学位論文要旨



No 111796
著者(漢字) 吉岡,真治
著者(英字)
著者(カナ) ヨシオカ,マサハル
標題(和) 設計知識操作論
標題(洋)
報告番号 111796
報告番号 甲11796
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3594号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 冨山,哲男
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 助教授 鈴木,宏正
 東京大学 助教授 堀,浩一
 東京大学 助教授 久保田,晃弘
内容要旨

 本研究は設計過程において設計者が作り出す情報を設計知識の操作という観点から考察するものである。設計とは人間がその持てる知識を利用して行なう創造的活動であり、その過程では多くの情報が生み出される。これらの設計に用いられる知識を集約し、そこで生み出された情報を記録することにより機械のライフサイクル全般に関わる作業の支援を行なう知識集約型工学のための枠組(Knowledge Intensive Engineering Framework)の開発のためには、実際の設計者による設計知識に対する操作およびその結果として生み出された情報に対する記述の定式化が必要である。そこで、本研究では、この設計知識操作の定式化および、その操作を計算機上で実現する方法を提案する。

 そのために、本研究では、位相集合論に基づいた抽象概念の操作として設計を公理論的に定式化した一般設計学の枠組、およびその拡張であるRefinement設計過程モデルを基礎として、実際の設計過程における設計者の設計知識操作を分析する。一般設計学およびRefinement設計過程モデルにおいて設計とは機能、物理現象、属性といった実体から得られる抽象概念の操作として定式化されている。そこで本研究では、模擬的な設計である設計実験の結果を分析することにより実際に設計者が行なっている設計知識操作をこれらの抽象概念の操作として定式化する。さらに、この設計知識操作を実現するために必要な設計対象表現について考察し、複数の設計対象モデルを利用する枠組を提案する。また、この複数の設計対象モデルを利用するために、設計対象を計算機上でモデリングする際に行なう操作について分析を行なう。

 次に、設計者の作り出した情報の基礎となる設計者の意図の記録について考察する。そのために、まず設計者の設計対象に対する主観的表現である機能モデリングについて概観するとともに、設計過程の分析から得られた設計知識操作である設計者の意思決定過程の表現手法を提案する。本研究では、顧客要求が設計者の意思決定に大きく影響を与えていると考え、顧客要求を参照した意思決定の過程を支援し記録する枠組みを提案する。

 また、この設計知識操作および設計者の意思決定情報に関する分析の結果に基づいたCADシステムを提案する。このシステムは、設計知識操作の分析に基づいた設計過程管理システム、設計者の意思決定情報記録システムおよび複数の設計対象モデルを統合的に利用する枠組みであるプラガブル・メタモデル機構から構成される。プラガブル・メタモデル機構とは、計算機上に既に実現されている設計支援ツールについて、そこで用いられている概念を知識として記述することにより統合的に利用する枠組である。また、この枠組では、先に述べた設計対象をモデリングする際に行なう操作を扱うことにより設計者のモデリング過程を支援する。

 また、このCADシステムを、設計実験のプロトコルを再現する設計シミュレーションおよびコピー機の設計事例に適用することにより、その有効性を検証する。

 最後に、本論文の結論を述べ、知識集約型工学への展望を述べる。

審査要旨

 設計過程では設計者によって多くの情報が生み出されるが、それに必要な知識を集約し、また生成された情報を製品のライフサイクル全般に関わる作業の支援を行なうのが知識集約型工学(Knowledge Intensive Engineering)の考え方である。その計算機支援のフレームワーク(Knowledge Intensive Engineering Framework)の開発のためには、まず、実際の設計者による設計知識に対する操作およびその結果として生み出された情報に対する記述の定式化、及びその操作を計算機上で実現する方法が必要である。以上の考え方に基づいて、本論文は、設計過程において設計者が作り出す情報を設計知識の操作の観点から考察し、その数学的モデルを構築し、さらにこれを応用して知識集約型工学を支援するためのシステム構築を論じている。

 本論文はまず、第1章において本研究の目的、本論文の構成、ならびに既存の設計研究に関して論じたあと、第2章「一般設計学とその展開」においては、位相集合論に基づいた抽象概念の操作として設計を公理論的に定式化した一般設計学、およびその拡張であるRefinement設計過程モデルを基礎として、実際の設計過程における設計者の設計知識操作を分析している。

 一般設計学およびRefinement設計過程モデルにおいて、設計は機能、物理現象、属性といった実体から得られる抽象概念の操作として定式化されているので、第3章「設計知識操作論」では、模擬的な設計である設計実験の結果の分析から、実際に設計者が行なっている設計知識操作をこれらの抽象概念の操作として定式化することを試みている。この結果、設計知識操作に関する9種類の知識を抽出し、一般的な位相操作として定式化することに成功している。

 第4章「設計者の意図の記述」では、設計者の作り出した情報の基礎となる設計者の意図の記録について考察している。最初に設計者の設計対象に対する主観的表現である機能モデリングについて概観するとともに、FBS(Function-Behavior-State)モデリング手法及び品質機能展開手法について考察している。その結果、この二つを統合することで、設計過程の分析から得られた設計知識操作である設計者の意思決定過程の表現手法を考案し提案している。これを利用して本研究では、設計者の意思決定に大きく影響を与えていると考えられる顧客要求を参照した意思決定の過程を支援し記録する枠組みとして、拡張されたFBSモデリング手法を提案している。

 次に第5章「設計知識操作論に基づくCADシステム」では、第3章で定式化した設計知識操作を実現するために必要な設計対象表現について考察している。すなわち、まず複数の設計対象モデルを統合的に利用する枠組、プラガブル・メタモデル機構を提案している。プラガブル・メタモデル機構とは、計算機上に既に実現されている設計支援ツールについて、そこで用いられている概念を知識として記述することにより統合的に利用する枠組である。次に、複数の設計対象モデルを利用するために、設計知識操作の分析に基づいた設計過程管埋システムの原理について提案している。さらに、これらの結果を利用して、設計知識操作および設計者の意思決定情報に関する分析の結果に基づいたCADシステムを実際に構築し、それについて報告している。

 第6章「CADシステムの設計事例への適用」では、前章で述べたCADシステムを用いて、設計実験のプロトコルを再現する設計シミュレーションおよびコピー機の設計事例に適用することを試みている。この結果を考察することで、本研究で報告した理論的枠組みの妥当性ならびに開発した手法及びにシステムの有効性を検証している。

 第7章「結言」では、本論文の結論を述べるとともに、今後の知識集約型工学への展望を述べている。

 これらの結果は、設計過程で設計者によって生み出された多くの情報やそれに必要な知識、特に従来記述が困難であった設計意図などを定式化する手法を提案するものであり、得られた数学的モデルの完全性も高く、工学的有用性も高い。しかも、従来存在していなかった手法であるという点で独創性も高い。一方でシステムとして完結したという点では、検証を十分に行っているという評価ができ、さらに、将来、工業的に有用なシステムとして応用できる可能性も十分にある。これらは、論文としての完結性を示している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54513