学位論文要旨



No 111816
著者(漢字) 永田,真幸
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,マサキ
標題(和) 大規模電力系統における定態安定度評価および制御の階層分散化に関する研究
標題(洋)
報告番号 111816
報告番号 甲11816
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3614号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 教授 正田,英介
 東京大学 教授 曾根,悟
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 助教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 堀,洋一
内容要旨

 将来予想される電力需要の増大に対応するために,電力系統は今後ますます大規模複雑化することが予想されている。将来の大規模系統において,電力供給の信頼性を確保するために,設備面で,パワーエレクトロニクスを応用した可変インピーダンス機器(VIPS機器)などの新技術が導入される一方,運用・制御面でも情報処理・通信系の高度化による監視・制御構造の全系レベルと部分系統レベルへの階層分散化といった変革がもたらされると考えられる。

 供給信頼性という観点から考えた場合,電力系統に生じる種々の擾乱に対して,安定性を確保することが重要であることはいうまでもない。電力系統におけるこの種の安定性は,大擾乱に対して系統が安定に保たれるか否かを問題とする過渡安定性と,微小擾乱に対する安定性を問題とする定態安定度の2つの安定度で議論される。将来系統における安定度をどう確保するかについて,過渡安定度に関しては,可変インピーダンス機器などの新しいハードウェアを利用して,これを向上させるための手法が種々提案されているが,定態安定度に関しては十分な検討がなされているとはいえない。また,定態安定度は,系統の運用点の動的な安定性の良否を問題とするので,系統の運用・制御面と密接に結び付くものであり,将来の階層分散化された監視・制御構造に適した,安定度解析/制御手法が望まれている。

 以上のような背景から,本論文では,上記のような可変インピーダンス機器といった新しい機器が導入され,なおかつ監視・制御構造が階層分散化された将来系統において,定態安定度の評価・制御をどのように行なえば良いかを論じる。具体的には

 ・VIPS機器制御による,部分系統間の動揺を表す大域的動揺モードの安定化

 ・系統分割を利用した定態安定度解析の階層分散化

 ・系統分割を利用した固有値制御の階層分散化

 の3点について,検討を行なう。

 第一のVIPS機器による系統の大域的モードの安定化について述べる。定態安定度評価/制御の階層分散化という観点から見た場合,VIPS機器は系統内の任意の場所に設置が可能であるため,特に系統間の連系線に設置された場合に,これを適切に制御することで,系統間の動揺モード(大域的モード)のダンピングを効果的に向上させる可能性がある。したがって,局所的モードの安定化を部分系統レベルで自動電圧調整装置(AVR),調速機(GOV),系統安定化装置(PSS)などの発電機に設置された制御系を用いて行ない,大域的モードの安定化を全系レベルでVIPS機器を用いて行なうことが考えられる。このような制御を考える上で,留意すべき点として以下の2点を上げることができよう。

 ・VIPS機器の制御パラメータをなるべく簡単な計算で求めることができること

 ・各部分系統での安定化は独立に行なえること。また,制御系設計時に部分系統での安定化の効果を考慮できること

 本論文での提案手法では相互干渉システムの分散安定化の理論を応用することで,制御系設計を簡単な最適化計算により行なうことができ,また,部分系統での安定化の効果を考慮することを可能としている。提案手法により設計されたVIPS機器制御系の有効性を,IEEE39母線系統をモデル系統として検証する。ここでは,VIPS機器として,可変直列コンデンサ(VSrC)が設置されたケースと高速移相器(HSPS)が設置されたケースを取り上げ,固有値解析により,系統の電力動揺モードのダンピングを提案手法により設計された制御系を用いて,向上させることができることを示した(図1参照)。さらに非線系シミュレーションにより,過渡安定度に対しても向上効果があることを明らかにした。

図1:VSrC制御による大域的な電力動揺モードのダンピングの改善

 次に,第二の系統分割を利用した定態安定度解析の階層分散化について述べる。監視・制御構造が階層分散化された系統における定態安定度評価の方法として,本論文では,部分系統内の動特性を表すモードである局所的モードを部分系統レベルで,部分系統間の動特性を表すモードである大域的モードを全系レベルで評価すること(図2参照)を提案した。部分系統での固有値解析は,全系に比べ,次元が大幅に小さいと考えられるので,QR法などの従来手法が十分に適用できるといえる。したがって,部分系統での解析結果を利用して,いかに全系レベルで大域的モードの評価を行なうかがポイントとなる。本論文では,特に以下の3点に留意した検討を行なっている。

 ・部分系統の固有値解析で得られた固有値のうち,局所的モードをどのように判別するか

 ・固有値/固有ベクトルから見た全系と部分系統の関係をいかに評価するか

 ・全系での固有値計算をいかなる手法で行なうか

図2:定態安定度評価/制御の階層分散化

 本論文では,まず,部分系統で得られた固有値のうち局所的モードを判別するための,系統のシステム行列の相似変換を利用した,部分系統固有値の局所性の指標を提案した。提案する指標が,簡単な計算で局所的モードを正しく判別することができることを数値例を用いて示した。

 部分系統と全系の固有値/固有ベクトルから見た関係については,部分系統の固有ベクトルと全系の固有ベクトルの関係を用いて,これを評価することを提案している。また,系統の大域的モードに関して,この関係を評価することが重要であるので,低次元化モデルを用いて大域的モードに関する部分系統と全系の関係を評価する手法を述べ,数値例を用いてその有効性を明らかにした。

 全系レベルにおける大域的モードの評価手法として,上記の局所性の指標,部分系統と全系の関係の評価手法を応用した,固有値問題の部分空間解法を提案した。本手法は,数理的に見れば,固有ベクトルの部分空間における最良近似(Rayleigh-Ritz近似)を利用して,繰り返し計算により固有値/固有ベクトルを求める手法である。局所性の指標,部分系統と全系の関係の評価手法を応用して,初期部分空間における大域的モードの固有ベクトルの近似精度を向上させ,その結果として,良好な収束特性を得ることを可能としている。本手法をモデル系統の電力動揺モードの計算に適用し,大域的モードの計算に有効であることを明らかにした。

 最後に,第三の系統分割を利用した固有値制御の階層分散化について述べる。これは,監視・制御構造が階層分散化された系統において,定態安定度制御をいかに行なえば良いかを論じたものである。従来より提案されている定態安定度制御としては,固有値制御がある。固有値制御は,系統内の様々なパラメータの影響が考慮でき,また,その安定化効果が定量的に評価できる点で優れた手法であるということができる。しかしながら,従来の集中型の固有値制御では,固有値の系統内のパラメータに関する感度である固有値感度の計算に多くの処理時間が必要であり,系統規模が大きくなれば,その分考慮すべきパラメータの数も増加するため,大規模系統へそのまま適用するには困難な点があった。

 本論文で述べる階層分散型固有値制御は,局所的モードの安定化を部分系統レベルで,大域的モードの安定化を全系レベルで,それぞれ固有値制御により行なうことにより,大規模系統での固有値制御の効率化をはかるものである。部分系統での固有値制御は,次元,パラメータの数とも全系に比べれば,大幅に小さな問題を扱うだけで良く,効率良く局所的モードを安定化できることが期待できる。また,全系での固有値制御では,局所的モードの安定化が部分系統レベルで行なわれているため,大域的なモードだけを対象とすれば良く,集中型に比べ,感度計算の対象となる固有値を大幅に減少することができる。固有値制御を階層分散化するにあたって,以下の点に留意している。

 ・部分系統での固有値制御において局所的モードを確実に安定化させること

 ・全系での固有値制御において部分系統で安定化した局所的モードを不安定化させないこと

 部分系統での固有値制御では,部分系統で得られる局所的モードを対象として制御を行なうため,局所的モードが部分系統で安定よりに評価される場合,局所的モードが十分に安定化されない可能性がある。これを防ぐために,階層分散型固有値制御においては,部分系統での固有値制御終了時に,全系計算により局所的モードが十分に安定化されたか否かを検証し,必要なら再度部分系統での固有値制御を行なうようにしている。その結果,局所的モードを確実に安定化させることが可能になった。

 階層分散型固有値制御において,全系での固有値制御時には,大域的モードのみが制御の対象となる。そこで,局所的モードに関して,部分系統で計算した固有値感度を利用して,不安定化を防止するための制約条件を設けている。これにより,全系での固有値制御時に局所的モードが不安定化することを防止している。

 提案した階層分散型固有値制御をモデル系統に適用して,集中型と同様の定態安定度改善効果が得られることを示した(図3参照)。また,集中型に比べ,処理時間を大幅に減少できることが明らかにした。

図3:階層分散型固有値制御による支配的モードの安定化
審査要旨

 本論文は、「大規模電力系統における定態安定度評価および制御の階層分散化に関する研究」と題し、6章より成る。

 第1章は「序論」で、本研究の目的とその背景について述べたものである。ますます大規模複雑化する電力系統において電力供給の信頼性を確保するために、将来、設備面でパワーエレクトロニクスを応用した可変インピーダンス機器等の新技術が導入される一方、運用・制御面では、情報処理・通信システムの高度化により電力系統安定性監視・制御構造の全系統レベルと部分系統レベルでの階層分散化が図られるであろうことを述べ、特に数学的難しさのゆえにこれまで扱われてこなかった定態安定度評価・制御の階層分散化について、部分系統間の動揺である大域的動揺を可変インピーダンス機器により抑制する制御手法、系統分割を利用した定態安定度の解析手法の階層分散化、およびその安定度向上制御の一つとして固有値制御手法の階層分散化を取り上げ、検討すべき問題点を論じている。

 第2章は「電力系統の定態安定度評価/制御手法」と題し、まず本研究で扱う定態安定度とその解析モデルについて述べ、定態安定度の評価に関して、現在までに提案されている固有値解析手法をまとめている。さらに、定態安定度の向上制御に関して、固有値制御手法についても簡単にまとめている。

 第3章は「可変インピーダンス機器制御による電力系統の大域的動揺モードの安定化」と題し、可変インピーダンス機器である可変直列コンデンサや高速移相器を部分系統間の連系線に設置することにより、部分系統間の動揺である大域的動揺を抑制する分散制御手法の検討を行っている。まず、リアプノフ関数を用いた相互干渉システムの分散制御理論に基づく可変インピーダンス機器制御系の設計法を提案しており、既存の発電機制御系による部分系統ごとでの安定化の効果を考慮し、簡単な最適化計算により部分系統間に設置された複数の可変インピーダンス機器の制御系設計を可能にしている。次に、本提案手法をモデル系統に適用し、可変直列コンデンサまたは高速移相器が設置された場合について、大域的動揺モードのダンピングが向上していることを固有値解析により明らかにし、さらに時間領域ディジタルシミュレーションにより過渡安定度に対しても向上効果が得られることを示している。

 第4章は「系統分割を利用した定態安定度解析の階層分散化」と題し、階層分散化された電力系統の監視構造における定態安定度の評価について検討を行っている。まず、部分系統で得られる固有値のうち局所的モードを判別するためのシステム行列の相似変換を利用した指標を提案し、本提案指標が簡単な計算により局所的モードを正しく判別できることをモデル系統の数値例を用いて示している。次に、部分系統の固有ベクトルと全系統の固有ベクトルの関係を用いて部分系統と全系統の動特性の関係を評価することを述べている。そして、低次元化モデルを用いた大域的モードに関する部分系統と全系統の関係を評価する手法を提案し、固有値感度評価の数値例を用いてその有効性を明らかにしている。最後に、以上の手法を応用した固有値問題の部分空間解法を提案し、モデル系統の電力動揺モードの計算に適用し大域的モードの計算に有効であることを示している。

 第5章は「系統分割を利用した固有値制御の階層分散化」と題し、階層分散化された電力系統の制御構造において、定態安定度向上制御としての固有値制御をいかに行うべきかについて検討を行っている。まず、階層分散型固有値制御、すなわち局所的モードの安定化を部分系統レベルで、大域的モードの安定化を全系統レベルでそれぞれ固有値制御により行うことにより、大規模電力系統での固有値制御の効率化を図る手法を提案している。本手法により、部分系統での固有値制御は、次元、パラメータ数とも全系統に比べて大幅に小さな問題を扱うだけでよく、また全系統での固有値制御では、大域的モードだけを対象とすればよく、集中型に比べ感度計算の対象となる固有値の数を大幅に減らすことが可能となっている。次に、提案する階層分散型固有値制御手法をモデル系統に適用して、集中型と同様の定態安定度改善効果が得られること、また集中型に比べ処理時間を大幅に減少できることを明らかにしている。

 第6章は「結論」で、本研究で得られた知見をまとめている。

 以上を要するに、本論文は、大規模電力系統の監視・制御の分野において進展しつつある階層分散化に際して、定態安定度の向上を目的とするリアプノフ関数を用いた分散制御理論に基づく可変インピーダンス機器の制御系の設計手法を提案し、また系統分割を利用した定態安定度評価のための局所性指標および効率的な大域的動揺モードの固有値計算手法、そしてそれらを利用した階層分散型固有値制御手法を開発し、モデル系統に対して数値シミュレーションを行いその有効性を明らかにしたもので、電気工学上貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1814