学位論文要旨



No 111813
著者(漢字) 高橋,紹大
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ツグヒロ
標題(和) 単一光導波路型ポッケルス電界センサに関する研究
標題(洋)
報告番号 111813
報告番号 甲11813
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3611号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 日高,邦彦
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 助教授 大崎,博之
内容要旨

 雷に象徴される放電現象は、例えば電力系統における雷遮蔽、あるいは絶縁設計という立場では防ぐべき対象として、電気集じん器や静電印刷などの放電応用機器、あるいは電子デバイスのプラズマプロセスにおいては積極的に利用する対象として、研究、解析の必要性が非常に高いものである。放電を伴う現象の解明を行う上で、放電空間の電界値は重要な情報の一つであるが、これまで十分な測定、利用が行われていたとは言えない。数値電界計算法の発達によりラプラスの場の解析は十分精密に行えるようになっているが、放電等による空間電荷の影響も含めた評価が必要な場合はやはり実際に直接測定しなければならないことも多い。

 電界を測定する方法はいくつか考えられるが、その中でポッケルス効果(一次電気光学効果)を持つ結晶(ポッケルス結晶)を利用した方法には、光応用測定法であることから次のような利点がある。

 1.プローブ等の金属電極を必要としないため、測定対象に与える擾乱が少ない。

 2.測定した電界の情報は光を媒体として伝達されるため周囲からの電気的ノイズの影響を受けにくい。

 3.印加電界に対するセンサ応答の周波数特性が良い。

 ポッケルス効果とは、結晶に電界を印加したとき、その屈折率が印加電界に対して直線的に変化する効果のことである。つまり印加電界によって、ポッケルス結晶に入射された光の伝搬速度が変化するので、逆にその様子を調べれば電界を知ることができる。

 電界センサに求められる重要な仕様として高い位置分解能を挙げることができる。ポッケルスセンサとしてはこれまで数mm〜数cmオーダのバルク結晶を用いたものが開発されているが、位置分解能はこの結晶のサイズに制約される。機械加工上の問題から今のところこれ以上小さなバルク結晶センサは製作不可能のようである。これに対し、光集積回路の技術として進歩してきた光導波路を利用し、導波路幅に相当するmオーダの位置分解能実現という、飛躍的な性能向上が期待されるセンサの開発が行われてきた。

 当研究室では試作品として過去にzカット(導波路の拡散方向が結晶のz軸方向)のLiNbO3導波路を用いたものが開発されたが、電界感度、S/N比、温度特性などの面で実用とはほど遠いものであった。本研究では、温度特性の改善のためにyカットLiNbO3導波路を利用する、使用部品を減らして構造を簡潔にする、などにより実用に耐えうるセンサの開発に成功した。使用した導波路は、幅6mm、厚さ0.5mmのyカットのLiNbO3基板上に、幅7m、深さ3m、長さ4.39mmで形成されている。この部分が電界をセンシングする。導波路の両側には定偏波ファイバが、軸回りの角度を調節した上でつき合わされ、接着固定されているのみで、レンズ、波長板等の余計な部品を省略しているため、製作工程が大幅に削減され、また取り扱いも容易になっている。その構成、写真を図1、図2に示す。

図表図1:新型センサの構成 / 図2:新型センサの写真

 このセンサについて電極を直接貼り付け、導波路基板に垂直な方向に交流、および立ち上がりが約200nsのステップ電界を印加した結果、電源の電圧波高値とセンサ出力の間に比例関係が確認され、ステップ電界に対しても約100ns程度の遅れで追従した。これらの様子を図3、図4に示す。高周波特性についてはこのほか、1MHz程度までの正弦波を印加したところ数100kHz以上では感度の低下が見られるなど、ポッケルス効果そのものの能力が発揮できていないことが確認されている。これはセンサ出力を光電変換する回路の回路定数によるものと考えられる。実際高周波特性の良い光電変換ユニットを用いることにより立ち上がりが約10nsのステップ電界に対してまったく遅れなく追従した。

 過去に開発されたセンサに比べ、設計上は大幅に改善されたはずの温度特性について、簡易恒温槽によって調べたところ、室温から20度程度の温度上昇で場合によって10%を越える感度変化が見られた。これはファイバと導波路を接着する光学接着剤の特性によるところが大きいと考えられるため、接着剤の選択にも注意を払う必要がある。ただしその変化も過去に開発された導波路センサに比べれば大幅に改善されていると言える。

 電界センサの開発上重要な問題の一つとして測定値の校正が挙げられる。図3、図4はある特定の電極構成において印加された電圧波形をモニタしたに過ぎず、そのままではセンサ出力値から電圧値、ないし電界値を直接知ることはできない。電圧センサとして利用する場合は電極構成を固定し、印加電圧値とセンサ出力値の対応を調べることによりセンサの測定電圧校正ができる。これはポッケルスセンサが電界を検出するセンサであり、電極が決まらなければ印加電圧と印加電界が一意に対応しないためである。これに対し電界センサとして使う場合はある電界中にセンサを置いて出力値との関係を調べれば良いように思われるが、以下のような留意点を認識して校正をする必要がある。金属部品を使わないとはいえ、ポッケルスセンサには誘電率の高い誘電体が使われているため、測定空間にセンサを挿入した場合、電気力線を内部に引き込んで場を乱す(ただしその度合いは比較的小さいと思われるため、測定する現象自体への影響は小さいと期待される)。電界の校正はその影響を折り込んだ上で行うことになるが、例えば平等電界中で校正を行ったとして、それが不平等性の高い電界でも同じように適用できるかどうかは確認しなければならない。

図表図3:交流応答波形 / 図4:ステップ応答波形

 センサが測定対象の電界を乱す度合いは、場の不平等性に依存することが予想される。そこで校正自体は平行平板電極による平等電界で行い、その結果を用いて球-平板電極の電界を測定し、電荷重畳法による電界計算の結果と比べて適応範囲を調べた。校正用のデータとしては約300×400mm2の黄銅板を2枚用いてギャップ長30.5mmの平行平板電極を作り、ギャップのほぼ中央にセンサを浮かせて(横から支えて)、波高値5kVの印加交流電圧に対する出力を調べた。その結果、印加電界1kV/cmに対してセンサ出力は電界印加前の直流分出力の0.206%だけの交流分出力を見せた。

 実測例として、直径10mmの半球棒を用いたギャップ長26mmの半球棒-平板電極に波高値5kVの交流電圧を印加し、球の真下にセンサを挿入、横から支えて球からの距離を変えて測定を行った。測定結果と、使用した球-平板電極について電荷重畳法による電界計算を行い(センサ部分は考慮しない)、球の真下の電界を計算した結果との比較を行った。その様子を図5に示す。図5で、実線が計算値、点線はその±5%の値、白丸が測定値である。±5%の誤差を許容するなら、電極から遠い位置で電界強度が低く、電界の不平等性が小さいうちは許容範囲内と言えるが、電極に近づき、不平等性が大きくなると計算値よりも大きい値を出力している。半球電極との距離が約9mmのとき、±5%の範囲をはずれ始めるが、そのときの電界の不平等性は、1mmの変位に対し10.7%電界強度が強くなる程度である。このほかいくつかの電極について同様の実験を行った結果、平等電界下の測定値による校正方法の適用範囲は、電界の不平等性よりも先に電極との距離によって決まることが確認されている(近接効果)。このセンサでは電界検出部の小型化により最大16.1%/mmの不平等電界が測定できており、従来のセンサに比べて1桁程度の性能改善が見られている。

 また導波路型センサの利点を生かし、同一基板上、500m間隔の2本の導波路を用いた2つのセンサを開発した。その写真を図6に示す。これによりサブミリ間隔での同時多点測定の可能性が確認された。

図表図5:半球棒-平板電極の電界 / 図6:500m間隔の2本のセンサ

 以上のセンサは一応の完成品と考えられるが、高い位置分解能を実現する目的を考えると長さが4.39mmという点に問題を残す。そこで、感度の面では劣るものの、長さを1mmとしたセンサを2種類開発した。一方はほぼ同じ構成、両側に定偏波ファイバをつき合わせたもので、もう一つは導波路の一端面に誘電体多層膜によるミラーを形成し、ファイバは片側のみに接続することによって入出力を兼ね、ハンドリングをさらに向上させたものである。これらの写真を図7、図8に示す。これらについても交流、ステップ応答特性を確認した。

図表図7:長さ1mmのセンサ / 図8:反射型センサ

 幅、深さがmオーダで、長さが数mm〜1mmの光導波路型ポッケルスセンサによって放電空間の電界の詳細な直接測定が期待できるため、それによって放電現象の解析が進めば各種電力機器の設計合理化がさらに進むものと考えられる。

審査要旨

 本論文は「単一光導波路型ポッケルス電界センサに関する研究」と題し、高電圧工学の重要な基礎分野をなす電界測定において、光学的測定法であることから種々の利点を有するポッケルス電界センサに着目し、特にセンサの位置分解能の向上、小型化に主眼をおき開発を進め、単一の光導波路を用いた新型電界センサの研究開発を行った結果をまとめたもので、以下に示す7章より構成される。

 第1章は、「はじめに」と題し、電界センサ開発の意義、目的について述べ、その中におけるポッケルスセンサの位置づけ、ポッケルスセンサの開発の経過について記述し、本研究が行われるに至った経緯を説明している。

 第2章は、「基本原理」と題し、本研究を理解する上で重要と思われるポッケルス効果や光導波路の基本原理、解析方法などを論じ、また本研究で使用される重要な光学部品の解説を行っている。

 第3章は、「単一光導波路型センサの基本設計と試作」と題し、新型のポッケルスセンサである単一光導波路型センサについて、初期型から一応の完成型まで、開発の経緯を追いながら順に説明している。併せて簡単な応答特性評価と、センサを開発する上で最も重要なことと言える測定結果の校正を行い、報告している。単一光導波路型としては初めて実用に足るものが開発されたが、重要なポイントは以下の3点である。第1は、z伝搬のLiNbO3導波路を利用することにより、他の方向に伝搬軸を取った場合に大きな問題となる温度特性を改善することができたことである。第2は導波路長を適当な値とすることで、ポッケルスセンサの設計上重要である動作点の調節が余計な光学部品を使わず、導波路自身によって行えるようになったことである。第3は定偏波ファイバを用いたファイバ偏光子を導波路の両側に利用することにより、センサの構造を非常に簡略化できたことである。yカットz伝搬で適当な長さ(4.39mm)に調節した幅7m、深さ3mの導波路に対して、両側から軸まわりの角度調節を行った定偏波ファイバを接続すれば単一光導波路型ポッケルスセンサが実現できるようになった。完成したセンサについては、商用周波数の交流、およびステップ電界に対する基本的な応答特性が確認されている。また測定結果の校正においては、周囲電極に対する近接効果の影響はあるものの、従来のバルク結晶を用いたポッケルスセンサに比べてより不平等性の高い電界にも対応できることを確認した。

 第4章は、「光導波路型センサの小型化および感度向上」と題し、第3章で開発されたセンサに対する性能向上の要求のうち、さらなる小型化と感度の向上について記述している。小型化に関しては、特に導波路の長さ方向の小型化要求が強いため、導波路長を1mmとしたセンサの開発を行った。またさらに導波路の端面に誘電体多層膜ミラーを形成することにより、ファイバの接続は導波路の片側のみとした反射型センサの開発も行った。センサ全体のサイズも小さくなり、ファイバの部分を除けば前者は20x3x1.5mm8、後者は10x3x1.5mm8というサイズを実現している。反射型センサはファイバの先端に電界検出部を持つため、測定空間への挿入時の取り扱いが容易である。今後実際に測定に利用されるセンサは反射型とすることが望ましいと考えられる。なおこれらの小型センサについても、交流およびステップ電界により基本的な応答特性を確認した。感度の向上については、現在利用可能な導波路、光源からの制約を受けるため実現はしていないが、その方向性について言及した。またセンサ自体の改良以外に、信号処理による改善の可能性についても述べている。そしてこれまでに開発されたものとは動作原理の異なるセンサについても提案した。

 第5章は、「光導波路型センサの総合特性評価」と題し、開発された単一光導波路型センサの特性について総合的な評価を行っている。温度特性は以前のセンサと比較して改善が確認されたものの、接着剤の特性に起因すると考えられる特性が現れ、理論上予測された特性からずれることを明らかにした。高周波特性評価では、第3章における基本応答特性評価で見られた高周波電界に対する遅れがE/O変換回路の回路定数によるものであることを確認するため、周波数特性の良いE/O変換回路を用いてステップ応答を取り直した。これによれば立ち上がり約10nsの印加電界に対して全く遅れなく追従することを確認した。直流特性評価では従来ポッケルスセンサに対して言われていた直流電界測定時の問題点が再確認された。また電極を直接貼り付けた場合の電荷注入効果なども観測されている。位置分解能の確認では、ミクロンオーダの位置分解能が期待される単一光導波路型センサの、空間的な位置分解能の確認および同一基板上に作成した2本のセンサによる、サブミリ間隔での同時多点測定を行った。少なくとも半値幅数100m程度の電界分布は正確に測定できることを確認した。また数100m間隔での同時多点測定も可能であることが示された。

 第6章は、「沿面放電の計測への適用」と題し、比較的観測しやすいことから放電現象の解析という目的に適している沿面放電現象を適用対象とし、計測を行った。単一光導波路型センサの基板上に設置した針電極に交流電圧を印加、沿面放電を発生させ、ストリーマ進展に伴うセンサの出力を調べたところ、ストリーマの発生に対応するステップ状の出力変化を観測することに成功した。

 第7章は、「おわりに」と題し、本研究の成果について述べるとともに、今後の研究発展の方向について言及している。

 以上要するに本論文は、電界の直接測定法として注目されているポッケルス効果応用センサに関して、光導波路の理論的な解析に基づき、新たな単一光導波路方式を考案し、新型センサの開発を行ったもので、従来の同種のセンサに比べて、センサシステムの小型化を進め、位置分解能、温度特性等、性能を大きく向上させている点で電気工学、特に高電圧工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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