先進複合材料の強度的信頼性への要求に従い、その損傷評価及び力学特性の解析に関する研究は、近年、活発に行われるようになった。特に、先進複合材料が航空機、宇宙構造物をはじめ大型構造物の一次構造部材に用いられるようになると、その損傷許容性のみならず長期耐久性が極めて重要になってくる。特に炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)による複合材料構造物では積層構造をとることが多いが、その層間すなわち板厚方向は繊維で強化されておらず、層間特性は面内特性より著しく低く、積層面外の荷重や圧縮荷重によっては層間はく離が発生しやすい傾向がある。したがって、複合材料構造における破損は層間はく離進展に起因していることが多く、このような認識から、最も重要な力学特性の一つとして層間破壊挙動が注目されるようになってきた。 本研究では一方向CFRP材の層間におけるはく離進について、モードII疲労負荷下のはく離進展特性評価を行なった。具体的には一方向CFRP積層材のCSD(Crack Shear Displacement:き裂せん断変位)測定によるモードII層間疲労はく離進展試験方法を開発することにより、高靭化複合材料の代表とされるT800H/3900-2、IM-600/#134、および汎用材料であるT800H/3631の3種類の一方向強化CFRPについてモードII層間疲労試験を行い、はく離の開始・進展挙動、および下限界挙動を詳細に評価し、それらのメカニズムを解明することを試みた。 複合材料の層間破壊靭性の研究は、近年、活発になりつつあるが、これまで報告されたモードIIの疲労試験に関する研究ではほとんどが荷重点変位の測定によるものである。荷重点変位コンプライアンスははく離き裂長さの変化に対してそれほど敏感ではなく、感度も十分でなく、測定法に関しても技術的な限界がある。このため、本研究のENF疲労試験ではCSDの精密的測定・制御により実施することとし、CSDが20m程度の微少変位量を精密に測定するための試験方法の検討を先ず行った。CSD読み取り精度1mを得るために高精度のクリップ・オン・ゲージを用いた。ただし、き裂面同士の摩擦の影響を排除するために静的試験法では、フィルム・クッション材を挿入することが推奨されている。しかし、そのフィルムの移動がコンプライアンス値に大きく影響を及ぼしていることを実験から検証すると共に、誤差要因を理論に解明できたため、本研究ではその方法を採用しなかった。それに代わる方法として、フィルム類を用いない治具を考案し、高精度のコンプライアンス法の適用の前提となる直線的な荷重一変位線図が得られることを示した。しかしながら、疲労周波数2.5Hz以上となると治具の重みのために速度に追従できず、これに代わる方法として直径0.2mmの金属ワイヤーと厚さ0.1mmの金属箔による治具を新たに考案し、それをき裂面に挿入することにより高精度のデータを安定的に取得することに成功した。その結果、本研究で開発したENF疲労試験システムのき裂進展速度の実用的な測定限界を5Hzの場合で10-11m/cycle、10Hzの場合で4×10-11m/cycleまで高めることができた。一方、疲労試験機の制御、即ちGIImax一定試験あるいはGIImax漸減試験等は、グラフィカル・プログラミング言語LabVIEWによって記述された計算機援用試験システムを開発し、無人での長時間の試験データの取得や解析を可能にした。 本研究におけるモードII層間疲労はく離進展試験データを取得するに当たり、適用可能な繰り返し荷重周波数及び相対的な応力拡大係数の変化速度Cの限界値を実験による基礎データから求めた。その結果、モードII層間疲労はく離進展挙動評価試験条件として、繰返し荷重周波数は5Hzであっても10Hzであっても極端な違いはないこと、そしてGIImax漸減試験におけるGIImaxの相対的な変化速度2Cの値は-100m-1〜-400m-1の範囲であることなどの結果を得た。本研究における実験はこの試験条件の下で実施することとした。 3種類の材料に対して、da/dN>10-7m/cycleのき裂進展速度に対応する比較的高いGIImaxレベルから下限界近傍における低いGIImaxレベルまで、数段階のGIImax一定試験を実施し、モードIIはく離進展挙動について検討した。da/dN〜a-a0線図またはda/dN〜N線図の結果から、すべての結果に対して進展初期ではき裂の成長にともなって進展速度が大きく変化する特異な過渡領域が存在していることを示した。初期に進展速度が増加する理由としては、初期き裂として挿入した7.5mカプトンフィルムの先端の近くに存在しているある程度の樹脂リッチ部の影響と、き裂は板幅の両側より中央部が約2mm速く進展することによるき裂前縁の湾曲のためであることを見出した。さらに、初期に低下する原因は、初期き裂として挿入したカプトンフィルムと初期き裂の上下面とがフィルムの先端まで完全に剥離していないためであることを示した。以上のようなことから、試験データの解析に当たっては真の進展挙動を与えない過渡区域を取り除くべきであると結論づけた。 疲労はく離進展速度のき裂進展量の依存性に関しては、進展初期の過渡区域以降、き裂進展速度は局部的には変動があるものの、全体の傾向として安定的な定常値に留まるようになり、き裂進展量の依存性が見られなかった。すなわち、本研究において評価した3種類の材料ともモードII層間疲労はく離進展速度のき裂長さ依存性はほどんど見られないことを示した。次にGIImaxを用いて疲労はく離進展速度特性の整理を行ったが、疲労はく離進展速度(da/dN)がき裂長さに依存しないため、GIImax漸減試験の結果とGIImax一定試験の結果とは良く一致した。 はく離き裂進展速度特性に関しては、3種類の材料ともda/dN〜GIImaxの関係はべき乗則で近似できる領域を持っていること。また、応力比Rには関係なくT800H/3631と比較してT800H/3900-2とIM-600/#134のべき乗指数は低く、き裂進展速度の増加にともなう疲労はく離進展抵抗の向上はT800H/3631より大きくなった。つまり、高靭化された材料ほど疲労全寿命に占めるはく離進展過程の割合が高くなる。R=0.5の結果をR=0.1の結果と比較すると、GIImaxで整理したモードII層間疲労はく離進展挙動は繰返し荷重の応力比に強く依存する結果を得た。 下限界モードIIエネルギー解放率の評価に関しては、一般にCFRP積層板のモードII層間疲労はく離進展のべき乗指数m値は金属材料のそれと比較して非常に大きく、その結果は疲労はく離が進展しない、あるいは停止する下限界エネルギー解放率が強度設計上はより重要な意味を持っている。GIImax漸減試験(R=0.5)の結果から、da/dN〜GIImaxはべき乗関係からき裂進展速度の遅い側に外れる傾向を示し、モードIIエネルギー解放率下限界GIImaxthが存在した。具体的な値としてはT800H/3900-2、IM-600/#134、T800H/3631の順でほぼ230J/m2、210J/m2、200J/m2である。すなわち高い静的層間破壊靭性を有しているT800H/3900-2と IM-600/#134でさえ、疲労特性ではT800H/3631とほぼ同じエネルギー解放率の下限界が出現していることに注目すべきである。R=0.1の試験結果においても同様の傾向を見出した。 エネルギー解放率を一定に保って疲労試験を行い、はく離き裂が進展を開始しない最大値を求めるのは下限界特性評価法の一つである。しかしながら、この方法は適用例が極めて少ないのが実状である。そこで本研究で開発したCSD測定によるENF疲労試験法により、き裂進展開始の基準について検討した。3種類材料に対してき裂進展開始の3基準を設けた結果、CSDコンプライアンスの0.15%増加基準では安全側となり、4%基準では下限界値を高めに評価した。1%増加の基準は2種類の材料には適切な下限界値を与え、他の材料には安全側の結果を示した。このため、異なる材料に対して統一的に、そして安全側に基準を設定するという観点から、本研究ではCSDコンプライアンスの1%増加をGIImax一定試験によるはく離き裂進展開始の基準として提案した。応力比依存性に関しては、da/dN〜GIImaxの関係で強い影響が現れた。そこで、本研究ではエネルギ解放率範囲GIIを定義し、等価エネルギ解放率範囲を用いて、応力比の依存性を整理した。 試験片破面、側面、横断面は走査電子顕微鏡あるいは精密光学顕微鏡を用いて観察した。T800H/3900-2とIM-600/#134は30m程の厚目の層間を有し、進展速度の速い或いは遅い領域とも樹脂層の破壊が観察された。また、進展速度の遅い領域では繰返し塑性域寸法が層間厚さと比較して小さくなると、層間厚さの増加による靭性向上の効果が期待できず、静的破壊靭性の大小によらない樹脂単体としての下限界特性が得られたのではないかと考察した。 |