学位論文要旨



No 111809
著者(漢字) 周,風華
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,フウカ
標題(和) 動的亀裂伝播における巨視的挙動及び微視的過程に関する研究
標題(洋) Study on the Macroscopic Behavior and the Microscopic Process of Dynamic Crack Propagation
報告番号 111809
報告番号 甲11809
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3607号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 木村,好次
 東京大学 教授 近藤,恭平
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 町田,進
 東京大学 助教授 武田,展雄
内容要旨 序論

 構造体や材料中に存在する亀裂による破壊現象に関する研究は、これまでに多くなされている。しかし、亀裂伝播に関する研究は、材料の破壊靭性の亀裂伝播速度依存すること(rate-dependence of fracture toughness)と、慣性効果により発生する応力波の影響による、亀裂の進展力(crack extension force)が静的な進展力とは異なること、という2つの理由で特に困難となっている。亀裂進展力に関する研究は、一つの動的弾性力学(Elasto-dynamics)の問題で、さまざまな力学的解析手法が提案されているが、破壊靭性の速度依存性が、各材料により異なるので、材料科学に基づく研究が必要とされている。

 亀裂運動に関する動的解析では、亀裂の伝播速度の上限がRayleigh表面波速度CRであることが示されている。しかし、実際の亀裂の極限速度はCRよりはるかに小さく、その原因として、先述の破壊靭性の速度依存性、つまり、亀裂速度の増加に伴い、破壊靭性も増大し、亀裂の加速を阻止するという性質が挙げられる。破壊靭性が速度増加により増大するような性質は、本論で材料の速度増靭化(velocity toughening)と呼ばれ、脆性材料において特に顕著である。

 一方、亀裂の破壊靭性と亀裂速度の関係を明らかにすることにより、亀裂伝播挙動を調べることができる。これは原理的には単なる動弾性力学の分析であるが、実用面では困難であると予想される。特に材料の慣性と速度増靭化が相互に影響を及ぼすとき、亀裂伝播不安定性が発生する可能性がある。亀裂速度が大きくなると、分岐する現象が(方向不安定)起こる;また均一荷重条件下でも、亀裂の速度が振動する現象もある(速度不安定)。

 本論は、脆性の高分子PMMA材料を用いて、巨視的及び微視的の両視点から、亀裂伝播挙動(propagation behavior)とその内在する仕組み(intrinsic mechanism)を調べる。先ず、実験に基づき、"動的破壊靭性Gc―亀裂速度v―亀裂先端の微視的機構"の三者の関係を調べる。次に、亀裂先端の微視破壊(Micro-cracking)の機構をモデル化して、微視破壊過程で消費するエネルギーを計算し、実験で得た速度増靭現象を微視的な立場から解釈する。さらに、Gc―v関係を用いて、亀裂の伝播挙動を調べる。一般的に亀裂速度があまり大きくないとき、材料慣性の影響が速度増靭化の影響より小さいので、一階的近似で無視できることが分かる。しかし、破壊靭性が少しでも加速度依存する場合、亀裂の伝播する速度が不安定になって、一定の範囲で振動する現象が亀裂運動方程式から説明できる。

亀裂伝播実験と破面観察

 PMMA材料で作られた長さ(L)、幅(h)、厚さ(D)の長方形試験片(図1)に荷重(P)を加えて、亀裂を伝播させる実験を行い、亀裂の伝播速度を測定した。図2は亀裂が試験片長さ沿って伝播速度の変化を示す。亀裂の安定伝播速度v0は、P,L,hで表される試験片内部歪みエネルギーGcに依存することがわかった。その結果、歪みエネルギー、すなわちそれに等価する破壊靭性が、亀裂進展速度と関連することがわかった。図3にその関係を示す。

図表図1 試験片の形状と歪みエネルギー / 図2 亀裂速度の記録図3 PMMA材料の破壊靭性の速度依存性

 図3の曲線は経験的に数式(1)で表される。

 

 数式(1)は、次の3つの性質を示す:まず、材料は非常に脆性である(brittle)ために、静止亀裂の場合、破壊靭性がゼロに近い。次に、亀裂速度の増加に伴い、破壊靭性も増大する(速度増靭化(velocity toughening)現象)。そして、増靭化が速いので、亀裂極限速度VLが存在するが、VLの値はRayleigh速度に比べはるかに小さい。

 (PMMAではVLは約675m/s、Rayleigh速度CR〜1200m/sである。)

 破壊した試験片の破面を顕微鏡で観察した結果、亀裂速度の増大共に、破面は鏡面、パラボラ模様、周期模様、微視分岐、分岐など様々な微視的様相を呈する。破面の微視的様相が亀裂速度と対応することがわかった(図4)。

図4 破壊靭性Gc、亀裂速度vと破面様相の関係

 特に、比較的低い速度域(v=200〜450m/s)では、典型的なパラボラ模様が見られた。これは、亀裂が伝播する際、その先端域に微視亀裂が成長することを裏づけている。そこで、各主亀裂速度に対する微視亀裂の個数密度nとサイズの分布f(a)を測定した。一方、ある亀裂速度範囲で(480-600m/s)、破面は周期な模様を呈する。その周期模様の区間間隔は約1mmで、亀裂の速度とある程度関係する。この現象から亀裂伝播する過程中で微視的に不安定性が発生したことが分かる。

高速亀裂の微視破壊機構の解析

 材料破壊靭性の速度依存性は亀裂先端の微視破壊(Micro-cracking)機構により説明できる。具体的には、主亀裂速度が大きくなると、先端に発生する微視亀裂の個数とサイズが増大し、破壊に要するエネルギーが急激に増加する。そのため、破壊靭性は速度に伴い増加する。その機構を定量的な解明するために、図5のようなモデル化を行った;微視亀裂は円形(penny-shaped)で、その半径はa0からafまで成長し、亀裂周囲に均一な引張応力が作用する線形粘弾性体を仮定する。線形粘弾性理論の対応原理(the correspondence principle of viscoelasticity)を用いて解析すると、単独に存在する亀裂が消費するエネルギーcは、式(2)で表される。

 

 即ち、微視亀裂の成長には、そのサイズの3乗及び主亀裂速度に比例するエネルギーを要する(一般的に、afはa0より遥かに大きい)。ところで、微視亀裂の面積が、その半径の二乗に比例する;cが微視亀裂の最終半径の3乗に比例する事実から、微視亀裂の成長過程が、単純な主亀裂面積成長の過程より効率良くエネルギーを消費することがわかる。

図5 微視破壊機構の解析モデル

 以上の観察、解析結果を用いて、微視亀裂全体が破壊靭性に及ぼす影響を評価する。微視亀裂の個数密度をn、サイズの分布関数をf(a)として、すべての微視亀裂が成長するために必要なエネルギーcを、(3)式で表現する。

 

 個数密度n(v0)と分布関数f(a,v0)はともに主亀裂速度の関数であるので、微視亀裂に関するエネルギーcの破壊靭性Gcに占める割合は、速度の増加に伴い大きくなる(図6)。従って、主亀裂速度が極限速度に近い場合は、微視的破壊機構が速度増靭化現象の主な原因であると予想される。

図6 Gcc共にvにより増加する
Gc-v関係を用いた構造体中亀裂伝播のシミュレーション

 経験式(1)を利用すれば、試験片中の亀裂の挙動を予想できる。図7は、静的な有限要素法(FEM)で、主亀裂先端のエネルギー解放率を計算し、その計算結果に基づいて、亀裂速度を換算した例を示す。図7より、亀裂初期加速段階の速度実験値は、計算による予想とほぼ一致することがわかる。このFEM解析は、現在のところ、静的(static)であり、慣性項が考慮されていないが、実験結果とほぼ一致することから、動的な破壊現象においても、材料の破壊靭性の速度依存性が、慣性効果よりも大きな役割を果たすと言うことができる。

図7 亀裂運動のシミュレーション
帯板中亀裂の伝播方程式と伝播挙動

 図8のモデルを解析する:亀裂が無限大帯板の中に均一速度で伝播するとき、板内の変位を解析で或は計算で得られる。帯板全体の運動エネルギーTと歪みエネルギーUを次の式で求める:

 

 運動亀裂を含む帯板を一つの系、亀裂の長さ(l)と速度(v=dl/dt)をその系の一般化座標と考えると、系全体のエネルギーEはTとUの合計である。亀裂伝播する過程中、全体エネルギーの変化量が全て亀裂先端で消費するので:

 

 (5)から次の亀裂運動方程式が導かれる:

 

 式(6’)中のM(v)はシステムの一般化質量で、帯板全体の慣性を表現する。Mode-IとMode-III亀裂対して、それぞれの一般化質量を計算する。Mode-IIIでは解析解を得ることで、亀裂の(動力学)極限速度(dynamic limiting velocity)はせん断波速度Ctであり;Mode-Iでは数値解を得て、亀裂の(動力学)極限速度は約0.9Ctであることが証明される。

図8 帯板中の伝播する亀裂

 W0は亀裂進展力、Gcは亀裂進展抵抗である。一定の亀裂進展力では、Gc-v関係が分かれば、亀裂の伝播挙動v(t)が求まる。もしGcまた亀裂加速度と関係すると、例えば式(8)のようになると:

 

 式(6’)には不安定解が存在し、速度がある範囲で振動することが分かる。図9はその現象のシミュレーションの結果を表す。

図9 亀裂伝播速度振動する現象のシミュレーション
結論

 本研究により以下の結論を得た。

 1、脆性材料のPMMAに対して動的な破壊靭性の速度依存性を調べた結果、亀裂伝播の速度増靭化現象と亀裂極限速度の存在が観察された。

 2、亀裂速度に対して、破面は特定の微視的な破壊様相を呈する。これを微視的に観察し、主亀裂伝播の過程中、微視亀裂が主亀裂先端で形成、成長したことがわかった。微視亀裂の個数密度、サイズ分布は各主亀裂速度に対して異なる。ある速度範囲では主亀裂伝播不安定現象も観察する。

 3、微視亀裂の成長をモデル化して、成長の過程に要するエネルギーを計算した。さらに微視観察結果を用いて、微視的な破壊機構全体について消費エネルギーを評価した。微視破壊は、亀裂伝播の速度増靭性現象の主な原因であるとわかった。

 4、PMMA材料の破壊靭性-亀裂速度関係を用いて、静的な有限要素解析を行い、亀裂の加速度段階の伝播挙動を予想したところ、その結果は実験結果とよく一致している。

 5、システム全体のエネルギー保存原理を基にして、帯板中亀裂伝播挙動に関する一つ解析方法を提案し、亀裂運動方程式を導いた。

 6、亀裂運動方程式を用いて、亀裂伝播挙動を調べる。特に、一旦破壊靭性が少しでも加速度依存する時、亀裂の伝播する過程不安定になる、すなわち速度がある範囲で振動する現象が亀裂運動方程式から説明した。

審査要旨

 工学碩士周風華の提出する論文は,「Study on the Macroscopic Behavior and the Microscopic Process of Dynamic Crack Propagation」(和訳:動的亀裂伝播における巨視的挙動及び微視的過程に関する研究)と題し,英文で書かれ,9章より成っている。

 構造材料中に存在する亀裂の動的伝播に関する研究は,工学上重要な問題であり,これまでに多くなされている。この問題には,亀裂の伝播抵抗の材料による速度依存性と,慣性効果により亀裂の進展力が静的な進展力とは異なることという両面がある。亀裂進展力に関する研究は,動的弾性力学の問題の一つであり,さまざまな力学的解析手法が提案されている。亀裂運動に関する動的解析では,亀裂の伝播速度の上限が表面波速度であることが知られている。実際の亀裂の極限速度は表面波速度よりかなり小さく,その原因として,前述の破壊靭性の速度依存性が挙げられる。この速度依存性は速度増靭化と呼ばれ脆性材料において特に顕著であり,一般に強い非線形性を持つ。この非線形性は,従来,材料固有の構成方程式の非線形性や応力波の散乱によるものなどが考えられてきたが,いずれも定性的な仮説にすぎず,確かなものとはなっていない。この問題を明らかにするために,本研究では,材料中の亀裂伝播の微視的観察に基づくモデルを提案し,定量的理論解析を行ない,新たな速度増靭化の解釈を提案するものである。

 一方,亀裂の破壊靭性と亀裂速度の関係を知ることは亀裂伝播挙動を明らかにするために重要であるが,実際には高速伝播において亀裂伝播の不安定性が発生する可能性がある。具体的には亀裂径路の分岐現象(方向不安定)や亀裂速度の振動現象(速度不安定)である。本論文ではこのような亀裂の動的伝播に関する問題の解明を巨視的および微視的両面から行なおうとするものである。

 第1章は「序論」で,動的亀裂伝播に関する従来の研究を概観するとともに,本論文の目的,構成を述べている。

 第2章は,「亀裂の伝播実験」で本研究で用いた試験片の材料および形状,亀裂の伝播方法,亀裂速度の測定方法,負荷応力およびエネルギ算出方法を述べ,実験結果を整理している。その結果,実験に用いたPMMA材料中の亀裂の伝播の場合,亀裂伝播速度は負荷応力ではなく,歪みエネルギーすなわちそれに等価する破壊靭性と対応するものであることを明らかにしている。この関係は,破壊靭性の速度増靭化を示しているが,本論文においてはこの破壊靭性値と伝播速度との関係を以降1つの経験式で近似して表わしている。

 第3章は,「亀裂表面の観察試験」であり,前章の亀裂伝播実験により得られた試験片の破面の観察整理を行なっている。亀裂表面は亀裂速度の増大と共に,鏡面,パラボラ模様,周期模様,微視分岐,分岐など様々な微視的様相を呈することを明らかにし,これらの様相を亀裂速度と対応づけて整理を行なっている。そして,特に比較的低速度域におけるパラボラ模様について詳細に観察およびデータの統計的整理を行なっている。

 第4章は,「微視亀裂の成長解析」であり,パラボラ模様の形成過程の説明と単一微視亀裂の成長過程の粘弾性解析を示している。亀裂成長の粘弾性解析においては,線形粘弾性理論における弾性解との対応原理の動的な場合への一般化を行なっており,亀裂成長の際に消費するエネルギを求めている。

 第5章は,「微視亀裂の集団による速度増靭化の機構」の提案である。まず,近接亀裂の影響の評価などを数値解析を用いて行なった上で,全体の亀裂の集団により消費されるエネルギを亀裂分布を考慮して求めている。そしてこのエネルギは材料の構成方程式が線形であるにもかかわらず,強い非線形増加を示すことを示し,速度増靭化の解釈として,微視破壊モードの変化が重要であることを明らかにしている。

 第6章は,「靭性と亀裂速度関係を用いた構造体中の亀裂伝播のシミュレーション」であり,慣性力を考慮しない準静的な解析でも亀裂の破壊靭性と亀裂速度の巨視的な実験関係とほぼ一致することを示し,動的な破壊現象においても材料の破壊靭性の速度依存性が慣性効果よりも大きな役割を果たすことを示している。

 第7章は,「帯板中の面外亀裂の伝播解析」であり,亀裂の位置,速度を一般化座標とするラグランジュの運動方程式を導入し,面外亀裂の動的解析を行なっている。

 第8章は,「帯板中の面内亀裂の伝播解析」であり,前章の一般化運動方程式に基づく亀裂伝播における振動現象の解釈および現象のシミュレーションを行なっている。まず,一般的に面内亀裂の動的解析を示し,さらに,靭性と亀裂の速度関係を加速段階と減速段階で異なる場合の関係を用いて,これが亀裂伝播速度の振動を引き起こすものであることを示している。

 第9章は「まとめ」であり,本研究により得られた新たな知識を要約している。

 以上要するに,本論文は動的亀裂伝播において亀裂伝播の速度増靭性現象の主な原因が微視亀裂の成長モードの変化にあることを新たに提案したモデルの解析により示し,さらに亀裂の伝播の振動する現象を運動方程式から説明したもので,航空宇宙工学上寄与することが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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