学位論文要旨



No 111801
著者(漢字) 清末,考範
著者(英字)
著者(カナ) キヨスエ,タカノリ
標題(和) マイクロインクルージョンを含む脆性固体の計算メソ力学に関する研究
標題(洋)
報告番号 111801
報告番号 甲11801
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3599号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 都井,裕
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
内容要旨

 高度に最適化された設計技術を必要とする現場では、同時に使用する材料についてもその用途にあわせて最適な性能を要求される。セラミックス等に代表される多結晶脆性固体において材料中の微視的構造における多数の空隙すなわちクラックやボイドの発生と成長は一般に材料の強度、剛性、じん性などの力学的特性の低下をまねき、さらには巨視的な亀裂の発生と最終的な破断を引き起こす。このような微視的損傷やマイクロインクルージョン等の介在物の存在が材料全体の特性にどのような影響を及ぼすかを説明するモデルがあれば、材料設計の際に合理的な環境を提供することができる。そのためには究極的には分子や原子レベルでの現象の解明にさかのぼり、最終的には構造部材の1要素の大きさのレベルにいたるまでの系統的なモデルの確立が望まれる。その一例として近年、結晶粒レベルでの微視的な損傷を取り扱う損傷力学を連続体力学的な観点から体系的にとらえようとする試みがなされており、これらは連続体損傷力学(Continuum Damage Mechanics:CDM)と呼ばれている。連続体損傷力学は、材料の損傷状態をなんらかの適切な損傷変数で記述することで、損傷の発展や損傷材料の力学的挙動を連続体力学の枠内で扱うことを可能にし、これにより損傷が材料の特性に及ぼす影響を精密化したりあるいはより複雑な問題に拡張することが可能となる。このとき、連続体損傷力学では、損傷変数の定義に続き損傷の発展を支配する式(損傷発展方程式)および損傷を受けた材料の力学的挙動を記述する構成式を定式化する必要がある。しかし、この損傷体の構成方程式の定式化において必要とされる損傷の発展方程式や損傷変数と弾性定数の関係等を理論モデルで解析的に得るのは必ずしも容易ではない。特にマイクロクラックパターンの異方性や、個々のマイクロクラックの閉鎖・表面摩擦の影響等を考慮するのは至難である。また、実験でこれらの微視的情報を得るのも現状では困難である。このような問題点を解決するために、多結晶脆性固体を結晶粒レベルすなわち準微視的なスケール(mesoscopic scale)で直接的にモデル化する3次元メソ解析手法を提案する。提案したメソ解析によりマイクロクラッキング挙動の解析を行ない、その結果から実験や理論解析では得られない情報を得ることは有効であると考えられる。

 本メソ解析手法では、まずランダムな形状の多結晶体の結晶粒モデルを表現するために3次元ヴォロノイ(Voronoi)分割によるメッシュの作成を行う(図1)。次に、3次元剛体・ばねモデルに基づいて剛性方程式の定式化を行う。剛体・ばねモデルは計算不連続体力学モデルの一つであり、マイクロクラッキングのような不連続な問題の解析に好適なモデルである。

図1 3次元多結晶体モデル

 剛体・ばねモデルにより各結晶粒は剛体要素に、結晶粒界面は剛体を結合するばね形に置き換えられる(図2)。剛性方程式の定式化に際しては、各種の複合材料への適用を念頭にマイクロインクルージョン(特殊な場合としてマイクロボイドを含む)の効果を表現できるようにする。

図2 3次元鋼体・ばねモデル

 提案したメソ解析手法の有効性を検討するために、3次元メソ解析手法によりマイクロインクルージョンの総体積率と単軸引張り下の等価弾性定数の低減率の関係を調べ、Nemat-NasserとHoriの理論解析による3種類の近似解を比較した。この結果、両者は良好に対応した(図3)。図中/Eは母材とインクルージョンのヤング率の比である。同時にマイクロインクルージョンの粒径のばらつきが等価弾性定数に及ぼす影響や、マイクロクラックがインクルージョン界面または母材内に偏って分布する場合にインクルージョンの総体積率や力学的特性が等価弾性定数に及ぼす影響(図4)を検討し明らかにした。

図表図3 マイクロインクルージョンの総体積率と等価弾性定数の関係(Nematt-NasserとHoriの近似理論解との比較) / 図4 マイクロクラック密度と等価弾性定数の関係

 次に、種々の多軸応力下のマイクロクラッキング挙動の3次元メソ解析を行ない、これを仮想的な実験の結果とすることで、連続体損傷力学におけるChowとWangの異方性損傷理論モデルの妥当性と適用範囲について検討を行った。考察の結果オリジナルの損傷理論モデルでは圧縮荷重下における損傷の発生を取り扱う際に問題があることがわかった。そこで損傷力学モデルにおける第一の改良として等価損傷応力の式に静水圧項を加えた。静水圧項を考慮することで圧縮応力を含む荷重条件でも初期損傷発生応力を正確に得ることが可能となった。次に、マイクロインクルージョンの弾性定数、総体積率、インクルージョン界面の強度の影響を検討した。例えばインクルージョンの界面強度が低い場合、マイクロクラックは最初はインクルージョン界面に集中的に発生しその後母材へ伝播していく。このときの多結晶体断面におけるマイクロクラック・パターン図を図5に、マイクロクラック密度比と総損傷の関係を図6に示す。マイクロクラック密度比はインクルージョン界面における損傷と多結晶体全体の損傷の比である。この結果から推測されるように総損傷-損傷発生限界の関係式はマイクロインクルージョンの特性の影響を大きく受ける。図7は単軸引張り荷重下における総損傷-損傷発生限界の関係を示したものである。そこで第2の改良として総損傷-損傷発生限界の関係式において、マイクロインクルージョンの効果を取り込んだ。この結果、マイクロインクルージョンの特性の影響を損傷力学モデルにおいて適切に表現することが可能になった。改良された異方性損傷理論モデルにより計算された損傷体の応力-ひずみ曲線とメソ解析による結果を比較したものを図8にしめす。この比較から改良された異方性損傷力学モデルはメソ解析結果と良好に対応していることがわかる。以上でChowとWangの異方性損傷力学モデルの改良により、各種荷重条件下でマイクロインクルージョンのヤング率、総体積率、界面強度の効果を適切に表現する損傷力学モデルを構成することができた。以上から、3次元メソ解析を仮想実験の手段として扱い、連続体損傷力学における損傷理論モデルの評価および改良を行う手段は有効であることが示された。

図表図5 多結晶体の断面におけるマイクロクラック・パターン図 ←塗りつぶされた要素はインクルージョン 太い線はマイクロラック / 図6 総損傷とマイクロクラック密度比 ↑E*:インクルージョンと母材のヤング率の比 cr*:インクルージョン界面強度と母材強度の比 Vi:インクルージョンの総体積率図7 総損傷と損傷発生限界図8 応力-ひずみ関係(改良された損傷力学モデルとメソ解析結果の比較)

 最後に、メソ解析手法をマクロクラックを有する多結晶脆性固体のR曲線挙動解析に応用した。すなわち脆性固体中に存在するマクロ亀裂のモードI応力下における伝播挙動を解析し、得られたR曲線(亀裂進展抵抗曲線)およびクラック進展図から各種の高靭性化現象について論じた。解析に用いた多結晶体モデルの全体図を図9に示す。この解析領域外縁部にモードI応力に相当する荷重を与える(図10)。単相材料においては結晶粒サイズ、残留応力、破壊モードがR曲線挙動に及ぼす影響を検討した。ここで述べられている残留応力とは、セラミックスのような熱履歴を受けて製造される脆性材料において焼結過程に結晶粒界に引張・圧縮と交互に発生するものをさす。図11にメソ解析によって計算されたR曲線を示す。図中は圧縮の残留応力の程度を示すパラメータである。残留応力が大きくなるにつれ最終的な破壊靭性は向上する。図12(a)の残留応力を無視した場合に比べ、図12(b)では圧縮の残留応力に起因してマイクロクラックが広範な領域に分散して発生していることがよりわかる。この結果、マイクロクラックのクラウド(雲)がマクロ亀裂の先端近傍を外部応力による応力集中から遮蔽する状態となり、マイクロクラックによる高靭性化現象(microcrack toughening)が発現している。次にマイクロインクルージョンを含む二相脆性固体においてはマイクロインクルージョンの大きさや体積率、界面強度が破壊挙動に与える影響を検討した。この結果、母材の結晶粒よりも大きなサイズのインクルージョンがある程度の総体積率を越えて存在する場合、マイクロインクルージョンと母材間の界面強度が母材内部より低くても、破壊靭性が向上する現象をシミュレーションにより再現することができた(図13)。このときのマクロ亀裂の進展の様子を図14にしめす。

図表図9 解析領域全体図 / 図10 解析領域外縁部のモードI荷重図11 R曲線:残留応力の影響図表図12 クラックの進展図:残留応力の影響 / 図13 R曲線:インクルージョンの界面強度の影響 / 図14 クラックの進展図

 以上の研究を通して、マイクロインクルージョンを含む各種の脆性固体の破壊挙動問題の解明や適切な損傷力学モデルの構成に対するメソ解析手法の有用性を確認した。

審査要旨

 セラミックスなどに代表される多結晶脆性固体において材料中の微視的構造における多数の空隙すなわちクラックやボイドの発生と成長は一般に材料の強度、剛性、靭性などの力学的特性の低下を招き、さらには巨視的な亀裂の発生と最終的な破断を引き起こす。このような微視的損傷やマイクロインクルージョンなどの介在物の存在が材料全体の特性にどのような影響を及ぼすかを説明するモデルがあれば、材料設計の際に合理的指標を提供することができる。

 連続体損傷力学は、材料の損傷状態を何らかの適切な損傷変数で記述することにより、損傷の発展や損傷材料の力学的挙動を連続体力学の枠内で扱うことを可能にし、これにより損傷が材料の特性に及ぼす影響を精密化したりあるいはより複雑な問題に拡張することが可能となる。連続体損傷力学では、損傷変数の定義に続き、損傷の発展を支配する式(損傷発展方程式)および損傷を受けた材料の力学的挙動を記述する構成式を定式化する必要がある。しかし、この損傷体の構成方程式の定式化において必要とされる損傷の発展方程式や損傷変数と弾性定数の関係などを理論モデルで解析的に得るのは容易ではない。特に、マイクロクラックパターンの異方性、個々のマイクロクラックの閉鎖・表面摩擦の影響などを考慮するのは至難である。また、実験でこれらの微視的情報を得るのも現状では困難である。

 本論文ではこのような問題点を解決するために、多結晶脆性固体を結晶粒レベルすなわち準微視的なスケール(mesoscopic scale)で直接的にモデル化する3次元メソ解析手法を提案している。さらに、提案したメソ解析手法によりマイクロインクルージョンを含む脆性固体のマイクロクラッキング挙動の解析を行ない、その結果から適切な異方性損傷力学モデルおよび破壊靭性に及ぼすメソスケール・パラメータの影響などについて論じている。各章の内容は以下のとおりである。

 第1章では、本研究の背景、目的および本論文の構成について述べている。

 第2章では、マイクロインクルージョンを含むマイクロクラッキング多結晶脆性固体に対する3次元メソ解析手法を提案している。まず、ランダムな形状の多結晶体の結晶粒モデルを表現するために3次元ヴォロノイ分割によるメッシュの作成を行ない、続いて3次元剛体・ばねモデルに基づいて剛性方程式の定式化を行なっている。剛体・ばねモデルは計算不連続体力学モデルの一つであり、マイクロクラッキングのような不連続問題の解析に好適なモデルである。剛性方程式の定式化に際しては、各種の複合材料への適用を念頭にマイクロインクルージョン(特殊な場合としてマイクロボイドを含む)の効果を取り込んでいる。最後に、マイクロクラッキング挙動の解析手順といくつかの計算例について述べている。

 第3章では、3次元メソ解析手法によりマイクロインクルージョンの総体積率と単軸引張り下の等価弾性定数の低減率の関係を調べている。メソ解析の結果とNemat-NasserとHoriの理論解析による近似解を比較するとともに、マイクロインクルージョンの大きさのばらつきが等価弾性定数に及ぼす影響を検討している。続いて、マイクロクラック密度と等価弾性定数の低減率の関係を調べている。マイクロクラックの分布をマイクロインクルージョン界面に集中させた場合と分散させた場合の比較から、マイクロクラッキング挙動時にマイクロインクルージョンの存在がいかなる影響を及ぼすかを考察している。

 第4章では、種々の多軸応力下のマイクロクラッキング挙動の3次元メソ解析を行ない、これを仮想的な実験結果とすることにより、連続体損傷力学におけるChowとWangの異方性損傷力学モデルの妥当性と適用範囲について考察している。ChowとWangの異方性損傷理論では損傷変数に2階のテンソルを用いており、スカラ量の損傷変数を用いた理論モデルに比べてより広い範囲の応力状態への適用が可能である。以上の論議の結果に基づき、改善された異方性損傷力学モデルを提案し、その有効性についても検討している。

 第5章では、メソ解析手法をマクロクラックを有する多結晶脆性固体の破壊靭性解析に応用している。すなわち、脆性固体中に存在するマクロクラックのモードI応力下における伝播挙動を解析し、得られたR曲線(亀裂進展抵抗曲線)およびクラック進展図から各種の高靭性化現象について論じている。検討した内容は結晶粒サイズ、残留応力、破壊モードの影響である。

 第6章では、第5章と同様にメソ解析手法をマイクロインクルージョンを含む二相脆性固体の破壊靭性解析に応用している。ここではマイクロインクルージョンの大きさや体積率、界面強度が破壊挙動に与える影響についてを考察している。

 第7章では、本研究成果を総括している。

 以上を要するに、マイクロインクルージョンを含む脆性固体の3次元メソ解析手法を提案し、損傷解析および破壊靭性解析への適用を通して、その有用性を実証した本論文は、種々の材料の破壊問題の解明および新材料の設計開発の合理化に大きく貢献するものであり、高い工学的・工業的価値を有すると判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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