学位論文要旨



No 111811
著者(漢字) 姜,大熙
著者(英字)
著者(カナ) カン,デヒー
標題(和) 移動ロボットの実時間経路計画に関する研究
標題(洋) Real-Time Path Planning Methods for Mobile Robot
報告番号 111811
報告番号 甲11811
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3609号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 教授 中谷,一郎
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨

 ロボットは経済のあらゆる分野でその活躍を広げつつあるのみならず、人間の生活や社会活動にさえも補助者として登場することが予測される。1980年代以来、人工知能研究や知識情報処理研究の成果と共にロボティクスの研究は産業用ロボットの研究から、柔軟で広範な作業のできる知能ロボットの研究、さらには推論機能、学習能力を有する知能移動ロボットへと主眼が移りつつある。

 ロボットが知的な動作をするためには、広範囲な環境に対して適応する能力をもつことが必要である。したがって、ロボットはまわりの状況を知るという環境認識力を持つことが重要であり、また自分自身が移動できるという能力を持つことも必要不可欠である。ロボットが移動能力を持つことにより、作業空間を拡大し、自ら作業環境内を自由に動いて作業を行うことができる。移動ロボットの自律走行を実現するためには、人間の与えた知識やセンサによって獲得した情報を総合的に判断し、行動を決定しなければならない。そのためには複数の情報を合理的に処理し、目的に応じて行動を律する戦略が必要となる。さらにセンサデータ処理から移動ロボットの行動決定までの全ての処理が実時間で行なわなければならない。

 そこで、本研究は、「実時間処理を念頭に、センサから得られる情報の統合・融合を行ない、センサ情報処理系と行動制御系との有機的な結合を実現することによって、移動ロボットの実時間経路生成システムを構成すること」を大目的とする。

 その目的の実現のために本研究では、次の3つのことに注目し、それぞれの方法を提案する。各項目についてシミュレーションを通じ、その妥当性を明らかにする。

本研究の目標

 ・ロバストな自己位置推定

 ・実時間性のある経路計画

 ・障害物回避

自己位置推定

 固定点を基準点として各部の位置と姿勢をエンコーダなどで容易に知ることができるマニビュレータとは異なり、移動ロボットは環境に対して固定点を持たないため、位置と姿勢の認識が移動ロボットの開発において重要な課題の1つであり最も基本的な要素技術である。この自己位置推定は大きく2つの方式に分けられる。運動状態を検出する内界センサを利用する位置推定法と、外界センサを利用し環境情報を採取して位置推定を行なう方法の2つである。この内前者は、移動距離や移動に要する時間が長くなるにつれて誤差の累積が避けられず、この方式のみでナビゲーションが可能なのは近距離の移動に限られる。一方、後者の方法は環境情報を自らのセンサを利用して求め、それをもとに位置認識、ひいては環境認識に通じる方法であり、自律移動を目標とする移動ロボットでは実現しなければならないものである。無論、今まで外部センサを用いた様々な位置推定法が提案されて来たが、その適用範囲は単純な環境に限られている。

 そこで、本研究はより複雑な室内環境にでも適用可能な、ロバストな自己位置推定法を提案する。最初に内部センサの誤差の累積をマルコフ確率過程にモデル化し、予め求めた環境のデータと外部センサの情報に基づいて部分的可観測マルコフ過程モデル(Partially Observable Markov Process Model)を作り上げ、ロボットの状態を推定する。その後、3つの方式(確率方式、最小2乗法、環境データと外部センサデータとのマッチング法)により求められた位置情報をもとに位置補正を行なう自己位置推定法を提案する。

 確率方式は、ベイズ・ルールに基づきロボットの存在確率地図を構築し、その地図上で一番確率が高い場所をロボットの位置であると推定する方法である。最小2乗法とマッチングの方法は環境データとセンサデータとをマッチングしてロボットの位置を推定する方法である。種々の環境に対して本方式のシミュレーションを行い、そのロバスト性と有用性について検討する。

経路計画

 ロボットの現在位置と目標地点の間の最短経路を生成する方法の中で、一般的に知られているものは動的計画法(DP)である。しかし、問題となるのはサブゴールの数が多くなると計算時間が幾何級数的に増加することである。最短経路生成は移動時間の短縮および省エネルギーのために非常に重要なものであるが、実際の移動ロボットではエネルギーの節約より実時間性を高めることがより必要なことと考えられる。

 そこで、本研究では遺伝的アルゴリズムを用いて、今までの動的計画法に比べ短時間で準最短経路(準最適経路)を生成する方法を提案しシミュレーションによりその妥当性を示す。

 まず、環境地図をもとにスタートからゴールまでのパスをサブゴールのシーケンスという形で表すため、クワッドツリー(4分木)方式を用いてサブゴールを生成する。サブゴール地図を利用して出発点から目標点までのグラフを完成し、各々のサブゴールに接するものを選び出しデータベースを作る。通常、ひとつのサブゴールに隣接するサブゴールの数は複数であり、その隣接サブゴールに対し時計回りで順番付けを行なう。ここでは、あるサブゴールから次のサブゴールを示す任意の正の整数を遺伝子コードとし、その配列を遺伝子型と定義すると、その表現型はサブゴールのシーケンスという形になりスタートからゴールまでのパスを表すことができる。本研究で提案する遺伝的アルゴリズムは階層型の構造を持ち、各階層に属する適合度の関数を定義する。即ち、ゴールまで辿り着かない遺伝子型を発達させるリーグ(マイナーリーグ)と、そのリーグの中から一番適合度が高いもの、或は、制限条件(ゴールまで辿り着くこと)を満たすものだけを競争させるリーグ(大リーグ)に分ける。もし、大リーグでの遺伝子型が突然変異と交叉などにより、制限条件を満たさなくなったら、再びマイナーリーグに落ちてしまうことになり相互リーグでの競争、或は進化を激しくさせる仕組みが本方式の特徴である。

 本方式は種々の環境に対してシミュレーションを行い、遺伝的アルゴリズムのパラメタを最適化する。動的計画法との比較を通じ、その実時間性の検討を行なう。

障害物回避

 移動ロボットの動的環境下における衝突回避問題を取扱い、最初にベイズ確率論に基づいて経路の状態(通過可能か不可能か)を推定する経路の判断機能を提案する。通過不可能な状態であると判断された場合は経路計画法を利用し他の経路を生成する。次に通過可能な経路の状態であると、既知の環境データと外部センサの情報に基づいて部分的可観測マルコフ決定モデル(Partially Observable Markov Decision Model)を作り上げ、障害物を避ける方向をきめる障害物回避方法を提案し、その実時間性とロバスト性を検討する。

 実際の環境を想定し、提案した各々の方式をまとめ移動ロボットの実時間経路計画法の全体的な検証を行なう。

審査要旨

 移動ロボットの自律走行を実現するためには、人間の与えた知識やセンサによって獲得した情報を総合的に判断し、行動を決定しなければならない。そのためには複数の情報を合理的に処理し、目的に応じて行動を律する戦略が必要となる。さらにセンサデータ処理から移動ロボットの行動決定までの全ての処理が実時間で行なわれなければならない。本研究は、実時間処理を念頭に、センサから得られる情報の統合・融合を行ない、センサ情報処理系と行動制御系との有機的な結合を実現することによって、移動ロボットの実時間経路生成システムを構成することを目的とし、具体的には、ロバストな自己位置推定、実時間性のある経路計画、障害物回避に関する研究を行っている。

 本論文は、"Real-Time Path Planning Methods for Mobile Robot(移動ロボットの実時間経路計画に関する研究)"と題し、6章よりなる。

 第1章は、「Introduction」と題し、研究の目的および論文の構成について述べている。

 第2章は、「Sensing and Modeling」と題し、移動ロボットにおいて用いられる超音波センサの不確定性を解析し、超音波センサによって環境のモデリングとロボットの位置の推定を行う際に生ずる問題点を指摘している。

 第3章は、「Global Path Planning」と題し、移動ロボットの大域的経路計画について論じている。移動ロボットの現在位置と目標地点の間の最短経路を生成する方法の中で、一般的に知られているものは動的計画法(DP)である。しかし、本手法の問題点はサブゴールの数が多くなると計算時間が幾何級数的に増加することである。本研究では遺伝的アルゴリズムを用いて、今までの動的計画法に比べ短時間で準最短経路を生成する方法を提案し、シミュレーションによりその妥当性を示している。まず、環境地図をもとにスタートからゴールまでのパスをサブゴールのシーケンスという形で表すため、クワッドツリー(4分木)方式を用いてサブゴールを生成する。サブゴール地図を利用して出発点から目標点までのグラフを完成し、各々のサブゴールに接するものを選び出しデータベースを作る。通常、ひとつのサブゴールに隣接するサブゴールの数は複数であり、その隣接サブゴールに対し時計回りで順番付けを行なう。ここでは、あるサブゴールから次のサブゴールを示す任意の正の整数を遺伝子コードとし、その配列を遺伝子型と定義すると、その表現型はサブゴールのシーケンスという形になりスタートからゴールまでのパスを表すことができる。本研究で提案する遺伝的アルゴリズムは階層型の構造を持ち、各階層に属する適合度の関数を定義する。即ち、ゴールまで辿り着かない遺伝子型を発達させるリーグ(マイナーリーグ)と、そのリーグの中から一番適合度が高いもの、或は、制限条件(ゴールまで辿り着くこと)を満たすものだけを競争させるリーグ(大リーグ)に分ける。もし、大リーグでの遺伝子型が突然変異と交叉などにより、制限条件を満たさなくなったら、再びマイナーリーグに落ちてしまうことになり相互リーグでの競争、或は進化を激しくさせる仕組みが本方式の特徴である。

 本方式を用いて種々の環境に対してシミュレーションを行い、遺伝的アルゴリズムのパラメータの最適化を行っている。さらに、動的計画法との比較を通じ、その実時間性の検討を行ない、本方式の有効性を示している。

 第4章は、「Position Estimation」と題し、移動ロボットの自己位置推定の問題を論じている。移動ロボットは環境に対して固定点を持たないため、位置と姿勢の認識が移動ロボットの開発において重要な課題の1つであり最も基本的な要素技術である。この自己位置推定は大きく2つの方式に分けられる。運動状態を検出する内界センサを利用する位置推定法と、外界センサを利用し環境情報を採取して位置推定を行なう方法の2つである。この内前者は、移動距離や移動に要する時間が長くなるにつれて誤差の累積が避けられず、この方式のみでナビゲーションが可能なのは近距離の移動に限られる。一方、後者の方法は環境情報を自らのセンサを利用して求め、それをもとに位置認識、ひいては環境認識に通じる方法であり、自律移動を目標とする移動ロボットでは実現しなければならないものである。本研究では、より複雑な室内環境にでも適用可能な、ロバストな自己位置推定法を提案している。まず内部センサの誤差の累積をマルコフ確率過程にモデル化し、予め求めた環境のデータと外部センサの情報に基づいて部分的可観測マルコフ過程モデル(Partially Observable Markov Pro cess Model)を作り上げ、ロボットの状態を推定する。その後、3つの方式(確率方式、最小2乗法、環境データと外部センサデータとのマッチング法)により求められた位置情報をもとに位置補正を行なう自己位置推定法を提案している。確率方式は、ベイズ・ルールに基づきロボットの存在確率地図を構築し、その地図上で一番確率が高い場所をロボットの位置であると推定する方法である。最小2乗法とマッチングの方法は環境データとセンサデータとをマッチングしてロボットの位置を推定する方法である。種々の環境に対して本方式のシミュレーションを行い、そのロバスト性と有用性について検討している。

 第5章は、「Local Path Planning」と題し、移動ロボットの動的環境下における衝突回避問題を論じている。まずベイズ確率論に基づいて経路の状態(通過可能か不可能か)を推定する経路の判断機能を提案している。通過不可能な状態であると判断された場合は経路計画法を利用し他の経路を生成する。次に通過可能な経路の状態であると、既知の環境データと外部センサの情報に基づき障害物を避ける方向をきめる障害物回避方法を提案し、その実時間性とロバスト性を検討している。

 また,本章においては、実際の環境を想定し、提案した各々の方式をまとめ移動ロボットの実時間経路計画法の全体的な検証を行っている。

 第6章は、本論文の結論である。

 以上これを要するに、本論文は、移動ロボットにおける実時間経路計画に関して、遺伝的アルゴリズムを用いた大域的経路計画の手法、確率的手法を用いた自己位置推定の手法、およびベイズ確率論に基づく障害物回避の手法を提案し、シミュレーションによりその有効性を示したものであり、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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