学位論文要旨



No 111810
著者(漢字) 余,仁朋
著者(英字)
著者(カナ) ヨ,ジンペン
標題(和) 圧縮性流体シミュレーションのための非構造多重ブロック多重格子法
標題(洋) Unstructured Multi-Block Multi-Grid Method for Compressible Flow Simulation
報告番号 111810
報告番号 甲11810
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3608号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 阿部,寛治
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨

 この20年の間、数値流体力学(CFD)は急速に発展してきた。各種の初期条件や境界条件を有する流れをモデル化する、各種の方程式の数値解を安定に得るアルゴリズムが開発されてきている。主に構造格子を用いるやり方が中心となって、そのような解法が展開されてきた。オイラー方程式やナヴィエ・ストークス方程式の数値解を求めるための構造格子を用いたアルゴリズムは有効であることが示されてはいるが、扱える幾何形状の柔軟性の点については実際上制限を受けることが多い。構造格子に代わって、非構造格子を用いたアルゴリズムが近年急速に発展してきている。これは任意の複雑形状について計算が可能なこと、解適合格子によって解像度を高めることができるので解法の精度や効率を向上させる目的で使用するのが容易なこと、等が主な理由であって、このような特性から非構造格子法も数値計算流体力学の領域で急速に普及してきている。

 非構造格子を用いた初期の研究においては、主として高次精度を維持して要素中心値を内挿するための再構成アルゴリズムを開発することに注力されており、その後は高解像度を有する解が得られるスキームの開発が行われた。例えば有限体積法において離散化によって得られる連立した代数方程式群を解くために、初期研究の大半は定常解を得る場合にも、陽的に時間積分を行っていた。その後いくつかの論文によって陽解法の時間ステツプには制限があって、解の収束具合が緩慢になりがちであるという指摘がなされた。陰解法では、陽解法に比べてはるかに大きい時間スッテプが許容されるため、定常解に達するのに時間が短くて済む場合が多い。それ故、時間履歴が重要でない定常解を求めるような問題では、陰的に時間積分を行うほうが一般的に効率が高い。

 非構造格子について、陰解法を用いた研究というのは従来あまり発表されていない。この理由の一つとして考えられるのは、非構造格子というのは固有の格子構造を有さないので、構造格子の幾何学的構造に依存した既存の陰解法は非構造格子の領域には直接拡張することはできないことである。非構造格子についての陰解法に進むためには、新しい解法を開発する必要がある。このように、非構造格子を用いた陰解法を開発することが本研究の動機となっている。

 複雑な形状について、適切な非構造格子をただ一つのブロックを用いて生成する事も当然可能である。しかしながら、陰解法は通常順次解を進めていくような性質を有しているので、並列化は一般的に困難である。並列計算機上で並列計算を行う場合、多重ブロック法は非常に有効であることが既に示されており、それ故並列化した流体解析の設計については、多重ブロック法を非構造格子法に組み込むことは有益で必要なことであると考えることができる。さらに、多重ブロック法を使用する別の利点としては、局所的な流れの性質に対応して、それぞれの領域で、異なった支配方程式、適切な格子の離散化と解の手順を用い得ることである。以上のようなことから、本研究におけるもう一つの目的は、構造格子に含まれる幾何学的構造に基づくブロック境界の構造格子的取扱いを、境界のデータ形式に依存する非構造格子の形式に書き換えることである。

 数値解が定常に達するのを加速するためには、多重格子法が最も効果的な手法であることが知られている。もし計算領域が―ブロックであれば多重格子法を組み込むのは容易である。しかし、多重格子法をいくつかのブロックに区切られた領域に適用しようとすると困難が生ずる。従って、非構造格子を用いた多重ブロック陰解法に多重格子法を組み込むことが本研究の目的の一つになっている。

 本研究においては、多重ブロック法と多重格子法の両方を組み込んだ、非構造格子陰解法についての研究結果を示している。本研究で提案する陰解法の手順には、要素再番号付けの過程と陰的な緩和法が含まれており、この緩和法は、元来構造格子の格子特性を利用して構造格子用に開発された、AF-ADI(Approximate Factorization,Alternating Direction Iteration)を修正したものである。本手法における再番号付けの過程は、AF-ADI手法を非構造格子に拡張するのに重要な役割を果たす。ここで提案する再番号付けの過程では、非構造格子の生成プログラムで作成されたランダムに並んだ格子要素について、任意の隣接する二要素間の要素番号の差が可能な限り小さくなるように再番号付けされる。その結果、方程式系の係数行列のバンド幅を小さくすることができるようになっている。再番号付けの間、人工的な擾乱源の伝播が、要素境界の局所座標の正の向きを定義するベクトルの組を得るのに利用され、これはまた境界の正の向きとして参照されるものとなる。ここで提案するやり方に従って得られた再番号付けした要素は、境界を共有する二つの要素の番号が、境界の正の方向に必ず小さい値から大きい値に変化するようになっている。もし、繰り返し計算が、前述のベクトルの組み合わせに従って二段階に分離されるとすれば、小さい番号の要素の最新の流体物理量を最初のスイープで用いることができ、また二階目のスイープにおいても、大きい番号の要素の最新の流体物理量を用いることができるわけである。

 ここで用いた多重ブロック法では、隣接するブロックのそれぞれのブロック境界面を接続するのに、境界依存のデータ構造を利用している。それ故、本論文における多重ブロックの手法は、隣接する二つのブロックの格子点が重ならないようなブロック境界も扱うことができ、ブロック境界面が順番に並んでいる必要もない。また一つのブロックもいくつかのブロックに分けることができる。ブロック境界において保存則的な取扱いを導入し、該当するブロック境界の両側の情報が伝達できるように工夫している。保存則の要求を満たすために、隣接ブロックのブロック境界面上の格子点によって分割されたブロック界面のより小さい要素面を通過する物理量束を個々に評価することによって実現される。このような境界面の取扱いによって、ブロック境界面での保存量を維持するのが容易になり、多重格子法において粗い格子上の計算に入った場合でも保存則を維持できる。

 NACA0012及びRAE2822翼型まわりの遷音速流と、鈍頭物体まわりの広い速度範囲の流れについてのいくつかの計算例を示し、本研究で提案する手法の有効性を明らかにした。数値計算結果は既存の実験結果あるいは数値計算結果と比較した。本研究における非構造格子を用いた緩和法は、多重ブロック及び多重格子法に対しても安定していることが分かった。また、再番号付けの過程において始動要素の選定は全く任意なものであることが示された。ブロック境界での保存則適用の手法はブロック境界を通じて流体物理量が滑らかに変化するという適切な結果を与えていることが示され、これは隣接する二つのブロックの格子点が重なっていない場合にも一般的に適用できるものである。また、ブロック境界を横切って強い不連続が存在する場合にも有効であることが分かった。さらに、非構造格子の多重ブロック法に多重格子法を組み込むことによって、一つの格子の場合に比べて、計算の収束を十分に加速できることが示された。

審査要旨

 工学修士余仁朋(Yu Jeng-Perng)提出の論文は英文で、「Unstructured Multi-Block Multi-Grid Method for Compressible Flow Simulation」(和訳:圧縮性流体シミュレーションのための非構造多重ブロック多重格子法)と題し、5章と付録から成っている。

 数値流体力学(CFD)は、この20年間急速に発展してきている。流れをモデル化する各種の方程式の、数値解を安定に得るアルゴリズムが開発されてきている。構造格子を用いる方法が中心となって、そのような手法が展開されてきた。オイラー方程式やナヴィエ・ストークス方程式の数値解法において、構造格子を用いたアルゴリズムは有効であることが示されている。一方、形状に制限されにくく、解適合格子によって解像度を高めることができるために、精度や効率を向上させる目的で、非構造格子を用いたアルゴリズムも近年急速に発展してきている。

 本研究では、近年注目を集めている並列計算にも展開することに鑑みて、多重ブロック法に非構造格子を適用するという新しい組み合わせを用い、さらに多重格子法によって計算の効率を高めるという、圧縮性流体解析法の構築を試みている。

 第1章は序論であり、これまでの圧縮性流体を対象とした数値流体力学の進歩発展を、文献に基づいて検討し整理している。また研究動向の分析から、最近の研究においては、計算機の発達に伴って、並列計算が重要になりつつあることに着目している。このような背景を踏まえ、本研究の目的を、有限体積法を用いた圧縮性流体シミュレーションにおける、非構造多重ブロック多重格子法の構築、ならびにその展開と位置付けている。

 第2章では支配方程式について述べている。圧縮性流体力学におけるオイラー方程式について、簡潔な説明を加えている。ベクトル形式の方程式を記述し、物理量や座標に関する無次元化に言及している。圧縮性流体の熱力学についても解説を加え、境界条件の取扱いについて説明している。

 第3章では本研究で提案する有限体積法の定式化について述べている。積分型の方程式から出発して、有限体積法による離散化を行っている。既に確立されている解法の発展過程を検討し、以下のようないくつかの新しい手法を提案している。

 これまでのところ非構造格子について、従来の陰解法を用いた研究は少ない。この理由の一つは、非構造格子が固有の格子構造を有さないので、幾何学的な規則性を有する構造格子を用いる既存の陰解法は、直接適用できないことである。非構造格子についての陰解法に進むためには、新しい解法を開発する必要がある。このような、非構造格子を用いた陰解法の必要性が本研究の動機となり、またその解法が成果ともなっている。

 複雑な形状に対して、適切な非構造格子を一ブロックで生成するのは当然可能である。しかし、このような計算において陰解法は、通常順次解を進めていくような性質を有しているために、一般的に並列化は困難である。並列計算機上で計算を行う場合、多重ブロック法は非常に有効であることが示されている。それ故並列化した流体解析を想定した場合、本研究のような非構造格子法を多重ブロック法に組み込んだ陰解法を構築することは、有益で必要なことであると述べている。

 多重ブロック法を使用する一般的な利点は、局所的な流れの性質に対応して、それぞれの領域で、異なった支配方程式、適切な格子の離散化と解の手順を用い得ることである。このような多重ブロック法を用いた本研究の特徴の一つは、従来の幾何学的規則性に基づくブロック境界の構造格子的取扱いを、境界のデータ形式に依存する非構造格子の様式に書き換えていることである。

 通常多重格子法を多重ブロック領域に適用することは困難である。従って、非構造多重ブロック陰解法に、多重格子法を組み込んだことも、本研究の成果であるとしている。

 本研究で提案している解法は、要素再番号付けの過程と、陰的緩和法を含んだものである。この緩和法は、本来格子の幾何学特性を利用して、構造格子用に開発されたAF-ADI(Approximate Factorization,Alternating Direction Iteration)を修正したものである。この再番号付けの過程は、AF-ADI手法を非構造格子に拡張するのに重要な役割を果たしている。再番号付けの過程では、非構造格子の生成プログラムで作成されたランダムに並んだ要素について、隣接する任意の二要素間の要素番号の差がなるべく小さくなるように工夫されている。その結果、方程式の係数行列のバンド幅が小さくなるとしている。再番号付けは、ここで提案された手順により、人工的な擾乱の伝播の向きに依存して行われる。伝搬方向は、要素境界の局所座標系における正の向きを定義するベクトルを得るのに用いられる。これはまた、計算中に境界の正方向として参照されるものになる。再番号付けの結果、要素番号は境界の正の方向に、必ず小さい値から大きい値に変化するようになっている。繰り返し計算は、前述のベクトルの向きに従って、二段階に分離されており、所定の要素について、隣接する小番号要素で更新された流体物理量を、直ちに第一段階のスイープで用いることができる。また、第二段階のスイープにおいても、隣接する大番号要素の最新の流体物理量を用いることができるとしている。

 本研究では、隣接するブロック境界面を接続するために、いくつかの改良を試みている。二ブロックの格子点が重ならないような境界も扱うことができ、ブロック境界面が順番に並んでいる必要もない。保存則の要求を満たすために、境界面上のより小さな要素面を通過する物理量を個々に評価する手法を導入している。この取扱いによって、多重格子法の粗い格子上の計算に入った場合でも、保存則をより厳密に維持できるとしている。

 第4章では、本計算手法による計算結果と考察が示されている。NACA0012及びRAE2822翼型まわりの遷音速流と、鈍頭物体まわりの超音速から極超音速の広マッハ数範囲の流れについて、いくつかの計算例を示している。本研究で提案する手法は物理的に妥当な解を与えている。数値計算結果を、既存の実験結果あるいは数値計算結果と比較し、計算手法の検証と精度について吟味を加え、本研究の有効性を示している。

 第5章は結論であり、非構造多重ブロック多重格子陰解法は、いくつかの空力形状についての計算の結果、圧縮性流体のシミュレーション手法として妥当かつ有用なものであると述べている。要素再番号付けの過程を新しく提案し、係数行列のバンド幅を小さくできると述べている。ブロック境界での保存則適用に改良を施し、物理量が滑らかに変化するように工夫している。これは、格子点が重ならない場合にも一般的に適用できるもので、強い不連続が存在する場合にも有効であることを示している。非構造多重ブロック法に多重格子法を組み込むことによって、計算を加速できることも併せて示している。

 以上要するに、本論文は、非構造格子法を多重ブロック多重格子陰解法に拡張した数値流体解析手法を提案したものであり、その有効性を検証し、次段階の並列計算への布石としたもので、航空宇宙工学および数値流体力学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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