根川水系における流域状況の将来予測と流域管理計画の策定に関する考察。

 本論文の成果としては、第一にここで構築したモデルにより利根川水系のように広くて利水が複雑になっている流域で、水文事象の不確定性を考慮しながら、低水管理及び水質管理施策を同じ枠組みの中で相対的に評価し、比較することが可能にしたことがあげられる。

 第二に、利根川水系においてパラメーターなどの精度がシミュレーション結果に与える影響について検討し、精度の向上が特に望まれるパラメーターを明らかにしている。図1は各設定について考えられる変化の範囲において、対象流域内の渇水被害額の変動の幅を示している。この図から、他の設定と比較して水田水使用量の原単位の変更による対象流域内の被害額の変化が最も大きくなっており、この原単位の精度をあげることがシミュレーション結果の精度の向上に有効であることがわかる。この他にも、ダム群の運用に関する設定や利根導水路の導水量に関する設定などが全般的に影響が大きいこと、水質の面では畜産業の排出汚濁負荷原単位や流達率の影響が大きいこと、などの知見が得られている。

 第三に、利根川水系におけるさまざまな流域管理施策の効果を定量化し、相互に比較することによって最適な施策を選択するうえでの判断材料を提供している。図2は水量安定化に関する施策について、施策を行う前を1としたときの渇水被害額の比を示している。この図から、八ツ場ダムの新設が他の施策と比較して渇水被害額を最も減少させており、その効果が最も大きいことがわかる。この他にも、生活系水利用における15%の節水やダム群の放流量を決定するときの下流地点の基準流量を10%減らすことが渡良瀬貯水池の新設の効果とほぼ同程度になること、水質保全に関する施策に関して下水道普及や下水処理水質の改善、畜産業の汚濁負荷削減などの影響が大きいこと、などの知見が得られている。

図表図1 各設定の変更による対象流域内渇水被害額の変化 / 図2 水量安定化に関する施策による渇水被害額の変化

 第四に、モデルで用いられているパラメーターを変更することにより、流域状況の将来予測を行い、流域管理計画の効果を定量化している。奈良俣ダムや渡良瀬貯水池の供用開始により1990年から2000年にかけて渇水被害額は約30%程度減少すること、栗橋地点においてBOD75%値が環境基準を満たすようにするためにはかなり大規模な施策を行う必要があること、などの知見が得られている。

 以下に、本論文の構成を示す。

 第1章では、本研究の背景、目的を簡単に説明している。

 第2章では、日本の河川における水量、水質に関する問題の実状を述べ、また既存の流域管理施策の評価に関する研究をまとめて問題点を示すことにより、本研究の目的や位置づけを詳細に説明している。

 第3章では、対象とした利根川水系、ならびに本研究で構築したモデルの概要を説明している。このうち水文事象の不確定性を考慮するうえで重要な自然発生流量系列の作成に関しては、その再現性の検討など詳しく考察している。

 第4章では、現在の流域状況を表したパラメーター群やダム群の運用方法を標準設定として定めてその再現性を検討し、モデル自体の精度を検証するとともに、パラメーター等を設定するときに不確実さが考えられるものについてはその精度がシミュレーション結果に与える影響について検討している。

 第5章では、このモデルを用いて個々の流域管理施策の効果を定量化する方法について検討している。具体的には利根川水系における節水対策やダム建設、下水道整備などの各施策の効果について定量化し、個々の施策の特性を検討するとともに相互比較を行う。

 第6章では、このモデルにおける個々のパラメーターの将来における変化を推定することにより流域の西暦2000年の状況を予測し、ダム建設に対する代替案の検討や水質の環境基準を達成するために必要な施策の検討、ある流域管理計画を想定した場合の流域の将来像の予測を行っている。

 第7章では、本論文による成果をまとめ、今後の課題を示している。

審査要旨

 河川流域の水量、水質の管理の問題は、古くて新しい課題である。利根川を主要な水源とする関東地方の大部分の地域では、近年においては、3年に1回程度の割合で取水制限などの渇水影響を受けたり、各種の水質障害の事例が現われたりしている。このことは、利根川流域の水量、水質の管理の問題は、地球レベルの気候変動の影響への対処の必要性を含めて、まさに現代の緊急を要する大きな課題となっている。本論文はこのような複雑化する流域管理の課題に対して、河川流量の不確定性をも含めて、利根川上流域を対象として水量、水質の両者の流域内での挙動をシミュレートするモデルを開発提示するものである。本論文は「河川流量の不確定性を考慮した水・汚濁物質収支モデルによる流域管理施策の評価手法に関する研究」と題し、7章よりなっている。

 第1章は「はじめに」である。河川流域の経済、社会の発展の過程で、流域における低水及び水質管理施策の果すべき役割が増大してきている状況を延べ、併せて論文の構成を示している。

 第2章は「本研究の背景と目的」である。河川流域をめぐる幅広い現代的課題について、現状の整理を行っている。またこのような流域管理にかかわる既存の研究、調査の検証を行い、水量と水質を同時に扱えるモデルの提示が必要なこと、施策の評価にかかわって、水量や水質の持つ確率的な要素を導入していくことの必要性を明らかにしている。

 本論文の目的として、(1)流域における低水及び水質管理施策のもつ効果や流域状況の変化が与える影響を確率的要素を含め定量的に評価を行うためのモデルを構築し、(2)これを利根川水系に適用して、このモデルが持つ問題点を検討するとともに利根川水系におけるさまざまな流域管理施策の効果や将来のあるべき姿などについて検討していく、ことの2点を強調している。

 第3章は「対象流域の概要とシミュレーションモデルの構造」である。利根川上流栗橋地点までの利根川全流域の1/2を占める地域に対して、小流域毎の河川流量、ダム等の水利施設群、市町村等での各種の水利用、水利用に使う汚濁負荷の発生量、等の各種の要素を組み込んだ、水量、水質モデルを説明している。河川流量は半旬データを使い、対数正規分布の確率分布を想定するものになっており、施策等に対する確率的評価を可能とするものである。結論的には河川流量の変動について再現性のよいモデルを与えることに成功している。

 第4章は「モデルの精度に関する考察」である。モデルに含まれる各種パラメータの精度についての考察を行っている。モデル全体の精度を支配する要素を特定することが可能となり、モデルの全体構造についての評価、シミュレーション結果への影響について明らかにしている。

 第5章は「利根川流域における個別施策の効果に関する考察」である。都市用水における節水、ダムの新規建設、下水道普及などの流域管理施策の効果を定量化し、相互比較を行っている。水量の安定化、水質保全の施策について次のような結論を得ている。(1)水量安定化に関する施策では、渇水被害額の削減という点からみるとダム新設(特に八ツ場ダム新設)の効果が大きく、節水も生活系で15%程度まで行えば奈良俣ダムや戸倉ダムなどと同程度の効果が得られる。(2)水質保全に関する施策では、有機物指標では下水道の普及の効果が大きく、全窒素では下水道における処理水質の改善、全リンでは下水処理水質改善の他に畜産業における汚濁負荷削減の効果が大きくなっている。

 第6章は「流域の将来予測と流域管理計画の策定」である。主要な将来予測として次のような知見を得ている。(1)2000年では、人口増などにより水質保全の施策を積極的に行わない限り現状より水質は悪化する。渇水被害額でも現状より悪化する。但し、奈良俣ダム、渡良瀬貯水池などの効果を十分に発揮することができれば渇水被害額は減少する。(2)八ツ場ダム新設と同程度の渇水被害額削減効果を得るためには、生活系で20〜25%の節水を行う必要がある。(3)ダム新設が計画されている水量の安定化と比較して水質の改善はかなり困難であり、一層の水質保全施策の充実が必要である。

 第7章は「結論」であり、本論文で提示してきたモデルについての総括を行っている。

 以上のように本論文は、利根川水系のように広くて利水が複雑になっている流域で、水文事象の不確定性を考慮しながら、低水管理および水質管理施策の効果を定量化するモデルを構築することに成功している。

 このことは、水環境管理の分野に有効な計画評価手段を与えるものであり、その工学的、実務的意味は大きなものがある。本論文は都市工学とりわけ環境工学の分野の発展に大きく寄与するものであると高く評価される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53906