学位論文要旨



No 111797
著者(漢字) 吉田,英一
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,エイイチ
標題(和) 移動ロボットの局所的通信による情報伝播モデルの解析
標題(洋)
報告番号 111797
報告番号 甲11797
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3595号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 助教授 冨山,哲男
 東京大学 助教授 佐々木,健
内容要旨

 近年,多数の移動ロボットが群として協調し,環境の探索や重量物の搬送など,さまざまな作業を実現することが期待されている.協調には通信が必要となるが,多数のロボットが存在するため,他の全てと大域的に通信を行なうと,情報伝達の効率が低下してしまう.

 そこでFig.1に示す局所的な通信を導入し,周囲の限られた範囲のロボットにのみ情報を伝達することにする.この通信は,多数ロポットにおける情報の局所性を考慮しており,これを用いる利点としては,通信負荷が分散されること,容易に実現できること,また通信システムの制御が単純であることが挙げられる.局所的な通信とロボットの移動により,情報は「また聞き」の形で複数のロボットに伝えられていく.

Fig.1:多数のロボットによる局所的通信

 本論文では特に,Fig.2に示すように,

 (1)作業周知:多数のうち作業に必要な数のロボットを集める

 (2)作業実行:地図生成など局所的な作業を行なう多数のロボットが協調する

 ことを想定する.この(1)(2)で表される作業モデルは,環境探索・地図生成や協調搬送など,多数ロボットによる多くの協調作業が当てはまり,広く適用可能である.

Fig.2:多数のロボットの協調作業と通信

 情報パケットに含まれる情報を内容は,(1)作業周知の通信では複数の作業情報である.各作業情報を作業地点や種類に限定して,これらを一つのパケットに含められるようにする.また(2)作業時の通信では,伝達する情報が多いので,各作業ごとに地図などの情報の形式を定義し,必要な部分だけ更新して出力するようにする.

 上記の(1)(2)では,上記の内容を含む情報を「必要なロボットに,速く,無駄なく」伝達することが要求される.これを局所的な通信を用いて実現するためには,複数ロボットへの情報の伝わり方を知る必要がある.最近では,群ロボットに対して局所的な通信を用いる研究も多い.しかし,その設計は通信を模擬したシミュレーションから試行錯誤的に行なわれており,システムが変更されるたびに設計をやり直さなければならない.また,通信理論の分野で無線の通信範囲の設計や移動通信に関する研究が行なわれているが,ロボットの協調作業を考慮した通信範囲の設計や,複数への伝達の効率化は扱われていない.

 そこで本論文では,移動ロボットの局所的な通信をモデル化し,情報が複数のロボットにどのように伝播するか,その特性を解析的に明らかにすることを目的とする.そして,これらの解析結果に基づいて局所的な通信システムの設計手法を構築する.

 前述の通り,情報を「必要なロボットに速く,無駄なく」伝達する通信を実現するため,局所的な通信による複数ロボットへの情報伝播を解析する必要がある.あるロボットから発信された情報は,空間的な伝達の繰り返しにより,時間の経過に従って複数のロボットへと伝播する.このことから,本論文の解析では,

 (A)空間的な伝達特性 ロボット間の空間を介した情報伝達

 (B)時間的な伝播特性 時間の経過に伴う複数ロボットへの情報伝播

 を考慮し,局所的通信の解析と設計を空間・時間の両面から行なうことを提案する.空間的な設計は,一回あたりの情報伝達を効率化し,情報を「速く」伝達する部分に寄与する.また時間的な設計では,情報の伝播を調節して「必要な台数への無駄のない」伝達を実現する.

 通信が用いられる作業や環境によって,どの設計を適用すべきかが異なる.そこで,通信量とロボット密度,通信範囲を考慮した「情報伝達数」というパラメータを導入し,ロボットシステムの環境を分類した.この分類から,ロボットの作業環境が与えられたとき,どのような解析・設計が必要となるかを容易に知ることができる.

 解析においては,まず,多数移動ロボット間の情報伝達を示す「情報伝播の一般式」という基本式を導出する.この式を解析していくにあたり,見通しを良くするため,まず空間的な解析・設計を行なってから,次に時間的な解析・設計に移るという立場をとる.

 空間的な設計では,情報を「速く」伝達するため,情報伝達に必要な時間(Fig.3でW[単位時間])を評価関数とする.そして,これを最小とする最適な情報の出力範囲(Fig.3のx[ロボット台数/出力範囲])を解析に基づいて導出し,空間的に「局所的な情報出力の強度がどれだけのとき情報伝達が効率的か」という設計が可能となった.解析は,領域の探索や協調搬送といった,典型的な多数のロボットによる協調作業に対して行なった.求められた最適な通信範囲には,ロボットの通信能力の増加に伴って増加し,また,作業から決まる情報出力確率には反比例する性質があることが分かった.このように,本論文の設計手法では,最適な通信範囲が,通信能力,作業環境の特性を表すパラメータと明示的に関係づけられている.よって,ロボットシステムに変更があった場合にも容易に対応でき,通信を模擬したシミュレーションによる設計のように,設計を最初からやり直す手間は必要でなくなる.

 時間的な設計では,注目する情報の伝播率を評価指標とし,時間的に「どれだけの時間情報を流せば,必要な台数に無駄なく伝達されるか」を設計した.解析は,先に導出した情報伝播の一般式を用いて行なう.ここでは,空間的設計で出力された通信範囲に加え.ロボットの移動に関するパラメータ,そして情報を伝達したいロボット数が設計における入力となる.また,情報伝播の時間的な変化(時間tにおいて情報を獲得したロボットの比率p(t))がロジスティック関数(Fig.4)で表される場合があることを示した.よってここでも,時間がかかる多数ロボットの情報伝播シミュレーションを行なわなくても,時間的設計を解析的に簡便に行なうことが可能となった.

図表Fig.3:情報伝達時間Wを最小化する通信範囲x / Fig.4:ロジスティック関数

 また,ロボットの移動法に関しては,これも設計対象となる場合があるので,その設計についても言及した.ここでは,ロボットが群を組むことによって情報伝達時間が短縮されることに注目し,移動方法として群移動を導入した.情報伝播に関する解析の結果,情報を伝達したいロボット数への伝達時間を最小とする群の組み方が導出された.

 最後に,本論文の局所的通信の設計を評価するため,大域的な通信手法の比較を行なった.複数台から複数台への情報伝達を想定し,それに必要な時間を比較に用いる評価対象として用いた.比較対象の大域的な通信は,無線などの単一通信媒体を割り当てる方式とした.これは,従来研究において,複数台の移動ロボット間の通信にしばしば利用されている手法である.

 比較検討の結果,局所通信は,多くのロボットが少数台で作業グループを作り,並行して協調作業を進める分散的な作業環境に適していることが分かった.また逆に,大域通信は少ないロボットから多数に指令が与えられる,集中的な作業環境に用いれば有効であることが示された.このように,局所・大域通信の比較を解析的に検証した研究はこれまでほとんどなく,今後,協調作業環境の通信を設計する際の指針として利用することができると考えられる.

 本研究の手法で設計した局所的通信を用いて,多数のロボットによる通信の計算機シミュレーション実験を行なった.その結果,目標とした情報伝達の効率化が達成されていることが確認され,解析とそれに基づく設計の有効性が示された.

 また,実機による通信実験も行なった.実験では,Fig.5のような赤外線を用いて通信範囲の調節が可能な局所的通信装置を複数製作し,移動ロボットに搭載した(Fig.6).この実験環境において,複数ロボット間の通信を実現し,本論文で構築した解析と設計の検証を行なった.

図表Fig.5:赤外線通信装置 / Fig.6:移動ロボットに搭載した通信装置

 以上示したように,本論文では,局所的な通信による多数の移動ロポット間の情報伝播の特性が,解析的に明らかになった.これらの解析結果に基づき,多数のロボットの通信を模擬したシミュレーションなしに通信範囲を設計する手法を,体系的に構築することができた.

審査要旨

 工学修士吉田英一提出の本論文は「移動ロボットの局所的通信による情報伝播モデルの解析」と題し,全9章よりなる.本論文では,分散管理された多数の移動ロボットの協調に局所的な通信を導入し,ロボット間の情報伝播モデルを解析した.これにより,局所的通信により,効率的に情報伝達を行なうことが可能となった.

 第1章では,移動ロボットによる通信に関する研究の背景と目的について述べている.複数ロボットの協調には通信が必要となるが,多数のロボットが他の全てと大域的に通信すると,情報伝達の効率が低下する.そこで周囲の限られた範囲に情報を伝達する「局所的」な通信を導入し,移動とともに「また聞き」の形で複数のロボットに情報を伝達することを考える.本論文では,多数ロボットの分散管理の基本形態として,特に,(1)作業周知の通信,(2)作業実行の通信からなる「呼び集め」型を対象とした.この形態において,情報を「必要なロボットに,効率的に」伝達するため,局所的通信による情報伝播モデルの解析と,それに基づく設計が必要となることを述べている.

 第2章では,複数に移動ロボットよる協調に関連する従来研究の概略を紹介している.最近では,大域的な通信によって多数のロボットを管理することの限界が認識され,局所的な通信を用いる例が多数報告されている.しかし,これらは試行錯誤的にシミュレーションから設計を行なっており,ロボット数などのパラメータが変化するたびに最初からやり直さなければならない.以上の理由から,局所的な通信による情報伝播の解析的な取り扱いや,その設計手法を体系的に明らかにすることが重要であることを述べている.

 第3章では,局所的な通信による「情報伝播の一般式」を定式化し,4章以降での「必要なロボットに速く,無駄なく」伝達するための解析と設計の構造を説明している.作業情報周知の通信・作業時の通信において,ロボットから発信された情報は,空間的な伝達の繰り返しにより,時間の経過に従って複数のロボットへと伝播する.このことから,時間・空間の両面から情報伝播を解析し,局所的な通信を設計することを提案している.

 第4章では,情報伝達の空間的な解析を行ない,情報を「速く」伝達するための最適な通信範囲を設計している.多数のロボットによる探索や搬送などの典型的な作業を想定し,情報伝達に必要な時間を最小とする局所的な情報の出力範囲を解析的に求めることが可能としている.最適な通信範囲には,ロボットの通信能力に比例し,作業から決まる情報出力確率には反比例する性質があることを明らかにした.このように,本章の解析・設計により,最適な通信範囲が,通信能力や作業環境の特性を表すパラメータと明示的に関係づけている.

 第5章では,情報伝播の時間的な解析を行ない,情報を「必要な台数に」「無駄なく」伝えるための,情報提示時間を設計した.第3章で導出した情報伝播の一般式の解析から,情報伝播がロジスティック関数により表されることを示し,「どれだけの時間情報を流せば,必要な台数に無駄なく伝達されるか」を求めている.これにより,必要なロボットへの情報伝播時間が,ロボットの速度,密度,通信半径に反比例する単純な形で表されることが分かった.

 第6章では,自然界などでよく見られる群による協調移動形態を用いて,情報伝播の時間的な解析を行なった.第5章の情報伝播の方程式を群移動の場合にも拡張し,群の規模をどのよう設計したら情報伝達時間が短縮されるかを調べている.その結果,情報を伝達したい台数と同じ数で群を組めば最適である,ということが示された.

 第7章では,通信範囲で情報を出力するロボット数がある閾値よりも大きくなると,通信の無限の繋がりによるパーコレーションの効果が伝播において支配的となることを述べた.このときには,これまでの連続モデルではなく,パーコレーションの効果を考慮した,離散的な伝播の解析により情報提示時間を設計する必要があることを示した.

 第8章では,第4章から第7章までの解析・設計の有用性を検証するため,大域的な通信手法の比較を行なった.複数台から複数台への情報伝達を想定し,それに必要な時間を評価対象とした.その結果,局所通信は,多くのロボットが少数台で作業グループを作り,並行して協調作業を進める分散的な作業環境に適していることが.解析的に示された.また逆に,大城通信は少ないロボットから多数に指令が与えられる,集中的な作業環境に用いれば有効であることが分かった.

 第9章では,結論として,局所的な通信による多数の移動ロボット間の情報伝播を解析する手法が確立できたことを述べている.これらの解析結果から,繁雑な多数ロボットの情報伝達シミュレーションなしに,協調において必要となるロボットへ,速く無駄なく情報を伝達する設計が可能となった.

 以上を要するに,局所的な通信による情報伝播の一般的特性を解析的に明らかにしたことから,この論文は精密機械工学のみならず,工学全体の発展に寄与するところが大である.

 よって,本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54514