学位論文要旨



No 111788
著者(漢字) 栗田,昌幸
著者(英字)
著者(カナ) クリタ,マサユキ
標題(和) ティルティングパッドジャーナル軸受の最適設計
標題(洋)
報告番号 111788
報告番号 甲11788
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3586号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 村上,存
内容要旨 1.緒言

 従来のすべり軸受設計は,設計者が,過去の採用例を参考にして,複数の軸受仕様の中から,要求されるいくつかの条件を満たす候補を選定する作業が中心である.その選定作業は試行錯誤的に行なわれ,設計者の勘と経験に頼るところが大きい.また,要求される条件を満たす仕様を見つける満足設計にとどまり,条件を満たす仕様の中で最良のものを探すところまでは行なわない.

 近年,数理計画法における最適化の概念を流体潤滑理論と組み合わせて軸受設計に適用し,コンピュータ援用で軸受選定作業を行なうことによって,従来設計の問題点を解決する試みがなされている.橋本ら[1]は高速で運転される真円動圧ジャーナル軸受の最適設計例を報告した.

 本研究ではさらに踏み込み,優れた振動特性から回転機械に多用されるティルティングパッドジャーナル軸受を例にとって,流体潤滑条件で運転される静荷重ジャーナル軸受一般に適用可能な最適設計手法を確立することを目的とする.

 本研究では限定された最適設計試行例を示すにとどまらず,ティルティングパッドジャーナル軸受の最適設計を行なう上での一般的な手順,あるいは枠組みを構築し提示することに重点を置く.このような手順あるいは枠組みを最適設計テンプレートと名付ける.

2.設計変数と状態変数

 最適化問題を数学的に表現すれば,制約条件

 

 のもとで目的関数f(X)を最小化する変数ベクトル

 

 を見いだす問題であるといえる[2].

 最適設計問題においては,変数ベクトルは設計対象の仕様や運転条件などによって構成され,これを設計変数と呼ぶ.また,設計変数が定まれば一意に定まる設計対象の性能を状態変数と呼ぶ.いくつかの状態変数のうち最小化したいもの,すなわち最良な値を得たい性能を選んで目的関数とする.また,設計対象に所定の安全性,有用性,機能を保持するために制約条件を設定する.制約条件には設計変数に課される側面制約,状態変数に課される挙動制約の2種類がある.

 ティルティングパッドジャーナル軸受設計を最適設計問題として観た場合,油膜の粘度が3次元分布せず一定であるとすれば,以下の10項目が設計変数として挙げられる(図1).

 (1) 軸受幅径比

 (2) パッド内ピボット位置

 (3) 組立半径すきま CB

 (4) 予圧係数 mP

 (5) パッド張り角

 (6) 潤滑油の有効粘度 eff

 (7) 荷重方向 LP

 (8) パッド枚数 nP

 (9) パッド厚さ d

 (10)パッド背面曲率半径 RPP

 ジャーナル径,ジャーナル回転数,負荷荷重は回転機械全体の設計の流れにおいて軸受設計よりも上流部分で決まることが多いので,定数とする.

 これらの設計変数および定数から,等粘度・有限幅の条件下でのレイノルズ方程式の差分解法を用いて性能解析を行なえば,状態変数として,

 (1) 最小油膜厚さ Hmin

 (2) 摩擦損失 Lf

 (3) パッド入口流量総和 Qreq

 (4) 最大油膜圧力 Pmax

 (5) 油膜の動特性係数 C,K

 などを求めることができる.

3.最適化手法

 当該設計分野に適した最適化手法を選ぶため,設計変数の変化に対する状態変数の変化を調べた.10個の設計変数から順に2つを選んで変化させ,他の設計変数は定数とする,得られた状態変数分布の代表的な例を図2に示す.得られた状態変数の挙動の特徴を以下の通りであった.

 (1)なだらかで単純な形の曲面が多い.

 (2)多峰性はあまりみられない

 (3)表面には細かい凹凸がある

 このような状態変数の挙動を判断材料にして,当該設計分野に適した最適化手法を検討する.

 直接探索法は,目的関数に多峰性のある場合でも正しい最適解を得られることで知られる最適化手法であるが,変数の数が多いと飛躍的に計算時間が増大する.本研究の状態変数では,多峰性はあまりみられないので,状態変数の勾配ベクトルを利用して設計変数を初期値から改良してゆく傾斜法の方が計算時間の点で有利である.

 傾斜法の中でも,目的関数の2次微分を用いて改良方向と改良輻を同時に判断するニュートン法などは,状態変数曲面の細かい凹凸の影響で,安定した微係数を得られないことがあるため,ここでは採用しない.

 改良幅の計算は行なわず,改良方向のみを判断する最急降下法を用いるならば,目的関数の1次微分で足りる.その代わり,最適な改良幅に関する情報は得られない.そこで本研究では,直接探索法の1種である格子点法と,最急降下法との利点を組み合わせた合成解法を採用した.すなわち,最適な改良方向は最急降下法で判断し,最適な改良幅は格子点法で判断する.

 格子点法は許容設計領域を格子点で等間隔に分割して各格子点における目的関数値を計算し,最小値を与える格子点のまわりで再び分割することを繰り返す方法である.1変数の格子点法の場合,分割数を4とするのが最も収束が早い.

 制約条件の扱いには,制約条件の傾斜を利用して勾配ベクトルを許容設計領域内に投影する傾斜投影法[3]を用いる.

4.設計変数の絞り込み

 設計変数の数を減らせば,設計時間を短縮でき,実用性の向上につながる.そこで,状態変数の設計変数に対する感度を解析した(図3).ただし,設計変数および状態変数にはスケールの調整を施してある.この結果,状態変数に対する影響の小さいパッド厚さdおよびパッド背面曲率半径RPPを設計変数からはずして定数とした.

図表図1 ティルティングパッドジャーナル軸受の設計変数 / 図2 状態変数の挙動 / 図3 状態変数の感度
5.最適設計テンプレート

 本研究では,各種回転機械の設計に携わる技術者を対象とした聞き取り調査等により,従来の軸受設計手順を研究した.それをふまえて,本研究では,すべり軸受の新しい設計手法として,最適設計テンプレートを提示した.テンプレートは,最適設計ワークシート(図4),ワークシート記入上の指針(図5),およびコンピュータ援用の設計ツールから構成される.

図表図4 最適設計ワークシート / 図5 ワークシート記入上の指針

 設計者は,ワークシート記入上の指針にしたがってワークシートの空欄を埋め,設計ツールにかけるだけでよい.その後の作業は設計ツールが自動的に行ない,設定された最適化問題を解いて最も望ましい仕様が出力される.

6.最適設計例

 具体的な設計例として図6のワークシートに示すような問題設定を行なった.得られた最適設計解を図6に重ねて示す.,/以外の変数については側面制約上に最適値があることになる.

 得られた解の最適性を確かめるため,/によって張られた2次元の設計空間をメッシュで分割し,すべてのメッシュポイントについて網羅的に計算した目的関数Qreqの等流量線図を図7に示す.太線はPmaxの制約条件を表す.得られた最適解は確かに,この2次元の許容設計領域の中で目的関数の最小値を与える点であることがわかる.この2軸以外の方向についても設計変数は制約条件に遮られて動けないことを確認した.

図表図6 最適設計例 / 図7 解の最適性の検証
7.結言

 本研究では,最適設計テンプレートの概念に基づく,ティルティングパッドジャーナル軸受の最適設計手法を確立した.

参考文献[1] 橋本巨・今井智博:日本機械学会第72期全国大会講演論文集,Vol.IV,No.95-1,(1995-3),p.197-198.[2] 山川宏:"最適化デザイン",培風館,(1993),p.202-207.[3] 栗田昌幸・田中正人,日本トライボロジー学会トライボロジー会議予稿集.(1994-10),p.781-784.
審査要旨

 本論文は「ティルティングパッドジャーナル軸受の最適設計」と題し、8章よりなる。

 すべり軸受は、回転機械の運転信頼性、運転効率を左右する重要なトライボロジー機械要素であって、回転に対する抵抗を極力小さくしながら回転軸の振れ回り振動を確実に抑制する機能が求められる。このため、与えられた運転条件のもとでの最小油膜厚さ、摩擦トルク、軸受表面温度、潤滑油の必要流量、軸の不つりあい振動振幅、自励振動の安定限界速度などが所定の値を満足するように軸受各部の寸法が決められる。このように、軸受設計とは与えられた軸受の運転条件のもとで必要とされる性能を実現できる軸受仕様を決定する作業である。

 すべり軸受の多くは流体潤滑状態で運転されており、このような軸受の性能を解析するための流体潤滑理論が発達している。この理論を用いれば、軸受仕様と運転条件を与えて軸受性能を求める解析作業が現在は比較的容易にできるようになっている。しかしながら、運転条件と必要な性能とから軸受仕様を決定する設計作業は解析とは逆の手順となるため、流体潤滑理論を構成する方程式との適合性が悪く、素直に行なうことは困難である。このため、与えられた運転条件と、とりあえず仮定した設計仕様の組合わせから比較的容易に行なえる解析作業によって軸受性能を求め、それが所定の値を満足していることが確認できるまで、軸受の設計仕様を適宜変更して解析作業を繰り返すという間接的な設計方法が取られる。

 しかしこの方法では、変更すべき設計変数の選定と、その変更幅の決定に際してかなりの熟練が必要であり、少数の熟練設計者に依存しなくてはならない。第2に、満足する設計解が得られるまでこの手順を繰り返し行なう手間をかけねばならず、要する時間も比較的長くなって設計の工数が多くなる。第3に、得られた設計解よりもさらに好ましい解が得られる可能性があるにもかかわらず、当初設定した性能目標が各個に達成されたらそれ以上のことはしない「満足化」設計であって、目標が達成される仕様の中で最良のものを得る「最適」設計ではない。

 本論文では、高性能回転機械に多用されるティルティングパッドジャーナル軸受を例にとり、現行のすべり軸受設計手順のこのような欠点を克服するものとして、すべり軸受の直接設計手法および最適設計手法の確立を目指したものであって、この手法の妥当性をモデル設計問題に適用して確認するとともに、得た設計解が最適解となっていることを網羅計算により確認している。

 第1章は「序論」であって、すべり軸受設計の技術的課題、問題点を明らかにし、これに対処するために本論文で行なう研究の目的と内容および研究の進め方を述べている。

 第2章は「従来の実用軸受設計手順」と題し、蒸気タービン、ガスタービン、コンプレッサ、発電機、ポンプなどの回転機械用すべり軸受を設計する業務に携わる複数の設計技術者に対して聞き取り調査を行ない、現行の実用すべり軸受設計手順を明らかにするとともに、その問題点、課題を述べ、運転条件と欲しい性能を入力として与えることにより、熱流体潤滑理論に基づいて最適解を直接かつ自動的に求めるコンピュータ援用設計により解決する方針を提示している。

 第3章は「設計変数と状態変数」と題し、最適設計において重要な役割を果たす設計変数および状態変数の概念をすべり軸受設計に適用して、ティルティングパッドジャーナル軸受の場合には設計変数(軸受仕様)が19個、状態変数(軸受性能)が7個となることを示し、この7個の状態変数(軸受性能)を熱流体潤滑理論に基づいて求める方法を述べている。また、すべり軸受の最適設計問題は、7個の状態変数(軸受性能)のうち最良の値を得たいものを選んでそれを目的関数とし、その他の状態変数と設計変数に課せられた制約条件のもとで目的関数が最小の値になるような設計変数の組合わせを決定する問題として定義できることを示している。

 第4章は「最適化手法」と題し、熱流体潤滑理論に基づいて設計変数の変化が状態変数の値にどのような変化をもたらすかを個別に調べ、すべり軸受の場合の状態変数の挙動に多峰性が見られないなどの特徴的な点を述べている。次に、この特徴的な挙動に適する最適化手法として、設計変数の改良方向の決定には最急降下法、改良幅の決定には直接探索法の一つである格子点法を採用する根拠について述べている。さらに、最適化の過程で設計変数が制約条件によって規定された設計許容領域から外れた場合に、許容領域に引き戻すための傾斜投影法についても説明している。

 第5章は「設計変数の絞りこみ」と題し、状態変数の感度解析を行なう手法とその結果について述べている。これは、設計変数の変化に鈍感な状態変数を適切な定数として与えることにより、設計の負担を軽減する目的で行なうもので、結果として先に挙げた19個の設計変数のうち10個は定数として扱い、残る9個を設計変数とするのが適切であることを示している。

 第6章は「最適テンプレート」と題し、本研究の最も中核的な章である。前章までに述べたすべり軸受の最適設計問題の特徴に適する解法を与えるものとして考案した最適設計テンプレートについて述べている。設計者が「手引書」に従って「最適設計ワークシート」の空欄を埋めることにより、各種の定数値、制約条件を与えて最適設計問題を設定すれば、あとは解を直接かつ自動的に出力する「最適設計ツール」を、エンジニアリングワークステーションの上で稼働するコンピュータプログラムとして構築し、その多様な機能について説明している。

 第7章は「最適設計事例」と題し、前章で述べた最適設計テンプレートをモデル設計問題に適用して設計解が確かに得られること、またその解が最適解になっていることを確認している。

 第8章は「結論」と題し、以上の成果を総括して結論を述べている。

 以上を要するに本研究は、回転機械に使用されるすべり軸受の実用設計の特徴的な要素を明らがにし、それに適する最適設計および直接設計の新しい手法を提示し、モデル設計問題に適用して本手法の妥当性を確認することによりこの種のすべり軸受の実用設計に画期的な変化をもたらす可能性を示したものであり、すべり軸受のトライボロジーに関する機械工学ならびに工業技術に寄与するところ極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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