内容要旨 | | 1はじめに 脆性破壊に対する欠陥の許容判定の方法を定めたものとして、我国では日本溶接協会規格WES2805が有名である。この規格はCTOD概念をベースとし、欠陥部位に生ずるひずみと欠陥寸法よりCTODを評価し、これと破壊靭性値を比較することによって安全性の判定を行うことになっている。本研究では、特に実用上重要な問題である構造的応力集中部に欠陥の存在する場合について、ひずみの定義の仕方、ひずみ集中係数の推定方法、CTOD評価曲線の妥当性などを、数値計算の結果に基づいて検討したものである。また、英国の欠陥評価規格として有名なBSIPD 6493(CEGBR6のFAD ap-proachを取り入れている)の妥当性についてもあわせて検討した。 2長手方向スチフナ付広幅試験体モデル 日本溶接協会(以下JWES)のFTR研究委員会が用いた、長手方向スチフナ付広幅試験体を取りあげ、有限要素(FEM)モデルを構築した。この試験体は、厚さ20mmの広幅平板に厚さ50mmのスチフナが溶接されたもので、スチフナ端から20mmの位置に深さが10mmで長さが50mmおよび20mmの表面クラックが機械加工されている。用いた材料はJIS SM41Bの軟鋼と高張力鋼HT80である。解析では、引張試験により得られている材料の応力―歪曲線を用いた。ヤング率は205.8CPaで、降伏応力YはSM41Bでは284MPa、HT80では774MPaである。 2.1FEMモデル 上述のモデルに対し、MARCコードとメッシュジェネレータMENTAT-II.1を用いて3次元弾塑性有限要素解析を行った。クラック先端のメッシュは20ノードプリック要素とし、楔型に変形できるとともに、クラック先端のノードは1/の歪特異性ができるようにした。これは、全塑性非硬化型材料のクラック先端の実際の歪場に対応している。クラック先端の開口変位(CTOD)は、変形したメッシュから、先端の鈍化現象を考慮して計算により求めることができる。当初重なりあったノードは空間的には同じ点にあるが、要素が変形するに従って互いに離れることになる。CTODは90°インターセプト法[1]によって、変形したクラック形状から算定した。上記の計算に加えて、試験体のクラック存在部位に生じる局所歪を評価するために、クラックの無い場合の3次元モデルも解析した。 3解析の結果3.1R6(FADアプローチ)の検討 弾塑性解析によって、試験体におけるJ-積分を評価し、解析した各試験体の破壊評価線図(FAD)を作成した.図-1は計算結果と、BSI PD6493[2,3,4,5,6]のLevel 2及びLevel 3曲線を比較したものである。パラメータLrの評価には、いくつかの異なる評価式を用いたが、一般的に、Level 2あるいはLevel 3の曲線とは、一致しない。 そこで、R6アプローチにおけるLrの定義に関し、有効幅Weffの考え方を提案し、これを崩壊荷重の計算に用いることとした。結果を図-2に示す。ここで用いたLr推定式は、全体降伏荷重アプローチの方法を除いて、Level 2あるいはLevel 3の破壊評価線図(FAD)とは合っていない。また、予想されたように、局所降伏荷重アプローチでは、Weffを導入しても、結果はほとんど変わらなかった。唯一、Weffを導入した全体降伏荷重アプローチのみがLevel 2およびLevel 3の破壊評価線図(FAD)と良く合っており、この方法によって、従来適用が困難とされていた構造的応力集中部を有する試験体の評価に対し、実用上R6アプローチを用いることができることが判明したのである。 3.2JWESアプローチの検討 WES2805によると、無次元化されたCTODの評価式は以下のように表される。 ここに, :CTOD c:クラック底におけるK値に基づいた等価貫通クラック寸法 y:降伏応力 y:降伏歪 この式よると、はの他、いわゆる局所歪というパラメータに依存する。このはクラックの無い場合にクラック存在部位に生ずるであろう歪を意味し、平均歪集中係数から推定されるものである。このの推定については、萩原[7]により提案されたものが用いられているが、図-3に示すように歪の大きな領域では非安全側の振る舞いを示しており、改善が求められている。ここでは、まず、局所歪パラメータの在り方を検討し、このパラメータの適切な定義の仕方を提案した。このは図-4から、クラック長さ全体に渡り平均した表面歪とするのが最も良好なCTODの推定を与えることがわかった。次に、局所歪の推定に関して、平均歪集中係数、平均弾性応力集中係数及び平均応力集中係数を検討し、局所歪の推定に及ぼす影響を評価した。そして、「正味断面応力効果」と名付けた新しい概念の正味応力netを提案し、この新しい概念に基づいて正味応力を推定することとした。そして、この正味応力の値を用いてを推定する新しい式を次のように提案した。 ここでgはグロス応力、=net/Y、netは正味(ネット)応力、n=0.12ln(1391.6/Y)(Yの単位はMPa)である。 平均弾性応力集中係数は、クラック長さにわたって表面の弾性応力集中係数を平均したものであり、これは応力解析、即ちFEM解析により計算される。図-5により、式(2)は、計算結果との比較によりほぼ安全側の推定を与えることがわかる。次に、本論文における、種々の定義や正味断面応力効果の妥当性を検討するため、FTR委員会の実験結果[8]に対して破壊応力(破時におけるグロス応力:)の推定を行った。図-6は、本論文の手法による推定破壊応力と、実際の破壊応力の比較である。また、比較のために萩原の式など現行の方法により推定した破壊応力を図-7に示してある。破壊応力の推定の手順は次の通りである。 (a)実験データから求めたc(限界CTOD)を式(1)に代入して、局所限界歪cを計算する。 (b)この限界歪cは、として、破壊時における公称歪nomと関連づけられるので、の関係より推定破壊応力が得られる。 (c)ただしは、式(2)(或いは、萩原の式)よりわかるようにグロス応力の関数であるから、実際には(b)項では2次方程式を解くことになる。ここで、歪がの場合は別の取扱いが必要で、萩原[7]が示す手順に従わねばならない。 4考察 前章の推定手順の結果を、式(2)に基づいた場合、及び萩原の式に基づいた場合、それぞれについて表-1及び表-2に示す。ここで、両方の推定共に本論文の定義Bに従って、同じ限界CTOD(c)と平均弾性応力集中係数を用いていることを指摘しておく。式(2)におけるファクターの推定には、「正味断面応力効果」の概念が用いられ、その値は表-1に考慮された全ての場合について=1.21であった。表2では、萩原の原論文に合わせて、全てのデータについて=1としている。図-6及び図-7から分かるように、同じ評価データに対して非安全側の結果を与える場合が多い萩原の式とは対照的に、式(2)は検討したほぼ全ての点で破壊応力の安全側の推定を示している。なお線形弾性的に破壊した場合については、式(2)の破壊応力の推定値は、萩原の式による推定値と殆ど同じ値である。何故なら、これらの式はLA(最初の降伏応力、図-5参照)より下の応力範囲では値が一致しているからである。 LAとLBの間の応力範囲では、これらの式はかなり異なり、式(2)はを過大評価する。したがって、を、同一応力に対して過大評価することになり、JWESの評価手順ではの過小評価、すなわち破壊応力の過小評価となって安全側になるのである。 図-7及び表-2に示した結果では、萩原に従い正味応力とグロス応力の比として=1を用いた。しかし、「正味断面応力効果」により提案されたの値を用いても、萩原の式は破壊応力の満足な推定値を与えない。また。表-2から分かるように、が4つの試験体、即ちASS50-1,ASS20-1,2及びBSS50-1で材料の降伏応力と同じ値を示している。これらの推定値について言うと、LB(萩原の式の降伏応力)以上の適用応力については、構造は一般的な降伏を起こすことになり、従って、推定応力は材料の降伏応力以上の値を示さねばならない、しかし、JWESのクラック評価においては全断面降伏はすなわち塑性崩壊であり、これ以上の値は意味がない。そこで、筆者は、萩原の式による推定値が材料の降伏応力以上の時は、降伏応力の値でカットするこにした。更に、図-7に示すようにASS50-1,ASS20-1,2及びBSS50-1が、より大きな推定応力を示すとすれば、より非安全側の結果を示すことになる。萩原の式で評価したデータには、推定値と実験値が非常に良い一致を示しているものもあるが、一般的に言ってスチフナー付の構造の評価が問題の時は、萩原の式は非安全側の傾向を示す。 新たに提案した概念、即ち「正味断面応力効果」と式(2)を用いると、殆どあらゆるデータについて、良好な推定値を与えるか、または,安全側の評価を与えている。したがって、本論文で定義された「正味断面応力効果」の考え方は、WES2805の手順において、安全側の評価を行なうという観点から破壊応力の推定法を改良できることを示している。 5結論 長手方向スチフナ付広幅試験体で応力集中部に表面クラックの入ったものの3次元弾塑性FEM解析を行った。得られた結果の考察から、実験結果との比較も行った。これによると、本論文で検討したモデルについては、新しいWES2805のCTOD評価曲線[9]の一般的振る舞いを表すには、クラック長さに渡って平均した表面局所歪で十分であることが分かった。本論文で注目したモデルについて、歪集中係数()を推定する式を提案し、FTR委員会の実験データと比較した時、全ての計算モデルについて破壊応力を安全側に評価した。同じ使用可能データに対して萩原の式は非安全側の破壊応力を示す場合が多い。R6法についての検討も行い、この方法の幾何形状依存性を示した。また、Weffパラメータを全体降伏荷重アプローチに導入すると、R6法により応力集中部分のある構造の実際的評価をすることが可能であることがわかった。これまでは、R6法は構造的応力集中部に欠陥がある場合の破壊評価には妥当ではないと考えられて来たが、Weffのような幾何的パラメータを導入すればBSI PD6493規格による評価も十分良好な結果を与えることが期待できる。 図表表1:Table of the results obtained from the estimation procedure of and other related param-eters(newly proposed equation). / 表2:Table of the results obtained from the estimation procedure of and other related param-eters(Hagiwara’s equation).図表図1:Failure Assessment Diagram with BSI Level 2 and 3 curves and the FEM results for different estimation equations(Single stiff-ener,SM41B,a=10mm,2c=50mm). / 図2:Failure Assessment Diagram with BSI Level 2 and 3 curves and the FEM results for different estimation equations including Weff(Single stiffener,SM41B,a=10mm,2c=50mm). / 図3:Evaluation of the , and kt in the crack locus for the single stiffener model,ac-cording to an average stress-strain on the crack surface(Single stiffener,SM41B,a=10mm,2c=50mm). / 図4:Relation between non-dimensional CTOD()and relative local strain(/Y)for the aver-age surface strain over the crack length(Single stiffener,SM41B,a=10mm,2c=50mm)図表図5:Evaluation of the , and kt in the crack locus for the single stiffener model,according to an average stress-strain on the crack surface with the newly proposed equation(Single stiffener,SM41B,a=10mm,2c=50mm). / 図6:Comparison between measured fracture stress()and estimated fracture stress(). / 図7:Comparison between measured fracture stress()and estimated fracture stress(),for Hagiwara’s equation.参考文献[1]T.L.Anderson.Fracture Mechanics,Fundamentals and Applications.CRC Press,second edition,1995.[2]S.J.Garwood et al.Crack Tip Opening Displacement(CTOD)Methods for Fracture As-sessment:Proposals for Revisions to BSI PD6493.Research Report 371/1988-The Welding Institute,pp.1-50,June.1988.[3]I.Milne et al.Assessment of the Integrity of Structures Containing Defects.Int.J.Pres.Ves.& Piping,Vol.32,pp.3-104,1988.[4]I.Milne et al.Background to and Validation of CEGB Report R/H/6-Revision 3.Int.J.Pres.Ves.& Piping,Vol.32,pp.105-196,1988.[5]A.G.Miller.Review of Limit Loads of Structures Containing Defects.Int.J.Pres.Ves.&Piping,Vol.32,pp.197-327,1988.[6]G.G.Chell.Application of the CEGB Failure Assessment Procedure,R6,to Surface Flaws. ASTM STP 1074,pp.525-544,1990.[7]Hagiwara Y.Evaluation on Brittle Fracture Initiation From Surface Notch at Fillet Weld Toe Using COD Design Curve.Society of Naval Architecture of Japan,pp.333-342,May 1985.in Japanese.[8]S.Machida et al.Fracture Analysis of Japanese Wide Plate Models-Comparison of JWES Approach and R6 Approach-2nd Report.IIW-X-1219-91-(),pp.1-32,July 1991.[9]Japan Welding Engineering Society.Method of Assessment for Defects in Fusion Welded Joints with Respect to Brittle Fracture.(in Japanese),Dec.1994. |
審査要旨 | | 近年、構造物には欠陥の存在が不可避であるとの前提に立ち、構造物がその機能を全うできるように設計・施工・保守・管理という全てのプロセスを通して安全性の手立てを講じて行くべきであるという考え方が普及しつつある。例えば、構造物に発見された欠陥が、破壊力学的に見て安全性に悪影響を及ぼさないと判断されるならば、その欠陥は許容してもよいということである。日本溶接協会規格WES2805は、この考え方を比較的早い時期に具体化したものであって、非破壊検査等で発見された欠陥からの脆性破壊に対する許容判定の方法を与えている。この規格では、CTOD概念がベースとなっており、欠陥が存在するであろう部位の、欠陥がない場合の局所ひずみを用いてCTODを評価し、これと破壊靭性値を比較することによって許容判定を行うことになっている。この規格は、制定後十数年が経ち、長年にわたる運用経験から種々の問題点が指摘されており、また一方で近年の破壊力学研究の発展にもあわせるべく、大規模な改訂が行われようとしている。本論分は、このような背景から、実用上最も重要と思われる構造的応力集中部にある欠陥に着目し、局所ひずみの定義の在り方、ひずみ集中係数の簡便な推定法、CTOD評価曲線の妥当性などについて、主として弾塑性数値解析結果から検討を加えたものである。さらに、WES2805と同様に溶接鋼構物の欠陥評価手法を与える基準として有名な英国規格PD6493についても考察を加えている。PD6493は、WESアプローチと異なり、英国CEGBのR6法を取り入れた、いわゆる"破壊評価線図(FAD)"の考え方に基づいている。欠陥の評価という一つの目的に対し、少なくとも見かけ上は全く異なる2つのアプローチの整合性について検討を加えることは今後の欠陥評価手法の在り方を討論する上でも非常に重要である。 さて、本論文は8章より成っている。 第1章は、序論であり研究の背景と目的を示す。WES 2805及びPD6493(ないしR6アプローチ)の考え方の基本を解説し、同時にこれらの問題点を整理して、その解決にあたっての本論文の研究を概観している。 第2章では、より詳細にWES2805、R6両アプローチの内容について述べ、研究を行う上で必要な破壊力学の考え方の概説及び数値解析法としての有限要素法(FEM)の適用の方法などについて説明している。 第3章では、本論文で用いた計算手法の妥当性を検討するために行った予備的計算結果が述べられている。例えば、種々の形状の表面き裂を有する平板の弾性解析結果が、現在最も精度が良いとされているRaju-Newmanの解と比較され、その妥当性が検証された。また弾塑性解析の適用法についても検討がなされている。 第4章では、まず片側スチフナを有する広幅平板のスチフナ端部に表面き裂があるモデルを取り上げ、3次元弾塑性FEM解析を行った結果がまとめられている。このモデルは、次章で取り上げる両側スチフナ付広幅平板モデルと同様、日本溶接協会FTR委員会で実際に破壊実験が行われたものである。材料はJIS/SM41Bであり、実際の引張試験結果による応カーひずみ曲線がインプットされた。計算にはMARCコードが使用され、特にき裂先端は20ノードブリック要素が用いられている。これによりき裂先端には1/rのひずみ特異性が生じると共に、き裂先端の鈍化を考慮することができ、90°インターセプト法によってCTODを直接算定できる。また、計算では弾塑性J積分値も同時に算定され、この結果からR6アプローチにおける破壊評価線図が直接検討されている。それによるとPD6493で採用されているレベル2及びそのFADは、一般にFEM解析結果とは一致せず、荷重パラメータLrの定義を種々変えても同様であった。このことは、構造的応力集中部に欠陥のあるような問題に対しては、R6アプローチを単純に適用することは、破壊強度評価の目的に対し、大きな危険性をはらんでいることを意味し、英国PD6493規格の問題点を浮き彫りにしたといえる。一方WES2805の手順の検討結果では、まず局所ひずみの定義を、表面き裂長さにわたって平均化された表面ひずみとすることによって、現行のCTOD評価曲線によるCTOD値がFEM解析結果と良好な対応を示すことが判明した。さらに、ひずみ集中係数の推定式として現行の萩原の式を用いると、特にひずみの大きい領域でが過小評価されることを見出した。すなわち現行のWES2805手順をそのまま適用することは、本モデル形状の問題に対しては破壊強度を非安全側に評価してしまうことになるのである。 第5章では、両側スチフナ付広幅平板のスチフナ間の中央に表面き裂のあるモデルを取り上げ詳細な検討を行っている。材料はSM41Bのほか、高張力鋼HT80も用いられた試験体である。また表面き裂の形状も、第4章のモデルで用いられた長さ50mm深さ10mmのものの他、長さ20mm深さ10mmの半円形のものも対象とした。まず、R6アプローチのFADの検証では、第4章と同じく単純な適用には無理があることを再確認した結果となった。次に、WES2805の検討では、まず実験で得られている負荷応力とCTOD他の関係がチェックされ、ここでのFEM解析結果が良好な一致を見せたことから、第3章の予備的検討結果に加え、さらに本計算手法の妥当性を示せたといえる。そして、局所ひずみの定義、ひずみ集中係数の評価式に対しても第4章と同様な結果を得、WES2805をこのような構造的応力集中部のあるような構造に適用する際の問題点を再度明確にしたのである。 第6章では、第4、5章の計算結果をもとに、R6アプローチの適用についての考察を加えている。先に述べたように本論文で取り上げたモデルに対しR6アプローチを単純に適用することはできない。この理由について種々の考察を行い、第一の問題は荷重パラメータLrの定義にあることと結論した。そして、新しく有動幅Weffの概念を導入することを試みた。この考え方は、本モデルのように応力集中の大きい場合には、荷重を受けもつ領域は事実上応力集中部近傍に限られてしまうであろうことから、例えばスチフナ幅の数倍の領域をWeffと定義し、これから崩壊荷重を再定義すべきではないかとの議論による。この考え方と、Chellらによる全面降伏(Global Yield)荷重アプローチを組み合わせることによって、RP6493レベル2ないし3のカーブはFEM計算結果とほぼ一致させることが可能となった。すなわち、従来から適用が疑問視されていた、R6アプローチによる応力集中モデルの取り扱いにおいて正しくLrを定義しさえすれば、実用上R6アプローチによる強度評価も可能であることが明らかとなったのである。 第7章では、本論文の最も重要な考察結果、すなわちWES2805手法における種々の問題点を改善するための新しい提案について述べている。第4、5章において、局所ひずみの在り方については表面ひずみを表面き裂長さにわたって平均すればよいとの結論を得ている。問題はこの局所ひずみをいかに簡便に評価すべきかということであり、これが不可能であれば実用上の有効性に大きな疑問が残る。本論文では局所ひずみは、公称ひずみにひずみ集中係数を乗じることで得られるとの前提に立ち、ひずみ集中係数の評価式について詳細な検討を行った。そして、"正味断面応力効果"と名付けた新しい考え方を導入し、あらゆる負荷応力域において常にを安全側に評価することのできる評価式を導いた。この考え方は、第6章におけるWeffの考え方のさらなる一般化と位置づけることができる。この新しい提案式の妥当性を検証するために、日本溶接協会FTR委員会で実施された破壊試験結果の検討を行った。それによると、従来の評価式を用いた場合には、推定破壊応力は場合によっては過大評価となることがあり、非完全側の評価を与えることがあるのに対し、本論文での提案式によればあらゆる実験データに対し、良好ないし安全側の評価を与えることが確認された。すなわち、本論文における"正味断面応力効果"の考え方は、WES2805の手順において、安全側の評価を行うという観点から、破壊強度推定法を改良することができることを示している。 第8章はまとめであり、本論文に述べた研究成果をとりまとめたものである。 以上のように本論文は、実用的に極めて重要な問題である応力集中部にき裂が存在する場合の破壊強度評価の在り方に対し、数種の計算モデルの3次元弾塑性FEM解析による詳細な検討を行うことによって、現在強度評価法として広く用いられているPD6493およびWES2805基準の問題点を洗い出すと共に、その改善策を新たに提案したものであって、溶接鋼構造物の安全性評価を合理的に行う上で不可欠の成果を与えるものと言える。特に、我国で制定されたWES2805における破壊バラメータ:CTODの実用的評価手法を確立したことは、工業的な観点からも誠に貴重なデータを提供しており、今後、実際に規格の改良案に取り入れられる可能性をもっている。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |