セラミックスなどに代表される多結晶脆性固体において材料中の微視的構造における多数の空隙すなわちクラックやボイドの発生と成長は一般に材料の強度、剛性、靭性などの力学的特性の低下を招き、さらには巨視的な亀裂の発生と最終的な破断を引き起こす。このような微視的損傷やマイクロインクルージョンなどの介在物の存在が材料全体の特性にどのような影響を及ぼすかを説明するモデルがあれば、材料設計の際に合理的指標を提供することができる。 連続体損傷力学は、材料の損傷状態を何らかの適切な損傷変数で記述することにより、損傷の発展や損傷材料の力学的挙動を連続体力学の枠内で扱うことを可能にし、これにより損傷が材料の特性に及ぼす影響を精密化したりあるいはより複雑な問題に拡張することが可能となる。連続体損傷力学では、損傷変数の定義に続き、損傷の発展を支配する式(損傷発展方程式)および損傷を受けた材料の力学的挙動を記述する構成式を定式化する必要がある。しかし、この損傷体の構成方程式の定式化において必要とされる損傷の発展方程式や損傷変数と弾性定数の関係などを理論モデルで解析的に得るのは容易ではない。特に、マイクロクラックパターンの異方性、個々のマイクロクラックの閉鎖・表面摩擦の影響などを考慮するのは至難である。また、実験でこれらの微視的情報を得るのも現状では困難である。 本論文ではこのような問題点を解決するために、多結晶脆性固体を結晶粒レベルすなわち準微視的なスケール(mesoscopic scale)で直接的にモデル化する3次元メソ解析手法を提案している。さらに、提案したメソ解析手法によりマイクロインクルージョンを含む脆性固体のマイクロクラッキング挙動の解析を行ない、その結果から適切な異方性損傷力学モデルおよび破壊靭性に及ぼすメソスケール・パラメータの影響などについて論じている。各章の内容は以下のとおりである。 第1章では、本研究の背景、目的および本論文の構成について述べている。 第2章では、マイクロインクルージョンを含むマイクロクラッキング多結晶脆性固体に対する3次元メソ解析手法を提案している。まず、ランダムな形状の多結晶体の結晶粒モデルを表現するために3次元ヴォロノイ分割によるメッシュの作成を行ない、続いて3次元剛体・ばねモデルに基づいて剛性方程式の定式化を行なっている。剛体・ばねモデルは計算不連続体力学モデルの一つであり、マイクロクラッキングのような不連続問題の解析に好適なモデルである。剛性方程式の定式化に際しては、各種の複合材料への適用を念頭にマイクロインクルージョン(特殊な場合としてマイクロボイドを含む)の効果を取り込んでいる。最後に、マイクロクラッキング挙動の解析手順といくつかの計算例について述べている。 第3章では、3次元メソ解析手法によりマイクロインクルージョンの総体積率と単軸引張り下の等価弾性定数の低減率の関係を調べている。メソ解析の結果とNemat-NasserとHoriの理論解析による近似解を比較するとともに、マイクロインクルージョンの大きさのばらつきが等価弾性定数に及ぼす影響を検討している。続いて、マイクロクラック密度と等価弾性定数の低減率の関係を調べている。マイクロクラックの分布をマイクロインクルージョン界面に集中させた場合と分散させた場合の比較から、マイクロクラッキング挙動時にマイクロインクルージョンの存在がいかなる影響を及ぼすかを考察している。 第4章では、種々の多軸応力下のマイクロクラッキング挙動の3次元メソ解析を行ない、これを仮想的な実験結果とすることにより、連続体損傷力学におけるChowとWangの異方性損傷力学モデルの妥当性と適用範囲について考察している。ChowとWangの異方性損傷理論では損傷変数に2階のテンソルを用いており、スカラ量の損傷変数を用いた理論モデルに比べてより広い範囲の応力状態への適用が可能である。以上の論議の結果に基づき、改善された異方性損傷力学モデルを提案し、その有効性についても検討している。 第5章では、メソ解析手法をマクロクラックを有する多結晶脆性固体の破壊靭性解析に応用している。すなわち、脆性固体中に存在するマクロクラックのモードI応力下における伝播挙動を解析し、得られたR曲線(亀裂進展抵抗曲線)およびクラック進展図から各種の高靭性化現象について論じている。検討した内容は結晶粒サイズ、残留応力、破壊モードの影響である。 第6章では、第5章と同様にメソ解析手法をマイクロインクルージョンを含む二相脆性固体の破壊靭性解析に応用している。ここではマイクロインクルージョンの大きさや体積率、界面強度が破壊挙動に与える影響についてを考察している。 第7章では、本研究成果を総括している。 以上を要するに、マイクロインクルージョンを含む脆性固体の3次元メソ解析手法を提案し、損傷解析および破壊靭性解析への適用を通して、その有用性を実証した本論文は、種々の材料の破壊問題の解明および新材料の設計開発の合理化に大きく貢献するものであり、高い工学的・工業的価値を有すると判断される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |