光ファイバジャイロ(Fiber optic gyro:以下FOGと略)の研究が開始されて既に20年になろうとしている。現在では初期に提案された構成のFOGが実用期を迎えると共に、次世代型FOGの研究も着々と進んでいる。そうした状況の中で、本研究は光ファイバブリルアンリングレーザジャイロ(Brillouin fiber optic gyro:以下B-FOGと略)と呼ばれる更に先の世代のFOGの基礎検討を行い、安定動作を保証するための構成を提案した。 B-FOGは他のFOG同様、光路が光ファイバなので光学系の精密な調整が不要、静止型で可動部の磨耗等による劣化がない、測定精度が高い等の特徴が期待できる。それらに加え、B-FOGには他のFOGにない特徴として、原理的に光ファイバ長が短く、かつ回転速度の検出に要する外部光学系が少なく回転検出が容易であるといった長所が挙げられる。 本研究では、実用に耐える安定なB-FOGを構成するためには、レーザとしての動作の安定化を図ることが先決と考え、まずB-FOGを構成する光ファイバブリルアンリングレーザの安定化から着手した。光ファイバブリルアンリングレーザは、光ファイバリング共振器に入射するポンプ光をリング内で共振させ、誘導ブリルアン散乱(Stimulated Brillouin scattering:以下SBSと略)現象を起こすと共に、それによって発生したストークス光をレーザ発振させるデバイスである。一般に、共振器中を一方向に伝搬するポンプ光に対してはこれと逆回りのストークス光しか生じない。一方、両回りのポンプ光によりストークス光を双方向発振させればB-FOGとなる。B-FOGでは時計回り、反時計回りのストークス光のビートをとり、Sagnac効果によって生じる回転速度に比例した周波数差を検出する。 本研究ではまず、従来の研究では扱いが曖昧であった光ファイバリング共振器内の光の偏波状態を厳密に扱った解析を行い、偏波状態の変動がレーザ発振に大きな悪影響を与えることを示すと共に、偏波変動による雑音が有効に回避できる手法を2種類提案した。次に、光ファイバブリルアンリングレーザが、半導体レーザのように活性媒質領域が微少なレーザと異なり、光ファイバという長い活性媒質領域を有する点に着目し、光ファイバに分布する利得とその変動がレーザ発振に及ぼす影響を考察した。最後にこれらの知見に基づいてB-FOGを構成した。本B-FOGでは従来適切な手法が無かった回転方向の検出を、90°光ハイブリッドによる位相ダイバーシティを導入した手法により実現した。以下にこれらの内容を記す。 光ファイバブリルアンリングレーザ発振安定化の基礎検討として、我々はまず光ファイバリング共振器内の光の偏波状態に着目した。その際、固有偏波状態(Eigenstate of polarization:以下ESOPと略)を厳密に扱った。ESOPは光ファイバリング共振器内のどの1点をとっても、光がリングを1周して元の位置に戻ってきたとき元と同じになる偏波状態で、一般に2種類存在する。解析により以下のことが明らかになった。まず、光ファイバリング共振器の共振特性は各ESOPの共振特性の重ね合わせとして表される。ところが、各ESOPの共振特性の共振周波数は、一般に光ファイバに温度変動等の外乱が加わると変動する。その結果、ポンプ光の共振が不安定になるため、それに伴いストークス光の発振も不安走になる。また、そのこととは別に、ストークス光の発振周波数も2つのESOPの共振周波数に対応しているので、ポンプ光の共振変動と同様の理由で発振状態が不安定になる。一方、SBSの励振に利用されるポンプ光パワーの割合が、ストークス光、ポンプ光それぞれのESOPの内積で決まるため、ESOPの変動はこの点でも発振に悪影響を与える。 ESOPの変動による発振の不安定性を回避することは、光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化を図る上で必須である。その対策として、本研究では偏波維持光ファイバの偏波軸を融着点で90°回転させたリング共振器、および絶対単一偏波光ファイバで構成されたリング共振器の使用を提案し、その有効性を実験または解析によって示した。図1に前者の構成で得られたストークス光の発振周波数間隔を示す。これは互いに異なるESOPをとる隣接モードを、ポンプ光周波数を変えることによって順番に発振させ、ディジタルサンプリングオシロスコープ上で約30秒間重ね描きした結果である。このように各発振周波数が等間隔で互いに近づくことがないことから、ESOPの変動による発振不安定性が抑圧されていることが確認できた。実際、ポンプ光周波数を変化させなければ、単一モード発振が維持できる。また、後者の絶対単一偏波光ファイバを用いたリング共振器では一方のESOPの損失が高く、ストークス光の発振は残ったESOPでしか起こらないことを解析により明らかにした。以上の特性に加え、両者ともポンプ光によるSBSの励振効率が安定に保たれることも解析で示した。 図1:偏波変動誘起雑音抑圧後の安定な発振周波数間隔 次に、光ファイバブリルアンリングレーザが、半導体レーザのように活性媒質領域が微少なレーザと異なり、光ファイバという長い領域が活性媒質となることに着目し、光ファイバに分布する利得とその変動がレーザ発振に及ぼす影響を考察した。光ファイバブリルアンリングレーザの利得は、主に光ファイバに加わる温度、引っ張り歪み等の不均一な分布が原因で、光ファイバの光軸方向に不均一に分布する。このことがストークス光の発振状態に及ぼす影響を解析した。その結果、フィネスの高い光ファイバリング共振器を使用すれば、ストークス光の受けるブリルアン利得は、光軸方向の利得分布の集合平均をとって考えることが可能であることが示された。換言すれば、空間的に温度分布等の変化が生じたときにも、各温度等が出現する確率密度関数が等しければ発振状態には影響がないということである。更に、光ファイバリング共振器の一定領域を熱して発振特性を測定する実験を、熱する領域の長さは変えずに場所だけ変えて行った。その結果、理論を裏付けるべく同様の発振特性が各測定で得られた。ここで得られた知見はブリルアン利得の能動的制御を行う土台となると考えられる。 最後にこれまでの検討を基に、偏波変動等による雑音がない光ファイバブリルアンリングレーザを双方向発振させてB-FOGを構成した。そして、従来適当な手法の無かった回転方向検出を、90°光ハイブリッドを用いた位相ダイバーシティの導入によって実現した。B-FOGでは一般に時計回り、反時計回りのストークス光のビートをとって、Sagnac効果によって生じる回転速度に比例した周波数差を検出する。しかし、ビートをとることで両ストークス光の周波数の大小関係、つまり回転方向の情報が失われてしまう。その対策として、ストークス光の発振周波数にあらかじめ一定のバイアスを加える手法が提案されていたが、この場合ストークス光の発振が不安定になる可能性がある。これに対し、我々の提案した手法は基本的にストークス光の発振に影響を与えない。図2に実験系の構成を示す。提案した手法は出射ストークス光をそれぞれ円偏波および45°傾いた直線偏波とした後、偏波ビームスプリッタを用いて直交偏波成分を分離し、±90°の位相差がある2つのビートをとるものである。回転速度を、を定数とすると、一方のビート信号はsint、他方はcostとなことから、の正負、つまり回転方向によって両ビート信号の位相差の正負が反転する。図3に実験結果を示す。光ファイバリング共振器を時計回りに回転させたとき、位相差+90°のビート信号の対が得られた。これは周波数440Hzで、本B-FOGでは0.21deg/secの回転速度に相当する。一方、光ファイバリング共振器を反時計回りに回転させたときには、位相差-90°のビート信号の対が得られた。これは周波数320Hzで、本B-FOGでは0.15deg/secの回転速度に相当する。理論通り、回転の方向が両ビート信号の位相差から認識できることがわかる。 図2:回転方向検出手法を取り入れたB-FOGの実験系:(PBS:偏波ビームスプリッタ,PD:光検出器,FP:光フィルタ,BS:ビームスプリッタ,Pol.:偏光子.)図3:回転方向検出の実験結果:(a)時計回りに回転を加えたときに得られた位相差+90°のビート信号の対,(b)反時計回りに回転を加えたときに得られた位相差-90°のビート信号の対. 以上、本研究ではB-FOGの基礎研究として光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化について検討を行い、得られた知見を基にB-FOGを構成した。提案したB-FOG構成では、発振に悪影響を及ぼす要因が取り除かれ、回転速度の大きさだけでなく回転方向も検出できることが確認された。本研究は今後B-FOGの更なる高性能化を図る上での土台となると考えられる。 |