学位論文要旨



No 111792
著者(漢字) 稲田,孝明
著者(英字)
著者(カナ) イナダ,タカアキ
標題(和) 極低温小型冷凍機における非定在波流体振動にともなう熱輸送現象に関する研究
標題(洋)
報告番号 111792
報告番号 甲11792
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3590号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 棚澤,一郎
 東京大学 教授 斎藤,孝基
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 助教授 飛原,英治
内容要旨

 固体壁で構成された流路内における物体の振動は,しばしばその振動方向の熱輸送現象を誘発することが知られている.このような熱輸送現象は,振動する物体が固体であるか,液体であるか,気体であるかによって三種類に分類できる.気体に関しては一般にその圧縮性を無視することができないので,気体振動にともなう熱輸送現象においては,気体の圧力変動と変位振動の位相差が現象の特性に大きな影響を与える.本論文では,圧力変動と変位振動が一致した振動を定在波と呼び,圧力変動と変位振動の位相が90°ずれている振動を進行波と呼ぶ.しかし現実的には,純粋な定在波あるいは進行波はほとんど存在しない.一般的な気体振動のうち,その振動にともなう熱輸送現象の特性が定在波によって理解できる場合の振動を,便宜上ここでは定在波振動と呼んでいる.これに対して,進行波成分が熱輸送現象に及ぼす影響を無視できない場合の振動を,非定在波振動と呼ぶ.本論文では,物体の振動にともなう熱輸送現象のうち,特に気体の非定在波振動にともなう熱輸送現象を扱う.非定在波振動にともなう熱輸送現象は,そのほかの固体振動,液体振動,気体の定在波振動にともなう熱輸送現象に比べて複雑であり,理解しにくい.工学的見地から見ると,非定在波振動にともなう熱輸送現象は極低温小型冷凍機において頻繁に現れる.あるときは熱損失として問題となり,またあるときには寒冷発生に不可欠な低温部分から高温部分への熱輸送を実現する.このような非定在波振動にともなう熱輸送現象の特性を把握することは,小型冷凍機の効率を向上させる上で非常に重要であるにもかかわらず,現時点では十分な理解が得られているとは言いがたい.そこで本論文においては,小型冷凍機内で問題となる非定在波振動にともなう熱輸送現象の例として,特にディスプレーサ型冷凍機におけるシャトル熱損失,ダブルインレット型パルス管冷凍機内の伝熱現象の二つを取り上げ,それぞれの現象についての特性を把握し,非定在波振動にともなう熱輸送現象を考察する手法を示すことを目的としている.

 まず流体の振動にともなう熱輸送現象を,いくつかの仮定のもとで,もっとも簡単な平行二平板間流路の系について線形熱音響理論を用いて解析し,いくつかの極限的状況での解を示すことによって,現象の特性を明らかにした.さらに流体振動にともなう熱輸送現象の直感的理解を助けるために,流体の速度変動の位相と,流体から固体壁へ流れる移動熱量の大きさが振動する位相との位相差を導入し,この位相差をいくつかの極限的状況で求めて位相差と熱輸送の方向との相関を明らかにした.

 次に,非定在波振動にともなう熱輸送現象の例として,ディスプレーサ型冷凍機に特有のシャトル熱損失について検討を行った.シャトル熱損失は冷凍機の冷凍能力に対して無視できない量の損失であることは従来から知られていたが,その現象の複雑さのゆえに,これまで厳密に検討された例はない.シャトル熱損失とは,軸方向に温度勾配を有するシリンダー内でディスプレーサと称する固体円筒が周期的に振動し,さらにシリンダーとディスプレーサの間の薄い間隙で気体が圧力変動をともなって振動する系で起こる熱輸送現象に起因する熱損失である.シャトル熱損失は固体振動,気体の定在波振動,気体の非定在波振動が連成した系での熱輸送現象として位置づけることができ,気体の圧力変動の影響まで考慮するとその解析は非常に難しくなる.本論文では,線形熱音響理論を用いることによって,これまで無視されていた気体層の圧力変動の影響を考慮してシャトル熱損失の解析を行い,ギホード・マクマホン(GM)冷凍機にこの計算を適用した.計算結果から,気体層の圧力変動が熱損失に及ぼす影響が決して無視できないことを示し,またいくつかのパラメータを変化させて計算を行うことにより,シャトル熱損失の基本的な特性を明らかにした.さらに計算結果からシャトル熱損失の低減方法を考察し,シリンダー内壁あるいはディスプレーサ外壁に厚さ数百mの薄い断熱被覆層を設けることによって,シャトル熱損失の大幅な低減が可能であることを示した.その一方で,気体の圧力変動の影響を含めてシャトル熱損失を測定する方法を新しく提案し,GM冷凍機を使って実際に測定を行った.測定結果と先の計算結果を比較したところ,熱損失の運転周波数依存性など,定性的には一致する傾向が得られ,線形熱音響理論によるシャトル熱損失の解析方法の有効性を示すことができた.

 最後に,非定在波振動にともなう熱輸送現象の例として,オリフィス・ダブルインレット型パルス管冷凍機内の伝熱に関する検討を行った.パルス管冷凍機はディスプレーサを持たない新型の小型冷凍機であり,冷凍部分に機械的な振動要素がないために,高信頼性の冷凍機として実用化が期待されている.現在開発が進んでいるパルス管冷凍機では,パルス管高温端に付随する位相制御機構によって作動流体の振動の位相を制御し,積極的に非定在波振動を発生させ,それにともなう熱輸送現象を寒冷発生に利用している.オリフィス・ダブルインレット型冷凍機はパルス管冷凍機のうちでもっとも実用化が近いものであるが,この冷凍機の位相制御に関する知見は非常に少ない.作動流体の振動の位相は,寒冷発生だけでなく熱損失とも大きな関連を持つ.今後,実用化に向けてパルス管冷凍機の効率を改善していくためには,位相制御に関する基礎的な知見を得ることが重要である.そこで本論文では,熱線流速計を用いて,位相制御機構であるオリフィスバルブ,バイパスバルブでの作動流体の質量流速変動を測定し,オリフィス・ダブルインレット型冷凍機の位相制御特性と冷凍性能の関連を調べた.その結果,バイパスバルブの位相制御によりパルス管高温端での流体振動の位相を遅らせることが可能なこと,この位相の遅れが冷凍性能の向上につながること,また冷凍性能を向上させるためには,パルス管高温端での流体振動の位相と振幅の両者を最適化する必要があることなどがわかった.さらに熱線流速計によってパルス管内の流速変動を測定し,パルス管高温端での位相制御がパルス管低温端での流体挙動にどう反映するかを調べた.この測定結果から,まずパルス管内の流体振動は通常大きな乱れをともなっていることがわかった.オリフィスバルブによる位相制御はパルス管低温端での流体振動の位相を遅らせる効果があるが,同時に低温端での流速振幅の増大による蓄冷器効率の低下をもたらすことも確認できた.このことはオリフィスバルブのみによる位相制御の限界を示唆している.これに対し,バイパスバルブの位相制御は,パルス管低温端の流体振動の位相をある大きさに保ったまま,流速振幅の大きさを抑制する効果を持つことが確かめられた.このことはバイパスバルブによる位相制御効果の有効性を表している.また,冷凍機内の非定在波振動にともなう熱輸送現象の特性を考察し,パルス管の設計指針を与えるために,蓄冷器高温端での圧力振幅の大きさが一定の条件で,パルス管寸法を系統的に変えた性能測定を行った.その結果,一般的に用いられるパルス管寸法の範囲内においては,パルス管の縦横比によらずパルス管体積によって冷凍性能がおおむね整理できることがわかった.

審査要旨

 固体壁流路内における固体・液体・気体などの流路長さ方向振動が励起する熱輸送現象を振動励起熱輸送と総称すると、本論文は、固体・気体の振動が励起する熱輸送現象を非定在波振動に注目して解析的および実験的に検討したものである。振動励起熱輸送は、従来検討の多くない固体壁と流体間の連成伝熱問題の一つとして学術的に重要であるとともに、熱輸送管の開発、従来型冷凍機における効率向上、さらには高信頼性・低騒音・低振動・低コストの極低温冷凍機として期待されているパルス管冷凍機の開発などと重要な関わりを有する現象である。本論文では、このような学術的側面と技術開発的側面との双方より検討が行われている。

 本論文は、5章より構成されている。第1章は「序論」であり、極低温小型冷凍機、振動励起熱輸送現象、従来型冷凍機における振動励起熱輸送現象であるシャトル熱損失、および振動励起熱輸送現象を応用したパルス管冷凍機に関する従来の研究を詳細に解説し、研究の目的と内容とを述べている。

 第2章は「流体振動にともなう熱輸送現象の定性的理解」と題し、最も単純な平行二平板間流路系について非定在波振動をも考慮して線形熱音響理論による解析を行っている。その結果、流体の速度変動と(流体から固体壁へ流れる)移動熱量変動との位相差に注目し、いくつかの極限的状況での解析解を示すことによって、この位相差と熱輸送の方向とが密接な相関を持つことを解析的に明らかにし、連成系で起こる振動励起熱輸送現象を理解する上での物理的描像を提示している。

 第3章は、「シャトル熱損失」と題し、固体振動と気体振動とをともなう熱輸送現象の代表例として、ディスプレーサ型冷凍機におけるシャトル熱損失を扱っている。ディスプレーサ型冷凍機では、シリンダー内の固体円筒状ディスプレーサがシリンダー壁との間にガス層を介しながら行う往復運動によりディスプレーサの一端側空間で寒冷が発生するが、シリンダー壁を伝って寒冷発生部に浸入する熱量すなわち熱損失がディスプレーサの往復運動により増幅されるシャトル熱損失が問題となっている。シャトル熱損失については、これまで有効な測定方法や解析法が提案されていなかったが、本論文では、線形理論ながらガス層の定在波振動と非定在波振動とを考慮して熱音響理論による解析を行い、ガス層の圧力振動がシャトル熱損失に顕著な影響を及ぼすことを示すとともに、この解析によりシャトル熱損失を大幅に低減する方法を提案している。さらに、ガス層の圧力変動の効果を含めたシャトル熱損失の測定法を開発し、測定値との比較から上記の解析の有効性を主張している。

 第4章は、「オリフィス・ダブルインレット型パルス冷凍機」と題し、気体の非定在波振動にともなう熱輸送現象の代表例として、パルス管冷凍機における位相制御を扱っている。パルス管冷凍機の性能を高めるためには、第2章で示されているように位相制御により積極的に作動気体振動に非定在波振動を導入することが重要である。本論文では、最も実用的な位相制御機構を有するオリフィス・ダブルインレット型パルス管冷凍機を取り上げ、位相制御機構の実体を明らかにするために、従来殆ど測定例のないパルス管内における流動測定などを行っている。その結果、バイパスバルブが寒冷発生部での位相を適切に保ったまま流速変動の大きさを抑制する効果を持つことなど、位相制御機構の役割、冷凍機性能を向上させるための因子の摘出およびその最適化法などについて極めて有効な結果を得ている。

 第5章は、「結論」である。

 以上要するに、本論文では、非定在波振動に注目して振動励起熱輸送の全体像を解析的に示すとともに、その具体例であるシャトル熱損失の低減とパルス管冷凍機の開発に有効な解析的あるいは実験的結果を得ており、これらの知見は工学および工業技術の進展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53907