内容要旨 | | ウィルスや,バクテリアのべん毛などはタンパク質サブユニットが自発的に集合することによって形成される[1][2].これは自己組立て(self-assembly,自己集合)と呼ばれる現象で,将来,マイクロ構造製作の有力な手法になりうる.また,自己増殖機械の実現につながる可能性もある. 本論文では次の二つの問題を扱う.問題1自己組立て現象を定量的に取り扱うにはどうしたらよいか,という理論的な問題.問題2実際に小さな構造を自己組立てさせるにはどうしたらよいか,という技術的な問題.本論文はそれぞれの問題に対して基礎的な部分をカバーするものである. 自己組立て系のダイナミクス まず,問題1については速度方程式(rate equation)およびマスター方程式(master equation)という手法を提案する[3][4].これらは化学反応速度論,個体群動態論においてメジャーな方法であるが,自己組立て系に適用されたことは過去にない.系の素過程の情報が得られたとき,これらの方法により系全体の統計的な挙動を予測することができる.これらの方法は従来のシミュレーション法にくらべて計算の労力と時間を軽減することができる.ただし適用できるシステムは,多数のクラスタ群が少数の集合に分類可能な,比較的単純なものに限られる. Fig.1のような自己組立てラージモデルを製作し,実験した.この系を例に取り,速度方程式とマスター方程式を説明する.この系の安定なクラスタはFig.1(c)に示す6種類であり,この系の素過程(反応)は以下の9種類である. Fig.1自己組立てラージモデル(単位:mm).(a)ユニット.(b)平面内に拘束するためのケース.(c)各クラスタ. Xiの個数をxiとすると,次の速度方程式は状態ベクトルx=(x1,x2,…,x6)の統計的なふるまいを記述する. ただし,係数行列Aの(i,j)成分は式(1)の第j番目の反応におけるXiの係数である.ステップtはクラスタ同士の衝突回数を表す.確率ベクトルP(x)の第j成分は第j反応が起きる確率である. Fig.1(a)のユニットを100個製作して実験した.Fig.2は速度方程式の状態空間における解軌道を実験結果と比較したものである.ユニット個数が少ないため実験結果はばらついているものの,おおむね妥当な結果といえる. Fig.2状態空間におけるラージモデルの実験結果と速度方程式の解軌道. 上記の速度方程式は状態ベクトルxの平均値のダイナミクスを記述する.一方,マスター方程式; は確率分布関数p(x;t)のダイナミクスを記述するものである.p(x;t)はステップtにおいて状態xをとる確率である.w(x,x’)はx’からxに遷移する確率である.マスター方程式は速度方程式より詳細な情報が得られるが,計算量も大きい.ユニット数が少ない場合に適した方法である. マイクロ構造の自己組立て技術 問題2については表面張力を利用して薄膜構造を2次元的に自己組立てさせる技術を提案する.従来のマイクロ自己組立ての研究例においては結合力に重力が用いられていた[5][6].本研究で用いた表面張力は部品同士のローカルな相互作用であり,より複雑なものがつくれる可能性がある.また,表面張力は小さな世界で支配的な力である. 表面張力の性質 一様重力場において,Fig.3のように水面上に浮遊するに平板状物体を考える.沈み量が微小ならば,水面の形状z(x,y)は次のような方程式に従う. ただしkは定数である. Fig.3一様重力場において,水面上に水平な姿勢で浮遊するに平板状物体. 数値計算などにより式(4)の解が得られたとき,水に蓄えられるエネルギー Uは によって計算できる.ただしuSは表面自由エネルギー密度,uGは重力によるポテンシャルエネルギー密度であり,それぞれ と定義される.は水の表面張力である. エネルギーUは物体位置qの関数U(q)となる.物体に働く力Fは として求められる. 理論的考察や,基礎実験の結果から表面張力は次のような性質を持つことが分かった.性質1等しい高さに位置する物体同士は引き合う.性質2この引力はとがった部分に特に強く働く.性質3異なる高さに位置する物体同士は互いに反発する.これらの性質を利用して,表面張力による結合に選択性を待たせることができる. 試作例1 本論文では2種類のマイクロ構造を製作し,自己組立て実験をした.いずれのタイプも各部品はシリコンプロセスで製作した400m程度の薄膜であり,水面に浮上して2次元的に自己組立てする. Fig.4(a)に試作例1のデザインを示す.Niは磁力を利用することを意図して入れたが,その後,自己組立てには本質的でないことが分かった.108個のユニットをFig.4(b)のように水面に浮上させ,外部から磁力によって撹拌すると,上記の表面張力の性質1,2によってとがった部分同士が結合する.Fig.4(c)のような完成体を意図していたが,Fig.4(d)のような結合も生じてしまうため,かなり無秩序な系となってしまった.完成体Fig.4(c)の収率は最大で約30%であった. Fig.4試作例1.(a)デザイン.(b)実験方法.(c)完成体.(d)望ましくない結合.試作例2 Fig.4(d)のような不正な結合が生じないように改良したものがFig.5に示す試作例2である.上記の表面張力の性質3を利用するために構造の一部を上方に反らせている.Fig.5(b)の結合部Aと結合部Bは高さが違うため,これらは結合しない. ポリイミドとポリシリコンは熱膨張率が異なるため,それらを接合した膜は内部応力により反る.その曲率は膜厚を適正に設計することによりコントロールできる.また,構造の一部のみにポリシリコンを入れることにより望んだ部分だけを反らせることができる. 試作例2ではこの反りの技術によりFig.4(d)のような不正な結合を排除することができた.また,Niを用いるのをやめ,Fig.5(c)のように機械的な揺動のみによりユニットをランダム運動させた. Fig.5試作例2.(a)デザイン.(b)構造の反り方.(c)実験方法. この系を速度方程式を用いて解析した.実験結果との比較をFig.6に示す.理論値Aはラージモデルとほぼ同様に計算したものであり,一方,理論値Bは理論値Aと大部分同じであるが,ユニットと3-クラスタとの結合が起こらないと仮定したものである.理論値Bが実測値に近い.実際,上記の結合は起こりにくいことが目視によっても観察できた.この理由は,両者が結合するためにはFig.7のように,反発する結合部が一時的に接近する必要があり.ここにエネルギー障壁があるためと考えられる. Fig.6試作例2のダイナミクス.矢印は時間の向きを表す.Fig.7結合しようとするユニットと3-クラスタ.結合部に働く引力と斥力は主なものだけ示した.展望 本研究では水の表面張力を利用してマイクロ構造を自己組立てさせた.一方,タンパク質分子が1次元のペプチド鎖から折りたたまれて3次元的な構造をつくったり,また,それらが自己組立てするための主な駆動力は疎水性相互作用である[8]疎水性側鎖が構造の内側に包み込まれるようにして水分子から遮断される.疎水性相互作用は周囲の水の自由エネルギーを最小化するはたらき,という意味において表面張力と同質の現象といえる.本論文は,このような水とのミクロな相互作用による自己組立てを初めて人工のシステムで実現し,それが分子スケールでなくミクロンオーダでも可能であることを示した. 参考文献[1]Casper,D.L.D.,"Movement and Self-Control in Protein Assemblies―Quasi-Equiva-lence Revised,"Biophysics Journal,Vol.32,pp.103-138,(1980).[2]Jones,C.J.and Aizawa,S.,"The Bacterial Flagellum and Flagellar Motor―Structure,Assembly and Function,"Advances in Microbial Physiology,Vol.32,pp.109-172,(1991).[3]Hosokawa,K.,Shimoyama,I.,and Miura,H.,"Dynamics of Self-Assembling Sys-tems―Analogy with Chemical Kinetics―,"Artificial Life,Vol.1,No.4,pp.413-427,(1995).[4]Saito K.,Jakiela,M.J.,"Automated Optimal Design of Mechanical Confomational Swiches,"Artificial Life,Vol.2,No.2,(1995).(in press)[5]Cohn,M.B.,Kim,C.J.,and Pisano,A.P.,"Self-Assembling Electrical Networks:An Application of Micromachining Technology,"Proc.Transducers’91,pp.490-493,(1991).[6]Yeh,H.J.and Smith,J.S.,"Fluidic Self-Assembly of Microstructures and its Applica-tion to Integration of GaAs on Si,"Proc.MEMS,pp.279-284,(1994).[7]Ataka,M.,Omodaka,A.,Takeshima,N.,and Fujita,H.,"Fabrication and Operation of Polyimide Bimorph Actuators for a Ciliary Motion System,"J.of MEMS,Vol.2,No.4,pp.146-150,(1993).[8]Lehninger,A.L.,"Biochemistry,"New York,Worth Pablishers,Inc.(1975). |