学位論文要旨



No 111823
著者(漢字) 田中,琢爾
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タクジ
標題(和) 量子ナノ構造における励起子の磁気光学効果に関する研究
標題(洋) Study on Magneto-Optical Properties of Excitons in Quantum Nanostructures
報告番号 111823
報告番号 甲11823
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3621号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 藤井,陽一
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 助教授 平川,一彦
内容要旨 1.概要

 量子ナノ構造内でのキャリアの挙動は、低次元物性の面でも工学応用の面でも注目されている。最新の微細加工技術によって実際に作成された量子ナノ構造において、最近、外部磁場引加時の光物性により低次元キャリアの状態を探索する研究が盛んに行われているが、複雑な閉じ込め形状や外部磁場の多様な条件の下での励起子の挙動の解明は不十分である。さらに近年、量子井戸構造の励起子状態の制御に関連して、微小共振器内の光子場との相互作用が盛んに研究されている。この系では、励起子寿命の制御が予見されているとともに、固体内において光の場と電子との相関現象を直接的に観測する系として興味深く、磁場などの摂動の導入は結合系の制御および現象解明に有効である。

 本論文では、まず、量子ナノ構造における磁場のもとでの低次元励起子の振舞いについて、異方的多次元ポテンシャル・磁場・クーロン力を全て考慮した変分法解析を行う。また、複雑な閉じ込め形状の量子ナノ構造の磁場のもとでの電子状態を理論解析する。これらの理論を用い、量子ナノ構造における磁気光学効果の実験との比較を行いながら、低次元磁気励起子について、閉じ込め効果、磁場効果、クーロン相互作用の相互の関係を詳細かつ具体的に明らかする。さらに、微小共振器内の光子と励起子の相互作用の磁場効果に関し、励起子ポラリトンのモード分離幅の磁場依存性の測定結果を示し、定在的光子場と結合した磁気励起子の挙動を明らかにする。

2.異方的閉じ込めボテンシャルの磁気励起子の理論

 x,y方向に異方的な放物線型閉じ込めが存在し、z方向の磁場Bzが存在するとき、Schrodinger方程式の固有エネルギーは解析的に求められ、次のようになる。

 

 ただし、k=1,2,...;m=0,1,2,...,k;c=qBz/mである。基底状態の波動関数はガウス関数型となる。クーロン力を考慮したハミルトニアンに対しては、変分関数をガウス関数と水素原子型関数の積と仮定し、変分法を用いた。

3.量子細線の磁気フォトルミネッセンスの光学異方性

 量子細線の磁気フォトルミネッセンス(PL)エネルギーについて変分法の計算結果を実験値とともに図1に示す。図では、値を印加磁場強度の関数として三つの異なる磁場方向に対して示している。クーロン相互作用を考慮した計算値は量子細線の磁気PLの実験値によく一致する。これは、量子細線の異方的二次元量子閉じ込めの存在を支持するものであり、励起子効果は磁気PLの現象の理解のために重要である。一方、磁場による相対的エネルギー偏移は相互作用を無視した粒子の振舞いによって説明でき、全体のエネルギー準位は単粒子の磁場中のエネルギー準位と零磁場における励起子結合エネルギーの和で近似可能である。

図1:異方的二次元放物線型閉じ込めポテンシャルの量子細線におけるフォトンエネルギーのクーロン相互作用を取り入れた計算値Ee,h,C+Egと取り入れなかった計算値Ee+Eh+Eg.中に実験値(Y.Nagamune et al.)を小円などで示す.
4.磁気フォトルミネッセンスの量子細線輻依存性

 量子細線の磁気PLの細線幅依存性の実験結果に対し、前節の手法による励起子のクーロン相互作用を考慮した計算結果を図2中に実線で示す。PLエネルギーの磁場による偏移は細線幅の減少に伴って抑制される様子は、理論計算によく一致した。これは、本理論が細線幅に依存する反磁性的・ランダウ的エネルギー偏移の様子を正確に記述していることを示し、一連の現象は、一次元磁気励起子効果によって詳細に説明可能である。以上の結果は、実験に用いた量子細線における横方向閉じ込め効果の存在を強く支持している。

図2:細線幅の異なる量子細線の磁気フォトルミネッセンスピークエネルギー.実験値(Y.Nagamune et al.)を小円で示す.
5.量子細線断面・印加磁場角度と電子状態

 磁場効果を含む三次元のSchrodinger方程式を計算し、量子細線の断面構造との関係を解析した。まず、四角形断面の量子細線では、磁場効果によるエネルギーの増分は、長辺に垂直な磁場方向の場合に最大になる傾向と、対角線に平行な磁場方向の場合に最大になる傾向があり、極値を取る磁場角度は長辺対短辺の比と磁場の大きさとの関係によって決まる。さらに、三角形断面の量子細線について電子の基底準位の印加磁場角度依存性を求めた。(図3)ただし、無磁場のときの基底エネルギー値を一定とした。正三角形の場合、波動関数の3回対称性を反映した引加磁場角度依存性を示すが、その差は微小である。以上の結果によると、波動関数の断面内の広がりに起因している引加磁場依存性の特徴は形状との対応付けが可能である。

図3:三角形断面量子細線の磁気フォトルミネッセンスの印加磁場方向依存性

 図4に三角柱型量子細線のPLエネルギーの印加磁場角度依存性の実験(○)と計算(実線)の比較を示す。計算に仮定した台形の形状は、実験での量子細線の試料の三日月型に潰れた断面形状と対応しており、その形状への束縛効果が明確に理解される。

6.低次元磁気励起子の振動子強度

 量子細線と量子ドットおよび量子井戸の磁場中の励起子について変分法による統一的なモデルによって解析し、閉じ込め次元数の波動関数・振動子強度への影響を調べた。図5の計算結果より、次元の減少に伴い振動子強度は増加し磁場印加による変化量は減少するが、その振舞いは量子閉じ込めと磁場の効果の相対関係で決まる。さらに、実験における磁場の増加に伴うPL強度を本理論計算と比較すると、その増加特性は磁場による波動関数の収縮に伴う振動子強度の増加から理解できる。

図表図4:三角形断面量子細線のフォトルミネッセンスピークエネルギーの印加磁場角度依存性 / 図5:励起子のre-rh=0の確率密度の印加磁場依存性.小円は磁気PL強度の実験値(Y.Nagamune et al.)
7.微小共振器のもとでの量子井戸内の磁気励起子の振舞い

 量子井戸を埋め込んだ微小共振器構造における励起子ポラリトンの基準モード分離現象を強磁場(B15T)中で観測した。図6は測定したスペクトルの例である。ここで、磁場の引加による光子的モードと励起子的モードの同調・離調が初めて実現された。さらに、弱磁場および強磁場領域の推移の間に、両モードの非交差すなわち励起子ポラリトンの二枝の分離が観測された。モード分離幅は、図7のように磁場の増加と共に増大した。この増加量は、伝達行列法の計算、および励起子の波動関数の変分計算から解析すると、磁場による二次元励起子の波動関数の収縮に伴う振動子強度の増加に対応している。

図表図6:量子井戸を有する微小共振器構造の反射率スペクトルの引加磁場依存性 / 図7:励起子ポラリトンモード分離幅の引加磁場依存性

 以上のように、光子-励起子間相互の結合状態の磁場引加による制御が可能である。

8.まとめ

 量子ナノ構造における磁場のもとでの低次元励起子の振舞いについて、理論計算を行い、その性質と実験との対応関係を詳細かつ具体的に明らかにした。さらに、微小共振器内量子井戸の励起子に関し、励起子ポラリトンモードを磁場の下で観測し、光子-励起子間相互の結合状態の磁場による制御を実現した。以上のような励起子の磁気光学効果は、量子的な微小低次元構造を敏感に反映するため量子ナノ構造の光学デバイスなどへの応用や低次元物性の究明に向け極めて重要である。

審査要旨

 本論文は「Study on Magneto-Optical Properties of Excitons in Quantum Nanostructures(量子ナノ構造における励起子の磁気光学効果に関する研究)」と題し,量子ナノ構造の中で強磁場印加時における励起子の光学特性について,量子ドットおよび量子細線構造の形状に対する依存性およびマイクロ共振器に閉じ込められた光子との相互作用に関する物性を理論・実験の両面から解明した研究成果をまとめたものであって,英文で記されており,全5章より成っている。

 第1章は「序論」であり,本研究の歴史的背景および本研究の目的を述べている。

 第2章は「Theory of Magnetoexcitons in Quantum Nanostructures(量子ナノ構造における磁気励起子の理論)」と題し,量子細線および量子ドット中の励起子について強磁場印加時の電子状態,および光学特性について理論解析を行っている。ポテンシャル形状として三次元方向に異方的な放物線型関数を仮定し,磁場の印加時における固有エネルギー状態を求めるにあたり,単粒子に対する解析解,および,クーロン相互作用を伴う電子正孔対に対する変分法の計算手法を提示している。さらに量子井戸・量子細線・量子ドットおよびその中間的構造に対して,励起子の結合エネルギー,波動関数,励起子の振動子強度の磁場依存性を算出している。

 第3章は「Structure Dependence of Magnetoexciton Properties in Quantum Nanostructures(量子細線における磁気励起子の性質の構造依存性)」と題し,量子細線の構造に対する磁気光学特性の依存性に関し量子細線の異方性,細線幅依存性,断面形状依存性という問題について詳細な理論的解析を行い,さらに実験結果との比較検討を行っている。異方的放物線型閉じ込めポテンシャルの変分法の解析結果からは,量子細線の磁気光学特性において電子正孔対のクーロン相互作用が重要であることを指摘し,励起子の振動子強度の磁場の変化に伴う変化量は全体のエネルギー偏移に比較して小さいことを明らかにした。さらに,量子細線の磁気光学特性において弱磁場領域の反磁性偏移から強磁場領域のランダウ的偏移への推移の現象が観測されることを指摘した。また,長方形断面および三角形断面の量子細線形状を仮定し印加磁場角度を変化させたときの電子の量子化準位および波動関数の解析からは,エネルギー偏移の印加磁場角度依存性に断面形状が敏感に反映していることを明らかにした。さらに長方形断面では角の部分の波動関数の広がりの観測可能性があるものの三角形断面のそれは観測が困難であることを明らかにした。各依存性の実験との比較では,理論解析により各実験結果が磁気励起子の二次元量子閉じ込め効果によって引き起こされていることを明らかにした。

 第4章は「Photon-Magnetoexciton Interaction in Microcavities with Quantum Wells(量子井戸を有する微小共振器における光子-磁気励起子相互作用)」と題し,微小共振器中に配置した量子井戸構造中の励起子について,共振器に定在する光子との相互作用を15Tにおよぶ強磁場のもとでの測定ならびに,理論的解析について論じている。高反射率分布型ブラッグ反射器を用いた一波長垂直微小共振器構造中に量子井戸を配置した構造において,励起子ポラリトンに起因するモード分離現象を量子井戸面に垂直に印加した磁場の下で観測が行われた。さらに,量子井戸個数の異なる試料に対する比較も行われた。測定した反射率スペクトル中では,磁場の印加による励起子モードと共振器モードの連続的同調・離調が実現され,両モードの相互作用による反交差現象が観測された。各磁場において慎重に同調させながら共振モードの分離幅を測定することにより,共振に伴う分離幅の正確な測定を行った。そこでは,磁場の印加に伴い量子井戸中の磁気励起子と共振器中の光子の相互作用が増加することを明らかにした。さらに,変分法および伝達行列法の理論解析により,上記の現象は,いずれの量子井戸数においても,主に,励起子の波動関数の収縮に伴う励起子の振動子強度の増加によって引き起こされていることを明らかにした。その上,この現象に共振器の効果および励起子の面内運動の低減の効果が及んでいる可能性を指摘している。

 第5章は「Conclusion(結論)」であり本論文の主要な結論を述べている。

 以上これを要するに,本論文は量子ナノ構造中の磁気励起子物性について論じ,量子閉じ込め構造と印加磁場に対する依存性ならびに微小共振器に定在する光子場との相互作用を理論的・実験的に明らかにしたものであり,電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1873