環境汚染物質の毒性影響の評価の手法として、毒性しきい値を定め、有害か無害かを判定していく手法に代って、特に発がんリスクを評価する手法として、生涯発がん確率という尺度を使う方法が開発されてきた。このような毒性影響の現れ方を確率的なリスクとして評価する手法は、従来は非発がん性物質には適用されてこなかったが、比較的作用量の低い曝露レベルでの非発がん性物質の毒性影響の評価に際しては発がん性物質の場合と同様に確率的な評価を行えるようにすることが求められてもきている。 しかし毒性物質の曝露量の予測手法は、いまなお開発途上にあることが指摘されている。本論文はこのような化学物質の毒性評価手法について論じたものであり、「環境汚染物質の健康リスク評価に関する研究」と題し、7章より成っている。 第1章は「緒論」である。環境汚染物質の健康リスク評価にリスク/ベネフィット比等の尺度を用いる場合に、発がん性物質、非発がん性物質に対して同様な確率的評価方法を導入することの重要さを明らかにしている。併わせて論文の構成につき概説している。 第2章は「発がん性物質による生涯発がん確率の損失余命への換算」である。発がん性物質のリスク評価の方法として採用されている、生涯曝露での生涯過剰発がん確率を平均余命からの損失余命へ読み替えて評価する方法を提案している。例えば、10-5の生涯発がんリスクは、平均寿命が78.8年の集団に対しては、損失余命は414分と計算されることを示している。 第3章は「非発がん性物質への曝露による損失余命の推定」である。発がん性物質に対して与えられた用量-反応関係に基づく確率的リスク評価に対して、非発がん性物質の毒性影響を一般的な健康度の低下であると見なす評価方法を提示している。既存の疫学調査に基づいて、健康度の低下と死亡率の上昇の関係を定量化し、損失余命へ読み換える方式を提示することに成功している。この方式の提示によって、非発がん性物質についても確率的要素を持つリスク評価を行うことが可能となった。 第4章は、「シロアリ防除剤クロルデンからクロルピリフォスへの切り替えによるリスク変化」である。発がん性のあるクロルデンから非発がん性のクロルピリフォスへの切り替えについてのリスク変化を定量的に評価している。上記の薬剤の切り替えの社会的リスクの変化として、防除作業者のリスクは高くなっているが、非処理家屋の居住者(シロアリ防除剤に無関係な人々)へのリスクは0になったということを明らかにしている。 第5章は「水銀によるリスクの推定モデル」である。第4章と同様に水銀汚染によるリスク評価の例を具体的に示している。結果の一例として頭髪中の水銀量を基に損失余命を計算し、在日外国人で0.73時間、通常の日本人で15.4時間、マグロ漁師で14.8日という数値を与えている。具体的なリスク評価の例として評価される。 第6章は「1960-90年に使用された農薬によるリスクの経年変化」である。本章は前5章とは異なり、環境汚染物質への曝露のプロセス及び曝露量の評価手段の提示となっている。リスク評価の前段のための曝露量の評価を行うものである。具体的には1960年から90年の時間経過の中での我国における平均的な日本人の農薬曝露量の推定を行っている。農薬への曝露は大気系、水系、食物等を経て進むことを想定し、フガシティ・モデルを利用して総曝露量の推定を行い、農薬全体としての発がんリスクは1980年を境に急激に減少していくことを明らかにしている。 第7章は「総括」であり、本論文の主要な成果のまとめを行っている。 以上のように本論文は、環境影響評価を行っていくときの重要な基準であるリスクの評価方法につき、特に非発がん性物質のリスク評価方法について新しいモデルを提案したものとなっている。そして、シロアリ防除剤、水銀汚染に対するリスク評価の実例を示し、有効性を示している。また、環境汚染物質の曝露量の推定方式についてもその具体例を示すことに成功している。 このことは本論文が都市工学とりわけ環境工学、環境政策の進歩に対して大きな貢献をなすものであると高く評価される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |