審査要旨 | | 工学碩士周風華の提出する論文は,「Study on the Macroscopic Behavior and the Microscopic Process of Dynamic Crack Propagation」(和訳:動的亀裂伝播における巨視的挙動及び微視的過程に関する研究)と題し,英文で書かれ,9章より成っている。 構造材料中に存在する亀裂の動的伝播に関する研究は,工学上重要な問題であり,これまでに多くなされている。この問題には,亀裂の伝播抵抗の材料による速度依存性と,慣性効果により亀裂の進展力が静的な進展力とは異なることという両面がある。亀裂進展力に関する研究は,動的弾性力学の問題の一つであり,さまざまな力学的解析手法が提案されている。亀裂運動に関する動的解析では,亀裂の伝播速度の上限が表面波速度であることが知られている。実際の亀裂の極限速度は表面波速度よりかなり小さく,その原因として,前述の破壊靭性の速度依存性が挙げられる。この速度依存性は速度増靭化と呼ばれ脆性材料において特に顕著であり,一般に強い非線形性を持つ。この非線形性は,従来,材料固有の構成方程式の非線形性や応力波の散乱によるものなどが考えられてきたが,いずれも定性的な仮説にすぎず,確かなものとはなっていない。この問題を明らかにするために,本研究では,材料中の亀裂伝播の微視的観察に基づくモデルを提案し,定量的理論解析を行ない,新たな速度増靭化の解釈を提案するものである。 一方,亀裂の破壊靭性と亀裂速度の関係を知ることは亀裂伝播挙動を明らかにするために重要であるが,実際には高速伝播において亀裂伝播の不安定性が発生する可能性がある。具体的には亀裂径路の分岐現象(方向不安定)や亀裂速度の振動現象(速度不安定)である。本論文ではこのような亀裂の動的伝播に関する問題の解明を巨視的および微視的両面から行なおうとするものである。 第1章は「序論」で,動的亀裂伝播に関する従来の研究を概観するとともに,本論文の目的,構成を述べている。 第2章は,「亀裂の伝播実験」で本研究で用いた試験片の材料および形状,亀裂の伝播方法,亀裂速度の測定方法,負荷応力およびエネルギ算出方法を述べ,実験結果を整理している。その結果,実験に用いたPMMA材料中の亀裂の伝播の場合,亀裂伝播速度は負荷応力ではなく,歪みエネルギーすなわちそれに等価する破壊靭性と対応するものであることを明らかにしている。この関係は,破壊靭性の速度増靭化を示しているが,本論文においてはこの破壊靭性値と伝播速度との関係を以降1つの経験式で近似して表わしている。 第3章は,「亀裂表面の観察試験」であり,前章の亀裂伝播実験により得られた試験片の破面の観察整理を行なっている。亀裂表面は亀裂速度の増大と共に,鏡面,パラボラ模様,周期模様,微視分岐,分岐など様々な微視的様相を呈することを明らかにし,これらの様相を亀裂速度と対応づけて整理を行なっている。そして,特に比較的低速度域におけるパラボラ模様について詳細に観察およびデータの統計的整理を行なっている。 第4章は,「微視亀裂の成長解析」であり,パラボラ模様の形成過程の説明と単一微視亀裂の成長過程の粘弾性解析を示している。亀裂成長の粘弾性解析においては,線形粘弾性理論における弾性解との対応原理の動的な場合への一般化を行なっており,亀裂成長の際に消費するエネルギを求めている。 第5章は,「微視亀裂の集団による速度増靭化の機構」の提案である。まず,近接亀裂の影響の評価などを数値解析を用いて行なった上で,全体の亀裂の集団により消費されるエネルギを亀裂分布を考慮して求めている。そしてこのエネルギは材料の構成方程式が線形であるにもかかわらず,強い非線形増加を示すことを示し,速度増靭化の解釈として,微視破壊モードの変化が重要であることを明らかにしている。 第6章は,「靭性と亀裂速度関係を用いた構造体中の亀裂伝播のシミュレーション」であり,慣性力を考慮しない準静的な解析でも亀裂の破壊靭性と亀裂速度の巨視的な実験関係とほぼ一致することを示し,動的な破壊現象においても材料の破壊靭性の速度依存性が慣性効果よりも大きな役割を果たすことを示している。 第7章は,「帯板中の面外亀裂の伝播解析」であり,亀裂の位置,速度を一般化座標とするラグランジュの運動方程式を導入し,面外亀裂の動的解析を行なっている。 第8章は,「帯板中の面内亀裂の伝播解析」であり,前章の一般化運動方程式に基づく亀裂伝播における振動現象の解釈および現象のシミュレーションを行なっている。まず,一般的に面内亀裂の動的解析を示し,さらに,靭性と亀裂の速度関係を加速段階と減速段階で異なる場合の関係を用いて,これが亀裂伝播速度の振動を引き起こすものであることを示している。 第9章は「まとめ」であり,本研究により得られた新たな知識を要約している。 以上要するに,本論文は動的亀裂伝播において亀裂伝播の速度増靭性現象の主な原因が微視亀裂の成長モードの変化にあることを新たに提案したモデルの解析により示し,さらに亀裂の伝播の振動する現象を運動方程式から説明したもので,航空宇宙工学上寄与することが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |