学位論文要旨



No 111814
著者(漢字) 田中,洋介
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨウスケ
標題(和) 光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化と光ジャイロへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 111814
報告番号 甲11814
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3612号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨

 光ファイバジャイロ(Fiber optic gyro:以下FOGと略)の研究が開始されて既に20年になろうとしている。現在では初期に提案された構成のFOGが実用期を迎えると共に、次世代型FOGの研究も着々と進んでいる。そうした状況の中で、本研究は光ファイバブリルアンリングレーザジャイロ(Brillouin fiber optic gyro:以下B-FOGと略)と呼ばれる更に先の世代のFOGの基礎検討を行い、安定動作を保証するための構成を提案した。

 B-FOGは他のFOG同様、光路が光ファイバなので光学系の精密な調整が不要、静止型で可動部の磨耗等による劣化がない、測定精度が高い等の特徴が期待できる。それらに加え、B-FOGには他のFOGにない特徴として、原理的に光ファイバ長が短く、かつ回転速度の検出に要する外部光学系が少なく回転検出が容易であるといった長所が挙げられる。

 本研究では、実用に耐える安定なB-FOGを構成するためには、レーザとしての動作の安定化を図ることが先決と考え、まずB-FOGを構成する光ファイバブリルアンリングレーザの安定化から着手した。光ファイバブリルアンリングレーザは、光ファイバリング共振器に入射するポンプ光をリング内で共振させ、誘導ブリルアン散乱(Stimulated Brillouin scattering:以下SBSと略)現象を起こすと共に、それによって発生したストークス光をレーザ発振させるデバイスである。一般に、共振器中を一方向に伝搬するポンプ光に対してはこれと逆回りのストークス光しか生じない。一方、両回りのポンプ光によりストークス光を双方向発振させればB-FOGとなる。B-FOGでは時計回り、反時計回りのストークス光のビートをとり、Sagnac効果によって生じる回転速度に比例した周波数差を検出する。

 本研究ではまず、従来の研究では扱いが曖昧であった光ファイバリング共振器内の光の偏波状態を厳密に扱った解析を行い、偏波状態の変動がレーザ発振に大きな悪影響を与えることを示すと共に、偏波変動による雑音が有効に回避できる手法を2種類提案した。次に、光ファイバブリルアンリングレーザが、半導体レーザのように活性媒質領域が微少なレーザと異なり、光ファイバという長い活性媒質領域を有する点に着目し、光ファイバに分布する利得とその変動がレーザ発振に及ぼす影響を考察した。最後にこれらの知見に基づいてB-FOGを構成した。本B-FOGでは従来適切な手法が無かった回転方向の検出を、90°光ハイブリッドによる位相ダイバーシティを導入した手法により実現した。以下にこれらの内容を記す。

 光ファイバブリルアンリングレーザ発振安定化の基礎検討として、我々はまず光ファイバリング共振器内の光の偏波状態に着目した。その際、固有偏波状態(Eigenstate of polarization:以下ESOPと略)を厳密に扱った。ESOPは光ファイバリング共振器内のどの1点をとっても、光がリングを1周して元の位置に戻ってきたとき元と同じになる偏波状態で、一般に2種類存在する。解析により以下のことが明らかになった。まず、光ファイバリング共振器の共振特性は各ESOPの共振特性の重ね合わせとして表される。ところが、各ESOPの共振特性の共振周波数は、一般に光ファイバに温度変動等の外乱が加わると変動する。その結果、ポンプ光の共振が不安定になるため、それに伴いストークス光の発振も不安走になる。また、そのこととは別に、ストークス光の発振周波数も2つのESOPの共振周波数に対応しているので、ポンプ光の共振変動と同様の理由で発振状態が不安定になる。一方、SBSの励振に利用されるポンプ光パワーの割合が、ストークス光、ポンプ光それぞれのESOPの内積で決まるため、ESOPの変動はこの点でも発振に悪影響を与える。

 ESOPの変動による発振の不安定性を回避することは、光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化を図る上で必須である。その対策として、本研究では偏波維持光ファイバの偏波軸を融着点で90°回転させたリング共振器、および絶対単一偏波光ファイバで構成されたリング共振器の使用を提案し、その有効性を実験または解析によって示した。図1に前者の構成で得られたストークス光の発振周波数間隔を示す。これは互いに異なるESOPをとる隣接モードを、ポンプ光周波数を変えることによって順番に発振させ、ディジタルサンプリングオシロスコープ上で約30秒間重ね描きした結果である。このように各発振周波数が等間隔で互いに近づくことがないことから、ESOPの変動による発振不安定性が抑圧されていることが確認できた。実際、ポンプ光周波数を変化させなければ、単一モード発振が維持できる。また、後者の絶対単一偏波光ファイバを用いたリング共振器では一方のESOPの損失が高く、ストークス光の発振は残ったESOPでしか起こらないことを解析により明らかにした。以上の特性に加え、両者ともポンプ光によるSBSの励振効率が安定に保たれることも解析で示した。

図1:偏波変動誘起雑音抑圧後の安定な発振周波数間隔

 次に、光ファイバブリルアンリングレーザが、半導体レーザのように活性媒質領域が微少なレーザと異なり、光ファイバという長い領域が活性媒質となることに着目し、光ファイバに分布する利得とその変動がレーザ発振に及ぼす影響を考察した。光ファイバブリルアンリングレーザの利得は、主に光ファイバに加わる温度、引っ張り歪み等の不均一な分布が原因で、光ファイバの光軸方向に不均一に分布する。このことがストークス光の発振状態に及ぼす影響を解析した。その結果、フィネスの高い光ファイバリング共振器を使用すれば、ストークス光の受けるブリルアン利得は、光軸方向の利得分布の集合平均をとって考えることが可能であることが示された。換言すれば、空間的に温度分布等の変化が生じたときにも、各温度等が出現する確率密度関数が等しければ発振状態には影響がないということである。更に、光ファイバリング共振器の一定領域を熱して発振特性を測定する実験を、熱する領域の長さは変えずに場所だけ変えて行った。その結果、理論を裏付けるべく同様の発振特性が各測定で得られた。ここで得られた知見はブリルアン利得の能動的制御を行う土台となると考えられる。

 最後にこれまでの検討を基に、偏波変動等による雑音がない光ファイバブリルアンリングレーザを双方向発振させてB-FOGを構成した。そして、従来適当な手法の無かった回転方向検出を、90°光ハイブリッドを用いた位相ダイバーシティの導入によって実現した。B-FOGでは一般に時計回り、反時計回りのストークス光のビートをとって、Sagnac効果によって生じる回転速度に比例した周波数差を検出する。しかし、ビートをとることで両ストークス光の周波数の大小関係、つまり回転方向の情報が失われてしまう。その対策として、ストークス光の発振周波数にあらかじめ一定のバイアスを加える手法が提案されていたが、この場合ストークス光の発振が不安定になる可能性がある。これに対し、我々の提案した手法は基本的にストークス光の発振に影響を与えない。図2に実験系の構成を示す。提案した手法は出射ストークス光をそれぞれ円偏波および45°傾いた直線偏波とした後、偏波ビームスプリッタを用いて直交偏波成分を分離し、±90°の位相差がある2つのビートをとるものである。回転速度をを定数とすると、一方のビート信号はsint、他方はcostとなことから、の正負、つまり回転方向によって両ビート信号の位相差の正負が反転する。図3に実験結果を示す。光ファイバリング共振器を時計回りに回転させたとき、位相差+90°のビート信号の対が得られた。これは周波数440Hzで、本B-FOGでは0.21deg/secの回転速度に相当する。一方、光ファイバリング共振器を反時計回りに回転させたときには、位相差-90°のビート信号の対が得られた。これは周波数320Hzで、本B-FOGでは0.15deg/secの回転速度に相当する。理論通り、回転の方向が両ビート信号の位相差から認識できることがわかる。

図2:回転方向検出手法を取り入れたB-FOGの実験系:(PBS:偏波ビームスプリッタ,PD:光検出器,FP:光フィルタ,BS:ビームスプリッタ,Pol.:偏光子.)図3:回転方向検出の実験結果:(a)時計回りに回転を加えたときに得られた位相差+90°のビート信号の対,(b)反時計回りに回転を加えたときに得られた位相差-90°のビート信号の対.

 以上、本研究ではB-FOGの基礎研究として光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化について検討を行い、得られた知見を基にB-FOGを構成した。提案したB-FOG構成では、発振に悪影響を及ぼす要因が取り除かれ、回転速度の大きさだけでなく回転方向も検出できることが確認された。本研究は今後B-FOGの更なる高性能化を図る上での土台となると考えられる。

審査要旨

 本論文は「光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化と光ジャイロへの応用に関する研究」と題し、次世代光ファイバジャイロとして期待されるブリルアン方式光ファイバジャイロ(B-FOG)の主要部分である光ファイバブリルアンリングレーザの発振を安定化させるための手法を考案・検討し、さらに、その手法を盛り込み、かつ新たな機能を具備したジャイロ系を実現した研究に関して述べたもので、7章よりなる。

 第1章は序論であり、光ファイバブリルアンリングレーザおよびその光ジャイロへの応用に関する研究の歴史を概観し、ブリルアン方式光ファイバジャイロの他の方式に対する特長を説明し、本論文の目的と構成を述べている。

 第2章は「光ファイバブリルアンリングレーザと光ジャイロへの応用の原理」と題し、以降の章の準備として、本レーザ自体およびこれを光ジャイロに応用する原理に関して論じている。本ジャイロでは、回転によりブリルアンレーザ光の発振周波数が変化し、左右両回り発振光間のビート周波数としてジャイロ出力が得られる。この結果、航空機の慣性航法用等に必要な7桁にも及ぶダイナミックレンジが外部光学系なしに達成されるという大きなメリットを有する。本章ではまた、B-FOGの雑音、誤差要因として振舞う種々の現象も議論される。そして、それら現象の中で偏波変動誘起雑音が最も大きな問題であり、この点への対策が極めて重要であることが指摘される。

 第3章「偏波変動誘起雑音」では、光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化を図る上で最も重要な検討課題である偏波変動誘起雑音を、固有偏波状態の概念を導入して明らかにする。リング共振器中ではある特別な偏波状態のみが共振現象を起こす。これが固有偏波状態である。光ファイバブリルアンリングレーザでは、共振器中でポンプ光およびブリルアン光の双方がそれぞれ独立に固有偏波状態をとるため、ブリルアン光の励振を論ずるにはこの状態を考慮した厳密な扱いが必須であることを述べ、その基本的な検討を展開している。

 第4章は、「偏波変動誘起雑音への対策」と題する。第3章で得られた知見を基に、偏波変動誘起雑音対策として2種類の独自の手法を提示する。第1の手法は、偏波維持光ファイバの偏波軸をリング共振器内のファイバ接続点で意図的に90°回転して融着する手法である。また、第2の手法は絶対単一偏波光ファイバからなるリング共振器の使用である。前者に関しては、実験系を構成してその優れた特性を実証することに成功している。後者に関しては、固有偏波状態を厳密に扱った解析を行い、やはり良好な特性が得られることが示されている。

 第5章「光ファイバの光軸に沿うブリルアン利得分布の発振状態への影響」では、光ファイバの光軸方向に分布する温度、歪みと光ファイバブリルアンリングレーザの発振特性との関係が検討される。低損失な光ファイバ共振器を用いる場合には、温度や歪み分布に伴うブリルアン利得の分布は、その統計的特性が同じであれば具体的な分布が異なる場合でも同一の発振特性を示すことが明らかになる。またこの知見を基に、本レーザの発振を安定化する手法も論じられる。

 第6章は「光ジャイロへの応用」と題し、第5章までに得られた知見を基に、偏波変動、温度変動による雑音への対策を施した光ファイバブリルアンリングレーザを実現し、さらにこれを用いてB-FOGの実験系を構成する。従来、B-FOGには回転方向の適当な検出手法が無かったが、本研究では90°光ハイブリッドを用いた光位相ダイバーシティを導入することにより、ブリルアンリングレーザの発振に全く影響を及ぼすことなく回転方向が検出できる新しい手法を提案している。そして、実験系によりこの提案を実証することにも成功した。

 第7章は「結論」であり、本研究で得られた成果をまとめるとともに、今後の展望を示している。

 以上これを要するに、本研究は、ブリルアン方式光ファイバジャイロの基礎研究として、光ファイバブリルアンリングレーザの発振安定化について検討を行い、レーザ動作に最も悪影響を及ぼす要因である偏波変動誘起雑音を抑圧した構成を提案・実現し、さらにこの光ファイバブリルアンリングレーザを用いたB-FOGの実験系において、回転速度だけでなく回転方向をも検知する構成を提案・実証したものであって、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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