学位論文要旨



No 111821
著者(漢字) 佐藤,健二
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ケンジ
標題(和) 広帯域波長可変分布並進逆進結合型半導体レーザダイオードに関する研究
標題(洋) Study on Widely Tunable Distributed Forward- and Backward-Coupling Semiconductor Laser Diodes
報告番号 111821
報告番号 甲11821
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3619号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 助教授 中野,義昭
内容要旨

 分布帰還型(DFB)半導体レーザは、多様性においても、性能においても著しい進歩を遂げている。従来型の屈折率結合分布帰還型半導体レーザよりも、利得結合分布帰還型半導体レーザの研究が近年盛んに行われている。それは、単一モード歩留まり、発振モード安定性、高速特性にすぐれていることが実験的に明らかになってきたからである。一方、半導体レーザの応用として最近重要度を増しているのが、波長可変レーザである。エルビウムドープファイバー増幅器(EDFA)を念頭に置いた20から40 nm程度の波長可変範囲を対象とした広帯域波長多重通信(WDM)の場合、不連続波長可変型半導体レーザによってそれが実現されることが予想され、不連続波長可変型半導体レーザの高性能化が望まれる。本研究では、利得結合型半導体レーザといったきわめて安定な発振モードを持つ半導体レーザに、それまで不可能だと思われていた波長可変動作をさせるための新しい構造を提案し、それを分布並進逆進結合型半導体レーザ(DFBC Laser)と名付けた。

 本レーザは、活性層の上部に変調周期回折格子(サンプルド・グレーティング)を配置し、複数の分布帰還を波長軸上で生み出すことと、活性層に平行に、平行導波路を配置してレーザと方向性結合器が同時に存在するような構造になっている。この方向性結合が、波長可変フィルターとして働くことによって、サンプルド・グレーティングからの複数の反射ピークにフィルターをかけて発振波長を選択する。この波長可変フィルターは、平行導波路の屈折率をわずかに変化させるだけで大きくフィルター特性が変わり、透過する波長が大きく変化する。わかりやすくいうと、光が活性層のある導波路と平行導波路との間を往復して進み、ちょうど光が上部の活性層側にいる時に一番ブラッグ回折格子からの分布帰還を受け、次の周期で再び活性層側にいる時にブラッグ回折格子から分布帰還を受ける。光の波長によっては、往復運動の周期が違うため、この構造は波長選択性を持つフィルターとして働き、それが半導体レーザと同時に作りつけられている格好となる。この往復の周期は、方向性結合における完全結合長の2倍であり、それは平行導波路の屈折率変化にたいへん敏感に変化する。そのことが、この構造が、広帯域に波長を変化させることのできる理由である。サンプルド・グレーティングにおけるブラッグ回折格子は間引かれていて、共振器全体にわたっての分布帰還は大きくないため、レーザの両端面は無反射コーティングを施すことをここでは仮定している。

 この構造の特徴は、単一電流制御によって動作し、また、グレーティングの種類は利得結合型に限らず屈折率結合型でも差し支えないため、汎用性のある構造でもある。また、端面反射のみを用いたファブリー・ペロー型波長可変レーザよりも、分布帰還を用いている分だけ、副モード抑圧比(SMSR)も高いことが期待され、明確に波長チャンネルを設計することができる。また、活性層と平行導波路が、基板の結晶成長の方向に並んでいるため、成長の回数を減らすことができる。

 この構造を解析するには、次の2つの方法を用いた。1つめは、結合波モード理論を拡張して、4×4 F-行列を導出したものである。一般に結合波モード理論から、2×2 F-行列を用いて半導体レーザの解析を行うが、ここでは、導波路が2本あり、それぞれに閉じこめられている固有モードを用いて解析するためには、4×4 にする必要がある。この方法では、F-行列は解析的に導くことができる。この手法を用いて、1.55m波長の分布並進逆進結合型半導体レーザの波長可変特性を計算した。ここで、平行導波路の屈折率は3.325から3.355まで変化したとし、ブラッグ回折格子の周期は245nm、サンプルド・グレーティングのインターバルは50mとした。ここでは、純粋な利得結合型回折格子を仮定し、結合係数は、50cm-1とした。光のラウンドトリップゲインは、波長軸上に周期的なたくさんのピークが存在するが、上述のフィルター効果があらわれ、平行導波路の屈折率変化により、フィルターを透過する波長が大きく変化していく様子があわられた。また、レーザの発振条件から、しきい値における波長を計算すると、平行導波路の屈折率がわずか0.03変化することで、レーザの発振波長は100 nm程度も変化するということがわかった。2つめの方法では、モード展開法を用いた。それは、ブラッグ回折格子が存在する領域と、存在しない領域では、2つある固有モードはそれぞれ2×2 F-行列であつかい、その境界では、2つの固有モードの和は連続であるが、それぞれの固有モードは不連続である。この固有モードのパワーの交換をモード展開法を用いて、同様な計算を行った。平行導波路の屈折率は3.38付近で0.01程度変化させ、フィルター特性およびしきい値での波長可変特性を計算した。この手法を用いても、平行導波路の屈折率変化が0.01程度の場合、波長可変範囲は約40nm程度のものが得られた。こちらの方法がより厳密な解が求まるが、サンプルド・グレーティングのデューティーが小さい場合には、この方法は1つめの方法である結合波モード理論のモデルに近づくため、今回の計算に用いた構造では、ほぼ同じ結果が得られる。また、これらの計算手法は、半導体レーザの帰還がブラッグ回折格子によるものではなく、端面からの反射でレーザ共振させる型のものも取り扱うことができる。しかしながら、ブラッグ反射を用いた方が、安定した発振モードを得るという点ではすぐれており、副モード抑圧比(SMSR)も大きくすることができる。

 次に、半導体レーザのパラメータ抽出法として新たにカーブフィッティング法を確立した。半導体レーザのパラメータの中で最も重要であり、レーザの特性を左右する結合係数が、設計値と実際に半導体レーザが作製された時の値とで大きく違うということが多々ある。したがって、レーザが作製されてから、パラメータの値を知る方法が必要となる。これまでは、半導体レーザの両端面に無反射コーティングされたもので、屈折率結合型レーザの屈折率結合を知ることは簡単にできた。しかしながら、利得結合に関してはこれまで有望な手法が存在しなかった。屈折率結合係数は、しきい値以下のスペクトルのストップバンド幅(波長軸)からおおよそ見積ることはできたが、利得結合係数は利得(パワー軸)に影響するパラメータのため、それを抽出することは困難である。そこで、本研究では、半導体レーザのしきい値以下のスペクトルから、最小二乗法を用いて、半導体レーザのパラメータ(利得結合係数、屈折率結合係数、活性層利得、実行屈折率、反射率、位相等)を抽出することを行った。測定に用いた素子は、吸収性回折格子を持つ利得結合分布帰還型半導体レーザで、活性層はGaAs/AlGaAs多重量子井戸、ブラッグ回折格子周期は373.9nmで、3次である。素子は、3つの異なるプロセスによって作製されたものを用いた。この研究では、たとえば素子202では、共振器長195mで、屈折率結合係数27.2cm-1、利得結合係数7.5cm-1という結果が得られた。また素子2003は、共振器長210mで、屈折率結合係数56.4cm-1、利得結合係数22.3cm-1であった。この手法では、端面の反射率および位相までも知ることができる。さらにしきい値以下の2点でパラメータを抽出すれば、線幅増大係数を見積もることができる。この係数は雑音レベルの指数となる重要なパラメータである。ここでは、素子g05bについて線幅増大係数を見積もったところ、2.5 という値が得られた。さらに、利得結合係数だけをスペクトルから簡単に見積もるための近似式を導出し、実際の素子のスペクトルからおおよそ見積もることを試みた。この近似式は、両端面を無反射コーティングされているものにのみ適用することができ、それによると、活性層がGaAsバルクの増幅性回折格子型の利得結合分布帰還型レーザのスペクトルから、屈折率結合係数87.5cm-1、利得結合係数13.6cm-1という値が得られた。

 次に実際に分布並進逆進結合型半導体レーザの作製のための準備を行った。実際の作製プロセスは、GaAs/AlGaAsを用いた840nm波長の半導体レーザについて行われる。ここでのポイントは、本素子は上部にp型電極およびn型電極をもち、それぞれがかなり近くになければならないということである。どのくらいまで近い必要があるかを計算したところ、少なくとも20m以下でなければならない。作製プロセスに余裕を持たせるために、フォトマスクの設計では、20mを選択した。これにより、得られる波長可変範囲は、注入電流が100mAとしておよそ4nmである。また、本素子の作製で重要となるサンプルド・グレーティングの作製はフォトレジストを2回塗ることで解決した。

 以上をまとめると、本研究では、新しい広帯域波長可変半導体レーザである分布並進逆進結合型レーザを提案し、それについて数値解析を行い、導波路のわずかな屈折率変化で広帯域に波長を可変することを示した。この構造では、利得結合型の回折格子でも実現することが可能である。利得結合型回折格子により作製すれば、より大きな副モード抑圧比が得られ、簡単な一電流制御で、安定した分布帰還発振モードによる波長可変レーザを実現することができる。

審査要旨

 本論文は、将来の波長多重光情報通信ネットワークで必要とされる、広帯域に発振波長を掃引することが可能な新しい半導体レーザ構造を提案し、その波長可変特性の解析ならびに設計、試作プロセス、プロトタイプ素子の試作結果について英文でまとめたもので、7章より構成されている。

 第1章は序論であって、本研究の背景、動機、目的と論文構成を述べている。

 分布帰還型(DFB)半導体レーザは、長距離大容量光通信の主要光源であるが、原理的に作製収率が小さいため、より収率の高い利得結合と呼ばれるタイプへ今後移行するものと予測される。一方、光通信に波長多重を用いる場合、半導体レーザには広帯域波長可変性が要求される。ところがDFBレーザは発振波長を掃引することが難しく、特に他の性能に関しては極めて優れている利得結合DFBレーザにおいて、可変発振波長を得ることができなかった。本論文は、この問題を解決する新たなレーザ構造を提案するものである。

 第2章は"DFBC lasers"と題し、広帯域波長可変性を生む新たなDistributed Forward- and Backward-Coupling(DFBC)構造の提案と、動作原理の解説を中心に記述している。本構造では、レーザ活性層の上部にサンプルド・グレーティング、活性層の下部に屈折率変化用の並行受動導波路をそれぞれ配置する。サンプルド・グレーティングがレーザ発振に必要な分布反射を生じ、並行導波路と活性層の間の方向性結合が波長フィルタ機能を生じる。並行導波路の屈折率をわずかに変化させるだけでフィルタによる選択波長が大きく変わるため、広帯域波長可変性が得られる。この構造の特徴は、波長チューニングが単一の電流制御によって行なわれること、分布帰還の種類は屈折率結合、利得結合を問わないことである。

 第3章"Simulation of DFBC lasers"では、DFBCレーザの発振波長チューニング特性の解析法を確立し、数値解析例を示している。DFBC構造の解析法としては、次の二つを提示している。一つは、結合モード理論を、並進結合、逆進結合の双方を同時に記述できるよう拡張したもので、4×4 Fマトリックス解析に帰着されるものである。この手法を用いて、波長1.55m帯の純粋利得結合DFBCレーザの波長可変特性を計算した結果、並行導波路の屈折率が0.03変化するだけで、発振波長は約100nmも変化するということがわかった。もう一つの解析法は、固有モード展開に基づくもので、サンプルド・グレーティングの格子領域とそれ以外の領域の偶モード、奇モードを境界で接続する。この方法で並行導波路の屈折率を0.01変化させたところ、約40nmの波長可変範囲が得られた。

 第4章は"Parameter extraction of DFB laser diodes"と題し、本論文の主題であるDFBCレーザのみならず一般のDFBレーザでも必要な、デバイスパラメータ(特に結合係数)を測定データから抽出する方法を新たに開発したことについて、論じている。ここでは、DFBレーザのしきい値以下ASEスペクトルと理論スペクトルとを最小二乗法を用いてフィッティングし、屈折率/利得結合係数を含む多数のパラメータを抽出することを試みた。その結果、従来結合係数の測定が不可能であった部分利得結合DFBレーザにおいて、屈折率結合係数および利得結合係数を測定抽出することに成功している。

 第5章"Design of DFBC lasers"では、GaAlAs/GaAs系材料を想定して、波長0.8m帯のDFBCレーザの設計を実際に行なったことについて記述している。まず、サンプルド・グレーティング方向性結合二重導波路を設計し、次にGaAs三重量子井戸活性層を含む、全エピタキシャル成長層の組成、厚さを設計、決定している。さらに、無理なくプロセスが行なえ、かつ波長制御電流を活性層下に十分到達させるという観点から、制御端子の距離を最適化した。以上の考察に基づきフォトマスクパターンを設計し、最後に合計8枚のフォトマスクを用いた試作プロセスの全容を提示している。

 第6章は"Fabrication of DFBC lasers"と題し、素子試作予備実験の結果について論じている。まず、第一段階の有機金属エピタキシャル成長(MOCVD)で、サンプルド・グレーティング層までを成長した。次に、フォトレジスト二重塗布法を利用して、サンプルド・グレーティングの試作に成功した。第二段階MOCVD成長後に電子顕微鏡観察を行って、サンプルド・グレーティングが保持されていることを確認した。その後、全てのフォトリソグラフィーステップを経て設計通りにDFBCレーザ構造を完成し、ダイオード特性、自然放出光特性を観測している。これにより将来、波長可変動作可能なDFBCレーザを試作して行く上での基礎が固められた。

 第7章は結論であって、上記の諸結果を総括するものである。

 以上のように本論文は、波長多重光通信システムで必須の広帯域波長可変性を半導体レーザにもたらす新しい構造、すなわちDistributed Forward- and Backward-Coupling(DFBC)構造を提案し、同構造に基づく半導体レーザの波長可変特性の数値解析法、デバイスパラメータ測定抽出法、実素子の具体的設計法を確立するとともに、素子試作に関しても端緒をつけたものであって、電子工学上貢献するところが多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1871