学位論文要旨



No 111802
著者(漢字) 高戸谷,健
著者(英字)
著者(カナ) タカトヤ,タケシ
標題(和) 積層複合材料構造の設計・製作支援のための数値モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 111802
報告番号 甲11802
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3600号
研究科 工学系研究科
専攻 船舶海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金原,勲
 東京大学 教授 大坪,英臣
 東京大学 教授 野本,敏治
 東京大学 助教授 影山,和郎
 東京大学 助教授 大和,裕幸
内容要旨

 近年、船舶や航空機などのVehicleと呼ばれる移動構造体に対して、高性能を実現しながら環境に優しいという条件を要求する傾向が強くなっている。このような要求に対して、構造体の軽量化が一つのキーポイントとなる。構造体の軽量化は、多くの貨物や乗客を小さい動力で高速に移動可能とするので、高性能を維持しながら、低燃費を実現できるからである。

 このような面圧に対して強度・剛性を保持しつつ高度の軽量化を要求される構造体の実現のために、著しい性能向上を達成するポテンシャルを持つ材料である複合材料の適用が期待されている。複合材料とは、複数の素材の組み合せにより、素材単体に比べて優れた性質・機能を実現するために設計された材料であり、複合材料の適用は鋼鉄やアルミニウム合金に代表される既存の材料の単なる材料置換にとどまらず新しい構造概念の創成をも可能とする材料システム技術と考えられる。

 複合材料の中でも、繊維強化プラスチックと呼ばれる樹脂を強化繊維で補強した層状の材料を積み重ねて製作する積層材料は、比強度・比剛性が慣用材料に比べて大きく、異方性材料を有効に利用することで必要な方向に必要な特性を持たせる設計が可能であることなどの特徴から、軽量構造体の実現に有効な材料であると考えている。しかしながら、優れた特徴を持つ積層複合材料を構造体に適用するには、従来の均質等方性材料を対象とした材料力学的手法では複合材料の持つ大きな自由度を生かした設計が十分に行なえないなどの設計・解析・製作の面で様々な問題を抱えている。

 近年の電算機の性能の発達や有限要素法などの解析ソフトウェアの発展にともない、大型構造物の設計の際に大規模な構造解析や電算機支援による製造プロセスの管理が要求されている現実を踏まえ、積層複合材料を用いて構造体を設計・解析・製作する際には電算機による各段階での支援が欠かせないと言える。自由曲面の生成、積層の定義、力学特性の予測と構造解析、積層の最適化、精度良い成形型の製作や自動積層など様々な電算機支援の形態が考えられる。

 本論文においては、まず積層複合材料を用いて構造体を設計・解析・製作する際の電算機の適用の立場から積層複合材料の留意点を整理し、既存の電算機支援システムの問題点を指摘した。

 積層複合材料構造への電算機の適用の立場から考慮すべき点は、第一に強い異方性を有しているため、強度、剛性を考える上で繊維方向を考慮しなければいけないことが挙げられる。先進複合材料の代表格である炭素繊維強化プラスチックは、繊維方向の弾性率が繊維と直角方向の弾性率に比較して数十倍も大きい。破断強度についても、繊維方向と繊維に直角方向では数十倍の違いがある。第二に積層材の破壊様式が複雑であるため、設計の要求するレベルに応じて検討を要する破壊様式が異なり、厚肉シェル要素による構造解析、各層の応力解析による各種破壊則の適用、均質化法等によるミクロ解析などの構造解析の段階が違ってくる。第三に積層複合材料構造の設計とは強度・剛性を制約条件とし、構造重量とコストを目的関数として様々な設計可能なパラメータを設定していく作業であるが、複数の素材の組み合わせに積層という工程が加わるので、膨大な設計の自由度の中から最適な設計を選択する必要があることが挙げられる。

 この三点に注目して既存の電算機支援システムを評価すると、均質・等方性材料を中心として開発が進められてきた様々な市販のシステムでは問題が生じていることが確認された。例えば、繊維方向の定義において、既存のシステムは全体座標系に対する定義と、要素の各辺を基準とする局所座標系による定義の二つの方法をとるものがほとんどを占める。全体座標系では、曲面上の積層角度を定義しにくく、要素の辺を基準とする局所座標系では、要素分割に依存するため、要素の再分割が繊維方向の再定義をともなうので手間がかかるなどの、いずれの方法も使いにくいことが挙げられる。また、積層順序や各層の属性を要素に個別に与えているため、膨大な設計の自由度の中から最適な設計を選択する際の設計変更が各要素の再定義を必要とするので、設計変更への柔軟な対応がしにくいこと、さらに要素間の関係が欠落することになるため、部分的に異なる積層構成の場合、層の連続性が失われ、ポスト処理における層毎の応力や破壊指数の表示が困難であることが問題点として挙げられる。

 この指摘した問題点を解決するため、本論文では設計から製作まで一貫して扱うことができる積層複合材料専用システムが必要であると考え、積層複合材料構造に適した電算機支援のための数値モデルを提案し、電算機援用システムを作成することを目的とした。

 繊維と樹脂から出発し、積層プロセスを経て、最終的に構造物が完成する一連の成形プロセスを考えると、積層複合材料構造とは、繊維と樹脂の素材、単層板、積層板、積層構造体、の四段階の階層的な構造を有していると考えることができる。本論文では、ある物性を持つ単層板とその単層板が積層された積層板の階層構造が積層複合材料に固有の構造であることに注目し、その構造の構成要素を検討することで積層複合材料構造の数値モデルを提案した。

 設計者が対象を扱う階層構造のレベルに応じて検討を要する設計パラメータが、繊維と樹脂の組み合わせの選択、単層板の選択、積層順序と積層角度の選択、構造様式や接合方法の選択と変化する必要がある。そこで、積層複合材料構造に固有の単層板と積層板の階層構造をオブジェクト指向の概念に基づいて数値モデルを電算機上に実装した。積層複合材料は必ず成形型の上に製作されるため成形型の形状が実際の製品の形状を決定するので、まず成形型の形状を規定する形状オブジェクトが必要である。形状オブジェクトにより成形型の曲面が場所の関数として座標系と座標が定義されたのを受けて、積層領域を定める領域の頂点の位置と繊維方向を指定する積層角度が与えられる。各層毎に積層領域と積層角度を与え、その層の積層順序を与えることで積層が定められるので、積層オブジェクトとしてまとめられる。各層に使用する材料と板厚を与えることで単層板を規定することができるので単層板オブジェクトとして考えた。

 この数値モデルを利用した電算機援用システムにより実現化された機能は以下の通りである。

 まず、実際に積層する際の自然な基準軸と一致させるため、積層の定義の基準として形状オブジェクトで定義された成形型の曲面に沿った座標系を採用したことで、繊維方向の定義と積層領域の定義を容易に行なうことが可能となったことが挙げられる。

 次に、各層毎の積層領域と積層角度、および層の積層順序を積層オブジェクトとして定義したため、積層データが面上の場所の関数として与えられた。適当に分割された有限要素の位置から積層データを要素に自動的に与えることが可能となるため、設計変更を行なった場合、自動的に要素の再定義を行ない構造解析を実施することで容易に設計変更の評価を行なうことが可能となった。しかし、積層データが面上の場所の関数として与えられるため、一つの要素内で繊維方向や積層構成が異なる場合が生じることになった。積層構成が要素内で変化する場合については、同一の積層構成を有する領域を抽出し、その領域を要素分割することで除外した。本論文では、要素内で異方性主軸の向きが変化する場合について、厚肉シェル要素を改良し、繊維方向を定義する基準軸を各節点に与え、基準軸を要素内で内挿関数を用いて内挿する定式化を行ない対処した。

 また、構造解析の後処理において、積層領域が異なる関係で複数の積層構成が存在し、積層の定義での層と有限要素に与えた属性としてのレイヤとが異なる番号付けをされている場合が多い。層番号と各要素でのレイヤ番号を保持することで、要素間の関係を明確にし、物理的に連続な各層の応力や破壊指数を表示することが可能となった。

 さらに、製作を支援するための機能として、成形型に積層する際に材料が貼れるか貼れないかの指標であるガウス曲率を表示することで積層の難しい箇所をチェックする曲率の表示機能、設計の目的関数である重量を求めるために各層の表面積および重量を計算する機能、設計通りの形状を持つ製品を得るために板厚分をオフセットさせたオスの成形型の曲面の出力機能を実現した。

 最後に超軽量ディンギーやIORヨット等のいくつかの事例についてケーススタディを行ない、開発したシステムと既存のシステムの比較を行なった。

 この結果、既存のシステムは、曲面の定義方法や洗練されたユーザーインターフェース、多彩な解析機能を有しているが、積層の定義方法や設計変更への柔軟な対応などの問題点を抱えているため、積層複合材料の自由度を十分に活用できないことが、種々の点で明らかにされた。

 これに対して、開発したシステムでは積層複合材料特有の積層設計という概念を取り入れ、積層データを積層オブジェクトにまとめることで、積層の定義が簡単に行なえること、設計変更に柔軟に対応できること、解析の評価が容易に行なえることなどの様々な利点が生じることをいくつかの事例にもとづいて具体的に検証することが出来た。さらに、積層プロセスを考慮した製作支援について検討を加え、精度良い成形型の製作を支援することが可能となった。

 以上のように、本論文で提案した数値モデルを電算機上に構築した結果、積層複合材料構造の設計・解析・製作の電算機支援システムの原形を示すことができ、今後は接合部を考慮したモデルへの拡張、設計者が使いやすいインターフェースの開発、積層シミュレーションの実現などにより、本システムを拡張していくための合理的な方向付けを行なうことができた。

審査要旨

 船舶や航空機などの移動構造体は、性能向上、省エネルギおよび環境調和性の観点から、面圧等の外力に対して強度・剛性を保持しつつ高度の軽量化をはかることが要求される。そのような視点から、重量に対する強度と弾性率に優れた複合材料の移動構造体への適用が世界の趨勢となっている。複合材料の適用は鋼鉄やアルミニウム合金に代表される既存の材料の単なる材料置換にとどまらず新しい構造概念の創成をも可能とする材料システム技術と考えられる。本論文は、複雑な形状と積層構成を有する複合材料構造を正確に定義するための数値モデルを提案することにより、電算機による設計・解析・製作支援システムを開発したもので、6章より構成される。

 第1章は序論で、船舶(いわゆるFRP船)、航空機を中心とした複合材料の適用の現状と将来について述べるとともに、そこでの電算機支援の役割を、力学特性解析と製作支援を中心に述べている。

 第2章は、複合材料構造の特徴と数値モデル化に関する留意点として、複合材料の力学特性の特徴(異方性と不均質性)に起因する問題と、成形型に積層していくという製作上の特徴に起因する問題があることを指摘している。

 第3章では、上述の問題点を解決するため、設計から製作まで一貫して扱うことができる積層複合材料構造に適した電算機支援のための数値モデルを提案している。繊維と樹脂から出発し、積層プロセスを経て、最終的に構造物が完成する一連の成形プロセスに注目し、単層板の占める領域、方向および積層順序を規定することで積層複合材料構造モデルを定義していく方法を提案し、単層板と積層構造の階層構造を、オブジェクト指向の概念に基づいて電算機上で記述するための基本概念を示している。さらに有限要素構造解析への展開の方策を論じている。

 第4章では、電算機支援システムを開発した手順について述べている。開発環境、形状データの取り込み方法について具体的に述べるとともに、積層複合材料構造のクラスとメンバについて詳細に説明している。またこれらのクラスとメンバを用いた積層の定義と設計変更への対応がGUIを用いて容易に行えるシステムを開発している。また有限要素構造解析のプリ・ポスト処理プログラムとしてのシステム開発についても述べている。

 第5章では、既存の電算機支援システムを用いて具体的に設計・解析した2事例を紹介し、その過程で明らかになった既存システムの問題点を指摘している。次に本論文で開発した電算機援用設計製作支援システムを2事例に適用し、既存システムとの比較をすることで開発システムの総合的評価を行っている。超軽量ディンギーの設計製作を既存のシステムで行った事例を示し、以下の問題点を具体的に示している。(1)繊維方向の定義において、既存のシステムは全体座標系に対する定義と、要素の各辺を基準とする要素座標系による定義の二つの方法をとるものがほとんどを占めているが、全体座標系では、曲面上の積層角度を定義しにくく、要素の辺を基準とする要素座標系では、要素分割に依存するため、要素の再分割が繊維方向の再定義をともなうので手間がかかるなどの、いずれの方法も使いにくい、(2)積層順序や各層の属性を個々の要素の材料特性として与えているが、積層構成の変更が各要素の材料再定義を必要とするため、設計変更への柔軟な対応がしにくい、(3)各断面での積層順序が与えられているだけなので、構造の中で積層構成が変化すると、ポスト処理における層毎の応力や破壊指数の表示が困難である。

 本研究で開発したシステムを平板とIORヨットの設計に適用して以下の利点を明らかにしている。まず、積層の定義の基準として形状オブジェクトで定義された成形型の曲面に沿った座標系を採用したことで、繊維方向の定義と積層領域の定義を容易に行なうことが可能となった。次に、各層毎の積層領域と積層角度、および層の積層順序を積層オブジェクトとして定義したため、積層データが基準型面上の場所の関数として与えられた。適当に分割された有限要素の位置から積層データを要素に自動的に与えることが可能となるため、積層領域や配向角の変更、新たな層の追加あるいは既存の層の削除に対して、容易に対応できるようになった。

 有限要素解析への展開を考えると、積層変更により一つの要素内で繊維方向や積層構成が異なる場合が生じることになる。積層構成が要素内で変化する場合については、同一の積層構成を有する領域を抽出し、その領域を要素分割することで対応した。また、要素内で異方性主軸の向きが変化する場合について、厚肉シェル要素を改良し、繊維方向を定義する基準軸を各節点に与え、基準軸を要素内で内挿関数を用いて内挿する定式化を行ない対処した。さらに、層番号と各要素でのレイヤ番号を保持することで、要素間の関係を明確にし、物理的に連続な各層の応力や破壊指数を表示することが可能となった。

 最後の第6章は結論で、本論文の成果を総括したものである。

 以上を要するに、本論文は、複雑な形状と積層構成を有する複合材料構造を、新たな数値モデルを導入することで、簡単かつ正確に定義できるようにしたばふりでなく、従来一般に行われていた設計解析における種々の問題点を解決できることを具体的な事例により明らかにしている。開発された設計・製作支援システムは、複合材料構造における設計製作業務における新しいアプローチを提案するものであり、工学とくに複合材料工学の発展に貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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