学位論文要旨



No 111795
著者(漢字) 藤原,仁志
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,ヒトシ
標題(和) せん断乱流における圧縮性の影響
標題(洋)
報告番号 111795
報告番号 甲11795
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3593号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨

 人はいろいろな用事で移動しなければならず、そのためにさまざまな工夫がなされる。昔は、近道や動物に乗る程度であったが、現在では、自動車、電車、飛行機が移動のために活躍しており、ジェット旅客機のおかげで1日強で地球上のどんな遠いところにでも行くことができる。しかし、アジアからアメリカやヨーロッパに行くのはいまだに一日仕事であり、飛行機を高速化してその移動時間を短縮したいという要請はこれからも強くなるものと思われる。現在、通常のジェット旅客機のスピードは時速900km(マッハ0.8)程度に抑えられているが、その理由には「音の壁」といわれる2つの問題:(1)マッハ0.8を越えると衝撃波による造波抵抗により急激に抵抗が増大すること(2)衝撃波に伴う騒音問題(sonic boom)、がクリア出来ていないことがあげられる。マッハ2以上で飛行するコンコルドがほとんど利用されていない原因もこの2つの問題によるところが大きい。

 コンコルドがかかえるこれらの問題点をクリアできる高性能の超音速旅客機(マッハ2程度)の開発が現在も続けられている。この開発で用いられようとしているエンジンは、ターボ・ファン・ジェットエンジンと呼ばれるタイプで、大きなファンから取り入れた空気をコンプレッサで圧縮し燃焼機を経て(ファンとコンプレッサを回すための)タービンを回してから高速で吹き出すことによって推力を得ている。しかし、この方式ではマッハ数が増加するにつれて効率が落ちるため、高マッハ数(M>3)になるとターボファンより効率の良いラムジェットエンジンの開発が急がれている。

 ラムジェットエンジンでは空気取り入れ口(ディフユーザ)から取り入れた空気がそのまま自然に減速・圧縮(ラム圧縮)されるのを待って、そこに保炎器から燃料を噴射して自然発火させる。このエンジンは全体の構造がターボジェットに比べて一見簡単でただの筒のようにも見える。しかし、現実にはそう簡単でない。

 ラムジェットエンジンは、コンプレッサを用いないで空気をラム圧縮するという性質上、機体のスピードがある程度速くなってからでないと圧縮が十分でないので作動しない。このため、ある程度スピードが出るまではターボジェットを用いて加速し、その後ラムジェットに切替えるという方式が考案されている。また、空気取り入れ口(ディフユーザ)の形状も重要で、衝撃波を利用しながらいかに効率良く空気の圧縮を行なうかという課題がある。このため、境界層と衝撃波の干渉問題の基礎研究が現在もさかんになされている。

 ラムジェットエンジンでは、ラム圧縮により燃焼器付近では亜音速にまで減速されるが、極超音速(M>6)になると、ラム圧縮による温度上昇が極めて大きくなるため、通常の燃焼による温度の上昇が難しくなる。このため、極超音速の飛行にはディフューザで亜音速まで圧縮せずに超音速のまま燃焼機に空気が流入するスクラム・ジェット・エンジン(supersonic ram jet engine)が必要である。ここで必要になる超音速燃焼機では燃料と空気の混合・点火・保炎が極めて難しい。このため遷音速・超音速のジェットの拡大率の制御がしばしば問題となり、超音速の混合過程を精度良く予測しようという基礎研究がある。超音速混合層の拡大率はマッハ数の増加とともに急激に減少することが多数の実験で確かめられているが、その原因はいまだよくわかっていない。そもそも混合層は壁のない自由せん断乱流であるから、その拡大率は乱流粘性によって決まる。拡大率がマッハ数の増加につれて減少するということは、圧縮性の影響で乱れの強さが減少することを意味しており、乱流における圧縮性の影響を調べることが超音速混合層の解明の鍵であるといえる。

 本論文の研究「せん断乱流における圧縮性の影響」は工学的には上記の超音速機開発のための基礎研究と位置付けられる。また、理学的には乱流そのものを対象として圧縮性の影響を調べると言う側面を持つ。

 本研究ではこのようなことから圧縮性乱流でも特に、圧力変動と密度変動の輸送方程式に着目し、それらの生成・消滅に関してくわしく議論した。また、プラントル数は圧力変動の消滅に大きくかかわるので、プラントル数を変えた場合の影響についても調べた。マッハ数の影響に関しては、これまではk方程式中の項(d)に関する考察が中心であったが、前節で示した実験や解析の結果、マッハ数の影響は乱れの特定の成分に対して強く表れる可能性が指摘されている。本研究ではマッハ数を変化させた場合のu’,v’,w’の大きさの変化や、それを大きく左右すると思われる、圧力歪み相関項への影響についても整理した。これらを調べる対象としては一様せん断乱流のDNSを基本にした。一様せん断流を対象を選ぶ際には

 1.圧縮性の影響は自由乱流において特に顕著であることが分かっている。

 2.圧縮性の影響は壁面の影響と切り離して考えたい。

 3.一様せん断乱流では非一様な場合よりも同じ格子点数で大きな乱流レイノルズ数をとることが可能で、現実の流れに少しでも近い。

 4.圧縮性の混合層が空間的に発展をするのに対し、一様せん断乱流では時間発展型であるが、両者とも発展性をもつという共通点がある。

 ということを考慮した。一方制限としては

 1.一様だから非一様な場合については議論できない。

 2.圧縮性の混合層と違って平均流に変曲点がない。

 があることに注意した。計算方法では、これまではスペクトル法+Remeshという手法が一般的だったが、この手法では高波数成分のデータが信頼性を欠くので、一部に差分法を導入してRemeshを行なわない方法を用いた。

 また、圧縮性乱流のモデリングに関しては、これまでは「DNSの結果に基づいてそれに合うように適当な理由を探して式を組み立てる、また新しいDNSをしてその式が合わないと変更してどの場合にも当てはまるように調整する」と言う具合であり、その場限りのモデリングという色彩が強かった。一方、非圧縮性乱流のモデリングの方に目を移すと、Realizability,Rapid distortion theoryやMaterial frame invariance,スカラー輸送のモデルでは構成方程式の線形性など乱流モデルの満たすべき拘束条件が次々と発表されている。これらの拘束条件をすべて満たすことは、普遍性のある乱流モデルの開発おいては重要な意味を持つ。しかし、何十年に渡る研究にもかかわらず、普遍的な乱流モデルの構築には糸口すら全く見えないという現状では、多少普遍性に難があっても実用上有用なモデルの開発の研究のほうが工学的にはむしろ重要と言える。そのような実用モデルの開発では、上記の拘束条件が課す極限状態での整合性には目をつぶる代わりに、実際にそれを様々な流れ場で用いて経験を積み重ねて行き、細かな修正を重ねる努力が必要であると言える。例えば、k-モデルや、圧縮性乱流ではSarkarのdilatation dissipationのモデルなどは理論的には問題点を多く抱えているが、実用面では有力なモデルと言える。これからの乱流モデルの方向性としては、モデルの適用範囲などを限定した実用モデルを提案することと、どんな場合にも成り立つ普遍的なモデルの開発との2つの方向に分化していくと思われる。前者の提案の際にはモデルの適用範囲を明記すること、もとになるDNSのデータの解釈にはくれぐれも注意し、モデルの導出のさいに必要な仮定ははっきりさせることなどが必要である。本研究では、実用上有用と思われる2方程式でのpressure-dilatation相関項のモデリングと、普遍的なモデルを目指した3方程式のモデリングの試みを最後に紹介した。

審査要旨

 本論文は、乱流における圧縮性の影響に関して、数値解析を中心に研究を行なったものである。乱流の研究は、流体数値計算の精度を高める上で重要な役割を果たしているが、従来は非圧縮性を仮定することが多かった。このような非圧縮性を仮定して得られた乱流に関する知見に対し、圧縮性の影響が加わった場合にそれがどの程度変化するかを明らかにすることを目的としている。非圧縮性乱流と違って圧縮性乱流では密度や圧力の揺らぎが重要であるが、そのような量を実験で正確に取得する技術が確立されていない。このため、圧縮性乱流の研究では大型計算機による数値計算とその結果の解析は不可避である。

 圧縮性乱流に関するこれまでの研究では、とかく圧縮性の影響を乱流マッハ数によって表せるとして速度場のみ注目されたため、圧力場や密度場については詳しい解析が遅れてきた。圧縮性乱流の圧縮性としての特徴は、速度場と圧力場が独立でなく互いに影響しあっていることである。圧縮性の影響を乱流マッハ数のみで表せるなら、圧縮性乱流の直接計算でも速度場と連続の式だけ解いたのちに、圧力は密度によって一意的に決定されるとしてもよいはずである。しかしながらこの仮定が普遍性を欠いているのは、熱拡散による圧力変動の変化の影響を圧縮性項を通して速度場も受けるからである。つまり圧力がパッシブスカラでなくて圧力場のほうの影響が速度場に及ぶことが重要なポイントであり、だからこそ圧縮性乱流のDNSでは速度場と圧力場を連立して解かなければならないといえる。圧縮性の影響というのは速度場の影響する範囲と圧力場の影響する範囲の重なる範囲にある。その部分を正確に把握するには、圧力場の正確な把握が要求される。

 本研究ではこれらの考察を背景に、圧縮性乱流でも特に圧力変動と密度変動の輸送方程式に着目し、それらの生成・消滅に関して詳しく議論している。また、プラントル数は圧力変動の消滅に大きくかかわるので、プラントル数を変えた場合の影響についても調べている。マッハ数の影響に関しては、これまでは乱流エネルギに関する考察が中心であった。しかし、マッハ数の影響は乱れの特定の成分に対して強く現れる可能性が実験で指摘されているので、本研究の数値シミュレーションにおいてもマッハ数を変化させた場合の非等方度の変化や、それを大きく左右すると思われる、圧力歪み相関項への影響についても整理している。

 本論文は、全6章から構成されている。

 第1章「序論」では、研究の背景、意義、目的および本論文の概要について述べられている。

 第2章「計算手法」においては、本研究で主に用いた計算手法の導出仮定やその精度の検証、境界条件・初期条件について詳しく述べられている。一様せん断乱流の直接計算でこれまで用いられてきた手法の欠点を改良し、簡潔で精度の良い手法を開発したことが特徴となっている。

 第3章「速度場における乱流マッハ数の影響」においては、一様せん断乱流において、マッハ数が大きくなった場合には乱れにどのような影響を与えるのかを詳しく調べ、その原因について輸送方程式を用いて解説している。特に、圧縮性の影響で圧力歪み相関項が大きく変化し、その影響で乱れの非等方度が高まることを定量的に詳しく調べた所が注目される。

 第4章「圧力場・密度場とプラントル数の影響」では圧縮性乱流の本質である圧力と密度の揺らぎについてその変化を詳しく調べている。圧力変動の輸送方程式においては、圧力膨張相関項により速度場から得られるエネルギーが主要なsource項であるのに対し、分子熱拡散による散逸が主要なsink項であることを見い出し、圧縮性乱流においても分子熱拡散が重要であることを指摘している。このため、圧縮性の影響の大きさを把握するにはプラントル数の変化の影響を取り込むことが不可避であるとの結論に達し、プラントル数によって圧縮性の影響がどのように変化するかも調べている。また、統計処理されたマクロな量の関係を圧縮性特有の乱流構造を調べることによりミクロな面からも検証している。

 第5章「モデリングに関する考察」においては、第3,4章で得られた圧縮性乱流に関する知見をもとにして、圧縮性乱流モデルの開発に取り組み、その一部を具体的な工学の流れに適用してその効果を確かめている。

 第6章「結論」においては本論文の結論が述べられている。

 乱流にあける圧縮性の影響については過去にいくつかの研究がなされているが、本研究のように圧縮性乱流の本質である圧力や密度の揺らぎに着目してそれを系統的に調べた例は見当たらない。さらに、世界最高速の大型計算機を駆使して、実験では観察不可能な物理現象をシミュレーションしたものであり、最新の計算科学の研究の一例と言える。本研究の結果は、今後の圧縮性乱流の研究の方向に大きな転換を促すものであり、工学上寄与するところ大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54512