学位論文要旨



No 111825
著者(漢字) 成塚,重弥
著者(英字)
著者(カナ) ナリツカ,シゲヤ
標題(和) 横方向成長によるSi基板上のInPヘテロエピタキシーに関する研究
標題(洋) Studies of High Quality InP Layers Hetero-epitaxially Grown on Si Substrates by Epitaxial Lateral Overgrowth
報告番号 111825
報告番号 甲11825
学位授与日 1996.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第3623号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 多田,邦雄
 東京大学 教授 神谷,武志
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 助教授 田中,雅明
内容要旨

 来るべきマルチメディア社会を切り開くキーデバイスの一つとして、光・電子集積化回路(OEIC)が注目されている。OEICの実現のためには、Siによる集積回路の上に、半導体レーザーに代表されるような光デバイスを作製する必要がある。そのためには、基板とは異なる材料をエピタキシャル法により成長(ヘテロエピタキシャル成長)させる必要がある。通常、異なる材料間では結晶型、格子定数、熱膨張係数などが異なるため、ヘテロエピタシャル成長を行うためには、特別な技術の開発が必要となる。

 一方、InPは、光・電子デバイスもしくは高周波デバイス用材料として注目されている。加えて、InP系レーザーは、光ファイバーの吸収損失が最小となる波長で発振するので、OEICの実現のためにもInPは必要欠くべからざる材料となっている。以上から、Si基板上のInPのヘテロエピタキシーは、これらの研究分野を発展させるためにも非常に有用な将来性の大きい研究テーマであることがわかる。

 今までに、Si基板上のInPのヘテロエピタキシーに関する報告がいくつかなされており、Si基板上にレーザー、フォトダイオード、太陽電池等も製作されている。しかしながら、それらの特性はInP上に製作されたものよりも劣っていた。その原因として、107cm-2にもおよぶ高い転位密度、108dyn cm-2台の残留応力、表面平坦性の悪さ等があげられる。これらは、上述したヘテロエピタキー特有の問題点に起因するものであり、実用レベルのデバイスを作製するためには、これらの諸問題を解決し、さらなる結晶性の向上をはかることが不可欠である。

 本論文では、以上のような格子不整合系材科のヘテロエピタキシー(HM2)の課題を解決するために、特に有効と思われるELO(Epitaxial Lateral Overgrowth)について研究した結果を述べる。ELOとは一種の横方向成長である。ELOにおいては、基板上に形成されたSiO2などの保護膜に、図1に示すように窓をあけ、この窓領域を種(ラインシード)として、横方向成長を行なう。この方法によると、基板からの転位をSiO2膜で遮断できるため、横方向成長領域は原理的に無転位になる。ゆえに、このELOをHM2に応用すれば、転位密度低減化がはかられ、結晶性の向上が期待できる。

図1.ELO成長の概念図

 本論文では研究対象として、上述の理由からELOを用いたSi基板上のInPのヘテロエピタキシーを選んだ。さらに、本研究では、ELO成長により得られたSi上のInP層を基板として用い、レーザーの試作を行うことも想定している。したがって、成長したInP層の光学的特性ならびに残留応力を、空間分解フォトルミネッセンス法(SRPL)を用いて評価し、実用レベルのInP層が得られているかどうかを調べた。また、有限要素法を用いて、ELO層中の応力の数値解析を行ない、SRPL測定結果と比較検討し、応力低減効果を考察した。

 本研究の対象として、通常良く研究されているGaAsではなくInPを選んだ理由としては、InPのELO成長に関しての研究が何もなされていないこと、InPの格子定数が5.87AありSiの格子定数との差が8%にもおよび、Si上のGaAs成長の場合より高度な転位密度低減化技術が必要であることなども考慮されている。一方、InPの熱膨張係数は4.5x106K-1であり、GaAsのそれよりSiの熱膨張係数に近く、熱膨張係数の違いに起因する転位および残留応力の低減化が期待できる。さらに、InP層中の転位はレーザー動作中に増殖しにくく、たとえ転位が存在しても、長寿命のレーザーの実現が期待できることなど、InPを材料として選ぶ長所も存在する。

 以下、論文の構成にしたがって、その要旨を説明する。

 第1章は序論であり、格子不整合系材料のヘテロエピタキシー(HM2)に関する研究の背景、意義およびその問題点について説明したあと、本研究の動機、目的を述べる。

 第2章では、Si基板上にInPをELO成長する前準備として、液相成長(LPE)を用いたInP基板上のInP ELO成長について調べた。InP基板上のELO成長に関する報告は今までになく、本実験そのものにも大きな意義がある。基板としては、(001)および(111)B InP基板を用いた。その結果、図2に示すように、ラインシード方向を適切に選ぶことにより、横方向成長が大きく広がることがわかった。(001)InP基板では<110>方向、<010>方向からラインシードをオフすることにより、(111)B InP基板では<1-10>方向からラインシードをオフすることにより、横方向成長を良好に保ち、横幅の広いELO層を得ることができる。これらのELO層の表面には低指数面が形成され、原子層レベルの平坦性を有しているので、デバイス作製に対しても大きな長所となる。また、エッチングを行うことにより、これらのELO層中の転位を評価したところ、横方向成長領域では、無転位のInP層が得られていることが確認され、ELO成長が転位フィルタリング効果を持つことが確かめられた。

図2.星状ラインシードによる(001)InP基板上のInP ELO成長

 第3章では、ELO技術を用いてSi基板上にInP層を成長した結果を述べた。LPEを用いるため、メルトバックの問題が発生し、Si基板上にInPを直接成長することができない。そこで、Si基板上に気相成長法によりInPバッファ層を成長したもの(InP-coated Si)を基板として用いた。InP-coated Si基板は、InP基板に較べ、(1)InP層とSi基板との格子不整合および熱膨張係数差に起因する歪み・残留応力が存在する、(2)5x106cm-2程度の高い密度の転位が存在する、(3)InP-coated Si基板の表面は平坦ではなく少し荒れたモホロジーを持つ、という問題があるため、良好なELO成長を行なうためには、これらに対処する必要がある。種々の検討の結果、図3に走査電子顕微鏡(SEM)による断面写真を示すように、横方向に大きく伸びたELO層を得ることができた。この場合、ELO層の横縦比を向上するために、すず(Sn)をドーピングしてある。これは、異種原子が成長表面に存在すると、表面ステップの移動速度が遅くなり縦方向の成長を抑制できるという効果を利用したものである。Si基板上に成長したInP層中の転位の観察結果を図4に示す。図からわかるように、ラインシード上にあたるストライプ中心付近にほとんどの転位が集中し、横方向成長部では無転位の領域が得られている。Si基板上に無転位のInP層が得られたのは、これが世界で初めてである。

図3.(001)InP-coated Si基板上のSnドープInP ELO成長層のSEM断面図図4.(001)InP-coated Si基板を用いたInP ELO成長層中の転位

 第4章では、空間分解フォトルミネッセンス法(SRPL)を用い、上記のように成長したELO層の光学的特性および残留応力の評価を行なった。InP-coated Si基板上にELO成長したInP層のSRPLスペクトルを図5に示す。図から、発光強度が強く、半値幅の狭いSRPLスペクトルがELOストライプ上で均一に得られていることがわかる。測定温度は、98Kである。発光波長も882nmと一定である。半値幅は23meVと狭く、発光強度もInP基板上に成長したInP層とほぼ同等であり、ELO技術を用いれば、Si基板上にもInP基板上に成長したものと同等の良好な光学特性をもつInP層が得られることがわかった。また、残留応力によりSRPLスペクトルのピーク波長は移動するが、ピーク波長が上記のようにInP基板上に成長したものと変わらず面内で均一であることは、残留応力がほとんど存在していないことを示す。さらに、InP-coated Si上にELO成長したInP層を基板として用い、MQW構造を試作し、SRPLを用いてその光学的特性を評価したところ、InP基板上に成長したものに対し何ら遜色がないことがわかった。以上より、ELOを用いればSi上に良好な光学特性を持つInP層が均一に成長できることがわかった。

図5.(001)InP-coated Si基板上に成長したInP ELO層のSRPLスペクトル

 一方、有限要素法を用いて、ELO層中の応力を数値解析すると、ELO特有の構造およびSiO2膜がInP-coated Si中に発生したほとんどの応力を解放していることがわかる。図6にInP ELO層中の主応力分布を示す。図より、ラインシード部付近には大きな応力が存在するが、それが急激に緩和し、ELO層中にはほとんど伝わっていないことがわかる。このように、ELO構造は、転位低減化のみならず残留応力緩和の効果もある。これらの特徴は、HM2が持つ問題点を改善するためにきわめて有効である。

図6.InP-coated Si基板上に成長したInP ELO層中の主応力分布有限要素法による数値解析、矢印の長さが引っぱり応力の大きさを表す.

 さらに本章では、ELOの概念をもう一歩進化させたマイクロチャンネルエピタキシーの可能性についても検討した。特に、ラインシード幅をどの位まで細くすれば、基板との界面にミスフィット転位を発生させずにELO成長可能であるかを理論的に予測した。その結果、Si上のGaAs成長の場合は440A、Si上のInP成長の場合は40Aという臨界ラインシード幅が得られた。Si上のGaAs成長の場合440Aという臨界ラインシード幅は、現状の技術でも十分実現の可能性がある。

 以上、本研究により、InP ELO成長技術を確立し、Si基板上の成長に適用したところ、世界で初めて、InPの無転位領域をSi基板上に得ることができた。さらに、このInP層中には残留応力もほとんど存在せず、光学特性も非常に良好であり、InP基板上に成長したものにと遜色がないことが明らかとなった。これらの特徴は、デバイス応用に対して非常に有利であり、今後のOEIC作製などを含めたデバイス応用が期待される。

審査要旨

 本論文はエピタキシャル横方向成長法(Epitaxial Lateral Overgrowth,ELO)によりシリコン基板上に高品質のInPを成長させ、その結晶性を評価したもので5章からなり、英文で書かれている。

 第1章は序論であり、格子不整合系材料のヘテロエピタキシーに関する研究の背景、意義およびその問題点につき説明後、本研究の動機、目的を述べている。

 第2章では、Si基板上にInPをELO成長する前準備として、液相成長(LPE)を用いたInP基板上のInP ELO成長について述べている。InP基板上のELO成長に関する報告は今までなく、この化合物に特有な問題がいくつかあることが判明した。基板としては、(001)および(111)B InPを用いラインシード方向を適切に選ぶことにより、横方向成長が大きく広がることを示しているが、(001)InP基板では<110>方向および<010>方向からラインシードを傾けることにより、また(111)B InP基板では<1-10>方向からラインシードを傾けることにより、横幅の広いELO層を得ている。これらのELO層の表面には低指数面が形成されるため、原子層レベルの平坦性が得られるので、デバイス作製に対しても大きな長所となることを述べている。また、これらのELO層について、エッチングにより転位を評価し、横方向成長領域で、無転位のInP層が得られていることを確認し、ELO成長が無転位結晶を得るのに適した方法であることを確かめている。

 第3章では、ELO技術を用いてSi基板上にInP層を成長した結果を述べている。LPEを用いるため、メルトバックの問題があり、Si基板上にInPを直接成長することはできない。そこで、Si基板上に気相成長法によりInPバッファ層を成長したもの(InP被覆Si)を基板として用いた。InP被覆Si基板は、InP碁板に比べ、次の点で異なる。すなわち、InP層とSi基板との格子不整合および熱膨張係数差に起因する歪みと残留応力が存在すること、また、5x106cm-2程度の高い密度の転位が存在すること、さらに、InP被覆Si基板の表面は平坦ではなくかなり荒れていることの3点である。これ等のことから良好なELO成長を行うためには、特別な工夫が必要である。種々試みを行った後、大きく伸びたELO層を得ることに成功している。その一つの例としてELO層の横縦比を向上するため、すず(Sn)をドーピングしているが、これは、異種原子が成長表面に存在すると、表面ステップの移動速度が遅くなり縦方向の成長が抑制されるという効果を利用したものである。次に成長度の評価としてSi基板上に成長したInP層の転位の観察を行っている。それによるとラインシード上にあたる部分にほとんどの転位が集中し、横方向成長部では無転位の領域が得られていることが明らかとなった。Si基板上に無転位のInP層が得られたのは、世界的に見ても初めてであり、このことは特筆に値する。

 第4章では、空間分解フォトルミネッセンス法(SRPL)を用い、上記の方法で成長させたELO層の光学的特性および残留応力の評価を行っている。InPコートSi基板上にELO成長したInP層のSRPLスペクトルを測定したところ、強度が強く、半値幅も23meVと狭い発光がELOストライプ上で均一に得られていることが判明した。この特性はInP基板上に成長したものと同等である。また、残留応力によりSRPLスペクトルのピーク波長は移動するが、ピーク波長がInP基板上に成長したものと変わらず面内で均一であることから残留応力がほとんど存在していないことも明らかにしている。さらに、InP被覆Si上にELO成長したInP層を基板として多重量子井戸構造を形成したものをSRPLにより評価しているが、それによると、InP基板上に成長したものに対し何ら遜色がない特性が得られることも示している。

 また、有限要素法を用いて、ELO層中の応力を数値解析し、ELO特有の構造に加えSiO2膜の存在がInP被覆Si中に発生したほとんどの応力を解放していることを明らかにした。これによるとラインシード部付近には大きな応力が存在するが、それが急激に緩和し、ELO層中にはほとんど伝わっていないことが判明した。このように、ELO構造は、転位低減化のみならず残留応力緩和にも効果があることを示している。

 以上、本論文はInPのエピタキシャル横方向成長技術を確立し、これをSi基板上のInP成長に適用することにより残留応力がほとんど無く光学特性が優れた無転位領域をSi基板上に得、成長機構から検討したもので、電子工学に貢献するところが多大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/1874