学位論文要旨



No 111786
著者(漢字) 張,力生
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,リキセイ
標題(和) HFC系混合冷媒の水平平滑管内熱伝達特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 111786
報告番号 甲11786
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3584号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 飛原,英治
 東京大学 教授 齋藤,孝基
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨

 成層圏オゾン層破壊や地球温暖化という地球規模の環境問題のため,冷凍・空調機器の作動媒体としてCFC系冷媒が1995年に全廃され,その代替冷媒の一つであるHCFC22が1996年から規制に適用され,2020年に全廃するという国際的な協定が合意された。しかも,技術の進展によりさらに規制スケジュールの前倒し実行の可能性が高い。従って,HCFC22の代替冷媒の開発は急務となっている。

 HCFC22と同等な熱力学的特性を持つ純冷媒が存在しないため,2種か3種の冷媒を混合し,その代替冷媒を探す方法が提案されている。現在のところ,3成分混合冷媒HFC32/125/134a(23/25/52wt%)は最有力候補と考えられている。しかし,混合冷媒の伝熱特性に関しては,各成分間の物質拡散が伝熱抵抗になって,単一冷媒に比べて性能が低下することが知られているが,3成分混合冷媒熱伝達低下の理論モデルに関する研究報告はまだない。3成分混合冷媒の実用化を目前にして,その基本的な伝熱特性を解明し,熱伝達低下モデルの確立は,重要な課題となっている。

 本研究の目的は,水平平滑管内で3成分混合冷媒の強制対流沸騰と凝縮熱伝達率を測定し,その熱伝達低下モデルを確立することである。

 実験は,単成分冷媒HFC32,HFC125,HFC134a,2成分混合冷媒HFC32/134a(30/70wt%),3成分混合冷媒HFC32/125/134a(23/25/52wt%)を用いて,熱流束10〜20kW/m2,質量流束150〜400kg/m2sの範囲内で行った。蒸発管は内径6.0mm,長さ4mの水平平滑ステンレス管で,凝縮管は,内径5.8mm,長さ8mの水平平滑銅管である。

 強制対流沸騰は,核沸騰と強制対流蒸発の二つの熱伝達機構を含んでいる。低クオリティー域では,大部分の熱は壁面から核沸騰により伝達される。高クオリティー域では,核沸騰が対流の効果により抑制され,大部分の熱は薄い液膜を通して伝導され,気液界面で液を蒸発させる。

 単成分系冷媒の強制対流沸騰熱伝達率の予測については,従来から数多く整理式が提案されているが,本研究で検討した結果,現在のところ,吉田らの式が最も精度よく算出できることを明らかにした。

 多成分系混合冷媒の沸騰では,異なる成分の相互拡散のため気液界面の近傍で濃度境界層が形成され,そこで混合冷媒の気液平衡関係に従い,気液界面温度が上昇し,熱伝達の有効温度差が減少する。このような物質伝達現象の存在が混合冷媒熱伝達低下の原因である。

 本研究で提案する3成分系混合冷媒の熱伝達低下モデルは,核沸騰寄与分と強制対流蒸発寄与分の修正係数をそれぞれ求めて,吉田らの単成分系冷媒の熱伝達整理式に掛けるものである。即ち,3成分系混合冷媒に対する強制対流沸騰熱伝達係数は次式のように表す。

 

 ここに,kbとkfはそれぞれ混合冷媒熱伝達係数が単一液より低くなる程度を表す核沸騰と強制対流蒸発の伝熱低下係数で,SbおよびFfは吉田らの単一冷媒の核沸騰と強制対流蒸発寄与分である。

 核沸騰寄与分の修正係数は,プール核沸騰を基にして求める。ある熱流束における壁面過熱度Tは,各混合成分それぞれの単一液での壁面過熱度を組成に応じて線形内分した理想混合過熱度T1とそれからの偏倚である過剰過熱度TEの和で表される。核沸騰の熱伝達修正係数は次式のように表される。

 

 理想混合過熱度T1については,混合冷媒の物性値と吉田らの単成分系冷媒熱伝達整理式を使って計算する。

 過剰過熱度TEについては,異なるモデルの効果を考察した。Stephan&Kornerのモデルを基にする核沸騰寄与分の修正係数は約0.7であり,Thomeのモデルを基にする修正係数は約0.4である。

 強制対流蒸発寄与分の修正係数は,環状流における混合冷媒の強制対流蒸発のモデルを基にして,熱伝達と物質伝達の方程式から導いた。熱伝達低下係数kfは次式のように表される。

 

 ここに,Tw,Tsat,Tiは,それぞれ伝熱管の壁面温度,冷媒の飽和温度と気液界面温度である。

 混合冷媒の液相と気相の物質伝達効果については,2成分系混合冷媒を用いて気液界面温度の変化状況を解析した。気相側の物質伝達効果が液相側より極めて大きいことが明らかになった。従って,3成分系混合冷媒の場合では,液相の相互拡散係数の計算ができないこともあって,気相側の物質伝達効果のみを考慮した。

 物質伝達に対する二相流増倍効果については,その強制対流蒸発の修正係数に及ぼす影響を考察した。考慮する場合では,修正係数kfは0.9から1.0の値であるのに対し,考慮しない場合では,修正係数kfは0.8から1.0の値である。対流効果の増大により,混合冷媒の熱伝達低下が小さくなる傾向がある。

 凝縮は高クオリティー域で卓越する強制対流凝縮と低クオリティー域で卓越する自由対流凝縮により構成される。単成分系冷媒凝縮熱伝達の予測については,従来から数多くの整理式が提案されているが,本研究ではCavallini&Zecchinと原口らが提案した熱伝達整理式を比較した結果,低質量流束域では,Cavallini&Zecchinの式による計算値は実験値より約40%低いに対して,原口らの式による計算値は実験値と良く一致する。一方,高質量流束域では,両式の計算結果は実験結果より約15%高いことを明らかにした。

 本研究で提案した混合冷媒の凝縮熱伝達低下モデルは,強制対流凝縮モデルを基にしてその修正係数を求めて,従来の単成分系冷媒の熱伝達整理式にかけるものである。即ち,3成分系混合冷媒に対する凝縮熱伝達係数は次のように表される。

 

 ここに,kcは混合冷媒熱伝達係数が単一冷媒より低くなる程度を表す修正係数で,cは原口らの式による計算値である。

 修正係数kcは,環状流における強制対流凝縮のモデルで,熱伝達と物質伝達の方程式から導いた。修正係数は次のように表される。

 

 強制対流沸騰の場合と同様に,混合冷媒の液相と気相の物質伝達効果,及び物質伝達に対する二相流増倍効果の強制対流凝縮の修正係数に及ぼす影響について考察した。対流効果の増大により,混合冷媒の熱伝達低下が小さくなる傾向は同じであることを明らかにした。

 強制対流沸騰と凝縮の実験から,次の結果が得られた。

 混合冷媒の熱伝達は単成分冷媒より低下する。低下率は沸騰・凝縮ともに平均的に約30%である。特に,低クオリティー域では,熱伝達の低下が著しく,伝熱低下が大きいところでは約60%に達する。質量流束は混合冷媒の熱伝達に影響する。質量流束の増加に伴って,熱伝達低下が小さくなる。

 本研究で提案した強制対流沸騰熱伝達低下モデルによる計算結果は,実験結果と±30%以内で一致することを示した。しかし,凝縮熱伝達低下モデルの計算結果は実験結果より平均的に約15%高い。凝縮においては,自由対流凝縮における伝熱低下を考慮することの必要性が示唆された。

 以上述べたように,本研究では,熱伝達と物質伝達の効果を共に考慮して混合冷媒の熱伝達低下の理論モデルを提案した。本研究で提案したモデルを用いてHFC系3成分混合冷媒の凝縮熱伝達率を予測すると,予測値は約15%高くなるのに対し,強制対流沸騰熱伝達率を予測すると,±30%以内の精度で予測できる。

審査要旨

 現在,エアコンや冷蔵庫用の冷媒として広く使用されている冷媒HCFC22は,成層圏オゾン層破壊原因物質として,今年より製造及び使用の規制が始まり,2020年には全廃されることになっている。従って,HCFC22の代替用冷媒の探索が急務となっており,HFC系の2成分乃至,3成分混合冷媒が,有力とみられている。ところが,一般に,混合冷媒は熱交換器における伝熱性能が単成分冷媒よりも劣っていることが実験的に分かっているが,その原因の解明や熱伝達の予測モデルの開発は不十分な状況にある。本論文では,これまでほとんど測定されたことのないHFC系3種混合冷媒の沸騰熱伝達率と凝縮熱伝達率を水平平滑管内で測定し,それら熱伝達率の性質を明らかにするとともに,3種混合冷媒に適応可能な沸騰熱伝達と凝縮熱伝達の予測モデルを提案している。

 本論文は7章より構成されている。第1章は「序論」であって,本論文の背景と地球環境問題の関わりを説明し,続いて混合媒体の沸騰熱伝達,及び凝縮熱伝達に関する従来の研究を解説し,研究の目的と概要を述べている。

 第2章は「実験装置及び実験」と題し,研究に用いた実験装置と計測方法を説明し,計測の不確かさ解析から熱伝達の測定値が十分精度の高いものであることを示している。そして,蒸発器における沸騰熱伝達率,及び凝縮器における凝縮熱伝達率のデータ処理法を単成分冷媒と混合冷媒に分けて説明している。本論文では冷媒の種類として,単成分HFC32,HFC125,HFC134a,2成分HFC32/134a系,及び3成分HFC32/125/134a系の5通りの冷媒を用いて実験を行っている。

 第3章は「強制対流沸騰熱伝達の理論モデル」と題し,2成分混合冷媒,及び3成分混合冷媒の沸騰熱伝達の理論モデルを展開している。沸騰熱伝達における伝熱機構には,クオリティの小さい領域で支配的な核沸騰熱伝達成分と高クオリティ領域で支配的な強制対流蒸発熱伝達成分があることに着目し,それぞれの伝熱機構について,混合冷媒特有の伝熱低下の理論モデルを適用している。核沸騰熱伝達成分に関しては,プール核沸騰における混合冷媒の伝熱低下モデルを参考にして,Thome,Stephanらのモデルを適用し,強制対流蒸発熱伝達成分に関しては,環状流に基づいた伝熱低下モデルを構築している。理論解析の結果,気液界面近傍の気相側の物質伝達抵抗が伝熱低下に支配的に寄与しており,液相側の物質伝達抵抗は無視しうるほど小さいことを明らかにしている。

 第4章は「凝縮熱伝達の理論モデル」と題し,2成分混合冷媒,及び3成分混合冷媒の凝縮熱伝達の理論モデルを展開している。凝縮熱伝達においては,体積力凝縮熱伝達成分と強制対流凝縮熱伝達成分からなることが知られているが,本論文においては,強制対流凝縮熱伝達成分が支配的であると考えて,その伝熱機構に関する伝熱低下の理論モデルを構築している。凝縮熱伝達においても気液界面近傍の気相の物質伝達抵抗に比べて,液相の物質伝達抵抗は無視しうることを明らかにしている。

 第5章は「強制対流沸騰の結果と考察」と題し,沸騰熱伝達の実験結果,理論モデルとの比較を述べている。実験からは,3種混合冷媒においては平均して30%程度の伝熱低下が生じていること,高クオリティ域に比べて低クオリティ域で伝熱低下が著しいこと,冷媒流量が少ないほど伝熱低下が大きいことが示されている。理論モデルとの比較に関しては,Thomeの核沸騰熱伝達低下モデルを用いれば,±30%の精度で理論モデルと実験結果は一致することを示している。

 第6章は「凝縮の結果と考察」と題し,凝縮熱伝達の実験結果,理論モデルとの比較を述べている。凝縮においても3種混合冷媒では平均して30%程度の伝熱低下が生じていることが示されている。理論モデルとの比較については,約15%ほど理論モデルのほうが高い予測値を与えており,予測精度の向上のためには,体積力凝縮熱伝達成分の伝熱低下も考慮していかなければならないことを明らかにしている。

 第7章は「結論」である。

 以上,要するに,本論文では,HCFC22代替冷媒として考えられているHFC系混合冷媒の沸騰,凝縮熱伝達において,気液界面近傍の物質伝達により伝熱が低下することを実験的に明らかにし,水平平滑管における熱伝達率を予測する理論モデルを提案している。理論モデルの予測精度は,工学的に十分高い精度を有しており,これらの知見は工学および工業技術の進展に寄与するところが大きい。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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